02
「留学生の友達が、姿を消した?」
その事務職員は、私の言葉を気のない様子で繰り返した。
私の決死の思いに、どこか冷めた目をよこすばかり。
やっぱり、この人に相談すること自体が失敗だったのだろうか?
まったく得られない手応えに、失望が強くなっていく。
何とか対面での講義を終えた後のこと。
私は、広山大学本キャンパスの、教務棟4階廊下奥にある、「学生相談室」を訪れていた。
「相談室」という名前を掲げてはいるものの、履修相談や奨学金の手続きなど、逼迫した学生たちが押し寄せる教務棟3階までと違い、私以外に学生の姿はない。
そもそもそこは、大人数の相談を受け付けるような作りでもなかった。
学生を歓迎する気がなさそうな、ぶっきらぼうな長机を中心に、申し訳程度の汚れた椅子が、2脚置かれているだけの部屋だ。
日の当たりが悪いのか、まともな光源はなく、変色した室内灯が部屋の暗さを逆に際立たせている。
そして職員と言えば、その狭い部屋にマスクをずらし気味につけた男が一人だけ。
「如月」という名前が書かれた職員証を半端にぶらさげた男は、入口に佇ずむ私の姿に気が付くと、「相談があるなら入れば?」とだけ言って、手にしていた本に視線を戻した。
勇気を出してはじめてその部屋を訪れた私に、あんまりな歓迎の仕方だ。
ふざけている、というのが率直な感想だった。
‥‥まあ、不吉な予感がなかったわけではないけれど。
まず、「学生相談室」という名前を掲げていながら、立地が悪すぎる。
それに、広山大学には、この「相談室」とは別の、「学生支援相談センター」という専門の部署があった。
支援相談センターの方は、教務棟の近くに独立した建物を持ち、バリアフリーに配慮したスロープを設けて、優しい色合いの立て看板が学生を歓迎していた。
「……なんで同じキャンパスに、同じような組織が2つもあるの?」
大学のホームページには、「学生支援相談センター」の特設ページが設けられていた。
国家資格を持った専従の相談員の顔写真まで掲載されていて、学習上、生活上のどんなささいな悩みでもいいので相談に訪れてほしいと書かれていた。
一方、「学生相談室」は大学の対外発表された資料のどこにも見つからず、ただ教務棟1階の案内図に、消え入りそうな小さな文字でその存在が示されているだけだった。
この違いはいったいなんなのだろう。
本当なら、私も学生支援相談センターに相談をしたかった。
でも、学生支援相談センターは来所予約が困難なほど学生であふれかえり、すぐに相談をできる体制ではなかった。
私が抱えている悩みは、一刻も早く解消が望まれるものだった。
「だから、やってきたのに……」
私は、切実な悩みを話すことがためらわれるほどの塩対応を受けている。
「……」
この男に任せて大丈夫なの?
そもそも、ちゃんとした大学職員なの?
まさか、浮浪者が施設に入り込んで、勝手に相談員を名乗っているだけなんじゃ……。
私はおずおずと、露骨にならないように男に視線を向けた。
パーテーションとマスクの2重越しではあるけれど、私とそう年が違わないように見える。
細見の、気力が抜けきった目をした20代かな。
ノートを取り出すでもなく、ペンを持ち出すでもなく、ただこちらに目を向けて、話をするように促している。
私の視線に含まれた疑念を男は感じ取っているのかいないのか、相変わらずの無表情で
「話さないのか?別にそれならそれでいいけど」
そしてまた、手にしていた文庫本に視線を戻していく。
「い、いえ、話します!!」
「じゃ、話せばいい」
男は文庫本は片手に持ったまま、それでも一応は目線をこちらによこした。
なんなのこの人?
職員のくせに、なんでこんな塩対応なの?
普通学生が困り事を持ってきたら、真摯に対応するもんなんじゃないの?
いらただしい手応えのなさに、逆に反発心が湧きあがってくる。
「‥‥私が彼女と出会ったのは、オンライン授業が始まって、2週間後のことでした」
いっそ、どうにでもなれ。
話すだけ話してやれ。
そんな気持ちで、私は大学で初めてできた、いまだ対面していない異国の女の子の失踪について、語り始めたのだった。




