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第135話:【135日目】突撃のデスマーチと、安全第一のスマート防衛

 財務監査という名の圧倒的な論理によって、聖王国の「ブラックギルド連合」が犯していた巨額の粉飾決算を完全に暴き出した134日目から一夜明けた、135日目の朝。


 ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室の窓から見える街並みは、スマートシティOSの快適な管理下で、変わらず静かで美しい。


 だが、プロジェクト管理者(PM)としての俺――タクトは、ダッシュボードに表示される外部の魔力反応に視線を留めていた。


「社会的にも経済的にも破綻した。となれば、あとは嘘を隠すための物理的な暴走、すなわち『武力行使』しか残されていないのは自明の理だな」


 敵は粉飾決算をうやむやにし、国からの緊急支援金を引き出すために、ホワイト株式会社に対する大規模な軍事衝突を演出しようとしている。


 俺はコーヒーを一口啜り、リビングに置かれたクリスタルUIが淡い光を放つ日めくりカレンダーの前に立った。


「相手が安全基準を無視した無謀な不当な突撃(デスマーチ)を仕掛けてくるなら、俺たちは『労働安全』の究極の形で、その暴力を完全に無力化するまでだ」


 指先を滑らかに滑らせ、残り「230日」の魔導シートをゆっくりとめくる。


「残り230日」から「残り229日」へ。


 シートから弾け飛んだ白銀の粒子が、部屋の空気を心地よく震わせながら収束し、代表取締役執務室の中央に、緑色に優しく発光する一対のオーブ状デバイスを具現化させた。


 SSR【安全労働衛生結界(セーフティ・バリア)】


『※指定したエリアにおいて、労働安全基準(セーフティ)に違反するあらゆる暴力や、社内規約にない攻撃行為(労働災害)を魔導的に検知・中和する防衛システム。結界に触れた攻撃エネルギーは、快適なマッサージ効果やリラックス睡眠波動へと自動で安全変換され、敵の戦意を奪う絶対非殺傷(ノン・リーサル)の防衛網を構築します』


「キタ……! これこそ、怪我人も労災も出さない、究極の『安全第一』の防衛インフラだ」


 俺は即座に、最高情報責任者(CIO)のシオン、および最高防衛責任者(CSO)のザンギュラへインカムを繋いだ。


「ザンギュラ、シオン。本社の第一防衛ラインに、この【安全労働衛生結界(セーフティ・バリア)】を即座に適用(デプロイ)しろ。敵の突撃を安全第一で迎撃する」


『カタカタ……! タクト様、魔導サーバー側の結界同期、正常に完了しました! 労災をゼロにする美しいセキュリティ・カーネルですな!』


 ネクロディアが遠隔からログの同期完了を報告してくる。


 数時間後、ホワイト株式会社の防衛境界線。


 そこには、ブラックギルド連合が破れかぶれでかき集めた、重装備の武装傭兵団、約二千人が押し寄せていた。彼らの中心には、無理な魔力供給で過熱し、黒い煙を噴き上げている「巨大魔導ゴーレム」が地響きを立てて鎮座している。


「突撃しろ! 休むな! 結界を叩き壊せば、倍の報酬を支払ってやる! 働け、休むのは死んでからだ!」


 後方の安全な馬車から、ブラックギルド連合の肥太った幹部が、声を枯らしてデスマーチな命令を下していた。傭兵たちは、不眠不休の強行軍によって強烈な疲労を溜め込んでおり、その顔には深いクマと「やらされている」という強い不満が浮かんでいた。


 そこへ、ホワイト株式会社のゲートから、二人の男が静かに歩み出てきた。一人は、真新しいジョブ【重歩兵・安全監査員(ガード・オフィサー)】を適用され、安全第一と書かれた大盾を構えたザンギュラ。もう一人は、【有給・聖剣芸能(パフォーマー)】を適用され、聖剣をジャグリングしながら笑顔を振り撒く元勇者アーサーだ。


「おい、不審者ども。そこから先は、ホワイト株式会社の私有地だ。労働安全基準への違反を検知したため、これ以上の侵入は認めん」


 ザンギュラが、その強面をピクリと動かして警告する。


「うるさい! こんな少人数、一瞬で踏み潰してやれ! 巨大魔導大砲、放て!」


 傭兵隊長の怒声と共に、巨大ゴーレムの肩に設置された魔導大砲が火を噴き、極大の破壊光線がザンギュラたちへと放たれた。


 しかし。破壊光線が、空中に展開された緑色の【安全労働衛生結界(セーフティ・バリア)】に触れた瞬間。


 パリン、と涼やかな鈴のような音が響き渡り、極大の光線は一瞬で消滅。代わりに、心地よいジャスミンのアロマが香る温かい微風が、傭兵団の頭上へとふわりと降り注いだ。さらに、地面から絶妙なパルス状の魔力振動が伝わり、傭兵たちの全身を優しく刺激した。


「……ん? あれ、何だ、この風……? すごく良い匂いだぞ……」


「ま、待て……! 肩が、強烈な強行軍で鉛のように重かった肩甲骨の裏が、信じられないほど軽くなっていく……っ!」


「ああっ……! 腰の痛みが、完璧にほぐれていく……。なんだ、この極上の揉みほぐしは……!」


 結界が「労働安全基準違反の暴力」を検知し、その攻撃魔力を、傭兵たちの蓄積疲労をリセットする「マッサージ波動」へと自動変換してしまったのだ。傭兵たちは、次々とその場に座り込み、うっとりとした表情で全身の凝りを伸ばし始めた。


「これこそ、安全第一の防衛戦ですよ」


 アーサーが笑顔で聖剣を掲げると、【有給・聖剣芸能(パフォーマー)】のパッシブスキルが発動し、聖剣から極上の睡眠波動が優しく広がっていった。


「不眠不休の残業など、身体を壊すだけです。さあ、温かい布団で眠るような、本当の『有給休暇』を味わってください」


「うう……。俺、なんでこんな安月給で、徹夜で戦ってたんだろう……。もう、寝る……」


「温泉、行きたいな……」


 一人、また一人と、傭兵たちは武器を投げ捨て、芝生の上に大の字になって、幸せそうな寝息を立て始めた。戦うための「怒り」や「戦意」が、圧倒的な心地よさと安全管理の前に、完全に無効化(デリート)されてしまったのだ。


「ええい、何をしている! 立て! ゴーレム、最大出力で突撃だ!」


 焦ったギルド幹部が、巨大ゴーレムの制御石に魔力を強引に注ぎ込み、限界を超えた過負荷運転で突撃させようとした。


 しかし、ゴーレムが結界へと一歩踏み出した瞬間。ピピピッ、と結界のシステム警告音が、周囲に響き渡った。


『警告:魔導ゴーレムの魔力温度が、安全基準値を大幅に超過しています。労働安全管理規則第十二条に基づき、大破および爆発を防止するため、稼働を自動安全停止(シャットダウン)します』


 カチッ、と静かな作動音が響き、巨大ゴーレムの瞳から光が消え、完全に機能停止してその場に沈黙した。無理な残業(過負荷運転)による労働災害(ハザード)を未然に防ぐための、完全なスマート安全停止だった。


「ば、バカな……! 最終兵器が、勝手に動かなくなったぞ……っ!?」


 幹部がパニックに陥っていると、本社のエントランスから、静かにモップを持った男が歩み出てきた。見習い清掃員(ジュニア・クリーナー)の黒崎だ。


「……フン。相変わらず、限界を超えた不当な突撃(デスマーチ)など、最も愚かで、最も非効率なプロジェクト破綻の形だな」


 黒崎は手を止め、呆然とするギルド幹部を冷徹な眼差しで見つめた。


「経営の基本たる『安全基準』すら管理できていない者が、自暴自棄になって物理的な暴力に訴える。そんな前時代のやり方で、このホワイト株式会社の徹底された安全インフラに傷一つつけられると思ったか。……自分の嘘の片付けすらできん三流の経営者め、早くそこを退け。モップをかける邪魔だ」


 黒崎が放つ、元ブラック企業CEOとしての圧倒的な経営の威圧感に、ギルド幹部は悲鳴を上げて白目を剥き、その場に気絶して崩れ落ちた。


 こうして、ブラックギルド連合が仕掛けた最後の物理的な暴挙は、一兵の血も流すことなく、完全な「労働安全基準」の徹底によって、一瞬でシャットダウンされたのだ。


「う、動けない……。でも、気持ちいい……」


 目を覚ました傭兵隊長が、アロマの風に吹かれながら、涙を流して呟いた。


「おい。ホワイト株式会社は、常に新しい『警備パートナー』を募集しているぞ。週休2日、夜間手当完備、安全第一の快適な職場で、お前たちのその剣の才能を、誰かを守るために磨き直してみないか?」


 ザンギュラが優しく手を差し伸べると、傭兵たちは全員、目を輝かせてその手を握りしめた。


「働かせてください……っ! こんなに人を大切にしてくれる場所で、俺は本当に働きたいんだ!」


 敵の戦力を、傷つけることなくすべて「味方(オンボーディング)」へと変え、ホワイト株式会社の組織への忠誠(エンゲージ)はまた一つ、極限まで高まった。


 執務室。俺はシルフィからの報告を受け、深く頷いた。


「これで、中盤の『防衛戦』は完璧な完了(クローズ)だな」


「タクト様。ブラックギルド連合は、社会的信用も物理的な私兵もすべて失い、実質的に完全に破綻いたしましたわ」


 シルフィが、嬉しそうに端末のデータをスワイプした。武力ではなく、圧倒的な「安全管理」と「誠実さ」で、敵の暴力を完全に内側から解体した。


「よし。次は、いよいよこちらから攻勢に出る。ブラックギルド連合そのものを、経済的・合法的に逆買収するフェーズへと移行するぞ」


 魔王復活まで、残り229日。ホワイト株式会社の「世界ホワイト化」プロジェクトは、いよいよ世界の市場そのものを塗り替える、最終段階へと舵を切った。


(残り229日。明日は何が出る?)

【人物紹介】


■ タクト(代表取締役兼PM)

状況:【安全労働衛生結界】を獲得し、敵の最後のデスマーチ突撃を「完全非殺傷」で撃退。敵の戦力をそのまま我が社の警備パートナーとして迎え入れ、防衛戦を完全制覇した。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:救済された二千人の傭兵たちの「見習い雇用契約」のオンボーディング手続きを迅速に処理中。タクトのスマートな防衛手腕に深い愛着を感じている。


■ グレイシア(CFO)

状況:物理的な攻撃にかかったアロマ等の費用をすべて「安全管理費(経費)」として処理。「これほど怪我人のいない安全な戦いなら、保険金の支出もゼロ。実にローリスクで美しいですわ」と、コタツの中で優雅に財務諸表を調整中。


■ ネクロディア(CDO)

状況:【安全労働衛生結界】のバックエンド制御を担当。ゴーレムの過負荷運転を検知して自動安全停止をかけたプログラミングの美しさに、一人で骨を鳴らして熱狂している。


■ ザンギュラ(CSO)

状況:【重歩兵・安全監査員】として前線で大活躍。不審者を「安全基準違反」として冷静に警告し、敵の傭兵たちを安全第一の優しさで味方に引き入れた。


■ アーサー(広報兼防衛部員)

状況:聖剣の有給パワーを最大解放。聖剣のジャグリングで傭兵たちを睡眠・リラックスへと誘い、「絶対非殺傷」の理念を体現した。


■ 黒崎(見習い清掃員)

状況:敵の無謀な突撃を「デスマーチ」として一蹴。かつての傲慢な自分と重ね合わせつつ、自らが清掃するホワイト株式会社のインフラの「安全な美しさ」に深い誇りを持っている。


■ スー(清掃局長)

状況:突撃によって少し荒れた防衛境界線の芝生を、黒崎と共にピカピカに整備中。新たな清掃パートナーたちの指導に向けて、プルプル張り切っている。

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