スラム街掃討の内実
クロード達の場面に移動します。
スラム街焼き討ち作戦がついに決行されることになりますが…
クロード、マリエッタ、ソフィア、パトリシア、それにロベールの4名と1頭は、ミストラル王国が行なうスラム掃討作戦の決行にあたり、人間やエルフ達の住む平民街とその他の種族、主に獣人の住む貧民街を隔てている巨大な壁の前にやって来ていた。
巨大な壁と呼ぶには非常識なほど高く分厚い。例えるならばミストラルは城塞都市の外側に更に獣人達の侵入を守る第二の城壁といえるだろう。
クロードらがシルヴィオ・ハイドリヒと落ち合った場所には、当然だが作戦決行前とあって、ミストラル王国軍や聖剣騎士団、勇者ノイバウアーらもいた。
クロードはシルヴィオと話をしていたのだが、そこでノイバウアーの引き連れて歩くメンバーを見てギョッとする事になる。
ノイバウアーらは100人ほどの集団なのだが、その内の50人は獣人が混ざっているだけでなく、魔族さえも含まれていた。いずれもクロードより冒険者ランクの高い猛者達と思しき集団の中に、自身を襲った人猫族の少女が黒いフードを目深に被って他の冒険者達の中に紛れて歩いていたのだ。
あまりに堂々と引き攣れているものだから、クロードも口をパクパクさせて、文句一つも出せずに引き攣るしかできなかった。
「あの中にいたのかい?君を襲った者が」
そこはシルヴィオ・ハイドリヒは察しがよく、即座に気付いたように尋ねてくる。
「え、あ…」
「小賢しい男だ。勇者と名乗るには少々小物が過ぎる」
シルヴィオはクツクツと笑い、ミストラル王国軍と合流しているノイバウアーを見る。
「気付いていたのですか?」
「証拠は無いがね。奴は私のお零れを手にする為に付きまとっている寄生虫のような男だ。私はこれでも多くの問題を様々な場所から押し付けられていてね。それを処理するにはどう考えても手が足りていないのだ。君や勇者ソフィアという存在によって自分が切り捨てられないか戦々恐々としているのだろう。私が彼のやり方を好んでいないのはわかっているようだからね」
「たった4人じゃ何もしようも無いと思うのですが…」
クロードは困ったようにシルヴィオを見る。
ノイバウアーの強さとは戦闘力だけでなく、巨大な集団を束ねる権力だとクロードは認識している。
それはソフィアも同じなのだが、彼女はあまり部下を連れて歩くようなタイプでもない。クロードからすると組織力を持つノイバウアーの方が遥かに行動力や戦力が高いという評価をしていた。
「そうかい?それが……ちょっと違う部分もあるのだよ」
クロードの否定を、シルヴィオは笑って流す。シルヴィオの視線がソフィアに移り、クロードもソフィアに視線を向ける。
クロードはソフィアをここ暫く見ていたが、美人であっても勇者と言うにはあまり特別な部分は無い。生真面目で正義感が空回っている女性。モンスターとの戦闘はほとんどみた事がないが剣の一振りだけでかなりの腕前なのだろうな、程度には分かる。
腕っぷしがノイバウアーより上だとしても、数の暴力の前にはどうやっても抗えるものではない。
するとリシュリュー侯爵が多くの供を引き連れて、クロード達が立っている巨壁前の広場へとやって来る。
軍務卿と呼ぶにはあまりにも肥えた豚のようで、歩く度に服の上からでも分かるほどにタプタプと腹の辺りが揺れる。むしろ豚に失礼なほどに肥えていた。
リシュリュー侯爵は広場にある壇上に立つと、国王の書状を持ち出し長々と訓辞を始めるのだった。
ミストラルの財貨を奪うならず者の獣人達を駆逐せよ、とか熱弁を奮っており、王国軍の人間達も声を上げて盛り上がる。
聖剣騎士団の面々はそれぞれの配置につくように移動を始めている。この巨大な壁には幾つかの門があり、その門を結界魔法で塞ぐ事になる。結界魔法の刻印は既に魔法によって刻み付けられており、高い魔力を流せば誰でも発動できるようになっている。
クロードは魔法をきっちり師匠から習っているので、その魔法の刻印がかなり高度に作られている事がわかる。
「この門は街の端から端まで20箇所あると聞いてますけど、それをたった一日で全て…しかも1人で刻んだとか?」
これほどの大きい結界魔法術式なら刻むだけでも数人掛かりで半日以上は掛かる。使える術者の人数を考慮すれば1日1箇所となるだろう。クロードはどんな手品を使ったのか興味津々だったのだが……
「半日の散歩で済んだがね」
シルヴィオは肩を竦める。あたかも瑣末な仕事だったと言わんばかりである。
「信じられません。半日でこれほどのものを…」
そう言って会話に加わってくるのはソフィアだった。
結界魔法は特殊な魔法であり、それをたった半日で20もの結界魔法を作るなんて少々ありえない話である。
「感覚的に魔力の流れが分かるから、独学で魔法を修めた身としては、その難しさの方が分からぬよ」
天才は凡人を知らないとあっさり言い切る。シルヴィオ・ハイドリヒとはそういう怪物なのである。14歳にしては背も高く頭も良い。というよりもクロードは話していてもシルヴィオが自分よりも年上とは思えなかった。
比較するのも失礼だが、クロードの知る同じ14歳の少年は明らかに幼いので、尚更それを感じるのだった。
「でも、正直、スラム街の焼き討ちなんて……。歴史などではよく聞く話ですが……」
「気分、悪いかね?」
「いくら犯罪者が多くいると言っても、好きでそこに住んでいる訳でも無い人がいるのにそこを焼き討つなんて」
「私の行動と同じだよ。彼らは大を取る為に小を捨てたのだ」
シルヴィオは銀翼の魔公を倒す事で大陸の人間達が救われると考え、多少の犠牲に目を瞑って行動している。
つまりミストラル王国はスラムを焼き討つ事で多くの人々が救われると考えていると説明したのだ。
「まあ、私から言わせればこの国を一度滅ぼした方が、多くの民が救われると思うがね」
いくらミストラルの人間がリシュリュー侯爵の演説を聞く為に、彼の近くに寄っていて、自分達の話声が聞こえない距離にいるからとは言え、シルヴィオのとんでもない発言にクロードはギョッとしてしまう。
ソフィアもまたシルヴィオの発言に目を丸くして絶句していた。
「そ、それはあまりにも不敬では…」
「不敬?能の無い人間が、王として生まれ、王位を戴いたのが災難だったのだろう。奴らはミストラル王国の直面している真の問題を理解していないのだ」
「ハイドリヒ卿はその問題が分かるのですか?」
クロードはシルヴィオを見る。
「獣人を難民として受け入れた事以外にも問題があるとでも?」
ソフィアは首を捻る。
ミストラルは100年前に神聖教団で差別される種族を難民として受け入れをした所為で、緩やかに衰退し、現在は職を失った人間で溢れているという。そこで本来の国の形に戻すべく1年前に獣人と人間を隔てる壁を建造し、人間達の暮らす居住区は平穏を手に入れたと聞く。
「そもそも獣人を受け入れた事と国家衰退とは別物だ。ミストラル政府は、民に分かりやすい敵として獣人へ罪を押し付けただけだ」
「そ、そんな事の為にこんな事が!?」
「さあね。当人達は惚けているのか、本気でやっているのかは知らぬが、これで国民の不満は多少和らげる事が出来る」
「そんな事の為に…」
クロードは俯いて強く拳を握る。国の怠慢を誤魔化す為に、スラム街の犯罪者を殺して不満をそらすというのだ。結局の所、スラム街の犯罪者を取り締まる事さえも政治理由だというと憤りを感じるのだった。
「私としては銀翼の魔公を討つのが最優先事項だ。そしてその為には神聖教団の力が必要で、西方教団に寄ってしまっているガイスラーとは喧嘩別れしている。ガイスラー軍の足止めが出来る程の何かを起こしてくれれば問題なく、その為にミストラルの協力を仰いでいる」
「…それはあまりにも……」
「世界の危機だというのに自分達可愛さに、話を聞かず自分の利益しか考えない連中に、私はこれでもかなり妥協していると思っているよ。この件とて、私は止めてはいるのだ。だが過剰に止める訳にもいかないのは私が神聖教団でありミストラルの協力が必要だからだ」
シルヴィオの言葉に対して、クロードは返す言葉もない。
クロードもわかっている。シルヴィオは聖人であっても恐らく敵が多いのだろう。その為に多くの犠牲を払っている。彼にとっての最善が現状なのだとあきらめるしかなかった。
「そろそろ始まりそうだね」
シルヴィオは城壁とも見紛う巨大な壁の上に視線を向ける。
王国の兵士達は梯子をかけて登って行く。
50名以上も存在する数多の種族を率いた勇者ノイバウアー達は、獣人達の住む居住区へ行くため、中央の水路の脇にある巨大な門を開けて先へと進んでいく。
「まだ朝なのです…。眠いのです」
マリエッタはうとうとしていたようで、動き始めた様子を聞いて目を擦って状況を確認する。クロードの愛馬ロベールの上に乗ったまま見物をしていた。
クロード、マリエッタ、ソフィア、パトリシアの4人は今回の作戦には全く触れてないしどういう事をやるのかも詳しくは知らない。ただこの件がおわった後に、シルヴィオ一行と一緒に銀翼の魔公退治へと向かう予定なので、このスラム焼き討ちを終えるのを待っていた。
壁にある中央の出入口となっている門にのみ兵士達を集中させて警備をしており、それ以外は閉ざされていた。
暫くして獣人街の方から、甲高い鐘の音がカンカンカンカンと鳴り響く。火事が起こった時に鳴り響く合図だ。
スラム焼き討ちが始まったのだとクロードは感じるのだが、それは1時間程経って異常に気付く。壁の奥からは悲鳴がたくさん上がり、壁の奥のあちこちで煙が上がっている。
「…おかしくないですか?」
パトリシアの問いにクロードはシルヴィオの方を見る。
「あの、スラム焼き討ち…でしたよね?何でこんなに火の手が…」
「クロード君。狭い区域を焼き討つだけで街の壁にある門を全て封鎖する必要があると思うかい?勇者パーティ50人を導入し焼き討ちを行ない、王国軍で壁の上方に登って壁の防御にあたり、聖剣騎士団で壁にある門の結界を掛けて防衛すると思うかい?」
「?」
「ミストラル王国は獣人達の住む区画全域を焼き討つ積もりなのだろう。人口にして10万程だから、かなりの人数が殺され、半数以上の民が難民となって北へと逃げるだろう」
今になって、シルヴィオはとんでもない事を暴露する。
つまり最初からミストラル王国は獣人達をこの街から、暴力で追い出すつもりだったのだと。
「そ、そんな事が許されるのですか!?」
クロードは声を荒げてシルヴィオの襟首を掴もうとするのだが、シルヴィオはその腕を掴んで見下ろす。仮面の奥の瞳は憐憫に満ちていた。
「遊びでは無いんだよ。良いかい?神聖教団において炎に身を焦がす事で救いを与えるという教義がある。犯罪者とて焼き殺せば全ての罪が許され天国へといけると信じられている。そんな彼らにとってこれは愚かな獣人達への聖なる罰則なのだよ」
シルヴィオの言葉にクロードは愕然とする。イヴェールで魔族を焼くというおぞましい悪行をしようとした貴族達がいたが、まさかその行動が神聖教団から来ていたとは思っても見なかったからだ。
「で、ですが……犯罪者ならともかく……これでは…」
「私は最初からこうなる事は予測ついていたよ。だが私はミストラルの協力がなければ、銀翼の魔公討伐は成功せず、結果としてこの大陸を滅ぼされかねないと思ってる。このおぞましい虐殺行為さえも最初から目を瞑るつもりでこの場にいる。それに聖剣騎士団には統一派という獣人を殺す事も正義としているような教義を推奨する枢機卿の子供もたくさんいるからね。彼らからすればこれはまさに正義の行いなのだよ。私は彼らの目のある間は、その虐殺さえ止めることは出来ない」
シルヴィオは淡々と語る。
彼とて好きでこのような行為に手を貸しているのではない。だが、虐殺に手を貸さなければならない理由があるという。仮面の奥でどのような顔をしているのかは誰にも分からない。
ソフィアは悔しそうな表情をしているのだが、何も文句を言わず歯噛みしていた。
このスラム掃討作戦は、獣人虐殺行為としか言いようがないものだ。だが、神聖教団を国教としたミストラル王国、神聖教団の正義執行機関である聖剣騎士団、そして神聖教団の看板の1つでもある勇者ノイバウアーの三者による承認によって実行されている。
異を唱える事はいくらソフィア自身が勇者であっても難しかった。
壁の奥からは悲鳴が聞こえ、爆発音が何度も上がる。
何故、ノイバウアー達が投入されたのか言うまでも無い。街を焼くだけじゃない。掃討作戦という名の通り、住んでいる人間達を襲撃しているのだ。
クロードはグッと唇を噛み締め、シルヴィオの手を払って背を向ける。
「マリー。風の精霊に頼んで僕をあの壁の奥へ飛ばせてくれ」
「!?……そ、それは無茶なのです。それに…私にはそこまで精霊達にいう事を聞かせるのは無理なのです。特にゆう……クロード様に精霊で力を貸すのは…」
マリエッタは困惑気味に首を横に振る。かつて、アルゴスと戦った際にはクロードが風の魔法で体を浮かせて戦ったと聞いていた。だがルーシュの風の精霊への影響力とマリエッタの風の精霊への影響力ではあまりにも違いすぎる。マリエッタが最近風の精霊とコミュニケーションを格段に高めたのは、顔を合わせた時にルーシュからアドバイスを受けたりしていたからだ。
マリエッタはクロードのサポートを風の精霊によって成し遂げようと、影ながら努力はしていた。ルーシュと同じ事が出来れば、クロードは勇者になれるのだと思っているからだ。
「ただ、その……クロード様がロベールに乗って、ロベールを飛ばせるように風の精霊に掛け合うなら出来るかもです。細かい作業は私が見てないと無理だから、私もお供出来れば問題ないのです」
「…それは……」
クロードは戦場となっている場所にマリエッタやロベールを連れて行く事には気が引けていた。だが、魔法や精霊術は体に近いほうが制御しやすい。マリエッタがロベールと一緒にいたほうが間違い無く成功しやすいのだろう。
「……分かった。でも危なくなったらマリーとロベールだけでも退却するように。行こう!」
クロードはキッと壁の奥を睨み、ロベールの背に手をかけると、ひょいとマリエッタの前に乗るのだった。。
マリエッタは誰もいない場所に向かって、何やら宥めすかすかのようにお願いを始めるのだった。これがマリエッタの使う精霊術である。
「お待ち下さい!」
ソフィアが両手を広げてクロード達の前に立つ。ロベールの上に乗っているクロードはソフィアを見下ろす形になる。
「何か?」
「自分が何をしようとしているのか理解しているのですか?」
ソフィアはクロードがやろうとしている事を察して慌てて止めに入ったのだった。
神聖教団の行ないに対して異を唱えるような行為をするなんて許される事では無い。クロードはこの場で殺されても文句の言えない立場になってしまう。
ソフィアからすれば、仮にも自分達のフォローをする為に同行してくれた人間を、無事にイヴェールへ帰せない所か死地へと追いやる事は出来なかった。
「ただ困っている無辜の獣人達を出来る限り助けようとしているだけですよ」
クロードは苛立たしさを隠しもせずに、暗に邪魔をするなと口にしたくても、さすがにそれをせずに当たり触り無い言葉で自分のやる事を言葉で示す。
「違う!これは神聖教団に対して刃を向ける事になるんです!殺されたいんですか!?いくら私でも庇えませんよ!さ、最悪…私は貴方を斬らねばならなくなります」
ソフィアはクロードが危険な事をやろうとしている事を指摘する。自身の刃の柄に手を当てて、クロードに考え直すように促す。
「僕は神聖教団ではありません」
「それが尚更問題なんです!考え直してください。これは仕方ない事なんです!死ぬ気なんですか!?貴方は!」
ソフィアはクロードが神聖教団そのものに刃を向けようとしている事を必死に説得しようとする。
「仕方ない?国の都合で言い訳こねくり回されて死ぬ獣人が仕方ない筈ないじゃないですか!この先、神聖教団が僕を殺そうとしようが、出来る限り助ける為にあの奥に行きます」
「殺されますよ!」
「他人が理不尽に殺されるのを見殺しにして生き永らえる位なら、殺されたほうがマシだ!」
「っ!」
クロードはソフィアに対して堂々と啖呵を切る。
そんな言葉にソフィアは言葉を失って凍り付いてしまうのだった。
「もう邪魔をしないで下さい!マリー、いってくれ!」
「はい、なのです!」
マリーが両手を上に広げると、風の息吹が吹き荒れる。1000キロ以上ありそうな巨体を誇る軍馬のロベールは、風の息吹に持ち上げられて、まるで天馬のように空へと駆け上がる。
クロードはロベールに跨り空を舞って戦場へと向かうのだった。
ソフィアはクロードの背中をただ見送るしか出来なかった。
「まずいですね、勇者様」
パトリシアは困ったような表情でソフィアの斜め後ろから声をかける。だがソフィアは全く反応しなかった。
「勇者様?」
声をかけても反応しないので何度も声をかける。それでも反応しないので、パトリシアはむくむくと悪戯心が湧き上がって来る。
「ゆうしゃさま~?……おーい、そこの貧乳」
「だ、誰が貧乳ですか!?」
パトリシアの言葉にソフィアは顔を真っ赤にして激しく反応する。
「おお、勇者様で反応しないのに貧乳で反応するとは」
「う、五月蝿いです!な、何ですか、パティ」
「顔赤いですよ?そんなに起こらなくても良いじゃないですか。っていうか、拙いですよね、クロードさん達。これは…」
「そ、そうだな。まずい、まずいんですよね」
ソフィアは困ったように頷く。だがどこか嬉しそうで、この人は何を考えているのだろうとパトリシアは首を傾げる。
「別にまずくもなかろう」
取り残された2人に対して、シルヴィオが声をかける。
「は、ハイドリヒ卿!?こ、これは…」
パトリシアは慌てて振り向く。物々しい仮面の男が立っているので、分かっていてもビックリするのであった。
「今回の件で死ななければ、背教者として私が捕らえて、連行と言う名目で銀翼の魔公との戦いまでなら連れて行ける。私はそれ以外に彼への興味はない」
「!…まさか銀翼の魔公の件が終わったら斬り捨てるお積りですか!?」
パトリシアはハイドリヒが最初から銀翼の魔公対策だけにクロードを利用しようとしていた事を暴露する。
「私がそういう人物だと言うのを彼も理解していると思うがね」
シルヴィオ・ハイドリヒは決して善人ではない。目的の為ならば多少の犠牲を厭わない男である。それはクロードとしっかり話をしている。
「それにしても…くくくく。面白いなぁ」
「面白い…?」
パトリシアはシルヴィオが笑う理由を理解できなかった。現在、全くもって面白くない状況になっている。シルヴィオとて無用な犠牲は好むところでは無い筈と考えていた。
「何が面白いと言うのですか?」
「これほど面白い事もなかろう。片や獣人を虐殺して権力者に媚を売る勇者、片や権力者の目を恐れて傍観する勇者、そして偽者は弱き身ながらより弱き者を救う為に火中へ飛び込む。そしてその偽者の末路は虐殺者や傍観者によって殺されるという訳だ」
「そ、そんな事は……」
パトリシアは否定したいが、それはないとは言い切れない。無論、西方教団の本部であれば獣人差別は是正されるべき事なので断じて否と答えるが、神聖教団の総意とされてしまう聖剣騎士団のような組織への反逆など、いくらソフィアと言えど、もっての他だった。
この聖剣騎士団の総意が実際には一部の人間の独断によるものであっても、彼らは今回の虐殺を“獣人犯罪者集団の討伐”と言い切ってしまい、勇者の援護をしたと言う記録しか残さないだろう。
「君達は今回の件に介入するかい?さて、その結果、どうなるだろう。枢機卿のお父上は大変な立場に立たされるだろうね。聖剣騎士団の意思は神聖教団の意思そのものだ。それは西方教団も同じだったはず。娘がそれに背くのだから大変だ」
わざとらしく煽るシルヴィオに厳しい視線を向けてから、パトリシアはソフィアを心配するように視線を移す。だがソフィア当人は未だにボーッと見えない壁の奥を眺めていた。
一体、何を考えているのか、パトリシアもちょっと困惑するほどにソフィアの様子はおかしかった。




