第33話 水面の鳥居
和の都編(エマside)
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ポチャン ポチャン
溺れた
と思ったが、目を開けるとエマは水面に佇んでいた。
不思議なことに、本当に水面に立っている。
足元を見ていると、その先、水の底に何かが見える。
よく見ようと少し体をずらして首をひねると、先ほど遠のいっていった祠が遠くに見えた。
驚いて数歩下がる。
ようやく全景が見える。
真っ赤な鳥居が連なって水面に映り、平面のはずの水面に奥行きがある。
その最奥に祠が立っていた。
どうなっているんだろう。
振り向くと、たったひとつ大きな鳥居が水上に立っている。
その先にはおそらく人の世の浜辺。
キツネにつままれたような気分だ。
エマは意を決して、逆に鳥居をくぐり、陸地に向かった。
「いやぁ、別嬪さんだなぁ、海の女神かと思うた」
「驚かせてすいません」
「ドラマの撮影があるなんて聞いてなかったなからなぁ、なんてタイトルだい?」
「ドラマ?」
「見たところ時代劇みたいだけんども、女剣士かい?いいねぇ、楽しみだ」
砂浜にたどり着くと、一人の老人がいた。
海から歩いてくるエマにたいそう驚いていたが、慌てて近くの小屋に通してくれ、髪を拭くタオルと、なぜかお茶まで用意してくれた。
「サイン書いておくれよ、ばあさんが帰ってきたら見せるから」
「はぁ…」
エマは色紙とペンを渡され、困惑する。
どうやら、この世の娯楽であるテレビ番組の撮影の役者だと思われたらしい。自分は脇役だと説明しても納得してくれない。仕方なしに、本名をかなり崩したローマ字で書いてやる。おじいさんは大切そうにそれを棚に飾った。
「ありがとうございます、お茶まで。そろそろ撮影班と合流しないといけないので」
「そうだね、引き留めては申し訳ない」
よっこいしょといいながらおじいさんがお茶と、拭き終わったタオルを預かるので、ありがとうございましたと言う。そして、ふと思いついたように聞いてみた。
「あの…こんなこと聞いて変だと思われるかもしれないし、知っているとは思えないんですが…佐伯露実という少年をご存じないですか?」
「佐伯?」
「はい…」
おじいさんは首をかしげる。
「露実っちゅうたかはわからんが海辺に佐伯さんて地主の豪邸ならあるよ、この辺りじゃ有名だからね、そこの家のわんぱく坊主じゃないかい?」
「!!それは、どこですか?実はその…ファンレターをもらったんです、この辺りの住所で、それで撮影のついでに、サプライズで会いにいってあげようかと…そしたらここまできてしまって少し迷っていて」
我ながら、とっさについた嘘にしては上手いこと言ったな、とエマは思った。
「おぉ、そうじゃったか!佐伯さんちならここから遠くない、すぐ見える」
おじいさんは年甲斐なく少し小走りで小屋から出た。
エマも後を追うと、砂浜から遠くに古い日本家屋の大きな瓦屋根が見えた。
「あれじゃあれじゃ」
「おじいさん、お年を召しているのに目が良いんですね」
「そうじゃろう?目は大切にしとるんじゃ、最近は近くのものが見えないんだが」
そう言い、おじいさんは笑いながら、気いつけてなと手を振る。
エマは一礼し、遠くに見える屋根に向かって歩き出した。
キーンコーンカーンコーン
家屋にたどり着く前に、高校?だろうか、チャイムが聞こえた。
角を曲がると正門が見えた。
学ラン姿の少年達が、自転車に乗りながら勢いよく出てくる。
エマの恰好を二度見し、なんだろうと不思議そうな顔をした。
やはりこの格好は目立つな。
急ぎ足で、下校する学生の波にのまれないうちに通り過ぎる。
セーラー服姿の少女たちは、エマを見てなにかひそひそと話していた。
小走り気味に次の角を曲がる。
目的地である家屋の全貌が見えようかというとき、偶然、向こうの角を一人の少年が曲がってきた。
黄緑色のポロシャツに、小学生らしい短パン。
麦わら帽子を被って、肩から重そうなカバンを下げている。
「あ…」
エマは、その重そうなカバンの中からかすかに、光が漏れているように思えた。
光と言っても黒く、禍々しい、タワラや女神の面から漂っていたものに似た光だ。
エマの声が聞こえたのか、メガネをかけたおとなしそうな少年が顔を上げた。
そして、目を見開き、何故か、走り出した。
「え、ちょっと…まって!」
エマは慌てて少年を追って走り出した。
刀が本気で走るには邪魔だが、相手は小学生。
結構距離はあったものの、すぐ縮まる。
縮まったが、エマがまた声をかけようとしたとき、少年はふらっと左に曲がった。
そこに道はない。
道ではなく、さっき通り過ぎた高校の裏門があった。
なぜそこに入ったのか、エマは疑問に思たがとりあえず門の前まで行くと、少年はかばんをごそごそとし、帽子を外してカバンにしまうかわりに面を取り出すと顔に着けた。
「ね、ねえ、露実くん、だよね、逃げないで、話を…あ、ねぇ!」
エマの声を聞くと彼はまた慌てて後者に向かって走り出した。
なぜ、高校に入るのかさっぱりわからない。エマはためらい、周囲の学生の目を気にしたが、追い掛けた。
「おい!君、部外者は立ち入り禁止だぞ」
「あ、えっと」
先生らしき男の人がエマに気づいて走ってくる。
「部外者じゃなくて、えっと、演劇部の、助っ人?で…」
「え、ああ演劇部の?そういえば高校生くらいだね他校生か、そういうときは正面から入ってね」
「あ、はいすいません…」
エマは露実の走っていったほうを見たが、そこにはもういない。
どうしてだろうか
少年が入っていったことには誰も気づいていないようだ。
先生に連れられ、事務室で学内に入るための手続きをとらされる。
見失ってしまったが、見つかるだろうか。
少しため息をつきながら部外者用の札を首から下げながら構内に足を踏み入れた。




