第167話:【167日目】現場のストライキと、崩れゆく成果主義
「な、なんだってえええええっ!? 地下牢獄の厳重ロックが解除されて、あの筋肉モリモリの蜥蜴男――ザンギュラが消えたあぁぁぁ!?」
魔王城の地下司令部。 ニートの息子リオンは、赤く点滅する警告インジケーターを指差して、叫び声を上げた。 隣に立つ臨時最高経営責任者・レイカは、ピンストライプのスーツの袖口を整えながら、冷徹な眼光をモニターに注いでいる。
「……ネクロディアの構築したセキュリティ認証に、一秒以下のわずかなレスポンス遅延が生じたわ。その瞬間に外部から管理者権限のオーバーライド……。フッ、手際が良いことね」
レイカは焦る様子も見せず、冷ややかな笑みを浮かべた。
「だが、ネズミが一匹逃げ出したところで、我が成果主義の絶対的支配は何一つ揺らがないわ。さあ、リオン。本日167日目の更新をなさい。敵に反撃の余地すら与えない、完璧な業務統制を敷くわ」
「は、はいッ! 167日目の日めくりスタートだッ!」
リオンがクリスタルカレンダーの画面を力強くスワイプした。
残り198日 → 197日
シートからあふれ出した白銀の光の中から現れたのは、小さな商店の売り声や村の広報で使われるような、木製の素朴な手持ち拡声器だった。
SSR【魔導・拡声器】
『※広域に向けて音声を遠くまで明瞭に増幅・伝達するための、高品質な魔導拡声器です』
「……はあ!? 鍵束の次は、ただのメガホンかよッ!? 運動会でも始めろってのか!?」
リオンが頭を抱えるが、レイカはそのメガホンを優雅につまみ上げると、自らの専用デスクにある全館放送コンソールへ直接接続した。
「ただのメガホン? 違うわ、リオン。これは私の思考プロトコルを強制力のある周波音波へと変換し、全占領地の住人および全魔物兵へ一律の絶対命令を叩き込む、完璧な『業務命令器』よ」
レイカはコンソールのマイクに向かい、氷のように冷たい声を吹き込んだ。
『全占領地エリア、ならびに全開発部隊へ告ぐ。CSOザンギュラの脱走に伴い、本瞬間より特別警戒体制へ移行する。全作業員は本日のノルマを通常の300%へ引き上げ、24時間連続の不休稼働を命じる。未達者は全員、即時解雇および資材回収の対象とする』
その冷酷な全域アナウンスは、魔導スピーカーを通じてホワイト村のすみずみまで、重く鋭い金切音となって響き渡った。
*
占領されたホワイト村の本社ビル、ならびに各種生産現場。
「に、24時間不休でノルマ300%……!?」
木材搬送を担当していたオークの作業員が、力尽きて膝をついた。 暖房を奪われ、温かいスープの支給も止められ、連日の極限稼働で疲弊しきっていた彼らにとって、その命令は事実上の「死刑宣告」に等しかった。
魔導端末に向かっていた下忍魔物プログラマーたちも、青ざめた顔で震えていた。 隣の席の仲間がわずか数十ミリ秒の遅延で追放された恐怖と、不眠不休のストレスで、キーボードを叩く指は限界を迎えていた。
「もう……ダメだ……。どんなに頑張っても、成果を出さなきゃゴミ扱いされて捨てられる……」
現場全体を、底なしの絶望と重苦しい沈黙が支配しかけた、その時――。
ガサガサッ……ピコンッ!
全館放送のスピーカーから、不意にノイズが走り、レイカの冷徹な声が途切れた。 代わりにスピーカーから流れてきたのは、聞き覚えのある、暖かく力強い男性の声だった。
『――聞こえるか、ホワイト村の仲間たち。アンド、魔王軍の作業員諸君。ホワイト株式会社代表、タクトだ』
「「「タ、タクト社長……!?」」」
村中の作業員たちが、一斉にスピーカーを見上げた。
ネクロディアが仕込んだバックドア、グレイシアが送った裏資金、そしてシオンが目隠しした通信ノイズ回路――それらをスライム隊の地下水路スピーカー網と接続し、タクトは村全域への「ジャック放送」を成功させていたのだ。
『今、姉さん……レイカ臨時CEOから発令された命令を撤回する! 24時間不休稼働なんて、絶対に認めない! 全社員、ただちに作業を停止し、工具とキーボードを置きなさい! これはPMとしての正式な命令だ!』
スピーカーの向こうから、タクトの熱い叫びが届く。
『数字や成果は大切だ! だが、君たちの命や健康、温かい笑顔を犠牲にしてまで出さなきゃいけない成果なんて、この世にひとつも存在しない! 不足した納期やノルマは、俺が全責任を持ってPMとして調整する! だから……もう無理な成果主義に怯えて、自分を痛めつけるのはやめてくれッ!』
続いて、マイクを引き取った男の声が響いた。
『おい、現場の野郎ども! 俺だ、見習い清掃員の黒崎だ!』
元ブラックCEOの黒崎の、腹の底から響く喝が、スピーカーを揺らした。
『かつて俺も、成果と利益だけを求めて社員を使い潰す悪魔だった! だが、このタクト社長の元で床を磨き、現場の汗の尊さを知った! 成果を出せなきゃゴミだと!? ふざけるなッ! 毎日現場で汗を流し、土に塗れて組織を支えているお前たちこそが、会社の最高の資産なんだよッ!』
「ぷるるっ! ぷるぷるっ!」
スピーカーの奥から、清掃局長のスーが同意するように力強く跳ねる音が響き渡る。
『自分を大切にしない成果主義なんぞ、こっちからお断りだ! 全員、工具を置け! 現場の底力を見せてやれッ!』
黒崎の激しい叫びが、現場の労働者たちの胸に、熱い火をつけた。
「そうだ……! 俺たちはゴミじゃない!」 「定時退社と……温かいスープを返せえええっ!」
最初に木材搬送のオークが、手にしていた丸太をドスンと地面に投げ捨てた。 続いて、ゴブリンの建築隊がハンマーを置き、魔物プログラマーたちが一斉にキーボードから手を離した。
「「「ストライキだ! 大規模ボイコットをキックオフするぞおおおっ!!」」」
ホワイト村の全エリア、全工場、全開発室で、一斉に作業が完全停止した。 現場の作業員たちは腕を組み、冷たい成果主義の命令に対して、ボトムアップの大規模ストライキを開始したのだ!
*
魔王城の地下司令部。
「な……何ですって……!?」
レイカはモニターに映し出された、全エリアの稼働率「0%」という信じられない数値を目にし、初めてその整った眉を激しくひそめた。
中央集権的な仕様書も、絶対的な業務命令器も、それを実行する「現場の人間」が工具を置いた瞬間、ただの紙くずと無意味な騒音へと成り果てる。
「現場が……全員で作業を放棄したというの……!? バカな……成果を出さなければ居場所を失う恐怖があるはずなのに……!」
レイカの計算し尽くされた完璧な数理モデルが、現場の人間たちの熱い結束とボトムアップの意志によって、音を立てて崩れ始めていた。
(残り197日。明日は何が出る?)
【167日目時点の主要キャラクター紹介】
■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:ジャック放送で全現場へストライキを呼びかける。数字よりも命と笑顔を優先する経営哲学で、現場の心を一つに束ねた。
■ シルフィ(社長秘書) 状況:タクトの放送を横で支え、現場のボイコット状況をリアルタイムで分析して作戦の成功を確信する。
■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:無事に救出され、大盾を構えて現場作業員たちの安全とストライキの防衛線を力強く護衛している。
■ アーサー(勇者) 状況:白馬の騎士ギルドと共に、ストライキを起こした現場の労働者たちを魔王軍の鎮圧部隊から護衛している。
■ ネクロディア(魔王軍 最高技術責任者(元・ホワイト会社CDO)) 状況:稼働率0%のモニターを見つめながら、現場の人間たちが生み出す熱い結束に胸を打たれている。
■ グレイシア(魔王軍 最高財務責任者(元・ホワイト会社CFO)) 状況:損失リスクを恐れず権利を主張する現場の強さに感嘆し、自分の送った裏資金が彼らを支えていることに誇りを感じている。
■ シオン(魔王軍 最高情報責任者(元・ホワイト会社CIO)) 状況:タクトのジャック放送回線を自ら密かに優先接続し、レイカの遮断プロトコルを無効化し続けた。
■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:ジャック放送で現場の魂を揺さぶる演説を敢行。元ブラックCEOとしての熱量で大規模ストライキを成功に導いた。
■ スー(清掃局長) 状況:言葉は話さず「ぷるるっ!」と鳴きながらスライム通信回路を維持し、ジャック放送の成功に貢献した。
■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD)) 状況:『業務命令器』による強制命令を下すも、現場全員のボイコットにより稼働率0%を突きつけられ、初めて動揺を見せる。




