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Hacker  作者: 游雲
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15/22

15.脅迫

 絵理子は九時に出勤した。何時に出勤してもいいとは言われているものの、始業時間より前には必ず出勤しなければならなかった銀行時代の習慣がなかなか抜けない。

 カバンをデスクに置き、パソコンを立ち上げ、フィッシング詐欺のレポートを館長に送信したところで、デスクの電話が鳴った。

「はい、成瀬です」

「成瀬さん、名刺を持って私の部屋まですぐに来てほしい」

 受話器から那智のいつもの冷静な声が聞こえた。また誰かを助けるのね。よし頑張ろう。それにしても、毎日のように事件が起きるんだなあ。

 絵理子は手帳と名刺を持ち、急いで那智の部屋に行き扉をノックした。

「どうぞ」

 という那智の返事があった。

「失礼します」

 といい、絵理子は那智の部屋に入った。中には、那智とふたりの男性がいた。絵理子はふたりの顔をみて驚いた。そこには、帝都銀行の山之内頭取と神崎常務がいた。神崎常務は絵理子に役員会の出席は不要だと絵理子に告げたIT担当役員だ。何事だ?

「こんにちは」

 と、絵理子は挨拶した。那智は隣の席に絵理子を座らせた。

「頭取、私が御行からヘッドハンティングさせていただきました成瀬さんです」

 絵理子は頭取に軽く頭を下げた。

「成瀬絵理子さんですね。そういえば、あなたが以前指摘したセキュリティシステムをもっと早く導入すべきでしたよ。で、いつ当行を退職されたんですか?」

 頭取の言葉には嫌味はなかった。辞めたことを本当に知らないのだろう。

「3月末です」

「そうでしたか。今回の件は当行にとっての一大危機です。どうぞよろしくお願いします」

 といって山之内頭取は頭をさげた。

「こちらこそよろしくお願いします」

 と、絵理子は恐縮し、訳もわからないままもう一度頭をさげた。

「那智さん、何があったのですか?」

 那智は絵理子に向かって簡単に説明をした。

「成瀬さん、こちらの帝都銀行さんのセキュリティシステムがハッカーによって突破されて、顧客データが盗まれたそうだ。犯人は身代金を要求している。これを読んでごらん」

「え!」

 絵理子は驚きの声をあげた。そして手渡されたこの脅迫文を見た。


 ―帝都銀行 頭取殿

 先般より御行のメインシステムに訪問させていただいているのはご承知のことと思う。この訪問で我々は御行の顧客名簿10万名分を入手した。データをUSBメモリで添付したのでご確認いただきたい。ついてはこの顧客名簿をぜひ買い取っていただきたいと考えている。身代金は1名あたり2000円、合計2億円で取引をお願いしたい。取引に応じられない場合は、他の買い手との交渉も検討する。なお、くれぐれも警察への通報はご遠慮願いたい。万一警察への通報が発覚した場合は、この顧客名簿をインターネット上に公開させていただく。今後の取引方法は後日連絡をする。Ocutopus―


 机の上にはUSBメモリが置かれていた。絵理子はUSBメモリを手にとって見た。シンプルな黒いメモリだった。

「USBメモリの中のデータは確認しましたか?」

 と絵理子は尋ねた。

「私が確認した。当行の顧客データに間違いない」

 と、神崎常務が答えた。

「なぜ本物と判断しましたか?」

「私の自身の口座の情報がはいっとる」

 と神崎常務が仏頂面で答えた。

「なるほど」

「大変なことになりましたね。この脅迫文とUSBメモリはどのようにして届いたのですか?」

「これらは郵便で秘書室を経由して頭取である私のもとに直接送られてきた。それから神崎君と相談し、ここへやってきた」

 と頭取は言った。

「郵便ですか?」

「そうだ郵便だ」

「そうすると、あなたがたおふたり以外はこの件はまだ誰も知らないということですか?」

 と、那智が尋ねた。

「そうだ。まだ銀行の人間は誰も知らない。この脅迫文とUSBメモリについては、何か手がかりになるかも知れないと思い、現物を直接ここに持ってきた」

「わかりました。この脅迫文とUSBメモリの現物は当方で預からせてください。脅迫文はコピーをしてお渡しします」

「了解した」

 それから、那智はビジネスライクな口調で頭取に向かって、

「山之内頭取、今回の報酬につきまして、事件が解決したら1億円ということでよろしいですね」

「承知した。うちのセキュリティは破られ、顧客情報まで盗まれた、これが1億円で解決できれば安いものだ。こんな状況なので契約書は作成できないがよろしく頼む。ただし、1週間間で解決してほしい。当行としてもいつまでも秘匿しておくわけには行かない」

 絵理子は1億円という金額を聞いて驚いた。しかし、ある面納得もした。新しいシステムを導入すれば1億円以上の費用が発生する。それに開発にも数ヶ月はかかるだろう。さらに帝都銀行の顧客情報が外部に流出すれば、損害は計り知れない。ただ1週間でこの事件を解決できるだろうか?

「了解しました。ではのちほど御行にお伺いします。午後1時ではいかがですか?」

「結構だ。」

「それから二つお願いがあります。一つは、お伺いした際に御行のシステムオペレーターの方とお話をさせてください。もう一つは、当社の人間がホストコンピュータにアクセスするために2名分の帝都銀行のシステムへのRootのアクセス権限を付与してください」

 頭取は神崎常務に向かって尋ねた。

「できるかね」

「はい。どちらも可能です」

「では、すぐに手続きをしたまえ」

「頭取ありがとうございます。ではのちほど優秀な部下をうかがわせます」

 頭取が立ち上がり那智と握手をして、退出した。見送ったあと、那智は絵理子に話しかけた。

「今回のクライアントは、あなたの前職の帝都銀行だ」

「がんばります」

 と、絵理子は答えたが複雑な気持ちだった。

「では1時に霧旗くんと帝都銀行に行ってください。よろしく頼みます」

「わかりました」

 絵理子は自分の部屋にもどる途中に、霧旗の部屋に寄ったがまだ出勤していなかった。絵理子は自分の部屋にもどると、脅迫状をもう一度読み直した。


 仁科部長は10時に頭取の部屋に呼ばれた。頭取に直接呼ばれることなど今までなかったことだ。仁科部長は役員室がある7階に急いだ。

 7階は役員のそれぞれの個室がある。その手前の秘書室に顔出すと秘書室長にすぐに廊下の突き当たりの頭取の部屋に行くように言われた。

 頭取の部屋の扉をノックすると中から

「はいりたまえ」

 という声がした。頭取はデスクに座って渋い表情をしていた。隣に神崎常務がいた。仁科部長を見ると応接のソファにすわるように勧めた。

「困った事態になった。わが行の顧客データが盗まれ脅迫状が届いた」

 脅迫状を見せられた仁科は驚いて、頭取の顔を見つめた。頭取は重苦しい口調で、

「データは神崎常務が確認したが本物だった」

「大変なことになりましたね。でもいつ?ゴールデンウイーク初日の侵入以来我々のほうでは侵入者を探知していません」

「しかし、実際には情報が漏洩している。これがマスコミにでも知られればわが行の信用は失墜する。なんとか表沙汰にならずに処理したい。たったいま金融庁の友人に内々で相談したが、いつまでも隠し通すことはできないとの見解だ。わが行に与えられた期間はせいぜい1週間が限度だ。それ以上は公表せざるを得ない」

「そうですか」

「金融庁の友人はもし困ったらと言って『ガイア』というITセキュリティの専門会社を紹介してくれた。政府のITセキュリティを担当している会社だそうだ。私はもう内部の人間だけで解決するのは難しいと判断して今朝その会社に依頼した」

「『ガイア』ですか」

「知っているのか?」

「ええ、あそこには優秀なスタッフがいます。信用できる会社だと思います」

「当行を退職した成瀬くんもいたよ」

「私が紹介しました」

「そうか。外部に依頼するのは気が進まんが、この際そんなことにかまっていられない。これから緊急の役員会議を開催する。きみも出席してくれ」

「わかりました」

「それから午後1時にはその会社からスタッフがやってくる。彼らと合流してこの件を解決してくれ」


 帝都銀行では午前11時から再び緊急の役員会が招集された。遠方の役員以外はすぐに役員会議室に集められた。

 役員会では、脅迫の内容が神崎常務から報告された。

「顧客データ10万人分が何者かによってコピーされ恐喝を受けています。ハッカーは我々のセキュリティを突破してデータをコピーしました。残念ながら盗まれたデータは当行の顧客データに間違いありません。身代金は一人につき2000円合計2億円を要求しています」

 役員たちがざわめきたった。

「今回のことは極秘に処理しなければなりません。役員のみなさまもくれぐれも他言は無用に願います」

 とき営業担当の高崎常務が発言した。

「うちのセキュリティはいったいどうなってるんだ。だから東西の奴らに任せておけないんだ。顧客データが本当に流出したどうするんだ。仁科くんこの責任はどうとるつもりなのか」

 会議室の端に座っていた仁科部長に向かって、高崎常務が指をさしながら怒鳴った。

「私の進退はこの事件が解決してから結論を出します」

 と仁科部長が答えた。

「いったいいつ顧客データが盗まれたんだ?」

「残念ながら、現状では特定できていません」

「甘いなあ。本当に解決できるのかね」

「外部の優秀なセキュリティチームに依頼する予定です」

「こんな重要なことを外部に任せて大丈夫かね」

「現状における最善策と判断しています」

「しかし…」

 仁科部長は頭取の顔をちらりと見た。

 議長である山之内頭取が口をはさんだ。

「高崎くん、外部のセキュリティチームを使うことは私の判断だ。今回の件はまあ仁科くんとその外部チームに任せようじゃないか」

「頭取わかりました」

 高崎は苦味つぶした顔をして引き下がった。

「仁科くん、よろしく頼むよ」

 会議が終わるとふたたび仁科は頭取の部屋に呼ばれた。

「仁科くん、高崎くんのことは済まない。彼は現場のたたき上げだから口が悪い」

「いいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」

「セキュリティの詳しい内容に話が進んだとき、実務担当の君から回答をしてもらおうと思って出席を依頼したが、仇になったようだ。許してくれ」

「とんでもありません」

「とにかく、わが行を信用を守るために全力を尽くしてほしい」

「わかりました」


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