STAGE2:説得
「名前は?」
「リリア・・・」
戦争ギルドの本拠地があるイスパーニア帝国に戻ってから、アスガは自室で血まみれの少女を濡れたタオルで顔や腕等露出している部分だけ拭いて、質問の時間。
「所属は?」
「元、アイルランド軍。現リアルIRA」
「そうか・・・・言いにくいことだが、リアルIRAは最後に君を残し、全滅した」
「そう、ですか・・・・」
(心塞いでやがる・・・)
ある種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)・・・いや、一ヶ月未満だからASD(急性ストレス障害)か。だが、心に大きな傷が付いたことには変わりない。
アスガ自身も初めの健介が死んだときはひどかったが、そのストレスの発散がアイルランドやウェールズ王国を一人で周り、人狩りを狩るPHH。つまり人殺しをすることがその捌け口だった。今の強さはその賜物である。
「今日はここまで。そこにバスルームがある。新しい服用意してくるから、シャワーでも浴びて血のにおいを落とせ。タオルはここにおいておくからな」
アスガは一言言い残し自室を出ていった。
「はい・・・」
(しかし、参ったものだ。俺もこのギルドに入って2週間も経っていないからよくわからんが、あんな状態の子を入れるのか?)
エージと呼ばれるこのギルドマスターはそれなりの指導力と信頼を持っている。誰も彼の方針に反対はしないだろう。だが、あんな状態で戦える訳がない。足で纏もいいところだ。
「えーと・・・脱退したやつの装備があったな・・・下着は・・・」
装備までとったアスガだが、いざ、女性ものの下着を取ろうとなると抵抗があるものである。誰もいないことを確認し、とって自室へと帰った。
「ふぅ・・・・」
逃げ切った。自室に戻り肩をなでおろすと下着がバレる方がよほどいい状態だということを悟った。
「えっ?」
扉を開けると甲高い声が聞こえる。目を開けると、綺麗な脚線美。腰までかかるツヤのある黒髪。つるぺたな肢体。
「あ、あの・・・これは・・・不可抗力で・・・悪い!!」
装備と換えの下着、服を置いて外へと逃げ出した。
「ハァ・・・ハァ・・・びっくりした」
「あ、あのぉ~」
「ハッハイ!!」
扉越しからの声を聞き変に固く緊張する。
「服はどうすれば?」
「そ、そこに、換えの下着と、服を、お、お置いたから、それを着てくれ!!」
「わかりました」
「き、着替え終わったら呼んでくれ!!」
「はい」
「・・・・・・ふぅ~」
現実世界で友だちとバカ騒ぎし、エロ動画を見るなどといったことはあったが、彼女いない歴=年齢のアスガにとって裸の女体を生で見るなど生まれて初めてだった。
ましてや、現実世界ではなく仮想世界で見るなど誰が考えただろうか?
(現実世界か・・・・)
ふと、現実世界のことを思い出す。俺がいなくて先輩たちは困っていないだろうか?家族はどうしているのだろうか?頭に浮かんでくることを言い出せばきりがない。
(考えるのはよそう)
俺には目的がある。この仮想世界において唯一の友人だった健介を殺したアガルタ管理局を絶滅させることだ。
「あの~終わりましたけど・・・」
「そうか」
さきほど取り乱したことを忘れいつもどおり平常を貫く。
部屋に戻り、ベッドに座るとバスローブ姿でリリアは立っていた。
「・・・立っているのもなんだ。そこに座っててもいいぞ」
「はい。ありがとうございます」
(・・・さっきに比べると、口調が穏やかだな。PTSDないしASDは考えすぎか?)
アスガの考えていたことは、ただの考え過ぎ。本人はそうであって欲しかった。
「あの~・・・お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ん?誰のだ?」
「・・・あ、あなた様以外この部屋にはいませんが・・・」
「・・・・そういえばそうだな。俺はアスガだ。名前聞いといて俺が言わなかったのは失礼だな」
「いえ、そんな・・・」
“コンコン”とドアをノックする音が聞こえた。
「エージだ。アスガいるか?」
「はい。今開けます」
ドアノブをまわし、扉を開ける。
「例の子も一緒か」
「はい」
エージはジロジロとリリアを見る。当のリリアは怪訝顔を隠せずに、一歩一歩と後ろへ後ずさりしていく。
「・・・・・体の方も大丈夫そうだし・・・しばらくはアスガが、お守りをしてやってくれ。いずれは俺たちの戦力になる子だ。しっかりと面倒を見てやれ」
「俺が?」
「ああ。ギルド内で一番強いのはお前だ。説得の方もよろしく。そこらへんはお前がよくできるだろう?」
「はぁ?・・・・はい」
渋々承諾をしたアスガはエージと別れて再びリリアの隣に座る。
「わ、私をどうするんですか?」
先程の俺たちの会話を聞いていたのだろう。オレらが何者かも実際のところはわからないだろうし、自分の身柄が安全と確実に言い切れないだろうし・・
(ここは正直に答えておくか・・・)
「俺たちのギルドに入るつもりはないか?」
「えっ?」
「リアルIRA・・・壊滅したとはいえ、実戦豊富な精鋭たちの集まりと聞く。その生き残りを俺たちの戦力に加えないことはない。どうだ?」
「どうだって言われましても・・・・」
返答がない。数分の間が空き、互いに気まずい雰囲気になってきたところでアスガは話を変えた。
「・・・・話を変えよう。君は自分がなぜ生き残ったと思う?」
「えっ?・・・・」
突然の質問にどう答えればよいか分からずに、口を閉じるリリア。
「君を助けたとき、周りにはたくさんのアガルタ管理局兵士の死体と、リアルIRAメンバーの死体が転がっていた。この事実がなんなのか分かるか?」
「!!」
“リアルIRAメンバーの死体”というところで一瞬リリアの顔が強ばり、びくんと体を揺らし、俺から目線をそらす。
「目をそらすな。彼らは一番若いお前を救おうと包囲されながらもアガルタ管理局の兵士を殺し、お前を生かした。生き残るものがいなければ、アイルランドのために戦い続けた者を伝えていく人がいなくなるからだ」
「わ、私には、そんなことできません。まして、私のために誰かが命を落としたのに・・・」
「だからこそだ。逃げるな。現実から目をそらすな。お前を救うために散った命を忘れるな。彼らのためにも戦え」
「・・・・・」
「それが・・・お前が戦うことが・・・祖国を思い、祖国のために死んでいった人たちの唯一の供養だ」
「・・・はい」
「・・・お前の相棒になるのは多分オレだと思う。その時はよろしくな」
「はい」
俺はリリアと握手を交わし、軽い話を交えた。
この子はPTSDでもASDでもない。いたって普通だ。いや、むしろあれだけの状況に陥りながらも、この年でこんな状況に立たされているのにもかかわらず、精神を保っていられるのだ。強い精神力を持っている。
しかし・・・俺が質問中の時はなんであんなに暗かったんだ?
「それは・・・言いずらいんですけど・・・アガルタ管理局かどうか疑っていたからです。すいません」
納得。
「成程。しかし一人っきりでずっとあそこにいたなら仕方ないことだ。疑心暗鬼になるのも仕方がない。だが、安心しろ。もうお前はひとりじゃない。俺たちが、共に戦う俺たちがいる。安心して背中をあずけろ」
「はい」
「とはいえ、素性も知らない男に背中をあずけるというのもなんだからな。俺のステータス好きに見てくれて構わないぞ」
「そうさせてもらいます」
リリアは俺のステータスを見始めてから何やら様子がおかしい。
「どうした?」
「このステータス・・・本当ですか?」
俺を何者だ?と疑う視線を飛ばしてくる。まあ、無理もない。
「ああ」
「レベル141って・・・・」
「ちなみにリリアはいくつだ?」
「・・・56です・・・」
少し恥ずかしそうな素振りでリリアは答えた。別に何にも恥ずかしがるほど弱くはない。いや、むしろA.S内では強いほうだ。
だが、レベルが100近く離されてしまえば高レベルだとはいえ胸を張って言えるようなことではない。もともと張る胸はリリアにないのだが・・・
「でもA.S内ではそのレベルなら高レベルプレイヤーだぞ」
「そうですけど・・・・ちょっとこの差があると嫉妬しちゃいます」
「そうか?」
「これだけの力があれば・・・私は・・・」
「そのことはもういい。今は明日以降のことを考えろ。いまにもこのイスパーニアに人狩りの魔の手が近づいている。奴らの進行をここでとめなければ、A.S内はすべて奴らに占領されてしまう」
「・・・・そうですね」
「明日には正式に辞令が出されるだろう。俺の相棒になったらその時はこき使ってやるからな。覚悟しておけ」
「お手柔らかにお願いしますね。アスガさん」