三つ巴
一瞬でも気を逸らせば付け入れられたちまち敗北する真剣試合だったが、間近に現れた謎の怪人に二人は一瞬鋭い目を走らせた。
同時に彼をそれぞれの斬撃が襲う。
これが並みの剣客などであればたちどころに斬り裂かれ、絶命したことだろう。
だが。
組むように構えた彼の両腕は、左右の手甲鉤で木刀と長刀を見事に捉え、受け止めていた。
「む!」
「おおッ!」
二人の剣豪は瞬殺するはずだった邪魔者が、喀ッという音と共に互いの斬撃を弾き返したのに目を見張った。
「こやつ!」
「貴様、何者!」
二人は即座に悟った。ただの闖入者ではない。
対峙している相手を油断なく見張りながら謎の怪人を素早く観察した。
「鬼か……?」
武蔵は咄嗟に口にしたが、すぐに別の何かだと思い直した。
身体には爬虫類を想起させる模様や鱗のようなものが見受けられる。網目を纏った身体は忍者のようにも見える。
そして、それは目を見張るほど厳しく鍛え抜かれていた。
一方の小次郎はその足許を見てハッとなった。その足跡が、紛れもなく自分の屋敷に遺っていたそれと同じものだと知って。
(そうか、私を観ていたのはこいつか!)
剣を握る手に新たな力が漲る。武蔵を人ならぬ道へと誘う怪異と知ったからには生かす訳にはいかない……
また、この決闘の立会人たちも驚愕し、あるいは狼狽していた。
「狼藉者! どこから湧いて出おった!」
腰を上げて叫んだのは立会人の長岡佐渡である。
今日の試合を公平に行う責任を負う奉行として、到底看過出来ぬ闖入者の突然の出現であった。
何者かなどと、のどかに詮索などしてはいられない。彼は警備の役人たちへ向かって「あ奴を召し取れ!」と鋭い声で下知を下した。
抜刀し、彼方から駆け寄って来る者たちを見るなり、謎の闖入者は飛び退って二人から距離を置く。
肩に装着されていた小さな竹筒状の機械が旋回するや、目も眩むばかりの光弾を発射した。
それは駆け寄って来る警備の侍たちの直前の地面に突き刺さり大爆発を起こした。数人が吹き飛ばされて宙を舞い、砂浜へ叩きつけられる。
驚いた一同は、そこから近寄ることが出来ない。
そして、みなを更に驚愕させたのは……
「ジャマヲ……スルナ……」
くぐもった、おかしな発音だったが……明らかに人語を話したのである!
「なんと、しゃべりおった!」
「あやつ、おかしな身なりこそしているが……人か?」
思わずつぶやいた奉行の一人に、長岡佐渡は「いや、人のはずがない」と言下に否定した。
「人には似ておるが手も足も明らかに違う」
「む、確かに……」
「それに吹矢程度の大きさで大筒のようなあの飛び道具……見たことも聞いたこともない」
しかし一体何者なのか、何の意図を持ってここへ現れたのか……もちろん彼等には分かろうはずがなかった。
「一体何奴……」
一方、小次郎は愛刀物干竿を構え直すなり「武蔵!」と呼び掛けた。
「私は、お前もこやつも斬る!」
「それはわしとて同じだ!」
小次郎は、武蔵がこの怪異を呼び寄せたものと信じている。
それは半分は間違ってはいなかった。呼び寄せたのが自分でもあるということを除けば……
一方の武蔵は目の前の怪人が何者であろうと構わなかった。
野に身を置いて剣を磨いてきた傍らで人ならざるものを幾度も見たことがあったのだから……
結局、予想外の事態に狼狽し為すすべなく手をこまねいているしかないのは、立会人たちだけであった。
さすがに見かねた小次郎が叫んだ。
「各々がた、手出し無用! この場はこのままで!」
言い終わるや、彼は仕掛けた。
目にも止まらぬ突き。武蔵は右へ跳び、そのまま突き入った小次郎は構えを変えて怪人の胴を薙ごうとする。
怪人は右の手甲鉤の刃で物干竿を巧みに滑らせてやり過ごし、そのまま上段から左の手甲鉤で襲い掛かる。
だが、滑った勢いを活かして刃をひるがえした小次郎の物干竿は見事に怪人の刃を受け止める。
「燕返し……見事!」
妙技を目の当たりにした武蔵が思わず感嘆の声を漏らす中、両者はそのまま飛び退った。
「……」
どうしたことか、そこで怪人は構えた腕をスッと降ろした。訝しむ二人を前に妙なことを始める。
腕に付けた何かに指を走らせる。赤い光が点滅し、肩についた光の火矢がボトリと落ちた。腰についた銀の円盤も、縮めた槍も、ゆっくりした手つきで浜砂の上に捨てる。
続いて、能面のような仮面を外し、無造作に捨てた。
そして、そこにあったのは……爬虫類じみた身の毛もよだつような顔だった。
「なんと……」
「おぞましき顔よ……」
怪人は腰を低くすると両手を大きく広げ……凄まじい咆哮をあげた。
「オオ!」
二人は理解した。これは間違いなく戦いに臨む前にあげる鬨の声だ。
そして、わざわざ自分に有利なはずの武器を捨てたのも得心がいった。
この化け物は、自分たちと同じ条件で決闘を挑もうとしているのだと。
「見事なり! お相手仕らん!」
小次郎は思わず叫んだ。
武蔵は木刀を捨てると腰の二刀を抜き放った。
「三つ巴の戦いとは……礼を申すぞ! 拙い手前ながら二天一流、お目に掛ける!」
その目は爛爛と輝き、肌には艶が増している。
一対一、多数対一の戦いなら無数にあったが、三者が三者を敵として戦うことは今までなかった。
それが……未知の戦いに臨む武蔵の心には歓喜が満ちていた。
己の知らぬ剣の道がここからまた始まろうとしている! なんと素晴らしき敵に出会えたか!
そしてそれは「彼」も同じだった。
二人の剣豪が自分を認めたばかりか、戦いに加わることを許された……その感激は例えようもないものだった。
この場にもっともふさわしい言葉は……そう思った彼は、覚えて間もない一語を発した。
「テンヨ……タダ、ゴショウランアレ」
小次郎の顔にニコと微笑みが浮かんだ。
「推参!」
次の瞬間、三者は必殺の剣技で雌雄を決すべく、互いの中心に向かって突進する。
居合わせた人々も天も、今はただ刮目し、戦いの帰趨を見守るばかりであった……




