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 王宮内は衛兵と、今は警備担当の魔法騎士団第二師団が警備に当たっている。捕まらずに王宮の外へ逃げ出すなんてまず無理だろう。

 でも、クレイヴが恐ろしい研究をしていることを、誰かに伝えなきゃいけない。衛兵に捕えられたとしても、彼の手から逃れられるのならそれに越したことはない。

 彼がやろうとしていることを訴え、あの恐ろしい研究を阻止してもらう。

 ……けれど、あの研究が、国王陛下もお望みのことなら?

 そう思い至った途端、私は足を止めていた。

 クレイヴに研究を許可したのは陛下だ。私は不死身の軍隊を創るために、ここへ連れてこられたんだ。

 国王陛下の御意志に逆らってまで、私の味方をしてくれる人がいるだろうか。

 いたとしても、どうやってそんな人を探せばいいのだろうか。

 私は思わず漏れそうになる嗚咽を堪えながら、近くにあった植木の陰に座り込んだ。

 ……私って、一体何なの。

 政治的に利用される存在で、血は恐ろしい軍隊を作る材料にされ、人の命を救うとその人の心を奪ってしまう。

 よくよく考えれば、とても危険で恐ろしい存在だ。なんで私は、そんな存在になってしまったんだろう。

 こんな奴、いなくなった方が、世の中の為なんじゃないの……?

 夜明けの冷たい風が、体温を奪っていく。

 私は自分を抱きしめるように、ぎゅっと腕を回した。

 私が死んだら、ガーラント師団長の呪いも解けるだろうか?

 ぶるっ、と私は身を震わせた。

 でも、死ぬっていったって、どうすればいいんだろう。あんなに刺されて川に放り込まれても死ななかったのに。

 それに、クレイヴの手の届く場所で死んだりしたら、その後、この身体をどんなふうに利用されるか分かったもんじゃない。血を抜き取られ、解剖されるのは目に見えている。

 ……ああ。身体よりも先に、心が死んでしまいそうだ。

 どの道を辿っても、自分が納得できる将来は見えてこない。

 私は涙を拭うと、ゆっくりと立ち上がった。

 どこへ行けばいいのか、誰に助けを求めていいのか分からない。

 生きていていいのか、死んだほうがいいのかも分からない。

 どうすればいいのか、誰か教えてほしい。

 私はただ、普通に生きていたいだけなのに。

 毎日、飾り気のない部屋で起きて食堂でご飯を食べて、訓練に魔力充填、警邏、部屋に戻って寝る、の繰り返しだったあの特警隊での日々が、どれほど平和だったことかと改めて認識する。

 当てもなく植木の陰を歩きながら、私は白み始めた空を見上げてため息を吐いた。

 結局、私には何もできない……。

 自分が自由になることも、自分が捕えた人の心を自由にすることも。

 ああ、ほら、あんまり望むから、幻影まで見えてきちゃった。

 植木が伸びるその先に、白銀の髪の男が立っていた。


「貴様。そんなところで何をしている」

 長い足で、あっという間に距離を詰めて来るガーラント師団長を見つめていると、次第にその姿がぼやけていく。

 明け方の冷気に晒された私の頬を、熱い涙が幾筋も流れ落ちていった。

「……っ」

 嗚咽が止まらない。

 きっと、彼は私をクレイヴの元に連れ戻すだろう。どんなに理由を話したって、きっと聞き入れてはもらえない。

 いや、私が懸命に望めば、ひょっとすれば彼は私の願いを聞き入れてくれるかも知れない。けれど、それは彼を苦しめることになる。

 ああ、でも、どうせなら、徹底的に嫌われればいいんだ。自分勝手な願いを押し通して彼を苦しめて、これ以上はないくらい憎まれればいい。

 ……そうすれば、彼の心は私から離れていくんじゃないか。

 意を決して、私は口を開いた。

「……私、もう魔導科学研究所には戻りたくない」

「何だと?」

 金色の瞳が、射抜くような光を湛えて私を睨んでいる。

「私を助けて。クレイヴの実験を止めさせて」

「貴様、誰に何を言っているのか分かっているのか」

 地を這うような低い声に、心が挫けかける。でも、もう後戻りなんてできない。

「分かっているわ。あなたに助けを求めているの、アレックス」

 ガーラント師団長の秀麗な顔が、怒りに赤く歪む。

 ああ、やっぱり怒るんだ。

 悲しみと後悔で胸がいっぱいになる。

 もし、助けを求めたのがフィリア王女なら、あなたは喜んでその手を差し伸べるんじゃないの?

 そう思うと、広がった苦い痛みが、私の心の残酷な部分を駆り立てた。

 もっと怒りなさい。もっと憎みなさいよ、私を。板ばさみになって、苦しめば苦しむほど、あなたの心は私から離れていくでしょう。

 私があなたにできることは、こんなことくらいしかない……。

 私は自分から、ガーラント師団長との距離を詰めた。その分、彼は一歩下がる。

「……やめろ。私がお前を助ける訳がないだろう」

「いいえ。きっとあなたは助けてくれる。私は信じている」

 彼を追い詰めるのを分かっていて言うのは辛い。本当は、こんなふうに憎しみに歪んだ表情かおをさせたくはないのに。

 その時だった。

「そこまでだよ、メウル」

 背後から投げかけられた声に、私は肩を震わせた。


 振り返らなくても分かる。目の前にいる男の兄が、私の逃亡に気付いて追ってきたのだと。

「……アレックス!」

 縋るように伸ばした私の手は、汚いものを払うような仕草で払われてしまった。

 私の心の中で、何かが砕け散ったような気がした。

 心からの、最後の望みだった。この手を取って、共に逃げて欲しい、と。

 ……ねえ、本当は嘘でしょ? 私が命を救った人の心を奪うだなんて。

 だって、彼は私を助けてくれない。こんなに私が望んでいるというのに。

 心が、わさっと揺れ、笑いのような感情が込み上げてきた。

 結局、誰も私を助けてくれる人なんていないんだ。

「さあ、戻るよ、メウル」

 クレイヴの手が私の腕を掴む。肌が粟立ち、激しい拒絶反応が起きる。

「嫌っ! 離してっ!」

「聞き分けのない子だね。君には他にどこにも行く場所なんてないのに」

「離してよ! 嫌だったら、嫌!」

 必死でもがいても、鍛えてもいなさそうなあの細い体のどこにそんな力があるのか、クレイヴの手は振り解けない。逆に、背後からがっちりと羽交い絞めにされてしまい、身動きが取れなくなる。

「そうだ。今後妙な気を起こさないよう、何か対策を立てておいたほうがいいね。何がいいだろう。……そうだ。俺達が夫婦になればいい。そうすれば、君はずっと俺の側にいることになる」

 ……言われたことのあまりの衝撃に、私は凍りついたように動きを止めた。

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