第12話 決闘② サミュエル視点
クラリスの兄、サミュエル・フェルゼンは王立学園に赴いていた。
つい先日届いたクラリスからの手紙に、複数の男子生徒達から執拗な嫌がらせを受けたと書かれていたからだ。
その上、婚約者であるエドガーと騎士科のミーシャという女子生徒が必要以上に仲睦まじくしているため、危惧しているとも。
学園側からの手紙にもその旨が書かれており、クラリスに嫌がらせを行った男子生徒達は停学処分にしたと記されていたものの、サミュエルは学園で酷い目に遭った妹のことを義兄として心配していた。
だからこそ忙しい両親に代わってサミュエル自身が学園に赴き、クラリスから話を聞こうと思っていたのだが────そこでサミュエルは愕然とする。
なんせクラリスが『決闘』に出ていたからだ。
学園に辿り着き「え? 決闘なんかしてるの? 物騒過ぎて俺らの代では誰もやらなかったよ?」と思って、のこのこと闘技場に来てみれば、クラリスが出ているではないか。
一体何の間違いかと思ったが、渦中の令嬢ミーシャ・ホワイトがクラリスの剣によって翻弄されている。
その現状にこれが現実であることを理解した。
「やってるなあ………」
円形闘技場の客席にて。
斬撃を繰り出すミーシャをいとも簡単に躱していくクラリスに、サミュエルは力無く笑う。
するとその時、横から誰かがやって来るのに気が付いた。
艶やかな黒髪に人好きするような笑みを浮かべた──どこか胡散臭い雰囲気の好青年。
白いタイを身に着けているため、特進科の生徒であろう。
そんな彼にサミュエルは首を傾げた。
「初めまして、サミュエル・フェルゼン殿。特進科一年のロラン・ルシエールと申します」
「ルシエール………確かヴァロワ侯爵家の分家の………」
「ええ。従兄弟であるエリザベート・ヴァロワを通じ、クラリス嬢とは仲良くさせていただいております」
クラリスの手紙には、ヴァロワ侯爵家の長女エリザベートに今回の件でとても世話になったと書かれていた。
執拗に嫌がらせをしてくる騎士科の男子生徒達に啖呵を切り、彼らを諫めてくれたのだと。
そしてロランという青年にも親切にしてもらったと書かれており、サミュエルはそこで「ああ、彼のことか」と理解した。
「これはどうもご丁寧に。フェルゼン子爵家の長子サミュエルと申します。この度は妹のクラリスが大変世話になったとか………」
「いえ、大したことは何も。それよりも一つ、お聞きしたいことがございます」
そう言ってロランは闘技場のフィールドで剣を構えるクラリスを見つめる。
「…………クラリス・フェルゼンは先代王妃──現国王陛下の亡き妻テレジア様に唯一仕えた女騎士ルネ・シュヴァリエと、何か関わりがあるのでしょうか」
『白薔薇の騎士』ルネ・シュヴァリエ。
そんなロランの言葉にサミュエルは一瞬思案する。
「……………というと?」
「実の娘なのではないでしょうか」
あっさりとそう言い切るロランに「まあ、バレるよな」と内心苦笑する。
白薔薇の騎士の愛剣アルヴェインに白刃流という流派、そしてルネと同じ金の髪に深い碧眼。
血縁を疑わない方がおかしいだろう。
(まあ、表立って話されていないだけで隠してはいないが………)
「先代王妃テレジア様は革新派の貴族の者により呪殺されました。このことをきっかけに自責の念に駆られた騎士ルネはテレジア様の喪に服した後、消息を絶ちましたが………」
先代王妃亡き後、騎士ルネのあまりの憔悴ぶりを案じた国王陛下は、彼女に無期限の休養を告げたのだ。
同時に新たに迎えられる現王妃(第一王子ウィリアムの母)をルネが受け入れられるのかということも懸念しており、王都から離れさせたと聞く。
それもあって先代王妃の後を追い、自死したのではないかという噂も流れていたのだが………
「やはりクラリス嬢が『白薔薇の騎士』の娘なのですね」
否定しないサミュエルにロランがはっきりと断定する。
それにサミュエルはぼんやりと、これまでのことを思い返していた。
◇◇◇
先代王妃テレジアを亡くしたルネ・シュヴァリエは、昔馴染みであるフェルゼン子爵家の分家筋の男と結婚したのだ。
そこでルネは自らの肩書きを隠し、夫ともに小さな屋敷で静かに過ごしていたらしい。
そんな中で生まれたのがクラリスだった。
気弱で大人しく、引っ込み思案。
けれど壁に掛けられた愛剣を見て興味深そうにするクラリスに、「普段我が儘一つ言わない娘がやりたいなら」と剣の手ほどきをしたそうだ。
そして────
(天才だったんだよなあ…………)
教えたことを一度で覚えるわ、野生動物並みに勘が鋭いわ………。元々あの気弱な性質は、周囲の物音や空気に人一倍敏感であったことから生じた副産物であったそうで、一度剣術を教えればクラリスは乾いた地面が水を吸うような早さで技を身に付けた。
けれどある日、幼いクラリスが森を散策していると、魔物に襲われる少年と出くわしたらしい。
そこでクラリスはルネに教わった剣術で魔物を退け、少年を助けたという。
(……………だけど、それが最後になったんだよなあ)
クラリス自身にとっては、ただ誰かを守りたかっただけに過ぎない。
しかし魔物を斬り伏せた彼女の姿を目の当たりにした少年は、助けられた安堵よりも年不相応な少女の剣技に恐怖してしまった。
そしてその噂は瞬く間に市井へ広がっていったのだ。
────あの子供が魔物を斬ったそうよ。
────魔法も使わずに倒したんだって?
────末端とはいえ、貴族の子らしいわよ。
────逆上したらどうなることやら。
────人の子の皮を被った『化け物』かもしれないぞ。
その出来事を境に、クラリスは剣を握らなくなってしまった。
剣を振るえば人に怖がられる。
誰かを守ろうとすれば、その誰かを傷つけてしまうのではないか。
ただでさえ人の目を気にする性格だったクラリスにとって、それはあまりにも重い経験だったのだろう。
そしてクラリスが10歳の頃、両親を流行り病で亡くし、噂の広まった土地から遠く離れた本家フェルゼン子爵家の領地へ引き取られた。
それ以降、クラリスは随分と貴族の令嬢らしく育ったものである。
「…………もしかしてサミュエル殿も剣の腕に自信が?」
「まさか。フェルゼン子爵一族がそういったことに明るいと思われるのは御免です。それに俺はただのしがない末端貴族ですので」
どこか期待するような視線で尋ねてくるロランに、サミュエルは「ははは」と苦笑した。
その時、ミーシャの特大魔法がクラリスに向けて放たれた。白く瞬く巨大な斬撃が轟音と共に凄まじい速さで迫っていく。
しかしそれをクラリスは一閃した。
ゆらりと動いたかと思えば、目に見えぬ速さで斬撃を繰り出し、一瞬にしてミーシャとの間合いを詰める。
(勝負あったな)
その光景に兄であるサミュエルが溜め息を吐く。
クラリスの髪が短くなっているのも気になるし、聞きたいことが山程あるのだ。
そして自身の隣に佇むロランという青年がどのような顔でクラリスを見つめているか、彼は知る由もなかった。
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