14.「……人を、相手にした事は?」
明け方に出発して、森の中の道無き道を進む。2層への階段へは最短距離で進めば1日程度で到着出来るのだが、この分では2日はかかると見た方が良さそうだ。幸いなのがアイシャが森の中の行軍を全く苦にする様子も無く、涼しい顔で――いや、表情は相変わらず分からないが――ついて来てくれる事だ。しまいにはついて来るどころか前に立って、飛び跳ねる様に易易と荒れた森の中を進んでいく。普通なら諌めるべきなのだろうが探知能力が俺以上なので、斥候として非常に有り難いのも事実だった。
護衛なんか要らないんじゃないか、と自虐気味に言うとアイシャは首を横に振り、ぽつりと言った。
「……道、分からないから」
上がって来た時は父親についていくので精一杯だったという。
「襲われた、という事だったな」
首が縦に揺れる。
「相手の数とかは、分からないか?」
「……分からない。2人以上は居たと思うけど」
相手の正体は不明だとミルサークは言った。可能性は3つ。他の冒険者か、マタハットの――まさか全てという事は無いだろう――一部か、冒険者として潜り込んでいる、他国のスパイか。いずれにしても、1層で襲われる可能性は少ないと思っていた。前述の通り冒険者の数が多いし、地表に逃げ戻る事も可能だからだ。
「――だから、本番は2層からだ」
階段を前にして、俺は自分に言い聞かせる為にも改めて口に出した。日はとっぷりと暮れている。到着した時間はもっと早かったのだが、人が少なくなるまで待機したのだ。
「……人を、相手にした事は?」
「……ない」
「そうか。なら、俺の出番はここからだな」
内心で少しほっとしながら俺は言った。差別されている人間の中でも、上下関係は存在する。差別されているからこそ――なのかは分からないが、人は常に自身の憂さを晴らす為、さらに弱い立場の者を求めるものだ。
冒険者同士の諍いも日常茶飯事で、迷宮内であればほぼ無法地帯のようなものだ。弱い者は奪われ、命を奪われる事も珍しくない。ソロ時代は何度となくそういった輩に狙われたものだ。その度に戦い、生き残ってきた。――だから、人を殺すのは慣れている。俺の仕事だ。
俺は左手を差し出す。アイシャは一瞬戸惑った様子だったが、ややあっと拳を握った左手を出した。
「層が変わる時には、やるのがしきたりらしい。……おまじないだよ」
俺も、ソロの時には知らなかった。
「我らに、幸運を」
「……幸運を」
ちょん、と拳を合わせて俺が先頭で階段を降りる。階層の狭間は『探知』が効かない。移動した途端に魔物に出くわしてパーティー全滅、という話は珍しくないのだ。アイシャを俺の後ろに隠しつつ2層へと足を踏み入れた瞬間、正面から魔光ランプの光が俺を照らした。
「誰だっ! 魔物? オークかっ!?」
――ドジった!
まさか、入口のすぐ前に冒険者が居たとは。心の中で舌打ちしつつ、俺はゆっくりと帽子のつばを下げて光を遮る。
「落ち着け。……同じ、冒険者だ。こんな格好の良いオークが、いる訳ないだろう」
光が改めて、俺の頭から爪先までを順に照らしていく。俺はマントから何も持っていない両手を出してひらひらと振り、敵意が無い事を示す。声の感じからして、まだ若造だ。だが、1人ではあるまい。予想に違わず、後ろからもう一つの声がした。
「ルフーブ、そいつは格好良くはないが、少なくとも人間だよ。前にも言ったろう。魔物は、階段を行き来する事は出来ないってな」
どこかで、聞いた事がある。そう思った時、その声の人物が姿を見せた。
「……迷宮に潜るのは、禁じられてるんじゃあなかったのか、ネジド。目を疑ったぜ」
「タリスカ、か」
冒険者学校の同期である、タリスカ。アキル達に比べれば目立たない存在だったがその実力は折り紙付きで、魔石の回収量も常に上位だった。しかし常にネガティブな噂話が付きまとう人物としても有名なのだ。
「……また、パーティーを変えたのか」
ルフーブと呼ばれた若造の他に、2人が藪の中から姿を現す。いずれも俺の知らない若い顔だ。パーティーを固定しない冒険者は珍しくないが、それはあくまで仲間探しの最中である、という条件でだ。殆どの冒険者は最終的にはパーティーを固定していく。
「俺はな、永遠の仲間探し中なんだよ」
タリスカはニヤリと笑う。――こいつに付きまとう黒い噂。それは、いざという時にはパーティーメンバーを見殺しにする、というものだ。……5年前の俺のように。
自身の保身、利益を最優先。タリスカ以外が全滅した、という事も一度や二度ではない。それでも実力は確かの為、メンバーを募集すると必ず何組かは声がかかる。主に初心者パーティーだ。経験豊富な先輩とパーティーが組める機会は限られているのも事実なのである。
「それより、俺の質問に答えて貰ってないんだが? 何故お前が、ここに居られるんだ。まさか、ギルドに無断で――」
「残念だが、仕事だ」
左腕の腕輪を見せると、遠慮の無い舌打ちが響く。
「仕事って、何だよ? 5年も禁止してた迷宮に入れるなんて、余程の事か?」
「……そこら辺は、守秘義務って奴さ。戻ったら、ギルド長に訊いてみてくれ」
再びの舌打ち。だがギルド長公認だとなれば、迂闊に手を出す事は出来ない。
「……お前ら、道を開けろ」
タリスカの言葉に、道を塞ぐように立っていた2人が移動する。
「どうも」
俺はわざとらしく帽子のつばを下げてお辞儀をすると、ゆっくりと歩き出す。
「――どこまで行くんだ?」
「5層までだ」
「ソロでか? そりゃヒデェ。まぁ、『死にたがり』にはうってつけの依頼なのかもしれんがな」
俺は肩をすくめて、歩みを進める。タリスカの脇を通り過ぎる。このまま、何事も無く過ぎれば――。
「待てよ」
俺は足を止めた。
「――随分デカい荷物だなぁ。前は、もっと軽装じゃなかったか」
タリスカは顎をしごきながら近づき、膨らんだ背中のマントをジロジロと眺めた。
「……5年振りだからな。色々持っておかないと、不安になっちまったんだよ」
俺の答えにもタリスカはしつこくそれを見ていたが、
「ま、死んじまったらそれまでだからな。せいぜい頑張れや」
と、平手で俺の背中をパァンと叩き、手を振った。俺も振り返らずに手を上げると、再びゆっくりと歩き出す。複数の視線が俺を追い続けているのを感じながら。獣道は曲がりくねっているので、俺の姿はすぐに彼らの視界から消えるだろう。しかし『探知』の魔法が張り巡らされている。そこを抜けるまでは、我慢だ。
――5分程歩いただろうか。追ってくる様子は無く、周囲に魔物を含めて生き物の気配は無い。
「走るぞ」
俺は呟くと脚に身体強化をかけて、加速した。道を外れて森の中へ。そのまま走り続けて、大きな樹の根元に身を隠す。
「……もう、大丈夫だ」
言った途端に背中からアイシャが落ちてきて、地面に尻もちをついた。
「平気か?」
「大丈夫。……背中が、ちょっと痛いけど」
タリスカに叩かれた所か。俺は周囲を警戒しつつ、ほっと息を付く。
光で照らされた瞬間、アイシャは俺のマントの中に潜り込むと背嚢の上からしがみついたのだ。飛び出た頭の部分は帽子のつばが隠してくれた。咄嗟の判断。俺の指示ではなく、アイシャ自身のものだ。それにしても、良く耐えたものだ。
「軽く『飛翔』をかけたから、そこまでキツくは無かったよ」
……『飛翔』も使えるのか。かなり高度な魔法なのだが。
「……済まなかった。油断していたつもりは無かったんだが」
想定外の遭遇だったが、俺のミスには違い無い。
「あの人達、あそこで何をしてたの?」
謝罪を流して、アイシャは訊ねた。
「……さぁな」
新人狩り。1層を踏破して、2層へ降りて来た瞬間を狙う。……だがそれをわざわざ、アイシャに言う事はあるまい。
……あのタリスカが、か。
昔は、そこまでする奴では無かった筈なのだが。俺はため息をつく。後から出てきた2人の眼を見れば分かる。あれは確実に人を手に掛けている。それも複数。俺が見逃されたのは、ソロで旨味が無かったのと、タリスカが俺の技量を昔のままと思ってくれた事。――つまり、単なる幸運に過ぎない。『拳合わせ』に効果があったと、そう思うことにしておこう。
「……念の為、もう少し離れた所で休もう。歩けるか」
アイシャは頷く。
「……平気」
呟くように言ったその語尾が、少し震えている事に気付いた。
「おい――」
「平気! ……平気だから。怖い事なんか、これまでも沢山あったから。だから――平気」
その小さな肩に手を置いてみると、全身が細かく震えていた。俺はどうして良いか分からず、膝を付いて彼女の顔を正面から見た。フードを深く被り、俯き気味のそれからは、相変わらず表情は分からない。しかし、その頰に涙が1筋流れているのは分かった。
「……怖い思いをさせて、悪かった」
俺は頭を下げて、言った。「……必ず、守ってやる。両親に会わせてやる」
アイシャの手が、肩に置かれた俺の手に触れる。
「――本当に?」
「ああ、約束する」
それは俺の本心だった。――そのつもりだった。
「分かった」
アイシャの口元が微笑みを浮かべると同時に、手が光った。
「――何だ?」
「『解呪』の魔法。『追跡』の魔法がかけられていたから」
「……さっき、か」
タリスカに叩かれた、あの時。
守ってやる、と大見得をきったそばからこの体たらくとは。俺は思わずうめき声を上げて頭を抱えた。と――笑い声が聞こえて、俺は顔を上げた。アイシャの表情が見えていた。そのつぶらな金色の瞳に涙を浮かべて、彼女は笑っていた。
◇ ◇ ◇
――妙だ、な。
タリスカは左手のひらを何度か開け閉めした。
ネジドにかけた『追跡』の魔法が消えた。魔法に鈍いあいつが気付くとは思えないし、万一気付いたとしても、簡単に解呪できるものではない。だとすると――誰かがいるのだ。ネジドと一緒に、誰かが。そいつが『追跡』の存在に気付き、『解呪』まで行った。
だが――何故、その人物を隠す?
開いた掌を見る。ネジドの背中を叩き、『追跡』をかけた掌。叩いた瞬間、温もりを感じた。膨らんだ背中。マントの下には、荷物を背負っていた筈だ。
「フン、……こいつは、何かあるな」
面白くなるかもしれん。タリスカはほくそ笑んだ。




