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シビルの子  作者: 健人


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29/35

29.「行って、きます」

「――それで、納得してもらった、という事でいいのかな?」


 翌日、マタハットの拠点を訪ねた俺とミルサークにむかって長老は言った。


「正直、納得はしてないさ」

 俺は肩をすくめて答える。「あんたらだって、そうだろう? ただ、諦めている。そうじゃないのか」


「……そうかもしれん。だが我々に何ができる? 諦めた方が、楽になれる。それも事実だろう」


 耳が痛い言葉だ。


「我々は、アイシャの護衛として一緒に最下層へ向かう。それは問題ないな?」

「命の保証はしかねるがね」


 ミルサークの言葉に長老は頷く。


「それと、余計なお世話だろうがこちらからも人を出させてもらう。2人程な。――パーティーに加えて欲しいわけじゃない、確認する為に、だ。姿は見せないようにさせるから、安心したまえ。勿論君らが必要ならば、戦いにも加わって貰う」


 反射的に断ろうと口を開きかけた俺を制し、長老は言った。

 要は監視役という事だ。俺はミルサークと視線を交わす。……仕方なかろう。彼女の視線がそう告げていた。


「――勝手に出発しても、構わないんだな?」

「準備が出来次第、すぐにでも出発して欲しいものだね」


 了解だ、と告げて、俺達は拠点を後にした。


「……準備に、どれくらいかかる?」

「いつでも出発できるさ。私が何もせずに待っていたとでも思ってるのか?」


 ミルサークはその巨大な胸を張る。そういや、こいつ先回りしていたんだったな。


「なら、すぐに出よう」

「まぁ、そう急がなくてもいいんじゃないか? ヘステルさんが朝食を用意してくれると言っていたぞ。まだモーニングティーも飲んでいないしな」


 俺は無言で足を進める。アイシャの家が見えたその時、向こうからも見ていたのだろう、玄関からドナホゥが飛び出してきた。


「たたた、大変ですぅ! リドワンさんが、一人で先に出発しちゃったらしいんですよっ! 朝、起きたら居なかったってアイシャちゃんが――」

「そうか」

「そうか、ってそんな――」


 ミルサークは落ち着き払った俺の様子を見て、察したようだった。


「知っていたのか?」

「ああ、昨日の夜に聞いた。先行して、準備をすると」

「――準備って?」


 知るかよ、と俺はかぶりを振る。


「9層で合流しよう、とだけ言っていたよ」

「そうか。……じゃあやはり、すぐに出た方が良いな。彼をあまり待たせるわけにもいかんだろう」

「はぁ、ですか……。あの人がいてくれたら、道中楽ができるかもって思ったんですけどねぇ」


 ドナホゥは肩を落とす。


「……ああ、あと、これも言っていたな。途中で必ず地殻変動が起こるから気をつけろ、と」

「こんなタイミングで、ですかぁ。ツイてないですねぇ」

「そうとも言えんさ。魔物は勿論、他の冒険者に出くわす危険はかなり減るだろうな」


 ミルサークの言う通りだ。地殻変動が近くなると、魔物の数が極端に少なくなる。つまりそれが、時期の目安になっているのだ。考えようによっては、絶好のタイミングであるとも言える。


「アイシャは? どうしてる? 父親が居なくなって」

「見た目、落ち着いてますけどぉ……どうなんでしょうねぇ」

「――大丈夫。行こう」


 声がして見ると、アイシャがローブを纏いながら出てきた所だった。気遣い無用、という言葉が全身から聞こえてくるようだ。


「これ、道中で召し上がってください。朝食です」


 後から続いたヘステルが、大きな包を差し出す。


「これは有り難い」


 受け取ったミルサークは有無を言わさずドナホゥにそのまま押し付け――手渡す。


「じゃあ――お母さん」

 母娘は向き合う。「行って、きます」


「行ってらっしゃい」

 そう言ってヘステルは微笑んだ。堅い表情をしたアイシャはしばしそれを見つめていたが、勢いよくフードを被ると踵を返した。そのまま先頭に立って歩き出す。


「貴女の事は念の為、長老らに頼んでおきました。もし何かあったら、彼らに連絡を」

「ありがとうございます。でも、お気遣い無く。……あの子を宜しく、お願いしますね」


 残った俺に向かって、彼女は軽く頭を下げた。


「……分かりました」


 そんなつまらない言葉しか、言えなかった。言う資格も無かった。俺は振り返ると、皆の後を追って足を速めた。


 ◇ ◇ ◇


「……ちょっと、寄り道をしてもいいかな」


 街を出てからしばらく俺達は無言で歩き続けていたが、アイシャがぽつりと言った。


「寄るって、どこに?」

「住んでたところ」


 ……そうか、そうだったな。街を出てから家族三人で、森で暮らしていたんだったな。


「遠いのか?」

「少しあるけど、6層への階段の方向へはそんなに外れてない、と思う」


 俺が街で手に入れた5層の地図を広げると、アイシャは多分ここらへん、と指をさした。確かに多少遠回りにはなるが、さほどのロスでもない。ミルサークの顔を見る。彼女は頷く。


「よし、じゃあ行ってみるか」

「ちょっと! 何であたしには確認しないんですぅ?」


 ドナホゥが口を尖らす。


「なんなら先に行っててもいいぞ」

「い、行きますよぉ! あたしも! 訊いてくれないから言っただけで――」


 俺の言葉に、ドナホゥは慌てて答える。


「そもそもだな、お前に選択権があると思っているのか? 自分の立場をわきまえろ」


 ミルサークがドナホゥの頭をポンポンと叩く。


「それは――分かってますけどぉ」


 アイシャが微笑んで、俺は内心ホッとする。ドナホゥを同行させたのは、正解だったんだろうな。俺とミルサークだけでは、緊張感に包まれた無言の時間が続いていたに違い無い。

 森に入ってしばらくすると、アイシャの歩みが速くなった。そして大きな樹の前で足を止める。


「ここか?」


 確かに大きな樹だが、他にもっと巨大なものがある。しかも何処にも家のようなものは見当たらない。アイシャは樹の幹に手を当てた。すると――そこにぽっかりと穴が開いた。

 擬態魔法か。成程、さして目立たない樹の方が隠れ家としてはうってつけだったのだろう。アイシャは少しの間様子をうかがっていたが、意を決したように中に入る。俺達はどうしたものか、と思っていると、いいよ、と声がかかった。空間を覗き込むと、下へ階段が伸びており、突き当たりから明かりが漏れている。


「――うわぁ、結構広いですねぇ」


 ドナホゥが声を上げる。土魔法で造ったのだろう。地下には入り口の狭さからは想像できない程の広い空間があった。地下だからかさほど埃っぽくもなく、街の家よりも生活感が残っている。……考えてみれば、当たり前なのだが。


「……ここで5年、か」


 俺の呟きにアイシャは頷く。狭い部屋にほぼ閉じ込められていた街での生活より、ここでの暮らしはよほど自由だったに違い無い。道中に話をしてくれた時の、アイシャのあどけない笑顔を思い出す。……その生活も、唐突に終わりを告げてしまった訳だが。


「ごめんね、我儘言って」

「構わないさ。我儘言うのが子供の仕事らしいからな。……よくは知らないが」

「見た目は、大人になっちゃったけどね」


 そう言ってアイシャは笑う。

 と――外から鋭い鳴き声がした。……鳥?

 アイシャが突然駆け出し、部屋の隅に移動すると同時にその姿が消えた。


「――何だ!?」

「落ち着け。簡易的な転送魔法だ。見づらいが床に魔法陣が書いてある。多分、非常口みたいなものだろう」

 ミルサークがかがみ込み、床を撫でる。「我々では使えなそうだな」


 家族しか使えない、という事か。まぁ、そうだよな。外に出ると、アイシャが笑顔で1羽の鳥とじゃれあっていた。――鳥? いやあれは――。


「ね、ネジドさん、あれって、焔硝鳥(えんしょうどり)じゃあないですかぁ? ……魔物、ですよね」


 話は聞いていたが、まさかこの目で見ることになるとは。魔物が人になつく事は無い。それが常識だ。しかし、目の前を飛び回るそれはアイシャだけでなく俺達も襲おうとはせず、かといって逃げるでもない。


「紹介するね! フオフアだよ! 私の友達」


 アイシャの肩に止まったそれは、挨拶をするかのように鳴き声を上げた。(にわとり)程の大きさで、尾が長い。全身燃えるような深紅の羽毛で覆われ、鋭い眼の端から尾にかけて鮮やかな金色のラインが伸びている。


「魔物を、友達とはな」

 ミルサークが顎を撫でる。「ここまで間近で焔硝鳥を見るのは、私も初めてだ」


「で、でも、魔物なんですよねぇ……」

「フオフアなら、大丈夫だよ。もっと小さな時から一緒に遊んでたんだ!」


 アイシャが言うと同時に魔物が飛び上がる。ヒッ、と頭を下げたドナホゥの直上を通過して――ゆっくりと、その頭の上に着地した。


「ね? 平気でしょ?」

「はぁ、まぁ……。ちょっと爪が痛いですが。あと、重いです」


 魔物は再び、アイシャの肩に戻る。


「……『シビルの子』だからか?」

「かもな。まぁ、人を襲わなければ構わないさ」


 笑いをこらえているミルサークに答えた時、俺はふと視線を感じて顔を向けた。焔硝鳥が、こちらを見ていた。……敵意は感じない。だが何だろう、この感じは。観察されている、見定められている、そんな感触。しばらく視線を合わせていたが、ひょい、とあちらの首が回転する。


 ……考え過ぎか。


「連れて行くのか?」

「……ダメ?」

「階段までだぞ。魔物は階層を移動出来ないからな」


 アイシャは頷く。挨拶代わりでもないだろうがフオフアか一声、高い声で鳴いた。


 ◇ ◇ ◇


 6層への階段に到着したのは、それから2日後だった。


「いやぁ、順調でしたねぇ。魔物にも他人にも会わなかったですし」


 荷物を下ろして伸びをしながらドナホゥが言う。確かに5層は地殻変動が無く魔物の数も少ない比較的安全なエリアではある。だがそれにしても――。

 俺は周囲を『探知』する。反応は無い。マタハットからの2人というのは、どこにいるのだろう。何処かにはいるのだろうが。……ま、考えても仕方ない、か。


「油断するなよ。本番はここからだ」

「ま、問題無いだろう。5年前は3人だったんだろう? 今回は4人だ。……一応、な」

「……どうして、あたしの顔を見るんです?」


 ドナホゥが頬を膨らませる。


 ……まあな。1人で何往復もしているってヤツもいるのだし、それに比べれば、か。


「よし、ではアレをやっておくか」


 ミルサークの言葉に俺達はそれぞれマントから左腕を出した。そういえばこの面子は……。


「考えたらコレ、地上で出発した時と、同じメンバーですねぇ」


 俺が思っていた事をドナホゥが先に言ってしまった。


「……私、大分変わっちゃいましたけどね。しゃがんでもらわなくても、大丈夫ですし」


 アイシャがはにかみながら言う。


 中身は、10歳のままなんだがな。――気が付くとつい、忘れてしまいそうになるが。


「じゃあ、行くか」


 俺達は4つの拳を合わせた。――改めての出発、か。


「――我らに、幸運を」

「幸運を」


 3人が同時に声を発した瞬間、フオフアが鋭い声でひと鳴きし、上空へと舞い上がった。


「あ――」


 アイシャはしばしその姿を追っていたが、やがて視線を戻すと俺の顔を真っ直ぐ見ながら言った。


「行こう、おじさん」

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