第23話「秘密」
柔らかな灯りがともる山小屋に、アルフレッドと人型をとった虎――宵闇が辿り着く。
「はあ、さっぱりした!」
「あなたが水滴飛ばすから、僕まで濡れましたよ。」
「ごめんって。」
シリンに中へと招き入れてもらいつつ、何気ない会話を彼らは交わす。
「アルフレッド様、ショウ様、どうぞこちらへ。この度はなんとお礼を言えばいいものか。」
「僕は役目を果たしたまでです。」
「昨日は暖を分けてもらったし、困ったときはお互い様だ。」
そんなやり取りをしつつ室内に入れば、子供たちは食事の最中だった。先程は取り乱していたセリンとアランも今は落ち着いたようで、簡素なスープとパンを美味しそうに頬張っている。
兄妹は入ってきた青年と男に一瞬緊張したようだったが、人型のハクが食事に集中するよう声をかけ、それに大人しく従っていた。
ただ、視線をチラチラ向ける仕草はいかにも子供らしい。
その間に男と青年は昨日と同じく暖炉の前へと案内され、これも同じく勧められた椅子を断り床へと腰を下ろしていた。
シリンは頻りに恐縮したが、生憎ここには大人用の椅子が2つしかない。家主を差し置いて座るわけにはいかない、と青年は固辞した。
一方のハクは子供たちの食事につきあい、卓の方についていた。シリンの傍から離れなかった昨夜からすれば、ちょっとした変化だ。
そうして暖炉の前でそれぞれが腰を落ち着け、一通り定型的なやり取りを交わし、ついでに男と青年はスープを振る舞われ一息つく。
そのうちに食事を終えた子供たちも加わり、何気ない話――彼らが行ったことのない王都の話なども交えつつ、少々時間を潰す。
因みに、アルフレッドはその愛想のなさから始めは子供たちに怖がられた。
ただ、宵闇が間に入って青年を揶揄い、それにむきになって返す姿を見せてやれば、子供たち笑みを浮かべて面白がり、そんな調子で青年ともある程度は打ち解けた。
そうして夜も更け――。
子供たちの寝る時間となる。
シリンに促され名残惜しそうな顔をしながらアランとセリンが奥の扉に消えていく。そうすれば、それまで比較的にぎやかだった空間が急に色をなくして静かになった。
言葉が途切れ、聞こえる音が一瞬薪の爆ぜる音だけになる。
――ここからは、いわゆる大人たちの時間だ。
話題はもちろん、ウルフについてともう1つ。
子供たちがいた手前、その手の話題はこの時間までさけられていた。何しろ、兄妹にとっては相当精神に堪える出来事だったはずだ。ハクやシリンは勿論のこと、宵闇とアルフレッドもその点には配慮していた。
しかし、子供たちが下がったことで憚る理由はもうない。
アルフレッドとしてはウルフを討伐するためにできる限りの情報が欲しかった。
一方、シリンも家族ともども命を救われた手前、説明する義務はあるだろうと覚悟していた。
まずアルフレッドは、ウルフが二手に分かれていたことを語った。
昨日までの4日間、痕跡以外手がかりもなく、反応がなかったウルフが突然索敵圏内に入ってきたのは昼過ぎの事。それまで彼らは小屋から十数kmほど離れた位置にいたが、ウルフらしき魔物3頭が移動するのに合わせ追跡を開始。
しかし、ウルフらは獲物を探すような素振りもなくそのまま数十kmを移動し続け、不審に思っていたところに後方からの魔力反応。念のために引き返してみれば、この場にも同じくウルフがおり、小屋が取り囲まれていたので介入した、と。
「以降は貴女がたも知る通りです。」
アルフレッドはそう締めくくる。
シリンもまた当時の状況を語った。とはいえ、日が落ち始めたころに5頭のウルフが現れ、シリンと子供たちが慌てて家の中に入り――。
そこまで語り彼女の言葉は途切れる。
そして少しの間迷うような沈黙が続き――。
「・・・お尋ねになられないのですか。」
漸う彼女は言った。
「何をですか。」
唐突な問いにアルフレッドは眉をひそめて訊き返す。
一方の男は、チラリと青年に視線を向けつつ何気ない口調で返した。
「あの白い鳥型のことだろ。」
それらの淡白な反応に、むしろシリンの方が戸惑いを見せる。
一方、「ああ。」と青年は得心し、それへ多少呆れた顔をしながら男は続ける。
「まあ、昨日の時点で違和感はあったんだ。ここの魔力濃度、なんか高かったし、俺の念話聞かれてたし。何しろ、俺が同じような存在だしな。」
そしてシリンの隣へと視線を移す。
「あれはハクさんなんだろ?」
「ああ、いかにも。」
問われたハクは淡々と肯定し、その黄色の瞳を瞬かせた。
「わたしは、シリンの従魔、のようなものだ。」
「へえ。」
「・・・。」
「――昨夜の時点で見抜かれていたか。」
「つっても確信はなかったよ。バレてたのはお互い様だな。・・・にしても、ハクさんは鳥型の時と人型の時とちょっと印象違くなるな。」
宵闇は興味深げに言う。
ただ、アルフレッドの反応が少し薄い。
「どうしたよ、アル。」
「・・・いえ。」
しかし青年は特に言及せず、話題を変えた。
「ところで、ウルフがやけに執拗でしたね。」
「ああ。俺らが割り込んできた時点で不利は明らかだってのに、最後の1頭になるまで退かなかった。普通、ありえねえぞ。」
この言葉に今度はアルフレッドが呆れの混じる視線を隣に向ける。
「・・・先制してあいつらを煽り、かつ逃走を許さなかったのはクロ自身でしょう。」
「・・・まあ、そうだけど。」
反論不可能な返しに、宵闇も肯定するしかない。
「ただ、確かに僕にも違和感はありました。今までの行動とは何かが違うように思える。・・・二手に分かれていたことも気になります。」
この言葉に、シリンは少し眉を顰めた。
「どうした?」
「・・・・・・なんでもないわ。」
しかしハクの問いに彼女は物憂げな表情のまま答えない。
「とりあえず喫緊の問題は、あのウルフがまたここに来るかどうかってとこだよな。」
「・・・まだ何とも言えませんが、もしかすると来るかもしれませんね。僕たちが感じている通り、あれらがこの場所に執着しているのなら。」
男と青年が言えば、これにはハクが口を開く。
「この近隣に人家はない。だが、麓へ下れば村がある。そちらの方が余程獲物にありつけると思うが。」
ハクのこの物言いに、宵闇は多少顔を引きつらせる。
「獲物って・・・。」
「なんだ?奴らにとって人は獲物だろう。」
「・・・まあ、そうだけど。」
あくまでハクは淡々と返し、一方の宵闇は釈然としない表情で押し黙る。
「つまり貴方は、次に襲われるのが麓の村であると言いたいのですか。」
「ああ。今回の出来事でここを狙うのは悪手と知っただろう。ならば、より簡単にありつける狩場に移動するのが自然だ。」
「確かにな。」
ハクの言に、宵闇もアルフレッドも頷きを返す。
とはいえ、ウルフの行動に対する違和感も現時点では拭いきれない。
「ひとまず、あなた方にウルフに執着される心当たりはありませんか。様々な理由が考えられます。過去には特殊な匂いにつられていた、という例もありました。」
「あと、パッと思いつくのはハクさんの存在だけどな。対抗意識燃やされたとか?」
宵闇もまた意見する。
当のハクはピンとこないようで無反応。だが、ここまで何か思案していたシリンが不意に顔をあげて言った。
「・・・あの、アルフレッド様。あの魔物がイスタニアから侵入してきた可能性はありませんか。」
青年は質問の意図を訝しみつつ、否定も肯定もしない。
「それはなんとも。少なくともそれを示唆する情報はありません。」
「そうですか・・・。」
再びシリンは迷うように視線をさまよわせた。
「・・・何か心当たりがあるのですか。」
「・・・いえ、あくまで憶測なのです。むしろ荒唐無稽に近い。」
「それでも構いません。これ以上の被害が出る前に、僕はあの魔物を討伐する必要がある。」
青年のその意外に強い語気に、シリンは軽く目を見開く。
――そして、遂に口を開いた。
「・・・私たちに執着している、というご指摘に対し、それがあり得る状況というものを考えました。」
第23話「秘密」




