第1話:【1日目】過労死PM、異世界の荒野で「日めくりカレンダー」と出会う
視界が真っ白に染まった瞬間、俺の脳裏をよぎったのは「明日の朝イチの進捗会議、誰が回すんだよ」という、あまりにも救いようのない社畜の未練だった。
プロジェクトマネージャー。通称、PM。
それが前世における俺、佐藤タクトの役職だった。
鳴り止まないチャットツール、積み上がるバグ票、そして上層部から押し付けられる「どう計算しても物理的に不可能な納期」。
睡眠時間を削り、エナジードリンクをガソリン代わりに走り続けた結果、俺の心臓はメインサーバーがダウンするように唐突に機能停止した。享年二十五歳。文字通りの過労死である。
「……まぶしい」
重い瞼を押し上げると、そこにあったのはオフィスの無機質な蛍光灯ではなく、どこまでも突き抜けるような青空だった。
のっそりと上体を起こし、手をつく。
指先に触れたのは、オフィスチェアのクッションではなく、カサカサに乾燥した土。
辺りを見渡せば、右も左も赤茶けた荒野が広がっている。
ビルも、道路も、電柱すらない。乾いた風が吹き抜け、砂埃が舞うだけの「何もない場所」だった。
「お目覚めかな、不運なマネージャー君」
唐突に頭上から降ってきた声に、俺は反射的に上を見上げた。
そこには、空中で胡座をかいて浮遊している、白装束の老人がいた。後光まで差している。
状況からして、あれがいわゆる「神様」的な存在なのだろう。
「……状況報告をお願いしても?」
俺は立ち上がりながら、染み付いた職業病のままに問いかけた。
神様は少し面食らった顔をした後、コホンと咳払いをして厳かに告げた。
『うむ。君は元の世界で命を落とした。だが、その並外れたタスク管理能力を見込んで、この異世界に辺境領主として転生させてもらったのだ。タクトよ、君には使命がある』
「使命、ですか」
『そうだ。今からちょうど365日後。この世界の平和を脅かす大魔王が復活する。君には、領地を開拓しながら戦力を整え、365日後に現れる魔王を討伐してもらいたい!』
ふむ。なるほど。
要約すると「期限は365日」「リソースはゼロ」「目標は魔王討伐という超大型プロジェクトの完遂」ということか。
「……お断りします」
『えっ』
俺の即答に、神様は空中でバランスを崩してずっこけそうになった。
「無茶を言わないでください。365日という納期が決まっているのに、人員も物資も拠点もゼロ。これはプロジェクトではありません。ただの『デスマーチ』です。前世で懲りたんです、無計画な突撃には。俺は二度と過労死したくありません」
『ま、待て待て待て! 丸腰でやれとは言っとらん! ちゃんと特典を用意してある!』
神様が慌てて指を鳴らすと、俺の目の前にぽつんと、見慣れた四角い物体が出現した。
それは、実家や昔ながらの定食屋でよく見る『日めくりカレンダー』だった。
ご丁寧に「残り365日」と太い筆文字で書かれている。
「……カレンダーですか? スケジュール管理用?」
『ただのカレンダーではない! それは1日1回めくることで、その日の天候や君の状況に完全に「最適化」された、SSR級のアイテムや人材が確定ドロップする神器だ!』
神様の説明を聞いて、俺のPMとしての脳細胞が一気に活性化した。
1日1回、確実に最高レアリティのリソースが供給される。
借金ができない制約はあるが、逆に言えば「毎日1歩ずつ、確実な前進が保証されている」ということだ。
これほどスケジュールが引きやすく、予測可能なプロジェクトが他にあるだろうか?
「……なるほど。完全な日次ランニングコストで、最強のリソースが手に入ると。仕様は理解しました。それなら、PMとして引き受けましょう」
『おお! やってくれるか!』
「ええ。ただし、やり方は俺の好きにさせてもらいます。俺の目的は魔王討伐ではなく、俺自身が『最高のホワイト環境でスローライフを送る』ことですから」
無理な納期は心身を滅ぼす。
だからこそ、俺はこの荒野に、誰も過労で倒れない、残業ゼロ・週休三日の超ホワイトな村を作ってみせる。魔王が来ようが、そのホワイト環境で包み込んで無力化してやればいいのだ。
『ま、まあ結果的に世界が救われれば過程は問わん! では頼んだぞ、タクトよ!』
神様はホッとした顔で言い残し、光に包まれて消えていった。
後に残されたのは、乾いた荒野と、俺と、宙に浮く日めくりカレンダーだけ。
俺はズボンのポケットを探り、なぜか前世から引き継いでいた愛用のメモ帳とボールペンを取り出した。
「よし。まずは初日のリソース確保だ」
俺は日めくりカレンダーの前に立ち、「残り365日」と書かれた1枚目に手をかけた。
紙の質感は、妙に高級感がある。
意を決して、ペリッ、と紙をめくった。
――瞬間。
めくられた紙が眩い黄金の光に包まれ、空中で弾けた。
光の粒子が収束し、そこに一人の人影が具現化する。
「……っ」
現れたのは、息を呑むほど美しい少女だった。
透き通るような白い肌に、陽光を編み込んだような金髪。宝石のように輝く碧眼と、両サイドから伸びる尖った耳。
間違いなく、ファンタジー世界のエルフだ。
彼女はゆっくりと目を開けると、俺の顔を真っ直ぐに見つめ、その場で優雅に片膝をついた。
「初めまして、マイ・マスター。私は精霊術師のシルフィ。カレンダーの導きにより、貴方様の忠実なる秘書として参上いたしました」
鈴を転がすような、凛とした美しい声。
精霊術師というからには、魔法のスペシャリストなのだろう。何もない荒野の開拓において、これ以上ない最高の人材だ。
「よろしく、シルフィ。俺はタクト。この何もない荒野の……一応、領主らしい」
「タクト様ですね。承知いたしました」
シルフィは顔を上げ、きりっとした表情で周囲を見渡した。
「して、タクト様。まずは手始めに、あちらの山を一つ消し飛ばしましょうか? それとも、地下水脈を無理やり引き摺り出しますか?」
「いや、極端だな!? もっと穏便にいこう、穏便に!」
超有能そうだが、少し発想が物騒というか、ポンコツの気配がする。
だが、頼もしいことには変わりない。
「いいか、シルフィ。俺たちの当面の目標は、ここを持続可能なホワイト村にすることだ。まずは水源の確保と、寝床の設計から始めよう」
「ホワイト……? よくわかりませんが、タクト様がそう仰るなら、私の全魔力をもって遂行いたします!」
かくして、俺の新しいプロジェクトは幕を開けた。
前世のようなブラック企業(デスマーチ)はもうご免だ。
1日1枚、確実にめくられる未来と共に、俺は世界一ストレスフリーな村を作ってみせる。
(残り364日。明日は何が出る?)




