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恋愛については未履修です ~転生先では恋愛心理学の教授になっていました~  作者: パト山


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15/31

14.就職相談

その日の夕方。

 私は教員棟の個人研究室で、机に突っ伏していた。

「……社会的に死んだ」

 食堂での公開処刑が尾を引いている。

 なぜ異世界へ来てまで恋愛経験の有無で笑われなければならないのか。

 しかも。

『理論だけで恋愛教えてるの面白すぎる』

『逆に信頼できるかもしれない』

『いや不安だろ』

 学生たちにまで広がっていた。

 もう終わりだ。

「……帰りたい」

 ぼそっと呟いた時。

 コンコン、と扉が鳴る。

「はい?」

 すると遠慮がちな声。

「あ、あの……斉藤先生、今大丈夫ですか?」

「どうぞ」

 扉が開き、一人の男子学生が入ってきた。

 確か二年生。

 名前は――

「……エドガーくん、でしたっけ」

「覚えてたんですか!?」

「教師なので」

 彼は少し緊張した様子で頭を下げた。

 茶色の短髪。

 真面目そうな顔立ち。

 だが今はかなり表情が硬い。

「それで、どうしました?」

「あの……相談があって」

 私は姿勢を正した。

「進路です」

「進路?」

「はい」

 エドガーは少し言いづらそうに視線を落とす。

「俺、騎士団志望だったんですけど……」

「ああ」

 この学院では珍しくない。

 優秀な学生ほど、王国騎士団や宮廷魔導師を目指す。

「最近、自信なくしてて」

「何かあった?」

「同期が皆すごいんです」

 彼は苦笑した。

「剣も強いし、魔法も上手いし、家柄も良いし」

「……なるほど」

「俺だけ普通で」

 その言葉。

 私は少し気になった。

「“普通”って、誰基準です?」

「え?」

「人は落ち込む時、“比較対象”が極端になるんです」

 私は椅子へ座るよう促した。

「座ってください」

「は、はい」

 彼が腰を下ろす。

 私は紅茶を一つ差し出した。

「ありがとうございます……」

「で、“皆すごい”って言いましたよね」

「はい」

「具体的に誰?」

「え?」

「名前出せます?」

 エドガーは少し戸惑った後、答える。

「えっと……クラウスとか、フィルとか……」

「あー」

 私は納得した。

 どちらも学院上位層だ。

「つまり君、“上位数人”を基準にしてます」

「……あ」

「心理学では珍しくないです。“自分より上”ばかり見る状態」

 人間の脳は不安になると、比較対象が偏る。

 結果。

 “自分だけ駄目だ”という錯覚が強くなる。

「逆に聞きます」

 私はノートを一枚引き寄せた。

「今まで誰かに頼られたことは?」

「……あります」

「どんな?」

「後輩に剣術教えたり、とか」

「嫌々?」

「いや、普通に……」

「その後輩、君を選んだ理由は?」

 エドガーが黙る。

「……教え方、分かりやすいって」

「それ、才能ですよ」

「え?」

「上手い人が全員、教えるの上手いわけじゃない」

 彼は目を丸くしていた。

「でも俺、突出したものないです」

「“突出してないと価値がない”と思ってます?」

「……少し」

「それ、多分この学院の空気に飲まれてます」

 名門校ほど起きやすい。

 周囲のレベルが高すぎて、“普通にできること”の価値が見えなくなる。

「君はたぶん、“上位の天才”ではない」

「うっ」

「でも、“安心して任せられる人”にはなれる」

 エドガーは黙って聞いていた。

「組織って、実はそっちの方が重要だったりします」

「……」

「天才だけでは回らない」

 私は少し笑った。

「むしろ天才同士は衝突する」

 レオンハルト先生とか。

 絶対組織運営向いてない。

「だから、“自分にしかない強み”じゃなく、“周囲が自然と頼る部分”を見るといい」

 エドガーはしばらく俯いていた。

 そして小さく言う。

「……先生って」

「はい?」

「なんか、否定しないですよね」

「職業病です」

「いや、それだけじゃない気がします」

 私は少し言葉に詰まった。

 すると彼は苦笑する。

「話してると、“駄目でもいいかも”って思える」

「……」

 その言葉は。

 少しだけ胸に刺さった。

 昔の自分が、一番欲しかった言葉だったからだ。

「先生」

「はい」

「俺、もう少し考えてみます」

「焦らなくて大丈夫です」

「はい」

 エドガーは来た時より少しだけ柔らかい顔で立ち上がった。

 そして部屋を出る直前。

「あ、あと」

「?」

「恋愛経験ゼロって本当なんですか?」

「帰れ!!!」

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