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……男臭いベッドで眠ったせいか、特警隊の夢を見てしまった。
しかも、筋肉軍団こと第一小隊の面々に囲まれて、難癖をつけられている夢を。
ああ、彼らと魔法騎士団との間を取り持つ役目をガルス隊長から仰せつかったというのに、それもたった一日しか果たせず、王都に来てもう幾日過ぎただろう。
皆、元気なのだろうか。
……ああ、そうだ。ヒーリィは特警隊を脱走して行方不明になっているんだ。
どこで何をしているんだろう。
裏組織に戻ったりしてなければいいんだけど。
そういえば、私達を獅子門前広場で襲ったあの少年は捕まったんだろうか。
いや、捕まっていたら、アルヴァは王都に戻ってきているはずだ。
戻ってきていたら、ここで会えるだろうか。
会えたら、特警隊の様子を聞きたい。主に、ガルス隊長のこととか。
第一小隊の奴らは、魔法騎士団とぶつからずにやっているんだろうか。
一体どこに、あの不満をぶつけているんだろう。
他の第八小隊員に八つ当たりしていたら、戻ってから抗議してやる。
そうだ。あいつらの持っていく魔導剣の魔力を、超満タンに充填しておいてやろうか。
そうしておいたら、最初に使うときに、ボン! って魔力が溢れるんだよね。びっくりするだろうな、きっと。
覚醒してからも、目を閉じたままそんなことを考えていると、突然、誰かに頬を撫でられた。
「ひやぁっ!」
驚いて飛び起きると、ガーラント師団長がサッと手を引っ込めて体を起こした。
またか。
私が寝ている隙を狙って寝室に入り込むのはこれで三度目だ。
でも、これも呪いのせいなんだ、と思うと、『ナニ考えてるんだコノ変態!』という気持ちにはならない。
というか、ため息しか出ない。
嫌いな女の寝顔が見たくなるって、どんな気持ちだろう。
逆に、彼が気の毒になってくる。
「今度から、寝るときは部屋の鍵をかけておきます」
その方が、お互いにとって精神的にも独身男女という立場上もいいに決まっている。
ガーラント師団長は無言、無表情のまま、ベッドの裾に腰を下ろした。
この部屋には、他に腰掛けるところがないのだから、仕方がない。
私も、ベッドの枕元に腰掛けると、ブーツを履いた。
「フレドリック・リーディアはいい男だ」
突然、ガーラント師団長はそう切り出した。
「は……? ま、まあ、そうですね。優しい方ですし」
戸惑いながらも、私は素直に応じた。
実際、フレドリックは温厚で優しく、それでいて男らしい。飛びぬけて美男子というわけでもないけれど、顔立ちは整っていて、何より愛嬌がある。
で、何なんですか。その、見合い話を持ってきた上司、みたいな口調は。
「フレドリックはリーディア伯爵の次男だ。リーディア家は穏健派で、現国王陛下の信頼も厚く、何より能力者であるなしに拘らない、大局を見る目をお持ちの方だ」
「はあ」
「兄の手から逃れたければ、リーディア伯爵を頼るしかない」
ハッ、と私は息を呑んだ。
まさか、この人は私を助けようとしてくれているの?
問うような視線を向けると、ガーラント師団長の鋭い眼光が私を貫いた。
「……信じている、と言っただろう」
「え……?」
「助けてくれると信じている、と」
思わず私は腰を浮かせた。
嬉しくて、気持ちを抑え切れなくて、抱きつこうとして、その直前で自分を押し止めた。
あの時、汚いものを跳ね除けるように振り払われた手のことを思い出したから。
「……でも、本当にいいんですか?」
クレイヴは、弟は自分には逆らえないのだ、と言った。
事実、クレイヴに対してガーラント師団長は強い態度に出られないようだった。
それなのに、必ず返せと言われた私を、勝手に他の貴族家へ引き渡して大丈夫なのだろうか。
「私のせいで、師団長の立場が悪くなるとしたら……」
「お前には関係ない!」
強い口調でバッサリと切り捨てられ、私は唖然と口を開いた。
関係ないって、そんな訳ないでしょうに。
「リーディア伯爵には、フレドリックから話を通してもらっている。戻り次第返事を聞くが、恐らくいい返答を聞けるだろう」
「そうですか」
「だが、リーディア伯爵は政治の表舞台におられる方だ。あの方の性格からしてまずないとは思うが、政治的に利用される危険性はないとは言えない」
つまり、伝説の魔導師と同じ異能を持つ者として、政治的な求心力を得るための道具にされる危険性があるというのだろう。
「逆に兄は、絶対にお前をそういう立場には立たせないだろう。それでも、リーディア伯爵を頼るか?」
私はベッドの上に置いた両手を握り締めた。
「このまま解放されて、特警隊に戻れるという選択肢はないんですね?」
「当たり前だ。お前のような危険人物を野に放つことなどできん」
危険人物。
だから、お屋敷からいなくなった時、逃げたと思って必死で探してたんですね。
本当は、薬盛られて連れ出されて殺されかけたっていうのに。
「政治的に利用されるより、私のような異能の持ち主を増産されるほうが恐ろしいですよね」
だって、野に放つことなどできない危険人物を、人工的に大量に作り出そうというのだから。
「リーディア伯爵の元へ参ります」
「そうか」
小さく呟くと、ガーラント師団長はベッドから腰を上げた。
「あの、ありがとうございました」
私も立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
顔を上げた瞬間、物凄い力で腕を引っ張られた。
鼻が、制服越しの硬い胸板に激突するくらいの力で。
ええええっ、と混乱する私の両肩を包むように抱きしめるガーラント師団長の顎が、頭頂部に当たるのが分かった。
小さく、胸の鼓動が聞こえる。
これは、彼のだろうか。それとも、私のだろうか。
暖かな腕の中で、私はこのまま永遠に時が止まればいいと思った。
この不安定で不確かでせつな過ぎるこの安らぎが、永遠に続けばいいと。
両脇にだらんと垂らしたままの手を持ち上げて、彼の背に回そうとして、どうしてもその手で彼にしがみつけなかった。
ほんのちょっとの刺激でさえ、この幸せを崩壊させてしまいそうで怖かった。
私が、ウィル自治区出身でさえなければ。
ガーラント伯爵家と釣り合うだけの身分の女性だったら。
そうしたら、あなたは私のかけた呪いを、素直に受け入れてくれただろうか。
微動だにせず、私は彼の温もりに包まれていた。
どれだけの時間が過ぎただろう。
ほんの何十秒だったのかも知れないし、何分も経っていたかも知れない。
ゆっくりと腕が解かれ、解放されても、私はガーラント師団長の顔を見ることができなかった。
そこに表れている、嫌悪と憎悪の色を見るのが怖かったのだ。
そのまま、彼の軍靴が踵を返し、視界から消えるのを、私は俯いたまま見ていた。
ドアが開閉する音が聞こえ、足音が遠ざかっていくと、私はそのまま床にペタンと座り込んだ。
ぬくもりが失われ、余計に寒さが身に沁みた。
心の籠もらない、衝動的な愛情表現。
そんなものに振り回されて、幸せを感じてしまうなんて。
……やっぱり、リーディア伯爵を頼ることにしてよかった。
王宮を出て、他の貴族に引き取られることになれば、きっとガーラント師団長との接点は無くなる。
そうなれば、きっとすぐに忘れられる。
この、叶えられてはいけない、邪な恋心を。




