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シビルの子  作者: 健人
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9.「あの娘はおそらく、『シビルの子』だ」

 ギルド長ミルサーク。2メートルはあろうかという、長身の美女。マーメイドラインのスカートを履き、浮き出た腰回りの艶が眩しい。上半身は白いブラウスに黒のベスト。夜会巻きにまとめた髪が、全身に隙が無く『デキる女』という印象にダメを押している。

 隙が無い、というのは比喩でなく、彼女は元凄腕の冒険者で、冒険者学校時代から一目置かれる存在だった。今この瞬間に理由も無く後ろから殴りかかったとしても、この女を振り向かせる事も出来ずに一瞬で返り討ちに合うに違いない。

 初めて彼女を見た時の第一印象は『大きい』より『厚い』女だ、というものだった。聞いたアキルは爆笑していたが。反対に『薄い』女の代表例としては、ドナホゥが挙げられる。まぁ、それはどうでもいいのだが。


 ミルサークは俺の眼にもエレガントな動きで紅茶を淹れると、これまたエレガントに音も立てず、俺の前にソーサーに乗ったカップを置いた。


「どうぞ。キラーキャッシームだ」


 名前位は聞いた事がある。迷宮産の茶葉だった筈だ。甘いがたるくはなく、目が覚めそうなスッキリとした香りが俺の鼻をくすぐる。


「……高いんだろ」

「まあな。キラーキャットの(ふん)の中から取り出した本物の茶葉100%だ。よく味わって飲めよ」


 俺は一口含んだそれを、霧吹きのように吐き出した。


「糞って――クソかよ!」

「ああ、そのクソだ。何でもキラーキャットの腸内が、発酵に最適な環境らしくてな。淹れるとこのような素晴らしい香りがするんだ。味もいいぞ? 飲まないのか?」


 重度の紅茶マニアということは知っていたが、ここまで来ると大したものだ。俺は改めて、恐る恐るカップに口をつける。


「――何故呼ばれたのか、分かっているか?」


 唐突に切り出したミルサークを、俺はカップ越しに見やる。尋問は既に始まっているのだ。既に心理的敗北を喫している俺に対し、それに飽き足らずとことんまで追い詰めてやろうという彼女の加虐性が身に染みる。が、別に誤魔化す必要も無い。俺は素直に昨夜の出来事を話した。


「……ギルドに迷惑をかけたのは謝罪するさ」


 謝罪するだけならば、タダである。それで済むなら幾らでも頭を下げてやるさ。しかし俺の言葉にミルサークは紅茶を置くと言った。


「いや、謝る必要は無い。むしろ、褒美を出さねばと思っている」

「……どういう事だ?」


 面食らう俺に構う事無く、彼女は続けた。


「数週間前の事だ。迷宮から手続きせずに脱出した者がいた。真夜中にな。しかしおかしな事に、入宮記録を調べても該当者が見つからない。つまり()()()()()()()()()()()()()、という事だ」


 入っていない人間? それはつまり――。


 そこに至り、ようやく俺は気付く。


「待った! ……これは、俺が聞いていい話しなんだろうな?」

「構わないぞ。この事は、ギルドの中でもほんの一部しか知らん話しだがな」


 この野郎――。カップを砕いてやろうかと思ったが、それは俺自身の未来の姿になる予感しかしなかったので、大人しくソーサーの上に戻す。カチャリ、と音がした。


「続けるぞ? お前が想像した通り、出てきたのは迷宮の民(マタハット)で間違いない。騒ぎに対処した人間から証言も得た。マタハットに共通する風貌に、金色の瞳。まさか、奴らが地表に戻ってくるなんてな。流石に想定外だ」


 迷宮に入る時には記録を付けるが、半年経っても戻らないと自動的に死亡と見なされる。


「で? その出てきたマタハットを捜せってのか?」

「いや、()()()()()()()()()()


 一瞬、沈黙があった。


「……あの子が?」

「貴様、あの娘の眼を見たか?」


 俺はかぶりを振る。ミルサークは紅茶を飲み干してカップをテーブルに置いた。……全く、音がしない。底にスポンジでも付いてるんじゃないのか?


「今朝早く、診療所で眼を覚ましてな。色々と、話を聞かせてもらった。当然、私も立ち会ったのだが――見事なまでに、金色だったよ。私のよりも濃い位にな」


 脚を組み、その膝の上に手を乗せるミルサークの、左目にかかった髪が揺れる。彼女の左目。魔素に侵されて視力を殆ど失い、冒険者を引退する原因になった。


「いや――ちょっと待ってくれ。色々とおかしい。理屈に合わない。マタハットの、子供? そんなものが居るわけ無いだろう。もっと小さい頃にギルドの眼を盗んで、迷宮に入り込んだってのか?」

「ギルドを舐めるなよ。入宮時のチェックは魔道具も使って完璧に行っている。例え荷物の中に赤ん坊を隠していたとしても、間違いなく発見できるさ。そんな事をする奴がいれば、の話しだがな。――理屈に合わない事が、まだまだあるぞ。聞きたいか?」


 嫌だと言っても、どうせ聞かされるのだろう。


「金色の瞳だといったな。普通なら完全に失明している筈なんだが――彼女は、見えている」

「……ウソだろ?」

「文字は読めるようでな。メモを渡したら、一言一句間違いなく読み上げたよ。――彼女が言うには、母親に教わったそうだ。生まれてからこれまでずっと迷宮で暮らし、両親以外の人間とは殆ど会った事がないらしい。歳は10歳、名はアイシャ」

「……どうして、地表に?」

「何者かに、襲われたそうだ。魔物でなく、人間にな。逃げる内に母親とははぐれて、父親に連れられて上がってきたらしい。丁度、脱出騒ぎがあった頃だ。父親は母親を捜す為、一人で迷宮に戻ったそうだ。彼女にこう言い残してな。――これと同じ物を持っている人間を捜して助けを求めろ、と」


 ミルサークが懐から取り出した物を見て、俺は息をのんだ。


「貴様、これと似たような物を持っていたな? 今も持っているだろう。腰のホルダーにだ」


 促されて、俺は魔素剣の柄を取り出した。アキルの形見。5年前の事件以降帯剣は禁止されていたが、お情けでこれだけは許して貰っていた。

 テーブルに並んだ2本の柄を見る。細部は異なるが、あの少女――アイシャが持っていたのもおそらく魔素剣で間違いない。だが、一体どういう事なんだ。情報量が多すぎて、頭が付いていかない。


「難しく考える事は無いさ。彼女が捜していた人物が偶然にも、彼女を助けた。出来過ぎた話しだが、それが事実だ。となればもう、乗りかかった船だ。最後まで助けてやらんと、気持ちが悪かろう?」


 ミルサークは両手に1本ずつ柄を持ち、指でくるくると回転させる。……武器で遊ぶと、ツキが落ちるぞ。


「アイシャを護衛して迷宮に潜れ。両親を捜すのを、手伝ってやるんだ。これは依頼じゃあない、命令だ」


 迷宮に潜れ――潜れ、だと?


 自分の心臓の鼓動の音が、一瞬大きくなったような気がした。5年前、この部屋でミルサークから告げられた日の事を思い出す。ギルドへの報告義務違反。加えて、諸事情はあったにせよ、パーティーメンバーを見捨てて逃亡した事。そして何より無断で魔女と交戦し、街全体を危険に晒した事。その結果が帯剣と、無期限の迷宮探索の禁止だった。


「潜って、いいのか」

「流石、『死にたがり』だな。眼の色が変わったぞ」


 ミルサークは俺の表情を見て笑う。


 俺は高揚する気持ちを堪えて一つ、深呼吸をする。……落ち着け。よく考えたら――考えるまでもなく――分からない事だらけの状況だ。マタハットの両親から生まれたという子供。それの護衛だと? 誰から守れというのか? そして――何故、俺なんだ? 彼女が捜していたのが俺だとしても、ギルドがそれを素直に受け止める必要など無い。ミルサークが俺を呼びつけたからには、()()()()()()()()()()、何らかの事情がある――筈だ。


「訊きたい事だらけ、という顔だな」


 俺の疑いの視線を受けても全く動じず、ミルサークはポットから紅茶のお代わりをそれぞれのカップに注ぐ。ギルド長にお茶を注がせるなど本来なら不遜極まりないのだが、当人が嬉々としてやっているのだから遠慮する必要はあるまい。彼女が口を開くのを待ちつつ、俺も美味いクソのお茶を堪能する。


「――では、ここからは本音で話そう」


 テーブルに置かれたカップが僅かに音を立てた。


「貴様が感じている全ての疑問を、一言で解消させる回答がある。……あくまで、私個人が出したものだがな」


 俺は改めて、ミルサークの残った右眼と視線を合わせた。


「あの娘はおそらく、『シビルの子』だ」

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