10.「くだらん嘘を付くな」
「『シビルの子』……だって?」
「で、あれば辻褄が合う。貴様だって、『シビルの子』の話を一度位は聞いた事があるだろう」
あるにはあるがそれは伝承というか、お伽噺に近いものだ。
――迷宮の魔女がその寿命を迎える時、シビルの子が生まれる――。
俺が知っているのはその程度だ。
「『シビルの子』は、本来子供がつくれない我々『魔女の落とし子』から生まれるという。あの子の言っている事が本当ならば――」
「……本気で言ってるのか?」
「だからそれを確かめるんだ。お前がな。そうするには、両親に会うしかあるまい? 幸いというか、あの子も両親に会うため、迷宮に戻りたがっている。ギルドとして、いたいけな子供の願いを見捨てる訳にもいかないだろう?」
……白々しい事を。本音で話すんじゃなかったのか?
俺の疑いの眼差しを受けて、ミルサークは肩をすくめる。
「……冗談だよ。一番の問題は、アイシャが間違いなく『シビルの子』だった場合だ。つまりそれは、迷宮の魔女が死にかけている、という事になる」
――迷宮の魔女がその寿命を迎える時――。
「……結構な事じゃないか」
「馬鹿を抜かすな」
ミルサークが腕を組むと、その上に乗る胸の塊の存在感が増す。「ギルドの存在目的は『迷宮からの安定した魔石の供給』だ。魔女が死ねば、それが絶たれる事になる。少しでもその可能性があるのなら、放っておくわけにはいかない。――いいか、お前への命令は2つだ。1つは、アイシャを護衛して迷宮に潜り、両親を見つけて彼女の説明の真偽を確認すること」
既に1つじゃないじゃねぇか――と抗議するのは無駄なのだろう。で? 2つ目は?
「2つ目は、アイシャが『シビルの子』と確認された場合――彼女を連れて、最下層へ行くんだ。万難を排してな」
「魔女の命を長らえさせる為、か」
その場合、アイシャはどうなるのだろう。喰われるのか、体を乗っ取られるのか……いずれにしても、無事では済むまい。
「……あの子を、生贄にしようってのか」
「元よりその為に生まれて来たのだろう? 『シビルの子』ならば、な」
俺は思わず拳を握り締めた。誰よりも魔女の死を望んでいるであろう俺に、それが延命する為の手助けをしろというのか。知った事か。ギルドからの命令に拒否権は許されない。別の優秀なパーティーに命令すればいいではないか。
「……何で、俺なんだ」
「便利だからだ、色々とな」
様々な内容を含んだつもりの俺の質問に、ミルサークはあっさりと、これ以上無いほど簡単な返事をする。
「ソロでフリー。何といっても、10層まで到達した冒険者の唯一の生き残りだ。さらにアイシャの父親がこの剣を持つ人間を指定したという事は、だ。向こうはお前の事を知っている可能性が高い。この作戦には、アイシャの両親の協力が不可欠だ。少しでも取っ掛かりの可能性があるなら、それを選ぶのは当然だろう?」
5層の武器屋の店主。魔素剣繋がりで考えられるのは、それ位だ。もっともあちらは目が見えず、俺も相手の顔を見ていない。俺の事を覚えているかなど、怪しいものだ。
「……5年も前の話だ。それにもう、俺の腕はサビついてる」
「くだらん嘘を付くな」
俺の抵抗をミルサークはあっさり跳ね除ける。「……この件は、出来るだけ隠密に進める必要があるんだ。そういう事情もある」
それはそうだろう。『シビルの子』が実在するなど、ついさっきまで俺も信じていなかった。しかし彼女はそういう事では無い、と首を横に振る。
「最近急に隣国のスパイの動きが活発になっている、という情報があってな」
「……どういう事だ」
迷宮という絶えることのない魔石の供給源を持っているこの国以外では、魔石を手に入れるのは至難の業と聞いている。過去、何度か迷宮の奪取を目的とした隣国からの侵略があったというが、半島という立地と、あの巨壁の存在により頓挫したらしい。現在では表面上友好関係を保っているが、裏では情報収集の為のスパイをこの街に潜入させている――という話は俺も聞いたことがあった。
「奴らは冒険者として迷宮の中にも潜り込んでいるからな。我々より早く、アイシャの存在に気付いた可能性もある」
「……今更だが、それってギルドの怠慢なんじゃねぇの?」
スパイがいる、と分かっていて何故放置しているのか。至極当然の疑問に対し、ミルサークは鼻を鳴らす。
「冒険者として魔石を取ってくるなら、別にスパイだろうがなんだろうが構わんさ」
今回の場合は、その方針がアダになった訳だが。
「襲われたってのも、その連中にか? アイシャを誘拐して、国を脅迫でもしようってのか?」
「襲撃者の正体は不明だが、そうだとしたら殺してしまっては、元も子もないからな。そんな所だろう。随分短絡的に思えるが、それだけ『シビルの子』の存在が重要だという事だ」
ミルサークはソファにもたれると軽くため息をついた。おそらく、国の上の連中の事を考えたのだろう。おおよその想像は付く。これだけの重要な拠点にも関わらず、管理は丸投げ状態。勝手に魔石が湧いてくる、程度にしか思っていないのだ。『シビルの子』の存在を報告したところで、取り付く島もないに違いない。
「……あんたも、大変なんだな」
「分かっているなら、協力しろ」
ミルサークは懐から取り出した革袋をテーブルに置いた。「支度金だ。出発は今夜。0時に、いつもの場所から入ってこい」
今夜、だと? えらく急だな。……まぁ、事情は理解したが。
俺は手を伸ばそうとしてふと、尋ねた。
「……あの子は、どこまで知ってるんだ?」
ミルサークは眉間にしわを寄せる。
「……何も、言って無いのか」
「言える訳ないだろう。数週間とはいえたった一人で、見知らぬ場所に放り出されて生きてきたんだぞ? しかも口に出すのは自分の事より、両親の心配ばかりだ。――そんな子に」
少し早口になったそれを見て、俺は少し安心する。この女にも少しは人の心というものが残っていたらしい。とはいえ――。
「……どこかで、話さなきゃならんだろう」
「当然だ。……いずれにしても、両親を見つけるのが先決だ。まずは5層まで行くんだ。アイシャの話しから、住んでいたのも襲われたのも、そこだ。そこに、協力者も用意しておく」
……協力者? 随分気前がいいな。
「信用出来る人間なのか?」
答えるまでもない、と言わんばかりにミルサークは立ち上がる。
「その剣は、一旦預かるぞ。彼女の信用を得なければならないからな。出発の時に返す」
「……分かったよ」
話は終わりだ。俺もゆるゆると立ち上がった。
ソロで5層まで。それだけでも厳しいが、さらにコブ付きだ。加えて魔物は勿論、他の冒険者に出会う事も避けなければならない。
「顔が、生き生きとしてるぞ」
ミルサークの言葉に、我に返った。
「……んなわけあるかよ。子供なんて扱った事ないんだぜ」
「子守に付いては期待してないから、安心しろ。期待しているのは、こっちだ」
ミルサークは戸棚を開けて、油紙で包まれた細長い物を取り出した。見た瞬間に分かった。没収されていた、俺の2振りの剣!
「今は駄目だ。これも出発前に渡す」
手を伸ばそうとした俺に、彼女はすげなく言い放つ。
「準備をするにも用心しろ。貴様が迷宮に潜るのを禁じられている事は皆知ってる。にも関わらず大量の食糧や魔符を買えば、怪しむ奴も出てくるだろうからな。誰がスパイか分からんのだ。くれぐれも、な」
ミルサークは突然つかつかと俺の前に立った。……5年前を思い出すな。それぞれ違う色の瞳で睨まれると、背筋に冷たいものを感じざるを得ない。かといって目を逸らして正面を見れば筋肉の塊のような巨大な胸の膨らみが間近にあり、それを凝視するのも気が引ける。
やにわに、ミルサークが俺のマントを掴んでめくった。
「……やはりな。私の眼に狂いは無かったという訳だ。随分と、鍛え上げているようじゃあないか」
「5年間、そこまでやる事がなかったんでね」
放っておくと筋肉を触り始めそうな雰囲気だったので、俺は下がってマントを直した。
「何だ、昔はよくスカートをめくらしてやっただろう」
「……さすがに、中身を触りはしなかったさ」
こんな所で俺の黒歴史を暴露しないで貰いたい。もし今同じことをしようとしたら、俺の腕よりも太い脚に肋骨の2、3本もイワされるに違いない。
「では、今夜12時に。遅れるんじゃないぞ」
ミルサークの声を背に受けつつ、俺は部屋を後にした。




