第14話 私の騎士様
決闘終了後、ミーシャとの決闘に無事勝つことができた私は安堵する暇もなく──兄であるサミュエル・フェルゼンからお叱りを受けていた。
円形闘技場の控え室にて。
身内だからと通されたサミュエルは、私を発見するや否やこんこんと問い詰める。
「────いいか? クラリス。俺がどれだけ心配したか分かっているのか? 手紙には男子生徒達に苛められたとか、エドガーが他の令嬢とイチャついてるとか書いてあって、めちゃくちゃ心配したんだぞ。勿論俺だけじゃなくって、親父もお袋もすごく気にしていたんだからな?」
「は、はい」
「で、だ。いざ学園に来てみれば、決闘なんか開かれている。いいか? 決闘っていうのは、ちょっと上の世代の蛮族みたいな先輩らが勢いに任せてやるようなもので『今時誰がこんなことするんだよ(笑)自殺願望ある奴しかやんねえだろ』っていうくらいのレベルだったんだぞ?」
「……………………はい」
「それで『どんな馬鹿が決闘なんかしてるんだろう』と思って見たら、お前がいるじゃねえか! 本気でびっくりしたんだぞ? 妹が上の世代の蛮族みたいな先輩らと同じことをしていたんだからな?」
「……………………大変申し訳ありませんでした」
「分かっているな?」と言い募るサミュエルに心から謝罪する。決闘用の真っ黒な礼服から着替えることもできず、ただひたすら頭を下げた。
正直言って、決闘に出たことに一切の後悔はない。
けれどサミュエルや育て親であるフェルゼン子爵家当主達をひどく心配させたのだ。彼らに対してひどく申し訳ない気持ちになる。
(それにしても、まさかミーシャがあそこまで弱いなんて………)
乙女ゲーム『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』の主人公たるミーシャはいずれ様々な敵をその剣で倒していく。
そのためゲームプレイヤーだった頃の名残で勝手に彼女を「強い」と認識していたのだが、今は序盤も序盤なのだ。
他キャラクターよりもステータスは多少優遇されているものの、ミーシャは学園に入学したばかり。
碌に訓練もしていない状態の彼女は、想像よりずっと弱かった。
勿論勝つつもりでいたけれど、ミーシャが強くなる前に倒せたことにほっと安堵する。
するとその時、サミュエルが気まずそうに聞いてきた。
「おまけに髪まで………もしかして騎士科の男共にやられたのか?」
「いえ、これは自分で切りました」
「自分で切ったのか!? いや、苛めで切られたとかじゃなくて良かったけども………」
「いや、良かったのか………?」と首を捻るサミュエルに、またも申し訳ない気持ちになる。
サミュエルの内心を考えればそりゃそうだろう。
心配して学園にやって来たら、当の妹は決闘なんかしているわ、断髪までしているわ………。
「あの、お兄様、ご心配おかけして、本当に申し訳ありませんでした」
改めてそう謝罪すると、サミュエルは大きな溜め息を吐いた。
そして仕方なさそうにぼやく。
「まあ、お前が数年ぶりに剣を握ったんだ。それなりの理由があったんだろ?」
「え?」
「相手はエドガーと仲良くしていた令嬢なんだろ? だが、それだけの理由でお前が相手をぼこぼこにするなんて、俺にはどうしても思えねえんだよ。………クラリスが剣を握る理由は、いつも他人のためじゃねえか」
そう話すサミュエルに目を丸くする。
「お前が剣を習い始めたのも、単に興味があったからとかじゃないだろ? ………どうせ、ルネさんの笑顔が見たくてやってたってとこだろ」
「……………」
「昔魔物を倒したのも、男の子を守るためだったからだよな」
「……………うん」
いつの間にか敬語が外れて、幼い子供のように頷いてしまう。
そして兄が呆れたような笑みを浮かべて口を開いた。
「それで、今度もちゃんと誰かを守れたか?」
そんな彼の言葉にふとエリザベートの顔が思い浮かんだ。
客席から心配そうに、祈るように両手を握りしめて私を見つめていた少女。
決闘が終わってすぐだから、まだエリザベートとは話せていない。
けれど決闘に決着が付いた直後、客席から涙を浮かべて微笑んでくれた彼女の顔が脳裏を過った。
「……………うん、守れたと思う」
原作のクラリス・フェルゼンという少女は、主人公のミーシャ・ホワイトに対して毒を盛って倒そうとした。
おそらくそれは過去のトラウマによって、衆人環視の中で剣を握ることが怖くなってしまったのだろう。
けれどそれを、私は乗り越えられた。
乗り越えられた先で、心優しきエリザベートを救済できたのだ。
「そうか。ならもう言うことはないな。決闘相手のミーシャ嬢の………ホワイト男爵家だっけか? ホワイト男爵家にはフェルゼン子爵家から一筆書いておく。ここで禍根が残るのも嫌だもんな」
「…………ありがとう。ありがとうございます。お兄様」
「別に良いって」
ぽりぽりと頬をかきながら話す兄に、自然と笑みがこぼれる。
するとサミュエルは「それで話は変わるんだが」と口を開いた。
「エドガー・ウッドロックとの婚約はどうする? というより、お前はどうしたい?」
「へ?」
むしろそれは私が決めても良いものなのだろうか?
そんな私の考えを見抜いたのか、兄が続ける。
「最終的な判断はフェルゼン子爵家当主──俺達の親父が決める。だが当の本人であるクラリスの意見も無視するわけにはいかんだろう」
「私は…………」
ふとエドガーとのこれまでを思い出す。
10歳の頃から婚約関係であったエドガー。
気弱でいつもおどおどしている私を「守ってやる」と言ってくれた男の子。
けれど王立学園に入学して、ミーシャと出会って────私が騎士科の男子生徒達から苛められていたにも関わらず「アイツらがそんなことするわけないだろう」と信じてくれなかった婚約者。
一番守ってほしかった時に守ってくれなかった。
いや、守ってくれなくたっていい。
ただ信じてほしかったあの時に、私よりもミーシャや騎士科の男子生徒を信じた彼に失望してしまった。
この先彼と結婚して、ウッドロック子爵家の夫人として、どんなことがあっても彼を支えてやれるかと言われたら悩んでしまう。
「……………エドガーに言われたんです。私が騎士科の一部の人達から嫌がらせをされた時、『アイツらがそんなことするはずない』って。『そんな嘘を吐くような奴だと思わなかった。こんなことするなら婚約破棄でもするか?』って」
そんな私の言葉を兄は黙って聞いてくれる。
そしてそのまま続けた。
「それに私、『分かった』って言っちゃったんです。あれだけ好きだったのに、エドガーとの婚約なんてもう良いと思ってしまったんです。……………その気持ちは、今も変わりません」
この婚約が最終的にどうなるかは分からない。
貴族同士の結婚に、恋だとか愛だとか極論必要ないかもしれない。
けれどこれだけ親身になってくれる兄に対して嘘を吐くことはできず、正直に今の気持ちを伝える。
するとサミュエルはしばらく思案した後「そうか」と頷いた。
「この婚約を継続するかは親父が決めることだ。だが、お前の意見も尊重しよう。…………とはいえ、最近ウッドロック子爵家がきな臭くてな」
「え?」
「元々エドガーとクラリスの婚約は白薔薇の騎士ルネ・シュバリエの血を、優秀な魔法騎士を輩出するウッドロック子爵家に取り込むために決められたものだったんだ」
サミュエルの説明に呆然とする。
塞ぎ込みがちだった当時の私を心配して、ウッドロック子爵家がエドガーを紹介してくれたものだと思っていたのだ。
しかしそれと同時に「そりゃそうか」と納得した。
今考えれば、ただの近隣領地に住む同世代の貴族の娘のために、大事な息子を差し出すとは思えない。
「ここ数年ウッドロック子爵家は王家直属の優秀な魔法騎士を輩出できていない。騎士団長も違う家の者が選ばれ、正直あまりパッとしていなかったんだ」
「そんな………」
「それでルネさんの娘であるクラリスを探し当てて婚約を、という話になったんだが…………お前って結構なよなよしてるだろ?」
「へ?」
突然の罵倒に思わずポカンと固まってしまう。
しかしまあ、それは事実であるため頷いてみせれば、サミュエルは眉を顰めながら話した。
「お前のその感じを見て、先方は………その、本当に白薔薇の騎士の娘なのか?って疑い始めてな。
お前だけじゃなくて、優秀な騎士を輩出する家の娘に目を付け始めたみたいで………その上、先代王妃テレジア様を暗殺した革新派の貴族残党を使って、市井に住む魔力のある娘にも目星を付けていたらしいんだ」
「え、ええ………」
「もしそれが事実ならばこんな裏切りはないだろう? 親父もお袋も穏便に婚約を断る理由を探していた最中でな………。だからおそらく、この婚約はなかったことになるだろう」
そんな風にあっけらかんと話すサミュエルに「え、え?」と戸惑ってしまう。
(え、私、そんなこと思われてたの? 確かに白薔薇の騎士の娘とは到底思えない程なよなよしているけども………)
しかしそこであることに気付いてしまった。
乙女ゲーム『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』では、エドガールートになると、ウッドロック子爵家の人達が諸手を挙げてミーシャの存在に喜ぶのだ。
「ミーシャのような令嬢を迎えられて良かった」と。
おそらくあれは剣の才能を確実に持つ令嬢とエドガーが結ばれることになって喜んでいたのだろうと気付く。
白薔薇の騎士の娘っぽくなさそうな、いや、娘ではないかもしれない女よりもよっぽどマシだと思ったのかも。
「ま、最終的にどうなるかは分からんけどな! とにかくフェルゼン子爵家の現状の意向をクラリスには伝えられたし、お前の気持ちもよく分かった。俺はそろそろここを出るよ」
「え? あの、そんな急に…………」
「後がつっかえているからな。ほら」
そう言ってサミュエルは控え室の扉を指さす。
そこには心配そうな顔をして佇むエリザベートの姿があって、私は慌てて立ち上がった。
するとそんな私にサミュエルは噴き出す。
それから彼は立ち上がって、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「へ、あ、お兄様?」
「頑張れよ。お前がルネさんの娘ってことで色々と言われるかもしれんが、学園生活は始まったばかりなんだ。────大いに楽しみなさい」
そしてサミュエルが一通り私の髪をくしゃくしゃにした後、そのまま立ち去ろうとする。
サミュエルとエリザベートがすれ違った瞬間、何か話し合っているが聞こえない。
しばらくして、エリザベートは私のもとへ駆け寄ってきた。
「────クラリス!!」
そしてそのまま、彼女は飛びつくように私の身体を抱きしめる。エリザベートの緩くウェーブした柔らかい髪が私の頬を撫でた。
それから彼女は私の耳元で囁く。
「………………ありがとう。私を守ってくれて」
そんな彼女に首を横に振ろうとする。
しかしエリザベートはそうする前に、静かに告げた。
「本当にありがとう。私の騎士様」
あまりにも優しい声音に、ふと涙が出てしまいそうになる。
彼女を守れて、本当に良かった。
湧き上がる喜びと愛おしさに、胸がいっぱいになる。
同時に亡き先代王妃テレジア様にお仕えした母も、きっとこんな気持ちになったんだろうなと思った。
読んでいただき、ありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




