第10話 騎士の誉れ
決闘は学園に併設された円形闘技場で行われる。
代々そこでは騎士科による剣術大会や魔術科による魔導技会などが開かれるのだが、『決闘』というシステムにも使われることが決められていた。
円形闘技場にある薄暗い控室にて。
私は決闘用の真っ黒な礼服に身を包んでいた。
学園の制服とは真逆の色合いをした黒のパンツスーツで、所々金の刺繍が施されている。
(おそらくミーシャは剣を使うだろうな)
ゲームと同様、魔法騎士らしく付与魔術を使いながら剣で戦うのだろう。対するエリザベートは杖を使っており、魔法によって交戦していた。
私も一応魔法が使えるため、武器となる杖をじっと見つめる。
するとその時、控室の扉がノックされた。
顔を上げれば、そこには沈痛な面持ちのエリザベートが佇んでいる。
エリザベート様、そう声をかけようとした瞬間、彼女は私の身体を抱きしめた。
「…………エリザベート様?」
気付くとエリザベートの肩がかすかに震えていた。
そしてしばらくして、彼女がぽつりとこぼす。
「…………どうして、そこまでして……髪まで切って…………!」
エリザベートが私の髪をそっと触れる。
彼女の言う通り、腰まであった私の髪は肩に付くくらいの長さで切られていた。今回の決闘において邪魔になるだろうと、自ら断髪したためである。
けれどそんなことはどうだって良い。元々女の子らしい子がタイプだったエドガーに合わせて伸ばしていただけだし、何より決闘に勝つためならば邪魔なものは一切排除して挑むのが筋だろう。
するとそんな私にエリザベートが声を震わせながら吐露した。
「やっぱり私が決闘に出るわ。貴女が私の代わりに傷付くなんて、絶対におかしいもの」
「エリザベート様…………」
「代理で決闘に出ると言ってくれたけど、こんなことをする必要なんてどこにもないのよ」
そう言って笑みを浮かべてみせるエリザベートに言葉を失う。
当初、代理で決闘に出ると宣言した私にエリザベートは反対していたのだ。何も貴女がそこまでする必要はないと認めようとしなかったのである。
けれどもし、エリザベートが出たとして、ミーシャに勝てるだろうか。
エリザベートは魔法が使えるものの、魔力が極端に少ない。そうなれば呪具を使用して勝つしか手段はないだろう。
原作通り彼女は破滅する。
そんな結末、絶対にあってはならない。
そういったわけで無理矢理にでも私が出ることにしたのだが、やはりエリザベートは今も納得していない様子だった。
そしてそんな彼女に、どこかふわふわとした気持ちで口を開く。
「これは私の自己満足なので、エリザベート様は気にする必要はありません」
「でも………」
エリザベートがかつて私に言ってくれたように言ってみせる。
けれどそこでふと思った。
いや、違うだろう。
これは自己満足なんかじゃない。
むしろ────
「────誉れです」
その言葉にエリザベートが目を見開く。
目には涙の膜が張っていて、控室の照明によってきらきらと光っていた。
きれい。
そんなことを思いながら、私は彼女に向かって晴れやかな気持ちで告げる。
「……………私は決して『騎士』ではありません。けれど、今この瞬間だけでも貴女の騎士としていれることができるなら、これ以上の名誉はないでしょう」
騎士科の男子生徒達に苛められていた私を助けたのは、誰だっただろうか。
気弱な私の手を引いてくれたのは、他でもないエリザベート・ヴァロワという少女だ。
「心優しき高貴なる身の上の方をお守りすることができるなんて────騎士たる者の誉れでしょう」
エリザベートが目を丸くしながら、じっと私を見つめる。
心配しないで。大丈夫だから。
そんな気持ちで私はエリザベートを見つめ返した。
するとその時、控室の外から軽快なラッパの音色が聞こえてきた。
決闘がそろそろ始まるのだろう。
そして私は踵を返し、ミーシャの待つ闘技場へと足を進めた。
◇◇◇
円形闘技場には学園の全校生徒が詰めかけているようだった。
フィールドをぐるりと囲うように設置された客席には騎士科や特進科は勿論のこと、魔術科の生徒達も集まっている。
中にはヴァロワ侯爵家と対立する貴族の子息もおり、剣呑とした瞳で睨みつけてくる者達もいた。
たくさんの人の目に対して気の弱い自分は怖気づいてしまうんじゃないかと思ったが、意外とそうでもないことに驚く。
この決闘に勝たなければならないという思いが、何よりエリザベートを悲しませたくないという気持ちが上回っているようだった。
フィールドに入場し中央に行けば、すでにミーシャと審判の教師が待ち構えている。
ミーシャも私と同じ決闘用の黒い礼服を纏っており、手には細い刀身の剣があった。
鍔には薔薇の文様が施されており、それがかつて白薔薇の騎士が持っていた愛剣『アルヴェイン』に酷似していることに気付く。
するとミーシャが私に対して、剣を構えた。
「まさかクラリスと戦うことになるなんてね………! 貴女がどんな魔法を使おうとも、この剣で倒してみせるわ!」
「………………それは『アルヴェイン』?」
「残念ながら模造刀よ。でも白薔薇の騎士が持っていたものと性能はほぼ同じなんだから」
やっぱり模造刀かと内心思う。
本物のアルヴェインは刀身に細い溝が走っており、光に当たると薔薇の蔓が巻き付いているように見えるからだ。
そしてミーシャは好戦的に言い放つ。
「この学園に来てから、私はどんなに辛い訓練にも耐えてきた! 特進科でのんびりお茶を嗜んでお菓子を摘まんでいるようなお姫様には絶対に負けないんだから!」
「………………」
「かつて白薔薇の騎士が使っていたとされる白刃流の剣術で、絶対に勝ってみせる!」
そんなミーシャを前に、私も杖を構える。
どうだって良い。
相手がなんであろうと倒すだけだ。
そして私は自身の杖に魔力を込める。
「────顕現せよ」
次の瞬間、杖が淡く光り輝いた。
木の幹を伝うように魔力が走り、刻まれた傷の一つ一つが白く瞬いていく。
杖そのものが、低く唸るように震えた。
そして────
────キィン
澄んだ金属音が響いたかと思えば、大気中の魔素が杖に引き寄せられるように吸収されていく。
杖の内側から閃光のような光が瞬き、一瞬にしてそれは姿を変えた。
柄が生まれ、鍔が現れる。
そして最後に細い溝の走った、薔薇の蔓のような刀身が光の中から姿を現した。
「あれは………」
客席の中から誰かの呆然とする声が聞こえる。
そして私は模造刀ではない、本物の『アルヴェイン』を構えた。
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