01
世界は、同じ苦しみを共有しているという意味で、一つになった。
五つの輪っかによるものでも、華麗な音楽の調べによるものでもない。
世界を一変させたのは、新型のウイルスによる感染症だった。
「こんなはずじゃ、なかったのに……」
新緑の風景に似合いのさやわかな空気は、不織布越しにしか香ってこない。
立て看板やデジタルサイネージは、「密に注意」と呼びかけ、人と人との断絶を促している。
「……ええと、次の講義は」
私は、学籍登録の手続き以来となる大学のキャンパスに、足を運んでいた。
「大学生」という立場が空虚に感じられた数か月を過ごしてから、やっと叶えられた登校だ。
「それにしても、こんなに高い建物が、大学にあったんだ……」
ちょうど見上げたのは、「共通教育館」という名前の無骨な建物だ。
ちょうど2限目が終わった時間帯で、私を含め、学生達は自動ドアをくぐって次々に外に飛び出している。
どの顔もマスク姿で、どこか交わされている会話もぎこちない。
「ええと……この後どうしようか?」
「昼ごはんは……生協は開いているんだよね?」
この「大学」という空間を自分のものに出来るのか、皆が不安なのだ。
「はあ……」
肩を落とす。
本来なら、とうに憩いの場所になっていたはずのキャンパスに目をやり、私は形容しがたい苦痛に体が軋むのを感じた。
思えば、濃密で、空疎な3ヶ月だった。
高校3年生の冬のことだ。
年越しをひたすら勉強に費やした私は、無事、広山大学への進学を決めた。
都会で育った私は、ずっと「田舎」で過ごしたいと思っていた。
偏差値で言えば近くに似たようなレベルの大学はゴロゴロあったけれど、広山大学は地方の国立大学というところが魅力だった。
都会が息苦しかったわけではない。
学校帰りにすぐカラオケに行けるし、激戦区を勝ち残っただけあって飲食店はどこも美味しいし、イベントだってたくさんある。
でも、大学は「人生の夏休み」とも言うではないか。
なら、その休みの期間だけでも、のんびりとした環境で暮らすのは、悪くないと思った。
それに、広山大学が、「地域貢献学部」という学部を持っているのも魅力だった。
私は、知らないことを知るのが好きだ。
Wikipedi〇を眺めているのはわくわくするし、週刊誌の下世話な記事も裏の世界を知れるみたいで面白いし、インターネットのまとめサイトも民度が低くて逆にワクワクする。
広山大学の「地域貢献学部」は、地域に密着した専門人材の育成を謳っていて、社会調査士の資格が取れる学部だ。
知らない土地で、でも都会よりは落ち着いたところで、社会を調査するために必要な知識を学ぶ。
まさに、私にぴったりだと思った。
そういうわけで、一人娘を知らない土地にやる両親の不安と対照的に、私は胸を躍らせながら、3月初旬、広山県への早めの引っ超しを終えていた。
ひっこみ事案な性格ではないけれど、コミュニケーションが得意と胸を張れるほどでもないから、気が付けば、空想の自己紹介を繰り返している。
そんな気負い気味な自分に苦笑しながら、入学式を待ちわびていた。
そして、私はその入学式に出席できないまま大学に進学した。
高校3年生の冬にちょうど第1感染者が報じられた新型のウイルスによる感染症が、いつの間にか、人々の生活を根本から変えていたのだ。
もちろん、私にもそのありがたくない流行の話は届いていた。
でも、マスコミが深刻な調子で報道しはじめた2月になっても、まだ自分には関係のないことだと考えていた。
入学式の中止を知らせる大学からの無機質な「通知」メールが送られてきたのは、そんな時だった。
「うそでしょ……」
西暦をここまで刻んできたはずの人類が、たかがウイルス一つに負けるはずはないと、その時まで、そう信じていた。
能天気すぎたのだろうか。
社会を知ることに興味があったのに、受験勉強に現を抜かして、肝心なことが目に見えてなかったのだろうか。
いずれにしても、一度学籍登録の手続きのために大学の教務係に行っただけで、物理的にキャンパスの門は閉じられてしまった。
聞いたこともない宣言を政府が出して、授業は全部オンラインになる。
アパートに閉じこもって授業を受けて、週に1回外出をして、また閉じこもる。
自分は、本当に大学生なのだろうか。
ただUチューブで動画を見ている人間と、これじゃ変わらない。
「あの子たちはいいの?」
感染症拡大を阻止するための宣言が出されてしばらく経ち、なぜか近くの学校の中学生達が登校を許されている姿を見て、理不尽な怒りにもかられた。
心配した両親は帰省を促した。
「対面の授業がないなら、どこにいても一緒じゃない?」
「……そうかもしれないけど」
でも、私はフィールドワークを必須としている自分の学部が、このまま手をこまねているとも思えなかった。
そして、3ヵ月が過ぎ、夏が来た。
その頃には、各地で多大な被害を出しながらも、新型のウイルスによる感染状況は、少し落ち着いてきていた。
それを受けて、広山大学の経営陣も重い腰をあげ、感染対策を十分に取るという条件付きではあるものの、キャンパスの開放に踏み切った。
既に遠隔で大半の受講を済ませていた講義についても、一部を除き対面で再開された。
対面の再開は受講者の人数等を含めて最終的な判断は講師が行うこととされていたから、全ての授業がそうなったわけではない。
でも、内容に苦戦していた「社会比較論入門」という科目が直に受けられることになり、私は安堵した。
ただでさえ、慣れないオンライン教育システムを操作する必要があったのだ。
そこに、確率諭などの統計の基礎、量的調査、質的調査の概論等、未知の学問に挑むのは大変な作業だった。
「国際比較」も射程に入っていたその科目は、家から出られもしない自分が世界のことを考えているという皮肉な状況を生み、笑うにも笑えない気持ちだった。
この対面授業の開始は、やっと与えられた幸福だったのだ。
だからこそ、私はそこで感じた思いがけない失望を、相談せずにいられなかった。
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私の意を決した表情に、しかし目の前の若い事務職員は、投げやりな視線をよこしただけだった。
さっと流されたその目には、私のことは、まだまだ手馴れない化粧と、少しばかり背伸びをしたファッションで着飾った、マスク姿の幸薄そうな少女にしか見えていないだろう。
つまり、この特殊な時代に、どこにでもいそうな新入大学生だ。
しかし、私はこの悩みを、どこにでもあるものには終わらせたくなかった。
「それで……?」
その事務職員は、ぼさぼさの髪を直そうともせず、両足を組んで、気のない声で問いかけた。
有罪的に怠惰と形容するのが相応しい態度だった。
私はそのいい加減な態度に余計に反発を覚え、半ば吐き出すようにして言った。
「だから、いなくなった彼女のことを、調べてほしいんです」
「誰がいなくなったって……?」
「一諸にオンライン授業を受けていた、留学生の女の子です!!」
大学に入って、初めて出来た異国の友達。
その友達が姿を消した。
その緊急事態に、私はおとなしく家に閉じこもっている気にはなれなかったのだ。