獣人街掃討~奴隷の反逆~
ティモの場面に飛びます。
雀達の鳴き声が外から聞こえてくる。
ティモは孤児院を出発する朝がやって来た。
ミストラル王国オーテーレの獣人街にある孤児院で過ごしていたティモは、近くにある冒険者の館でルーシュと落ち合って旅に出る予定だった。
ルーシュ達も孤児院に長居するわけにも行かないのと、身内の送別会に参加するのは気が引けたので、冒険者の館付近にある宿屋に泊まっていた。
ティモの背負うリュックには大荷物ではないが、いくつかの着替えやお弁当などが入っている。
「ティモ、お母さんの事は残念だったね」
「仕方ないです。でも、お母さんが元気そうで良かったです」
ティモは孤児院で知り合った友達との別れ惜しんでいた。
「でもティモは良い出会いがあったからね。きっとラフィーラ様が見ていらっしゃったのでしょう」
孤児院の院長はティモの頭を撫でる。
「俺も母さん見つかるかな」
不安そうに口にするのは孤児院の人間の子供である。ティモとは同年代の子で母親と離ればなれになっていだ。
「大丈夫だよ、エルは」
「そうだよ、人間だし」
「僕も見つかるようにお祈りするです」
「でもお祈りしてもなぁ」
お祈りしてもティモの願いを叶えてはくれなかっただけに神様の信用はガタオチだった。
「神様とて万能ではありませんから。でも頑張ればいつかは報われるでしょう」
院長は笑って皆に語りかける。他にも母親を探している子供がいる。ティモの件はそんな子供達にとって残酷な結果となったが、誰もがそうとは限らない。
「俺、大人になったら冒険者になるんだ。そしたらまた会おうな!」
「うん、です。オーテーレ出身のティモ宛に連絡してくれたら大丈夫です」
ピコピコと耳を動かして嬉しそうに友人との再会を楽しみにし、ティモは友人達と握手をしていく。
だが、そんな中、突如平和を乱すかのように甲高い鐘の音が鳴り響く。
カンカンカンカンカンカン
悲鳴が上がり、大きい爆発音までも聞こえてくる。
「何だろう?」
子供達は不安そうにしながらも、何が起こっているかわからず首を捻る。
「これは火事だな。ちょっと近くて危なそうだ。どこで起こったのか確認した方が良い。皆、避難準備をしようか」
院長は手を叩いて皆の注目を集めて説明をする。
「えー」
「まだ眠いのに…」
「ティモの旅立ちの日なのに、こんな変な形になるなんて…」
子供達はがっかりする。人犬族の子供等は耳を思い切り垂らしていた。
だが、この異変の危険性を、孤児院の面々の全員が即座に知る事になる。
鐘を鳴らしていた高い建物が爆発して崩壊していく。あちこちに悲鳴が上がる。街のあちこちから火の手が上がっているようで、煙が各所から立ち上っていた。
ゴンドラを漕いでいる男が、孤児院の子供達を見つけて声をかけてくる。
「あんたら、街から避難したほうがいいぞ。人間街の方から何か攻め込んできたんだ!」
「攻め込んできた!?」
とんでもない発言に一瞬で子供たちは顔を青ざめさせてしまう。
「冒険者が襲ってきて、人間街の方に逃げたくても門を開けてくれる所か、壁の上に待機していた兵士が弓矢を打ってきた!マジでやばいぞ!」
男はゴンドラを漕いで上流の方へと逃げていくのであった。
「皆、どうも危ないようだ。貴重品だけは持って、直に避難だ」
院長は子供達に指示を出して子供達も慌てて走り出す。
あちこちで逃げ出すような人がでて来る。
近くの民家からも、騒がしくなって来た為、何が起こったのかと外の様子を見に来る者がチラホラ見える。
そして慌てて逃げる準備を始めるのだ。ティモは所在無さそうに立って周りを見ていた。直にルーシュ達と合流したい所だが、それ所ではなくなってしまったからだ。
「師匠は大丈夫でしょうか…」
「彼らはティモの送別会の時に魔物の狩りをしていたくらいに強いのだろうから大丈夫でしょう。避難していればきっと会えるよ」
院長は早々と手荷物を纏めてティモに声をかける。子供達もパタパタと荷物を持って戻ってくるのだった。
だが、荷物をまとめている間に、水路は避難しようとする大量のゴンドラによって埋め尽くされていた。陸路も逃げ惑う人であふれていた。
ティモ達もゴンドラを持って孤児院を出ようとしたが、既にゴンドラを乗り出す余裕もなくなっていた。水路はあきらめざるを得ない状況にあった。
街の中は煙が充満しており、咳込む子供達もいる。院長はハンカチで口元を当てるように教えて先頭を歩いて北の方向へと進む。
「はぐれないようにね」
「「「はーい」」」
子供達はそれぞれ近くの小さい子供達と手をつないで、逸れないよう付いて行く。
ぞろぞろと進む孤児院の面々。他にも避難に急ぐ人達が歩いていた。
既にあちこちで火の手が上がっているようで、黒煙が空に立ち上って非常に視界が悪くなっていた。
だが、行き先がはっきりと分かっているので道に迷うような事は無かった。北の方角へ向かって町を出るという明確な目的で移動していたので、道が分からなくても向かう先が分かればいずれ辿り着けるというのもこの町の陸路の特徴である。
だがそこで更なる大きい異変が起こるのだった。
背後から空気が弾ける様な爆発音が鳴り響く。同時に炎が撒き散らされ、爆風で子供達に何人かが転んでしまう。
子供達は振り向くと、背後の橋の奥の区画が炎によって燃えていた。
燃え盛る家屋の数々、大量の獣人達が黒炭の死体となっていた。
「ひっ」
「は、はやく逃げないと!」
孤児院の子供達も慌て出し、院長は全員を見ながら早足に移動する。一番小さい子供にあわせているのでどうしても早くは移動できない。子供達を追い越して後から走っていく大人達も多く見える。
だが院長達を追い越して走って行く獣人達は、突如、交差点から津波が現れて水路に押し流され悲鳴が上がる。院長が足を止めて、子供達も恐れを抱くように院長の背の後に引っ付く。
ティモも何が起こったのかと小首を傾げて院長の隣にトテトテと前に出てくる。
さらにフラフラと逃げてくる獣人の男が現れる。だが背後から小柄な黒装束の人影が現れて背後から切りつける。悲鳴を上げて獣人の男が倒れ、大量の血を流して絶命する。
黒装束は右手に短剣を握りながら、更なる獲物を見つけるように周りを見渡す。
そこで視線が孤児院の少年達に目を留める。少年たちは小さく悲鳴を上げて院長にしがみ付いて恐怖に震える。
だが、ティモは目の前の黒装束が誰なのか直に気付く。
「もしかして…お姉さん?」
ティモの問いに対して、黒装束はギクッと体を硬直させる。そして慌てて視線をやって来た背後の方に移す。そう黒装束の人影は、ティモが城塞で倒れているのを介抱するために孤児院に運んできたカティアだった。
カティアは逡巡するようにティモ達孤児院の面々を見る。
「何をしている!カティア!さっさと殺せ!この街の住民を根絶やしにしろと言っただろう!」
カティアの背後から大柄な軽鎧を着込んだ男が現れる。自身の主たるノイバウアーであった。
「は、はい。で、ですが……」
カティアは体を硬直させて困ったように背後のノイバウアーを見て、そして孤児院の子供達を見て狼狽してしまう。自分の主には殺せと命令されているが、目の前の相手は恩人である。
奴隷に落ちても獣人としての誇りを忘れてはいない。恩義を仇で返すような事を教わってはいなかった。
「ああ?」
「ひっ」
だが、自身の主に睨まれて、カティアは体を震わせて恐怖に駆られる。
そしてゆっくりと刃を孤児院の子供達に向ける。
カティアは申し訳なさそうにティモ達孤児院の子供達に凄んで見せる。
ちょっと世話になっただけの相手である。良心の1つも無視をすれば良い事だ。ここで殺してしまえば後腐れもなくなる。心に重たいモノが乗せられているように感じるが、ここでやらなければ自分が主に殺されるのだ。やるしかないと心に決めようとする。
だが、迷っている間だったのだろう、ティモが前に走りこんでカティアの短剣を構えている右腕にしがみ付くのだった。
「!?」
「み、皆、早く先に行くです!僕は師匠に合流するから大丈夫です!早く!」
「てぃ、ティモ!」
「だ、だけど…」
子供達は困惑する。ティモが自分から足止めを買ってしまった事に院長は気付く。
「い、いかん、ティモ!」
院長はティモに叫びかける。本来なら自分がすべき事だった。だが恐怖にすくんで何も出来なかったのだ。
「くっ!離せ!」
カティアは右腕を振って必死にティモを引き離そうとするが、ティモは必死にカティアにしがみ付いて離れない。いや、必死に引き離そうとはするが、どこかでケガさせないように離させようとしているから離せないでいたのだ。殺そうとしていた相手をケガさせないようにしている時点で覚悟が決まっていないことが明らかだった。
「大丈夫です。お姉さんは悪い人じゃないです!僕は大丈夫だから早く…院長先生が行ってくれないと誰も逃げれないです。誰も助からないです!お願いです!」
ティモは必死に叫んで皆に逃げるように訴える。
そんな言葉にカティアは黒装束の奥で悲痛に顔をゆがめる。
「くっ…だ、誰か助けを呼ぶから、死ぬな、ティモ!」
院長は小さい子供達の手を取って走る。孤児院の子供達は全員が慌てて逃げ出す。子供達はティモの方を一瞥し、申し訳無さそうに走ってその場から去る。
「何をしている!カティア!そんなガキ、さっさと斬り殺して、逃げた連中も殺せ!また貴様は失敗を重ねる気か!」
ノイバウアーは苛立たしげに歩いて、ティモに纏わり付かれているカティアの方へとやって来る。
「し、しかし……」
カティアは恐怖に震えながらも、良心の葛藤によりティモを殺す事も出来ず、混乱していた。
命を救ってもらいながら、主を恐れるあまりに恩人を殺す事は果たして良い事なのか、これまで主に言われるがままに人を殺し続けてきたカティアにとって、初めて生まれた疑問であった。
だがその葛藤は次の一瞬で全てが無に帰す。
カティアの主が右手に持つ大剣を無造作に持ち上げ、刃の切っ先をカティアの腕にしがみ付いていたティモの胸を貫く。
「!」
カティアにしがみ付いていた力がするりと抜ける。
まるで操り人形の糸が切れてしまった様にティモから力が抜けていく。
ノイバウアーはゴミを打ち捨てる様に大剣を抜いてティモを放り出す。
ティモは胸から大量の血を噴出し、グシャリと音を立てて地面に倒れる。胸に開いた穴から大量の血が道路を赤く染めていく。
「ちっノロマめ。お陰でガキ共を逃がしたじゃないか!ノルマ増やすぞ、このクソガキが」
ノイバウアーは大きく舌打ちをして、血の付いた刃を一振りしてカティアを睨む。
「あ、あああ…」
カティアは血に塗れて地面に倒れているティモの姿を見て、自分の情けなさを思い知る。
確かに主には恩義がある。安くとも金で買われた身だ。だが目の前で血に塗れて倒れた命の恩人ほどの恩義があったのかと言われれば、そうではない。
前者には利害関係があったが、後者には無償の善意しかなかったからだ。
カティアは短剣を強く握り、自身への怒りと、そして恩人を切りつけた己の主に対しての怒りに震える。
もはや彼女を操るように括られていた糸は失われていた。
「う、うあああああああああああああああああああああああっ」
カティアは短剣を人生で初めてノイバウアーへと向けて切りかかる。
だが名うての冒険者、その頂点でもある勇者ノイバウアーもまた、カティアの反意を即座に感じて攻撃をかわすのだった。
「クソガキが、恩を仇で返すとはな」
かわしながらもノイバウアーはそのままカティアの腹を蹴り飛ばす。カティアは攻撃を喰らい、大きく吹き飛び地面に転がる。
「裏切り者が!まずは貴様を始末してやる!」
ノイバウアーは大剣を構えてカティアへと襲い掛かる。
カティアは大きく跳んでノイバウアーから距離を取る。
そして黒装束の中に隠していたナイフを投げ付ける。だがノイバウアーはそれを大剣を振るい強力な風で簡単にナイフを吹き飛ばす。
「いい度胸だ!ぶち殺してやる!」
「くそっ!」
歯を食いしばり、カティアはノイバウアーとの戦いへと突入するのだった。
もはや何の意味も無い戦いである。
守るべき者を失い、持っていた誇りさえも失った。それでも、今、ここで、目の前の主に対して歯向かわなければ、カティアの自身のアイデンティティさえも失う事になる。
自分の所為で倒れた恩人の為に、反旗を翻す事に決めたのだ。
「死ね!このクソガキが!」
ノイバウアーはカティアへ向かって大剣を振り下ろす。魔力によって強化された斬撃は地面さえも真っ二つに切り裂く。
だがカティアはバックステップで大きくかわし、10メートルはあろうかという水路を跳躍して飛び越える。この普段は大通りとなる広い水路は人の足では簡単に飛び越えられるものではない。身軽で身体能力の高いカティアだからこそ軽々とできた事である。
一度離れて、再びの機を狙おうとカティアが考えていたのだが、そこでノイバウアーは魔法の呪文を唱えだす。
「天より流転せし風の精霊よ、我らの呼び声に応え、天翔ける翼を与えたまえ!空中歩行!」
ノイバウアーは大柄で筋力が強く、比較的軽い装備ではあるが鎧を装備している。さすがに魔力を使って身体能力を向上させても、水路を飛び越えるような跳躍力は無いようだった。だが、簡単に魔法でクリアしようとする。流石に勇者と世間から呼ばれてはいない。
カティアは空中に浮いて走って来るノイバウアーに対して手を掲げる。
「世界に恩寵を齎す水の精霊よ、鋭き牙を持つ戒めの力よ、汝の名は蛇、我が手先として顕現せよ!水蛇!」
カティアの魔法によって水路の中から蛇が現れる。蛇はノイバウアーの首を掻き切ろうと襲い掛かるのだった。
だがノイバウアーは武力によって勇者と呼ばれる様になった世界有数の冒険者である。
「万物を焼き、万物を斬る力よ、鋭き刃となりて我が手に宿れ、火剣!」
炎の剣を顕現する魔法を使う。
異なる属性魔法の二重掛け、魔法学校でも使い手は少ないとされる高等技術を簡単に使ってくる。
しかもノイバウアーはカティアの魔法を最初から読んでいたかのような対応であった。炎の剣を左手に宿して一振りで水の蛇を斬り殺す。
「貴様は逃がさねえよ!カティアーッ!」
「くっ」
逃げるつもりは無いが、身軽なカティアにとってパワーと攻撃力の高いノイバウアーとの戦いでは、比較的広い場所で動き回りながら戦った方がやりやすい。
カティアはより戦いやすい戦場へと移動するためにノイバウアーに背を向けて走る。カティアは追いかけてくるノイバウアーを一瞥する。ノイバウアーの更に背後の道、地面で血に塗れて倒れているティモの姿をみて強く決意する。
自己満足かもしれない。優しいあの少年は、自分がノイバウアーに歯向かった所で喜ぶとも思えない。だが、それでも、目の前のかつて主だった男が許せなかった。




