第32話 われても末に会わむ。
ロボティクス戦記編(シキside)
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「あのオオカミの機体に乗るのは誰だ、先人切ってよくぞあんなに動き回るな」
訓練所のビルの屋上から、性能の良い双眼鏡を手にした軍曹が、隣の兵に問う。
兵は先ほどほくそ笑んだ上官で、乗り込ませた奴隷兵の情報を空中に表示した。
「さて、それほど大した経歴ももたないエルフですが」
「機体にのると急に才能を開花させるものもいる…少し動きはマニュアルからはずれているが、精神力が強いんだろう。見どころある兵をしごきすぎて死なせるなよ」
「そんなことしません」
「どうだか」
軍曹はへつらう上官を少し睨んだ。
「黒船です!」
二人のうしろに控えていた一等兵が、望遠レンズで見ていたはるか上空に黒い影を捉えて指さす。
「来おったな、船型戦闘機を向かわせろ」
軍曹の命で上官はてきぱきと指示を出す。
「上からの指示を待たなくても?」
「急な敵襲に対応するのは軍曹以下だ。つまり私が司令塔。追い返してからの報告だけでいいと言われている…上の連中は今睡眠カプセルにいるからな」
軍曹はため息交じりにそう言い、双眼鏡でまたオオカミを見ていた。
「あのオオカミ、黒船に噛ませ犬で乗り込ませてみるか、面白そうだ」
「…見どころある兵をしごきすぎて死なせてはまずいのでは?」
先のセリフを嫌味で言い返されたが、軍曹はかるく鼻で笑い、肩をすくめるだけだった。
「っくそ、きりがない」
リオンは敵と思しき赤い点滅を片っ端から殲滅していた。
それは機械であり、倒すことになんの抵抗もない。
彼はそう思っていた。
この戦闘機は歩兵扱いだろうとは思っていたが、黒船に乗り込むのは不可能だろうか。
そう思ったとき、眼前の大きなディスプレイに、青い点滅が現れる。
それは赤い点滅より大きく、遠いところにあったが、実際ある方向に目を凝らすと黒い帆をあげる船らしきものが上空に浮かんでいるのが見えた。
「あれが…黒船か…」
シロに見せられた船と同じものだ。
肉眼では分かりにくいが、この戦闘機の機能なのかよく見える。
「遠いな…どうやって飛べば…」
リオンの言葉にまた、反応したかのように、ディスプレイには味方のビルが映し出される。
オオカミが、まるでリオンの言葉を理解し助けているかのようだ。
ビルの屋上には人影があり、どうもそのうちの一人が双眼鏡でこちらを見ているようだ。
「?あれは…」
ピリリリリ
「まさかな…」
軍曹は、驚いて双眼鏡を目からはなした。
今、確かにあのオオカミはこちらを見上げていた。
耳につけていた通信機に触れる。
骨格認識のためマイクはいらない。
「なんだ?これは緊急回線だぞ、急を要するのか」
『あの…黒船に乗り込みたい』
「なに?誰だ」
『あなたが見ていた先にいる者』
「まさか」
軍曹は驚いて再びオオカミを見た。
もうこちらを向いてはいないが、敵をなぎ倒しながら、このビルに向かっているように見える。
「こんな機能はついていないはずだぞ」
『そんなことはどうだっていい、この戦闘機を黒船まで連れていけ』
「…口の利き方の知らないやつだな」
『構わないだろう、どうせ一人であの母船に乗り込んだら死ぬ』
「…ふん、ただの死にたがりか…よかろう、惜しい人材ではあるが血気盛んな死にたがりに華々しい死に場所を用意してやる、大人しくもう少しそこにいろ」
軍曹はそう言い、指示を出す。
「おい、あのオオカミに翼をやれ。あれに先陣を切らせて一気に黒船まで突破しろ」
ほどなくして、隊列を組んだ船団のうちの一つが、オオカミに近づき、地上からピックアップする。
空中でその機体の背に翼の形の装置を取り付けると、船団の先頭に誘導した。
オオカミを先頭に鋒矢の陣形で船団は行く。
地上戦にかまけていた敵のロボットは、その上空の船団を見ると急いで母船へ戻ろうとする。
そのとき、多くのロボットはその場から消えるように去っていった。
まるで瞬間移動しているかのように。
軍曹は船団の最後尾から地上のその様子を見ると舌打ちした。
「やはりヤツら何か装置を使っているとしか考えられないな…なぜあの場から急に姿を消すことができる?分析艦にはなにか映ったか?」
「いいえ、何も。レーダーからも忽然と消えています…あぁ、そして今母船の方に一つ点が現れました」
「転移装置か何かか…道理でこちらの対応が追い付かないわけだ」
「敵の数が多すぎてオオカミ一匹では対応できない様子です」
「たわけ、援護射撃しろ、あいつを甲板に乗せなければ黒船に乗り込んで誰が先頭きるんだ」
「それが、援護射撃が当たらなくて…打った先にいないんです」
「チッ…追尾型ミサイルの使用を許可する、無駄打ちするなよ」
数限りある追尾型を使うことを軍曹は渋ったが、わらわらと集まってくる敵に使わざるを得ないと思った。先頭のオオカミは空中戦では専ら機関銃を放っている。
妙なことに、敵は先頭のオオカミより後方の大型の城や船型の戦闘機を好んで襲っているように見える。
「おい、あのオオカミに指令を出せ、スキを見て甲板に乗り込めと」
信号手がオオカミの期待に信号を打った。
「言われなくとも突っ込むさ」
表示されたその文字をにらみ、まとわりついていた二機の期待を撃墜すると、黒船にむかって真っすぐとんだ。甲板に、無数のアンドロイドが蠢く。
その中にたった一人、場にそぐわぬ幼い少年が、フルフェイスヘルメットかぶってゆったりと座っていた。
― われても末に…
「っシュレイン!」
オオカミの中にいるという事も忘れてリオンは叫んだ。
無論、外にはその声は聞こえていない。
しかし、少年はわずかに身じろぎし、敵にひっつかれながらも甲板に真っ直ぐ突っ込んできたオオカミを見た。
オオカミの機体はすでにぼろぼろである。
しかし甲板にたどり着くと、まだ戦えるとばかりに立ち上がり、かぶりをふって敵を払いのけた。
翼を器用に動かしてアンドロイドをはじきとばし、威嚇するように少年を見る。
アンドロイド兵は少年を守るように前に連なったが、彼が手をかるく上げると一気に道を開けた。
「おすわり」
少年の澄んだ声に、オオカミは耳をぴくりと動かす。
「良い子だから、おすわり。もう戦わなくていい」
ゆっくりと、威嚇していたオオカミは体から力を抜き、腰を下ろした。
「どうなってる?」
状況が飲み込めないリオンはそうつぶやくが、とにかくオオカミから出ることにした。
プシュウ
中からあらわれるリオンに、一斉にアンドロイドが銃を向けるが、少年はまた手で制した。
「おまえも奴隷だろう?この国にかかわりのない。戦いなぞしなくて良い、他の奴隷兵とともに手当てする、奥へ行け」
「…おまえは…シュレイン…じゃないのか」
「?僕はレイン、不在心の王」
「王…」
ぽつり ぽつり
雨が降り出す。二人の間に冷たい空気が流れた。
「私はある少年を探して異世界から来た。お前はその少年に似ている。そのヘルメットをとってくれないか、一瞬で良い。顔を見て確かめたい」
少年は首をかしげたが、一瞬ならいいだろうと言い、そのヘルメットを外した。
「……ありがとう」
間違いなかった。
再びヘルメットをする少年の顔は、まぎれもなく自分の弟だ。
しかし、自分のことを覚えている気配はない。
この世界に生まれ変わってしまったのだろうか。
だとしたら前世としての記憶はない。
あるいはうり二つの別の人物なのかもしれない。
「気は済んだ?」
レインは言いながら、オオカミの頭をなでた。
リオンが乗っていないと言うのに、その機体はしっぽを振っている。
「この子は地上の方が手当てしやすいから還すよ?」
リオンにむかってレインは言う。
そしてオオカミに向かって手をかざすと、その足元には円形の陣が現れた。
それはまるで、還送のペンタクルのようだった。
「!まってくれ、そのペンタクル、やっぱり…」
レインの手をつかみ、リオンは何か言い掛けた。
しかし言い終わらないうちに、甲板は砲撃を受けた。




