第137話:【137日目】闇市場の切り売りと、人材移籍のFA制度
穀物都市グリーンヘイヴンを「救済的買収」し、荒れ果てた大農地を一瞬にして大豊作のユートピアへと塗り替えた136日目から一夜明けた、137日目の朝。
ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室の窓からは、今日も美しく整備されたスマートシティの光景が広がっている。【超空間物流門】を通じて、グリーンヘイヴン支店から届いたばかりの新鮮な超特大のジャガイモや麦が、本社の大食堂へと自動で搬入されていた。
「……素晴らしい。食糧自給率はこれで120%を超えたな。社員たちの栄養バランスも完璧だ」
俺――タクトは、手元の魔導端末に流れるダッシュボードの青いグラフを眺めながら、温かいコーヒーを口に含んだ。
主要な食糧産地であるグリーンヘイヴンまで失ったことで、聖王国の「ブラックギルド連合」の命脈は事実上、完全に尽きている。だが、プロジェクト管理者としての俺のリスク管理は、最大レベルの警戒を維持していた。
「資金繰りが完全に破綻し、社会的信用も物理的な戦力も失った。となれば、あいつらが次にやることは一つ。支配下にある残りの都市で、労働者を『換金資産』として切り売りし、最後の資金を回収して逃亡を図ることだ」
俺はリスクの事前検知を頭に描きつつ、リビングに置かれたクリスタルUIが輝く日めくりカレンダーの前へと歩み寄った。
「相手が人を道具として売り飛ばそうとするなら、俺たちは彼らに『真の選択権』と『労働の自由』を提供するだけだ」
指先で滑らかにスワイプし、残り日数を更新する。
「残り228日」から「残り227日」へ。
カレンダーから放たれた白銀の粒子が、今回は無数の美しい星型のバッジと、電子的な契約書類のホログラムを空間に描き出し、やがて俺の手元に、一冊の輝く白銀のファイル型デバイスを具現化させた。
SSR【魔導・人材移籍契約書】
『※不当な債務や強制労働、隷属契約によって不自由に縛られている労働者を魔導的に検知・解放し、自らの意志で最適な職場へ合法的かつ自由に「移籍(FA)」させる統合契約端末。移籍に伴う不当な違約金やペナルティは、我が社の債務肩代わりによってすべて消滅します』
「キタ……! これこそ、労働者を物のように扱う闇市場を、根底から社会的解体する究極の人材解放インフラだ」
俺は即座に、最高情報責任者のシオン、最高財務責任者のグレイシア、そして防衛部門のザンギュラを招集した。
「シオン、ブラックギルド連合が『切り売り』を企てている現場はどこだ?」
俺が問いかけると、シオンがホログラムで周辺マップを展開した。
「はい、タクト様。グリーンヘイヴンに隣接する、聖王国最大の港湾都市ブルーポートです。ここは表向きは栄えた交易港ですが、その裏側には、借金を抱えた船乗りや港湾労働者、技術者たちを法的な鎖で縛り、他国のブラック商会や魔王軍の残党へと売り飛ばす『奴隷闇市場』が存在しています。ギルド連合は今、そこで彼らを一括で換金しようとしています」
「人を物のように売り払って、自らの粉飾決算の穴埋めにする気か。……本当に、どこまでも救いようのない連中だな」
ザンギュラが、その強面をピクリと動かして拳を鳴らした。
「よし、プロジェクト:白馬の騎士の第三弾だ。ブルーポートの闇市場に囚われたすべての労働者を救済し、我が社へのフリーエージェント移籍を執行する!」
「グレイシア、彼らの不当な債務を一括で肩代わりするだけのマナ・キャッシュは問題ないな?」
「……コタツの中から、闇市場の裏帳簿ごと彼らの売掛債権をすべて買収する準備はできていますわ。タクト様、あの冷酷な商人どもの資金繰りを、完全に干上がらせて差し上げましょう」
グレイシアが、冷徹な微笑みを浮かべて魔導端末の承認キーをタップした。
「よし。ザンギュラ、警備部隊を率いて、超空間物流門からブルーポートへデプロイするぞ!」
「おう! 悪党どもに、本当の『安全基準』を叩き込んでやるぜ!」
俺たちは、ゲートを潜り抜け、一瞬にして港湾都市ブルーポートの地下にある、薄暗い闇市場の取引所へと転移した。
そこは、波の音が不気味に響き渡る、頑丈な鉄格子で囲まれた地下の取引所だった。鉄格子の向こうでは、痩せ細り、すすで汚れた船乗りや港湾の荷役労働者、ドワーフの造船技術者たちが、力なく床に座り込んでいた。
「おい、立て! 今日がお前たちの出荷日だ! 他国の鉱山で死ぬまでピッケルを振るうか、魔王軍の残党の奴隷兵となるか、好きな方を選べ!」
肥太ったギルドの執行官が、冷酷な声で若い船乗りの少年を引きずり出そうとしていた。少年は涙を流しながら、必死に鉄格子にしがみついている。
「そこまでにしてもらおう」
俺の声が、冷たい地下の闇市場に響き渡った。
「な、何だ、貴様らは!? ここは聖王国商業ギルド連合の直轄取引所だぞ! 警備兵、こいつらを叩き出せ!」
執行官が叫び、十数人の武装した私兵が俺たちに襲いかかろうとした。
しかし。
「ホワイト株式会社の、防衛責任者ザンギュラだ。安全基準に違反する暴力行為を検知した。……これ以上の抵抗は、即座に強制排除とする」
ザンギュラが一歩前に出て、安全第一と書かれた巨大な盾を地面に突き立てると、凄まじい風圧と圧倒的な威圧感が取引所全体を包み込んだ。私兵たちは、その規格外の強さに震え上がり、一歩も動けなくなった。
俺は静かに【魔導・人材移籍契約書】を掲げ、空間に巨大な黄金の星型バッジの契約ホログラムを展開した。
「プロジェクト:白馬の騎士。我々はブルーポートのすべての労働者に対し、不当な隷属契約の解消と、我が社への人材移籍を提案する。君たちの背負わされている不当なペナルティや借金は、我がホワイト株式会社がすべて肩代わりした」
「な、何だと……!? バカな、彼らの身代金と違約金の総額がどれほどのものか分かっているのか!」
「すでに、あなた方が保有していた彼らの債権、およびブルーポートの港湾インフラ権利の60%は、我が社の余剰魔力予備費によって、すべて法的に買い取られ、消滅しました。今、この労働者たちの雇用管理責任は、我が社にあります」
グレイシアが、本社からの魔導通信を通じて、完璧な買収完了データを執行官の目の前に突きつけた。圧倒的な資本力による、完全な救済的買収の成立だった。
「う、嘘だろ……。俺たちは売り飛ばされるんじゃない……。ホワイト株式会社にFA移籍するんだ……!」
囚われていた労働者たちが、信じられないというように、自らの頭上に浮かび上がった『移籍合意』の青いアイコンを見つめている。
俺が契約端末の「承認」ボタンを押した瞬間。
闇市場の地下室に設置した超空間物流門が眩い光を放ち、ブルーポート全域に、我が社の遠隔福利厚生が一瞬で同期していった。
冷たく淀んでいた地下室の空気が、微粒子レベルの空調によって一瞬で澄み切ったアロマの潮風へと変わり、給電システムによって周囲の魔導灯が暖かな光を放ち始める。
さらに、デリバリードローンが飛来し、労働者たちの前に、アツアツの「大盛りシーフードカレー」と「温かいお茶」を次々と配給していった。
「温かい……。こんなに美味しいご飯、何ヶ月ぶりだ……!」
「借金が消えて、自分の意志で働けるなんて、まるで夢のようだ……っ!」
労働者たちは、涙を流しながらカレーを口にし、その圧倒的な幸福に震えていた。レンズ越しに見える彼らの精神的健康が、一気に「98」へと急上昇していく。
「これこそ、白馬の騎士のやり方だ。人を物のように扱う不当な市場など、ホワイトな技術と幸福の前には無力だ」
ザンギュラが笑顔で、彼らの胸元にホワイト株式会社の「社員バッジ(株主証)」をピン留めしていく。
ブルーポートは、こうしてホワイト株式会社の「ブルーポート港湾支店」として、完璧な再起動を果たした。
その様子を、本社のモニターを通じて眺めながら、廊下をピカピカに磨いていた見習い清掃員の黒崎が、モップを握りしめて呟いた。
「……フン。相変わらず、ブラックギルドの奴らは、労働者を『換金できる消耗品』としか見ていないな」
黒崎は、逃げ帰る執行官たちの惨めな姿を見て、吐き捨てるように言った。
「労働者の『意志』と『誇り』を無視し、切り売りで目先の赤字を埋めようとするなど、破綻した組織の最悪の悪あがきだ。ホワイト株式会社が提示した『労働の自由』と『適正な環境』の前に、そんな錆びた鎖が通用するはずがない。……さて、私も負けていられん。港湾支店のトイレの衛生基準も、私が磨き上げた本社と同レベルにまで引き上げるアドバイスを、タクトに送っておかねばな」
黒崎はそう言うと、再び無言で、だが以前よりも誇らしげに床を磨き始めた。彼の中には、このホワイトな組織の価値を誰よりも理解する、一流の観測者としての誇りが育っていた。
夕暮れ時。代表取締役執務室。
「タクト様。ブルーポートの船乗りや職人の皆さんから、新しい貿易航路の開拓と、スマート輸送船の設計案が続々と届いていますわ」
シルフィが、嬉しそうに端末のデータをスワイプした。不当な鎖から解放された彼らは、もう「指示を待つ奴隷」ではない。自らの手で新しい価値を創り出す、自律的な「ステークホルダー」へと生まれ変わったのだ。
「よし。彼らの自律的な活動を、全力でサポートするぞ。これからは、幸せな労働が生み出す圧倒的な生産性が、世界のすべての海を白く塗り替えていく」
自滅に向かうブラックギルドに対し、ホワイト株式会社の圧倒的な「救済的買収」の第二歩が刻まれた。
魔王復活まで、残り227日。俺たちのホワイト化プロジェクトは、もう誰にも止められない。
(残り227日。明日は何が出る?)
【人物紹介】
■ タクト(代表取締役兼PM)
状況:【魔導・人材移籍契約書】を獲得。港湾都市ブルーポートの闇市場に囚われていた全労働者を救済的買収し、彼らの意志による「フリーエージェント移籍」を完遂した。
■ シルフィ(社長秘書)
状況:ブルーポート支店の設立に伴う、数千人の船乗りや技術者たちのオンボーディング手続きを一元管理。彼らのために、スマート宿舎の設計仕様書をチェックしている。
■ グレイシア(CFO)
状況:【魔導・人材移籍契約書】の適用に伴い、闇市場の不当な債務をすべて一括買収。コタツの中から、敵の資金繰りをさらに壊滅的なデフォルトへと追い詰めている。
■ ザンギュラ(CSO)
状況:【重歩兵・安全監査員】として、ブルーポート闇市場の武力鎮圧を担当。不当な私兵たちを安全基準違反として冷静に威圧し、救済された労働者たちに社員バッジを配る大役を務めた。
■ 黒崎(見習い清掃員)
状況:敵の「人材切り売り」をブラック経営の末期症状として冷徹に批判。ホワイトな救済がもたらす「労働の自由」の圧倒的な美しさを再確認し、自身のモップがけの品質をさらに高めている。
■ スー(清掃局長)
状況:ブルーポート支店の設立に伴い、港湾およびドックのスマート清掃プロトコルを策定中。「海の汚れも、スマートにお掃除するのがDX4(デラックス・お掃除)です!」とプルプル張り切っている。




