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シビルの子  作者: 健人


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36/41

36.「……戻って来たよ」

 ミルサークは回転しながら巨人の腰の横を通過する。かすかにドナホゥの叫びが聞こえた。


 ……心配するな。全て、()()()()()。タイミングを合わせて――。


 着地の直前、合わせた両拳を勢いそのまま地面に叩きつける。その瞬間轟音と共に地面が揺れて、そして巨人の上半身が沈み込んだ。


 いけるか!?


 唇を噛んだミルサークの拳の下に亀裂が走り、それはあっと言う間に広がって巨大なクレバスと化した。それは巨人の足元にまで達し、その脚を飲み込んだ。


「――ウソぉっ!?」


 目を丸くするドナホゥの視界を、巻き上がった雪煙が塞ぐ。


 〜〜狙い通りっ!


 氷に傷が入ると、その方向に沿って割れやすくなる。かつて、デルガームに教わった事だ。

 ミルサークは右腕に魔素を込めつつ、上を見上げた。巨大な下半身が落下してくる。何故かそれは、緩慢な動きに見えた。

 残ったありったけの魔素を巡らす。炎属性をまとわせた拳から炎が生じ、アルクァ・バルトを紅く染める。――一撃だ。それで決めるっ!

 頭上に迫るプレッシャー。ミルサークは目を閉じて、軽く息を吐き出し、止める。脳裏に、かつての想い人の顔が浮かんだ。


 目を見開く。


「その股ぐらに――ファイアパンチだっ!」


 迫る巨大な股間にむかって、ミルサークの拳が打ち込まれた。


 ◇ ◇ ◇


 声が聞こえる。どうなったんだ? 氷の巨人は? ――私は? 死んだのか? 何となく、感覚がある。頰を叩かれている、不快な感覚だ。拳を振ると、何かに当たった。


「べへぁっ!」


 この妙な悲鳴は――ドナホゥ?


 目を開けると、こちらを覗き込んでいる顔が見えた。


「……ネジド?」

「おう、気が付いたか」


 ミルサークが起き上がろうとするので、俺は手を貸してやる。


「……どうなったんだ?」

「魔素切れだとさ。ドナホゥが気を失っていたお前を、ここまで運んでくれたんだぜ」

「そ、そうですよぉっ! もっと感謝を捧げるべきですぅ」


 ドナホゥが鼻を押さえつつ、俺を押しのけて前に出る。


「……どうした? 鼻血が出てるぞ」

「あんたにやられたんですよぉっ! 全くもうっ!」


 ミルサークはゆっくりと立ち上がるが、うめき声を上げて片目を押さえる。無理もない。魔素切れを起こすまで体内の魔素を巡らせたのだ。何も影響が出ない方がおかしい。


「……氷の巨人(フリムスルス)は? どうなった?」

「自分で見てみろよ。……といってももう、跡形も無いけどな」


 俺の肩を借りつつ、ミルサークは周囲を見回す。あの巨大な氷の塊は影も形もない。その代わり、目の前にはこれまで無かった筈のうず高い雪山がそびえていた。雪山? いや、細かく砕けた氷の山だ。もしかしてこれが――。


「……見せたかったぜ。全身が一瞬で粉々になって、砂みたいに崩れ落ちたんだ。雪煙が舞い上がって、凄い事になったけどな」

「そうなんですよぉ。雪崩みたいになっちゃって、ギルド長も埋もれちゃう所だったんです。あたしが『飛翔』で横合いから掻っ攫わなかったら、今頃氷漬けでカッチカチですよ。だからもっと感謝を――ギルド長?」


 ドナホゥは言葉を止めた。ミルサークの目から、一筋の涙が流れていたからだ。


「……ありがとう」

「べ、別にあたしはやるべき事をやっただけなんでぇ! あたしにしてみりゃ当たり前にできる事をしただけですから! そんな感謝なんか無用ですよ」


 ……感謝して欲しいのが欲しくないのか、一体どっちなんだ。


 俺はドナホゥの頭を小突くと、歩けるか、とミルサークに尋ねた。あの、雪山の近くまで。見せたいものがあるんだ。そう言うと、ミルサークの瞳に力が蘇った気がした。

 ――それは半分、巨人の残骸に埋もれかけていた。肘の関節から切断したので手首から先もある筈なのだが、そこは完全に埋まってしまっている。直立した前腕部。向こう側が透けて見える位に透明な氷の中に、その男はいた。


 ミルサークは俺の肩から手を離すと、ゆっくりと近づく。足元の残骸は砂のように流れており、非常に不安定だ。くるぶしまで埋まりながら、ようやくそこに辿り着く。


「……戻って来たよ、デルガーム。――随分と遅くなってしまって、すまなかったな」


 氷の中に佇むその顔は、ただ眠っているだけのようにも見えた。――全て、あの時のままだ。ミルサークはそっとその顔の部分の氷を撫でた。


「……鬼の目にも涙、っていうんですかねぇ」


 離れて見守っていたドナホゥが呟く。またどつかれそうなセリフだが彼女なりにこみ上げてきているようで、鼻をすすっている。


「会えて、良かったですね」

「……そうだな」


 アイシャの言葉に俺は頷く。と、こちらを振り返ったミルサークの表情を見て、俺は少し息を付いた。


「――待たせたな、行こう」


 戻ってきたミルサークは、改めてマントを整える。


「いいのか」

「何だその顔は。私が感傷に浸って戦意喪失するとでも思っていたのか?」


 ミルサークの微笑みに、俺は肩をすくめた。……まぁ、コイツなら大丈夫だろうとは思っていたが。


「……あのままで、いいんですか?」

 アイシャが訊ねる。「出してあげた方が――」


「いいんだ」

 ミルサークは首を振った。「次の地殻変動で、地面に埋まるだろうさ。……あのまま、眠らせてやりたい。あのままで、な」


「――まぁギルド長も、一応ちゃんと女だったって事ですねぇ! 安心しましたよ!」

「……ほう?」


 ミルサークは引きつらせた顔をドナホゥに向ける。またコイツは余計な一言を――。


「そういえば、何度か聞き捨てならない言葉を耳にした気がするな。脳筋うんたらとか、積年の恨みだとか」

「えっ!? い、いやぁそんな――聞き間違いでは?」

「そうか? いや、そうかもしれんな。お互い必死だったしな」

「そうそう! そうですよぉ。もし何か失言があったとしても、それは気合を入れる為というかぁ、言葉のアヤってヤツですぅ」

「そうか、分かった」

 ミルサークは笑みを浮かべつつドナホゥの肩に手を回す。「後でゆっくり、反省会をしようか。さらにお互いの連携を高めないとな」


「そ、そうですねぇ。――って、何でそんな力が入ってるんですかぁ? 痛い、痛ぁい!」


 ドナホゥが引きずられるように連れて行かれるのを見て、俺とアイシャは顔を見合わせた。堪えきれず、アイシャが吹き出す。


「でも――本当に良かった。みんな無事で」


 俺は頷いた。4人全員での、初めての本格的な戦闘。想像以上うまく連携できたと思う。ミルサークの体の事は少し不安だが、本来は最前衛ではないのだ。彼女を、信じるしかないだろう。それにしても、クレバスを作って巨人の脚を落とし、その落下を利用してのカウンターパンチとは。無茶をしたものた。一撃で仕留められなければ巨人の下敷きだったろう。よくアルクァ・バルトが保ったものだ。


 ふと見るとアイシャが空に目を向けていて、俺も気が付いた。あの焔硝鳥(えんしょうどり)がいなくなっている。……あれはやはり、助けてくれたのだろうか。それとも単に、魔物同士の争いの一部に過ぎなかったのか。


「フオフアだよ、あれは絶対。だから、助けてくれたんだよ」


 アイシャはそう言い切って頷く。

 しかし、だとするとあれは階層をまたいでやってきた、という事になる。魔物は、階層を移動出来ないんじゃあなかったのか? いや、確かに魔物の全てを知っているわけではないが――。


 そこまで考えて、俺は首を振った。


 考えても、仕方のない事だ。結果として、あの魔物のおかげで俺達は助かった。それが事実であり、まだ足りないものがある、という事だ。魔物に助けられているようでは、魔女を倒す等できる筈がない。そう言い放つリドワンの顔が脳裏に浮かぶ。


 それでも、成果はあった。魔素剣による衝撃波の発現。その凄まじい威力を確認できた事。あれならば間違い無く、魔女に通用する筈だ。


 腰の魔素剣を撫でたその時、こめかみの辺りにズキンとした痛みが走り、俺はそこに手をやった。


「……おじさん?」

「何でも無い」


 訝しげな眼差しのアイシャに手を振り、俺は歩き出す。


 大丈夫。――そう、大丈夫さ。

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