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恋愛については未履修です ~転生先では恋愛心理学の教授になっていました~  作者: パト山


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27.悪意の渦

黒い魔法陣が空を覆う。

 学院中へ、不快な囁きが降り続けていた。

『お前は必要ない』

『どうせ見捨てられる』

『失敗する』

 耳ではなく、心へ直接流し込まれてくる声。

 生徒たちの呼吸が乱れ始める。

「っ……」

 ネリィが壁へ手をついた。

 ミレイも珍しく顔色が悪い。

「これ、キツ……」

 チヒロは周囲を見回した。

 まずい。

 この術式は、“個人の弱い部分”を的確に突いている。

 しかも、一人だけではない。

 学院全体へ同時に。

「セシリアさん、この魔法止められます?」

「術式そのものを破壊するには時間が必要です」

 セシリアが空を睨む。

「相手は学院地下の霊脈へ干渉しています。かなり大規模ですね」

「つまり即解除は無理か」

「ええ」

 ルミナが唇を噛む。

「このままだと、生徒たちの精神が……」

 その時だった。

「う、うわぁぁっ!!」

 一人の男子生徒が突然叫んだ。

 魔力が暴発。

 風圧が周囲を吹き飛ばす。

「きゃっ!」

 近くの生徒が悲鳴を上げる。

「落ち着け!」

 教師たちが押さえようとするが、男子生徒は錯乱していた。

「俺なんか嫌われてるんだろ!? だったらもう……!」

 空気が歪む。

 危険だ。

 完全に感情へ飲まれている。

 だが。

「おい!」

 チヒロが前へ出た。

「……っ、先生!」

 ルミナが止めようとする。

 だがチヒロは男子生徒を真っ直ぐ見る。

「お前、今“嫌われてる”って確信してるな?」

「だ、だって……!」

「誰に言われた?」

「え……」

「誰が“お前を嫌いだ”って言った?」

 男子生徒が言葉に詰まる。

「そ、それは……」

「今お前が信じてるの、“不安”だろ」

「っ……!」

「不安は断定口調で話しかけてくる」

 チヒロはゆっくり言った。

「“絶対失敗する”

 “絶対嫌われる”

 “価値がない”って」

 男子生徒の呼吸が少し揺れる。

「でもそれ、“感情”であって、“事実”じゃない」

 周囲の生徒たちも静かに聞いていた。

 チヒロは続ける。

「人間、不安になると“最悪の未来”を勝手に確定させるんだよ」

「……」

「でもな」

 チヒロは少し笑った。

「未来って、そんな簡単に決まらない」

 暴走していた風が少し弱まる。

「嫌われるかもしれない。

 失敗するかもしれない。

 でも逆に、ちゃんと伝わるかもしれないだろ」

 男子生徒の瞳が揺れた。

「今のお前は、“一番悪い可能性だけ”を信じてる状態なんだよ」

 静寂。

 やがて。

 男子生徒の魔力が、ゆっくり収まっていく。

「……あ」

 周囲の空気が戻る。

 ルミナが小さく目を見開いた。

「抑え込んだ……?」

 セシリアも黙ってチヒロを見ていた。

 その時。

 空中の黒い魔法陣が脈動する。

 直後。

『――排除対象確認』

 低い声。

 学院中へ響く。

『異世界教師・斉藤チヒロ』

「っ!?」

 次の瞬間。

 黒い槍のような魔力が、空からチヒロへ降り注いだ。

「先生!!」

 ルミナが叫ぶ。

 だが。

 ガギィィン!!

 氷の壁が槍を防いだ。

 セシリアだった。

「狙いが露骨ですね」

 彼女は冷たく言う。

「よほど邪魔らしい」

 その瞬間。

 空中の魔法陣から、無数の黒い影が現れた。

「なっ……!」

 人型。

 だが顔がない。

 感情だけで形作られたような異形。

「精神体……!?」

 ルミナが杖を構える。

 セシリアが即座に分析する。

「感情エネルギーを媒介にした使い魔です。実体は薄いですが数が多い」

 黒い影たちが学院へ降下を始める。

 生徒たちが悲鳴を上げた。

「きゃああっ!!」

「逃げろ!!」

 だがチヒロは影を見ながら、逆に眉を寄せた。

「……いや、待て」

「先生?」

「あれ、“恐怖に反応してる”」

 影たちが、怯えた生徒へ優先的に近づいている。

「感情を餌にしてるのか……!」

 セシリアも気づく。

「厄介ですね。恐慌状態になるほど敵が強化される」

 するとチヒロがぼそっと言った。

「これ、パニック映画と同じ構造だな……」

「はい?」

「恐怖が恐怖を呼ぶ」

 チヒロは深く息を吸った。

 そして叫ぶ。

「みんな聞け!!」

 学院中へ声が響く。

「今から絶対に“一人になろうとするな”!!」

 生徒たちが顔を上げる。

「不安な時、人間は視野が狭くなる! だから隣の人と話せ!!」

「え……?」

「“怖い”って言え!! 一人で抱え込むな!!」

 ざわめき。

 だが。

「だ、大丈夫か……?」

「お、お前も顔やばいぞ……」

 少しずつ、生徒同士が声を掛け合い始める。

 すると。

 黒い影の動きが鈍った。

「……!」

 セシリアが目を細める。

「恐怖の孤立化を防いでいる……?」

 チヒロが頷く。

「人って、“一人で不安を抱えてる時”が一番飲まれやすいんだよ」

 ルミナが呆れ半分で言った。

「こんな状況で心理学持ち出します?」

「専門なんで」

「本当にぶれませんね……!」

 だがその時。

 空の魔法陣がさらに禍々しく脈動した。

 そして学院全体へ、巨大な悪意が降り注ぐ。

『ならば――』

 声が響く。

『最も深い恐怖を見せてやろう』

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