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第154話:【154日目】深淵の「全知」と、影からのフリーエージェント

「キタキタキタァァァッ! 154日目のアップデート完了! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強の全自動ぐうたら執事をドロップしてやるッ!」


 魔王城の薄暗い「引きこもり部屋」。 ニートの息子リオンは、朝カレンダーのシステムロックが解除されるやいなや、ソファからクリスタルカレンダーへと飛びついた。 隣では、ピンストライプのスーツを完璧に着こなしたレイカが、昨日までの魔改造コンソールに接続された『魔導・黒塗用インク(ブラック・インク)』の最終ログをチェックしながら、冷徹な視線をカレンダーに注いでいる。


「さあ、めくるぞ!」


 リオンが興奮に目を血走らせ、154日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。


 残り211日 → 210日


 シートから溢れ出した白銀の光。リオンは「執事! 今度こそ執事来い!」と祈りながら光の収束を見守った。 しかし、光の霧が晴れた後に床に転がっていたのは、執事の影形すらなく、文房具の束に紛れているような小さなシール状のタグだった。


 SSR【魔導・情報封緘シール(シール・タグ)】


『※指定したデータフォルダや通信ポートを物理的・魔術的に完全に密蔽し、外部からの監査や追跡ログの漏洩を百パーセント遮断する情報保護用シールです』


「……はあ!? インクの次は、ただのシールかよ! なんで俺のカレンダーからは、こんな文房具の売れ残りみたいなゴミばかり出るんだよッ!」


 リオンが頭を抱えてソファの上でジタバタと暴れる。 だが、そのシールを滑らかな手つきで拾い上げたレイカは、眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、酷薄に微笑んだ。


「ただのシール? 違うわ、リオン。これは敵のログ解析スキャナーを完全に無力化し、我が社の介入を永遠に闇に覆い隠す、完璧な『情報遮断封印(アクセス・ブロック)』よ」


「え……? シールでログが消えるの?」


「ええ。このシールの遮断能力を、昨日までのハッキング回線の最終結節点に貼るの。これで、ホワイト株式会社のセキュリティシステムは、我が社と彼女との通信アクセスを一切検知できなくなるわ。……移籍のための全ての舞台整えは、完璧に終わったわ」


 レイカは冷徹にコンソールを操作し、ハッキングポートに『情報遮断封印』を貼り付けた。 一瞬にして、ホワイト株式会社のシステム監視網からは見えない、完全不可視の絶対回線が固定された。


「合理的成果主義《アップ・オア_アウト》の第七段階ね。シオン……あなたの『全知への渇望』が、ホワイトなぬるま湯の目隠しを破り捨てる瞬間を見せてあげるわ」


 冷徹なビジネスの怪物の瞳に、不吉な勝利の光が深く明滅していた。


 *


 同じ日の午後。ホワイト株式会社の本社ビル。


「……はぁ」


 最高情報責任者(CIO)のシオンは、無人の情報管理室で、一人静かに自卓に座っていた。


 タクトから命じられた「強制有給休暇」と「ログ監視制限」。 彼女の端末の主要権限は一時的に凍結され、画面には「休養をお勧めします」という優しいポップアップが表示されている。


 タクトは自分を心から思い遣り、これ以上傷つかないようにと優しさで包んでくれた。 だが、元暗殺者であり、影の中で世界のすべての情報を察知することで生き延びてきたシオンにとって、その「優しい目隠し」は、刻一刻と迫る危機から目を背けさせられる恐怖そのものだった。


「……タクト様。世界は……こんなにも激しく動いていますのよ……」


 シオンは制限された個人端末から、街の市場の歪みや、他国で起きている経済侵略のログを微かに感じ取っていた。 情報を持たない保護など、ただの気休め。本当の嵐が来た時、目隠しをされた仲間たちは何が起きたかも分からずに全滅してしまう。


「私は……タクト様に救われた命。だからこそ、私はタクト様の『目』でありたかった……。世界のすべてを見通し、あらゆる危機を事前に叩き潰す『全知の影』でありたかったですの……」


 シオンの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、膝の上を濡らした。


 その時、暗闇の情報管理室に、レイカの魔改造された完全不可視のハッキング回線が静かに繋がった。


『迷う必要はないわ、シオン。タクトは「見ない優しさ」であなたを甘やかすけれど、私はあなたの「見たい欲求」を全肯定するわ。……我が社の【世界全知監視網(データ・ドミナンス)】の最高責任者として、世界中の全ログを統制し、真の守護者となりなさい』


「……レイカ、お姉様……」


『答えを出しなさい。ぬるま湯の目隠しの中で無力に死ぬか。それとも、世界の深淵を見通す「全知の影」となるか』


 シオンは震える指先で自分の胸元に触れた。 タクトがくれた光の温もり。そして、情報屋として抗えない全知への渇望。 二つの想いが彼女の魂を引き裂く中、彼女は静かに、涙を拭った。


「……私の……答えは……」


 *


 その日の深夜。 「定時退社・残業禁止」のルールが厳格に適用され、完全に消灯した無人の代表取締役執務室。


 月光が冷たく差し込む静まり返ったオフィスに、微かな足音が響いた。 黒い革の衣装に身を包んだシオンが、影の中に溶けるようにタクトの空のデスクの前に立っていた。


 彼女の手には、タクトのデスクへ置くための一輪の黒い花――『影の黒百合(スモーキー・ユリ)』と、一基の記憶結晶が握られていた。


 記憶結晶の中に保存されているのは、彼女が己の持てる全ての技術を注ぎ込んで構築した【永久防衛コード(セーフ・プロトコル)】。 ホワイト株式会社のセキュリティネットワークを外部の攻撃から永久に防ぎ続ける、彼女からの最後の贈り物だった。


「タクト様……。私を光の場所に置いてくださり、本当にありがとうございました……」


 シオンは、タクトの空の椅子に向かって、深々と頭を垂れた。


「ですが……私はやはり、見やすい箱庭の中で目隠しをされたままでは生きていけませんの。世界のすべての真実を見通し、影からタクト様をお守りする……それこそが、私の生きる理由ですの……」


 タクトの「優しさ」を裏切る悲痛な選択。 だが、それは彼女が情報屋としての自負と誇り、そしてタクトへの愛を貫くための、唯一の決断だった。


 シオンは震える指先で、レイカから送られてきた【魔導・人材移籍契約書(フリー・エージェント)】の白銀のファイルを開いた。


「……さようなら、タクト様。私に『名前』と『居場所』をくださった、私の最愛の社長……」


 シオンは涙を流しながら、右手の指先を署名欄へと力強く押し当てた。


 ピキィィィン……!


 眩い黄金の光と漆黒の影が複雑に交錯し、契約が締結される。 瞬間、シオンの全身からホワイト株式会社のCIOアクセスキーが次々と解かれ、消滅していった。代わりに、魔王軍の最高情報責任者としての漆黒のマスターキーが、彼女の魔力回路へとインストールされていく。


 シオンはデスクの上に影の黒百合と防衛コードをそっと残すと、一歩下がり、漆黒の影の中へと静かに溶け込んでいった。


 開発(CDOネクロディア)、財務(CFOグレイシア)、そして情報(CIOシオン)。 ホワイト株式会社を支えてきた最強の三幹部がすべて去り、組織の完全機能停止(三重崩壊)を告げる静寂が、無人の執務室を冷たく包み込んでいくのだった。


(残り210日。明日は何が出る?)

【154日目時点の主要キャラクター紹介】


■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM))

状況:シオンの疲弊を懸念して有給休養を命じたが、その「情報を制限する優しさ」が彼女を追い詰め、深夜にCIOシオンが自らの意志でFA移籍を遂行したことには、まだ気づいていない。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:二幹部離脱によるパニック対応を続けつつ、自室に閉じこもったシオンの身を案じている。深夜のオフィスに漂う不吉な静寂に、激しい胸騒ぎを覚えている。


■ シオン(元・CIO(現・魔王軍最高情報責任者))

状況:タクトの「優しい目隠し」を脱ぎ捨て、世界中の全ログをリアルタイムで監視・統制する『全知の影』となるため、涙を流しながら「フリー・エージェント(FA)移籍」を実行。魔王軍へと旅立った。


■ リオン(魔王の息子(共同経営者))

状況:154日目の朝に「情報封緘シール」を獲得。お姉様の手でそれがハッキング遮蔽封印へと魔改造され、ホワイト社のCIOシオンを手に入れたことに大歓喜している。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD))

状況:封緘シールをハッキング遮蔽具へ魔改造し、通信ログを完全秘匿。シオンの「全知への渇望」を完全に掌握し、開発・財務・情報というホワイト社の主要三幹部すべての引き抜きを完遂させた。

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