締まらない
第54話です!
是非楽しんでください!
「厄災風斬ッ!」
流石、ソーマネクルの第二司教だ。
正直な話し厄災風斬の火力はアニマと遭遇した段階でヴァイスに放った時以上になっていただろう。
戦闘でも斧幸が扱いずらさを感じる程重くなっていった。
だからアストラを中心に使って斧幸はここぞという時にのみ抑えていた。
しかしアストラの《カウンター・オブ・フェイト》の使用まで追い詰められ斧幸での攻撃を余儀なくされた。
その一撃一撃は確かに重く、威力はあるものの扱いきれず、巨大化させてその大きさで無理やり命中範囲を広げて自重による倒れ込みを利用しての攻撃など様々な方法で攻撃してきた。
すぐに厄災風斬を使用しなかったのはこの一撃のため!
この厄災風斬はヴァイスの時に放ったもの。
いや、俺がこれまで使用してきたどの厄災風斬よりも比べものにならないほど広範囲で高火力の一撃となる。
まさに必殺技が相応しいだろう。
この一撃ならアニマを細胞すら残さずに消滅させられるだろう。
俺はそんな一撃を鎖で無理やり身体を動かしながら振りかぶる。
「あぁ、あぁ、あぁ!私を倒すためにそこまでしてくれたのですね!しかし!しかし!しかし!それを貯めるのにどれほど貴方はダメージを受けたのでしょう?どれほどその身体にその一撃を与えるほどの動きができるのでしょう?貴方は貯めるのに夢中になり肝心のことを忘れています。それは単純にして明快!当たらなければどうということはない!」
そういってアニマは俺を薙ぎ払う。
それによって俺の厄災風斬は不発に終わる。
「あぁ……あぁ……あぁ……。最後の最後で、なんという粗末!なんという怠惰!なんという堕落!あれほどまでに合理的で、美しく、不運すら技へ昇華していた貴方が、最後には力任せに斧を振るうだけの、無知で蒙昧な獣へ堕ちてしまわれるとは!
残念です!本当に、本当に残念です!
……ですが。何故でしょう?何故でしょう?何故でしょう?何故でしょう?何故でしょう?
理解が、追いつかない!
斧幸は、不運を喰らい、その厄を蓄える遺物!蓄積された不運は、そのまま力へ変換され、あの禍々しい威光となって現れる!
ならば今の一撃で、その厄は使い果たされたはず!貯めたものを放出したのなら、空になる!それが理です!それが因果です!それが世界です!
なのに!なのに!なのに!
どうして?何一つ減っていない?どうして?あの禍々しい気配は、一片たりとも薄れていない?それどころか増えている?
まるで!まるで!今なお!誰かが貴方へ絶え間なく不運を捧げ続けているかのようではありませんか!
あぁ……!あぁ……!実に不可解!理解できない!
主よ!これも貴方様が私に貸した試練なのでしょうか?
ならば!私はその試練を乗り越え!より洗練された主の駒としてあり続けましょう!」
何か困惑したり歓喜したりと忙しいやつだな。
やばい、声を出す気力すら残っていない。とりあえず笑顔を作って煽ってこう。
口の中に鉄の味が広がる。
右腕はもう感覚がない。
左肩も、とっくに上がらない。
それでも俺は斧幸を拾い上げた。
「……っ」
ズシリ。
斧幸が、まるで山を持ち上げるような重さで軋む。
不運は蓄積され続けている。
それだけ今の俺は、笑えるくらい運が悪い。
「まだ立つのですか?」
アニマは感嘆したように両手を合わせる。
「素晴らしい!素晴らしい!なんという執念!その執着こそ信仰!その苦痛こそ祈り!あぁ、主よ!ご覧ください!この哀れで美しい迷える子羊を!」
知るか。
俺は鎖を腕へ巻き付ける。
アストラの残った鎖だけを、自分の腕に何重にも絡ませる。
そして。
斧幸を振りかぶる。
「厄災風斬」
空気そのものが悲鳴を上げるような錯覚を覚える。
しかしアニマの腕が伸びる。
二十、三十、五十、無数の腕が俺の身体へ絡みつき、無理やり地面へ叩きつけた。
ドゴォォォンッ!!
肺から空気が全部吐き出された。
厄災風斬はまた不発になる。
「ええ、ええ。そうです。それでいい。」
アニマが微笑む。
「希望とは砕くためにあります。あと一歩で届くと思わせて、その寸前で奪う。その絶望こそ、人は最も主へ懇願し祈りを捧げる。」
俺は返事をしない。
返事をする余裕もない。
ただ、立つ、斧幸を持ち上げる。
「……厄災風斬」
今度は足元から腕がきて、足首を掴まれる。
身体が宙で回転する。
そのまま壁へ叩きつけられる。
骨が軋む。
視界が白く染まる。
それでも俺は斧を離さない。
「またですか。」
アニマは首を傾げた。
「まだ立つのですか。」
俺は血を吐きながら笑う。
「……言ったろ。」
息が切れる。
喉が潰れる。
それでも口角だけは上がる。
「お前を倒すって。」
また立つ。
また斧を構える。
アニマはそれを見るたびに、腕を伸ばし、蹴り飛ばし、地面へ叩き伏せ、発動寸前で潰す。
あれから何回こんなことをしているのだろう?
一度?二度?三度?それとも十度?
途中から数えるのがバカらしくなり数えてないただ、何度潰されても、何度骨が折れても、何度血を吐いても。
俺は立ち上がる。
ただ黙って、ただ笑って、ただ斧を振りかぶる。
その姿を見つめるアニマの笑みが、少しずつ崩れていく。
「……何故?何故?まだ立てるのですか?何故?まだ諦めないのですか?何故、まだその一撃に拘るのですか?その技は一度たりとも完成していない?一度たりとも私へ届いていない!それなのに!何故!」
俺は答えない。
いや。
答える力すら残っていない。
ただ震える腕で斧幸を担ぎ直す。
口元だけを、ほんの少し吊り上げた。
その笑みを見た瞬間。
アニマは初めて理解できないものを見るように、一歩だけ後ずさった。
その瞬間、1つの血の塊が俺の元に飛んできた。その血の塊が俺の体内に入った。
熱い。
全身を焼くような熱が、血管の中を駆け巡る。
折れていたはずの肋骨が軋み。
裂けていた筋肉が繋がり。
潰れた右腕へ、少しずつ感覚が戻ってくる。
「……なんだ?」
俺は掌を開く、確かに動く。
血の塊は、完全に俺の身体へ溶け込んでいた。
「…………」
アニマは静かにその光景を見ていた。
そしてゆっくりと本当にゆっくりと首を傾ける。
「ええ?ええ?ええ?これは。これはこれは。これは、実に。主の采配でしょうか?」
その笑顔が少しだけ歪む。
「私は確かに貴方を壊しました。骨を折り。筋を断ち。肺を潰し。闘う力を奪った。」
それなのに!外部から治癒が介入する!しかも、この絶妙な瞬間に!まるで、まるで!主が私の勝利を拒絶しているかのように!」
俺は肩を回す。
ゴキリ。
音が鳴る。
さっきまで上がらなかった右腕が動く。
左脚にも力が戻る。
完全ではない。
それでも十分だ。
「はっ……」
思わず笑った。
「今日は、運が悪いな。」
「?」
アニマが目を細める。
俺は斧幸を肩へ担ぐ。
「アストラは壊れたまま。身体は治っても、まだ仲間は危ない。本当にツイてねぇ。」
ズン。
斧幸が、また一段重くなった気がした。
アニマの笑みが止まった。
「……増えた。また増えた。回復したという幸運より仲間が傷ついたという不運を優先した?理解できません。普通の人間は、助かったことを喜ぶ。なのに貴方はまだ自分を不幸だと思っている。」
俺は鼻で笑う。
「違う。俺が助かった程度で今日の運勢は変わらねぇ。」
アニマは無意識に、また一歩だけ後ろへ足を引いた。
俺はゆっくりと斧を構え、
乾いた唇を吊り上げる。
その笑みを見た瞬間だった。
アニマの表情が、醜く歪んだ。
「その笑顔を…」
翡翠色の瞳が大きく見開かれる。
「その笑顔を私に見せるなァァァァァァァッ!!」
地面を突き破り、壁を砕き、屋根を貫いて。
無数の腕が、一斉に俺へ殺到する。
百、いや、それ以上。
避け場を潰すように四方八方から迫る。
「ッ!」
俺は地面を蹴り、身体を紙一重で捻り、避け続ける。
しかし数が数なだけに腕が頬を掠める、肩を掠める、服を裂くなどもあるが致命症ではないので避け続ける。
「ええ!ええ!ええ!逃げなさい!踊りなさい!足掻きなさい!その姿は実に滑稽!あの男のように!」
最後の一本。
その腕を身体を捻ってかわした瞬間。
「捕まえました!」
ゾクリ、と背筋が冷えた。
足首を見る。
完全に死角だった。
地面を突き破って伸びた一本の腕が、俺の右足を掴んでいた。
「なっ」
次の瞬間。
ブンッ!!
視界が天地ごと反転する。
身体が空中へ放り投げられた。
重力が消える。
「終わりです。」
アニマが腕を広げる。
そこからさらに腕が咲く。
まるで絨毯のように地面を覆うほどの腕が、一斉に拳を握った。
「このまま肉片になるまで叩き潰し、その笑顔ごと砕きましょう。」
拳が迫る。
その瞬間、空中で俺はニヤリ、と笑った。
「……待ってたぜ。」
アニマの動きが止まる。
「え?」
「この瞬間をよ。」
俺は斧幸を巨大化させてそのまま自由落下していく。
「冥土の土産に教えてやるよ!厄災風斬を何度も打てた理由およ!」
俺が厄災風斬を何度打っても斧幸に不運がなくらなかった理由。
それは厄災風斬が必殺技だからだ。
これだと何のことかわからないだろう。
必殺技を放つ時ってここだ!って勝負を決めるタイミングで放つだろ?しかも放つのに時間が掛かればかかるほど絶対に当てたいと思う。
それを外してしまった時。これまでの時間と駆け引きが全て無駄になってしまう最悪な状況。
まさに最大級の不運だ。
斧幸はその不運をも蓄積される。
厄災風斬は不運を貯めて放つ必殺技。
言うなれば俺がダメージを負いながら貯める必殺技。
そんな苦労が水泡にきす。
その不運の大きさは積み上げていたものが大きいほど大きくなる。
それこそ貯めていたものが回収できる分には。
つまり、厄災風斬は相手に当たるまで撃ち続けられる必殺技なのだ!
「お前がだいぶ高く飛ばしてくれたおかげで全て説明できた。そこは感謝してやるよ。」
「貴方!誓いをたてるのと同時に幾多の私の脳のキャパシティーに斧幸の情報を入れましたね!」
「誓い?あぁ、お前らにとって遺物は神からの祝福だったからそれにあった言葉を使うのか。悪いが俺はこっちの方で呼ばせてもらうぜ。契約!威力上昇!くらえ!俺渾身の一撃!厄災風斬!」
巨大化した斧幸が、落ちる。
突風が吹き荒れる。
まるで不運そのものが形を得て、暴風となって世界を削り始めた。
「ッ――!」
アニマが焦りながら防御をしようとする。
地面を覆っていた腕が一斉に斧幸へと向かう。
無数の腕が幾重にも重なり、巨大な壁を形成した。
しかしそれは意味をなさない。
何故ならその幾重にも重なった肉の壁は斧幸に触れたところから一瞬で消えていく。
「まだです!まだです!まだです!」
アニマの身体からさらに腕が咲く。
肉を裂き、骨を押し退け、際限なく生えてくる。
「私は第二司教!主に選ばれし使徒!主の肉壁として壊されても壊されても再び生まれ直す!それが私です!それが主への私の祈り!」
巨大な肉壁が、斧幸の前に立ちはだかった。
しかし。
斧幸は止まらない。
ズガァァァァァァァァァァァッ!!
肉壁が消える。
肉の細胞ごと消し飛ばしていく。
「ありえません!」
アニマの声が裏返る。
「再生が!追いつかない!いえ!細胞が!増殖する前に!消滅している!?主よ!主よ!主よ!」
アニマが両腕を広げた。
その全身から数え切れない腕が咲き乱れる。
まるで巨大な樹木。
あるいは異形の花。
「どうか!どうか!どうか!この試練を!この理解不能を!この美しき暴力を!私に乗り越えさせ・・・」
最後まで言葉は続かなかった。
斧幸が振り抜かれる。
静寂。
一拍遅れて。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
厄災風斬がすべて飲み込みながら落ちていく。
そして、眩い光を放ちながら爆ぜた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
遅れて衝撃波が炸裂する。
空気が押し潰され。
次の瞬間、圧縮された暴風が全方位へ解放された。
その余波だけで、数百メートル先の建物が根元から吹き飛んだ。
石壁が砂になる。
瓦礫も消えていく。
「がっ……!」
放った俺自身が吹き飛ぶ。
巨大化した斧幸の反動。
厄災風斬の爆風。
その両方が容赦なく俺の身体を叩きつけた。
アストラの鎖が千切れ。
斧幸が手から離れそうになる。
回復したばかりの右腕が再び裂ける。
繋がった肋骨が悲鳴を上げ、皮膚が裂け、
血が霧となって宙へ散った。
地面に叩きつけられ、何度も転がり。
瓦礫へ激突してようやく止まる。
視界は霞み。
耳鳴りがひどい。
それでも。
俺は薄く笑った。
目の前には。
地面が抉れ、巨大なクレーターが形成されていた。
まだ土煙が舞っているもののこの破壊力、俺の人生最大の威力。
それほどの攻撃を叩きつけたのだこれでアニマを倒せているはず!
土煙が晴れていきクレーターの中心が見えてくる。
それを見て俺の思考は止まった。
クレーター、その中心に人影を捉えたからだ。
「嘘だろ…。」
それしか言葉が出なかった。
クレーターの中心。
全身は半ば以上が消し飛び。
右半身は炭と化し。
腕はほとんど失われ。
再生すら追いついていない。
それでも。
その男は笑っていた。
両腕を広げ。
まるで世界そのものを抱きしめるように。
空へ。
天へ。
神へ。
恍惚とした声を響かせる。
「あぁ……あぁ……あぁ……!主よ!見ておられますか!見てくださっていましたか!私は今!理解できないものを理解できず!理解できないことを喜び!試練を乗り越え生きております!
なんと幸福!なんと至福!なんと僥倖!
私という矮小な存在では測れぬ暴力!
私という愚かな器では収めきれぬ災厄!
それを与え!なお!私を生かしてくださる!
これは主の祝福!これは主の寵愛!
神とは斯くも残酷で!斯くも慈悲深く!斯くも美しい!」
焼け焦げた喉から笑い声が漏れる。
肉が崩れ。
骨が露出し。
それでも声は止まらない。
「私を砕き!私を焼き!なお滅びきれぬこの身を!
主はまだ主のために働けと仰せなのですね!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ありがとうございます!」
この醜悪で下劣で愚鈍で矮小で浅薄な私に!なお使命を与えてくださるとは!」
ゆっくりと。
焼け落ちた肩口から肉が蠢く。
血が泡立つ。
骨が軋み。
新たな腕が一本。
また一本。
花が咲くように生え始める。
「さぁ、主よ。どうか!どうか!どうか!この愚かな私へ、更なる絶望を!更なる暴力を!更なる試練を!私は砕けましょう!私は壊れましょう!私は何度でも死にましょう!しかし!しかし!しかし!その果てに!主の御使が見た景色へ、ほんの一歩でも近づけるのならば。」
翡翠色の瞳が、ゆっくりとルシアンを映す。
そして。
口元が耳元まで裂けるほど吊り上がった。
「喜んで働き続けましょう。」
俺は背筋を凍らせた。立ちあがろうとするが身体がいうことを聞かない。
俺は理解した。俺はアニマ・フェルマータに恐怖した。
一刻もこの場から逃げたい。
そんな思考が俺の脳を支配する。
アニマ・フェルマータは身体を回復させながらゆっくりと近づいてくる。
「あぁ……あぁ……あぁ……!」
アニマは崩れた身体を押さえながら、恍惚とした笑みを浮かべる。
半身は焼け落ち、再生途中の肉が脈打ち、露出した骨の隙間から腕が蠢いていた。
「貴方……いえ、ルシアンさん。実に、実に、実に素晴らしい!
先程の一撃は、この身を細胞ごと消滅させました。
威力だけで語るなら、不滅ノ翼の隊長方と肩を並べるどころか……その上に届いていたのかもしれません。
このような芸当を成し遂げた者は、私がこれまで出会った中でも五人だけ。」
アニマは指を折り始め、途中で困ったように笑う。
「困りましたねぇ。」
「ついに指を増やさないと片手で数え切れなくなってしまいました。実に喜ばしく、実に悲しい。」
口元がゆっくりと吊り上がる。
「疑問でしょう?何故、細胞ごと消滅した私が、こうして喋っているのか。」
アニマは自らの胸を指先で軽く叩く。
そこには、まだ再生しきっていない空洞があった。
「答えは、とても単純です。あの厄災風斬を前にして、私は理解しました。受ければ終わる。ですから、一つだけ賭けをしました。
地面を掘り、己の肉片を埋めたのです。
そこから生まれ直したものが今の私。」
ゆっくりと腕を広げる。
その腕は途中で崩れ、また再生する。
「もちろん、完全ではありません。地中深くに埋めた肉片にまで、あの暴力の余波は届いていました。ご覧の通り、再生は乱れ、肉は崩れ、神経は繋がりきっておりません。巨大化した私の肉体と、この第四階層の地盤が衝撃を受け止めてくれなければ、本当に終わっていたでしょう。」
アニマは、心の底から嬉しそうに笑った。
「つまり。貴方はあと少しで、私を完全に殺せた。
あと、ほんの少し。
あと、ほんの一歩。
あと、ほんの僅か。
惜しかったですねぇ。」
その言葉と共に、首がぐにりと傾く。
「ですが、その”あと少し”が届かないからこそ、人は神へ祈るのです。
あと少し強ければ。
あと少し速ければ。
あと少し運が良ければ。
そう願いながら届かない。なんと悲しくなんと美しいのでしょう。」
アニマは血に濡れた手を胸に当て、恍惚とした表情で一礼する。
「ですから、ありがとうございます。ルシアンさん。私に、ここまで死を実感させてくださって。お礼に…その”あと少し”が永遠に届かない絶望を、これから貴方自身に堪能していただきましょう。」
死ぬ。
そう思った。
もう、どうにもならない。
指先が冷たい。
情けないくらい、怖い。
けど。
恐怖した顔で死ぬのだけは、嫌だった。
こいつに「あぁ、美しい絶望でした」なんて言わせたら、完全に俺の負けだ。
ならせめて。
最後くらいは。
俺は血で濡れた唇を、無理やり吊り上げた。
「……はっ」
声にならない笑い。
挑発にもならない、ただの痩せ我慢。
そのとき、何故かアニマの足が止まった。
「…………」
さっきまで神だの祈りだの喋り続けていた口が、ぴたりと閉じる。
翡翠色の瞳が、俺の口元だけを見ていた。
「……やめてください」
声が低い。
今まではいていた祈りでも賛美でもない。
それはただ拒絶からくる言葉。
「その笑みは違う。違う違う違う違う違う!貴方がしていい顔ではありません!貴方のような者が、私に向けていい表情ではない!理解していますか? していないでしょう!しているはずがない!だからこそ許せない!やめなさい!今すぐ!その顔をやめなさい!」
俺は更に笑う。
次の瞬間。
アニマの顔が、ぐしゃりと歪んだ。
「やめろ!」
アニマの腕が伸び、俺の腹に叩き込まれる。
空気が抜けた。
「が、はっ……!」
「やめろと言っているんです!」
骨が折れる音が、他人事みたいに聞こえた。
「やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!」
アニマは何度も俺を殴る。
再生途中の身体で。
崩れかけの腕で。
それでも怒りだけは、はっきりと形を持っていた。
「その目で私を見るな!その口で笑うな!その顔を残したまま死のうとするな!貴方は恐怖しなければならない!絶望しなければならない!負けを認め、届かなかったと悔い、最後に己の無力を噛み締めながら苦渋に満ちた顔にならなければならない!それが正しい終わり方です!それが敗者の礼儀です!それが私の前で死ぬ者のあるべき姿です!」
知らねぇよ。
そんな礼儀。
俺は血を吐きながら、また笑った。
「……悪いな」
アニマの瞳が揺れる。
「俺、運が悪いからよ」
肺が痛い。
喉が裂けそうだ。
それでも言う。
「お前の思い通りに死ぬ運も……なさそうだ。」
そう言ってアニマに斧幸を投げつける。
それはアニマが第3の目と言っていた場所に刺さる。
アニマの中で、何かが切れた。
アニマはそれをゆっくりと引き抜き第3の目を再生させたのち俺に語りかけてくる。
「ルシアンさん、今から貴方を殺します。いいえ、違いますね。殺すだけでは足りない。砕きます。潰します。擦り潰します。肉も骨も神経も、その笑みを作る筋肉の一片に至るまで、私が直々に、丁寧に、丹念に、執拗に、完全に、何度でも、何度でも、何度でも、破壊します。」
無数の腕が生える。
「その顔を」
腕が振り上がる。
「やめろォォォォォォォォォォォォッ!!」
そして。
振り下ろされる直前。
アニマの身体が、不自然に止まった。
「……?」
俺も、一瞬何が起きたのか分からなかった。
アニマの左肩。
そこから右腰にかけて。
一本の線が走っていた。
あまりにも鋭い斬り傷。
そこから遅れて、血が噴き出す。
「なんですか?これは?」
アニマも困惑している。
「……この攻撃は、ルシアンさんのものではない?」
アニマが自らの左肩へ触れる。
指先は深く刻まれた斬り傷に触れ、そのまま赤黒い肉がぼろりと崩れ落ちた。
翡翠色の瞳が静かに細められる。
「私の第三の目では、この周辺に存在する生命反応はルシアンさんだけ。ならば、この攻撃は外部から飛来したものではない。」
少し考え込むように首を傾げる。
「つまり……別個体の私が受けた傷が、こちらへ反映されている?」
その瞬間。
アニマの表情に僅かな驚きが走った。
「痛み、感覚、記憶、経験は共有されます。それは当然です。しかし……」
左肩から右腰まで走る斬り傷へ視線を落とす。
「傷そのものが共有されたのは、初めてです。」
再生を開始する。
肉が泡立ち。
細胞が増殖する。
いつもなら一瞬で閉じる傷。
だが、傷口は閉じない。
「…………?」
アニマが瞬きをした。
「治らない?」
再び再生を試みる。
肉が生まれる。
生まれた瞬間。
黒く変色し、灰となって崩れた。
「治らない?」
もう一度。
「治らない?」
さらに。
「治らない?」
翡翠色の瞳が揺れる。
「何故?」
声が少し高くなる。
「何故?何故?何故?何故?何故?」
崩壊は止まらない。
左肩から始まった黒い亀裂は。
ゆっくりと、しかし確実に全身へ広がっていく。
「どうして?どうして?どうして?どうして?」
再生する。
崩れる。
再生する。
崩れる。
「他の私!」
アニマが空へ向かって叫ぶ。
「何があったのですか!?誰と戦っているのですか!?誰の攻撃ですか!?この傷は治せないのですか!?早く!早くその私とのリンクを切らなければ!」
しかし返答はない。
代わりに。
ブチリ。
左腕が肩口から崩れ落ちた。
音もなく灰となって消えていく。
「いけません。」
アニマはまだ笑っていた。
だが、その笑みは少しずつ引きつっていく。
「ただでさえこちらは先程の余波で再生能力が大きく低下しているというのに、この傷を抱えたままでは――」
右脚が崩れる。
胸が崩れる。
頬が崩れる。
露出した骨すら黒く染まり、砂のように風へ溶けていく。
「主よ。」
アニマは静かに祈った。
「これも試練でしょうか?それとも私にはまだ理解できぬ御意思なのでしょうか?」
最後まで。
その口元だけは笑っていた。
そして。
胸元へ刻まれた黒い亀裂が静かに広がり。
全身を縦に裂く。
パキッ
硝子が割れるような音。
次の瞬間。
アニマ・フェルマータという存在は。
灰となって崩れ落ちた。
風が吹く。
黒い灰は静かに舞い上がり、誰かがそこに立っていた証すら残さず。
第四階層の空へ溶けていく。
あとに残されたのは。
巨大なクレーターと。
血だらけで、立つことすらできず地面へ座り込む俺と。
俺の目の前に刺さっている斧幸だけ。
「……」
静かだ。
耳鳴りだけが響いている。
俺は灰になって消えた場所を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……最後まで、訳のわからねぇ奴だったな。」
その呟きを聞く者は、もう誰もいなかった。
お知らせ
目には目を、歯には歯を、能力には、能力を
を読んでいただきありがとうございます。
私ごとで大変申し訳ないのですがリアルの方がかなり忙しく執筆のクオリティに影響が出始めてしまいました。
その為しばらくの間投稿をお休み致します。
1ヶ月後には再会したいと考えておりますがどうなるかわからないため続きが気になる方はブックマークをつけていただけると幸いです。




