血の王
第36話です!
是非楽しんでください!
城の扉を押し開けた瞬間、重たい音が響き渡った。
錆びたような匂いが鼻を刺す。血のようなそれは、生温かい空気と混じって、肺の奥まで入り込んできた。
「……気持ち悪いとこねぇ。なんか、呼吸するだけでこっちまでサビそうなんだけど」
カスミちゃんが鼻をつまみ、嫌そうに顔をしかめる。
「気持ち悪いのは同感ですが。すぐに戦闘できるように構えといてください。油断は禁物です。」
ヒュース君は静かに答えながら、視界の端で揺れる影をとらえた。
天井の闇が“動いた”。
逆さ吊りの人影。いや、人ではない。
皮膚は灰白に乾き、眼窩の奥で赤い光がぎらつく。
それらが群れを成して降下してくる。
牙は細長く、先端からは血を滴らせていた。
翼は鋼のように硬く、爪は槍のように尖っている。
おそらくあれが情報にあった"ヴァンピー"というモンスターなのだろう。
この階層では回復系の遺物がよく取れる。遺物は外にいるモンスターと城の中を徘徊しているヴァンピーというモンスターを倒すことにより低確率でドロップする。
床に落ちた影が、異様な速さで這い寄る。
生温かい風圧と共に、一体がヒュース君の頭上に突っ込んだ。
「っ、速い――!」
ヒュース君はヴァンピーの軌道をなぞる。
肘を支点に旋回し、拳で一撃。
衝撃波とともにヴァンピーの翼がねじ切れ、灰と血を撒き散らしながら壁に叩きつけられた。
「ひゅ〜、やるじゃん。じゃ、あたしも遊んでこよっかな♡」
カスミちゃんの足元から荊が伸び、足を絡め取る。
赤薔薇が咲き誇るように爆ぜ、血の霧が舞った。
「空飛ぶしか取り柄ないのに地面に落ちたら終わりじゃん?」
ユキちゃんが軽く口笛を吹く。
「そういうの嫌いじゃないよ。ほら、凍らせるね。」
白い霜が床を這い、瞬く間に広がる。
ヴァンピーの翼が凍りつき、動きが鈍る。
その瞬間を逃さず、私が前に出た。
刀が一閃
風を裂く音とともに、氷と血を同時に散らした。
ヴァンピーの頭が跳ね、残骸が床に落ちて砕ける。
しかし。
他にとらえていたヴァンピーの一体が、氷を砕いて飛びかかってくる。
その牙が、私の首筋を狙った瞬間
「……跳弾角度、計算済み。」
バレットの放った粘土製の針が、氷壁にぶつかって跳ね、角度を変えてヴァンピーの眼を貫いた。
すぐさま私がそのヴァンピーの首をはねる。
氷に囚われることがなかった他のヴァンピーが突撃を開始する。
ルシアンは斧幸を構えた。
「……ちょっと待て、俺の方に残り全て飛んでくるか。」
突っ込んできたヴァンピーの爪が、天井の燭台を弾き落とす。
炎が散り、瓦礫が落ちてきた。
ルシアンは避けずに、斧を握り直す。
刃が低く唸り瞬間、サイズが倍に膨張した。
振り抜かれた斧は、迫る群れをまとめて壁ごと叩き潰した。
轟音。崩れる瓦礫。血の飛沫。
「……運が悪いな。そっちも。」
「今ので全部……だね?」
ユキちゃんが氷を解きながら呟く。
戦場に残るのは、血の臭いと砕けた翼の残骸。
誰もが一息ついたそのとき
「……なぁ、今の音、聞こえたか?」
ルシアンが顔を上げた。
遠く、廊下の奥から響く“心臓の鼓動”のような低音。
空気が脈動している。まるでこの城そのものが生きているかのように。
「嫌な感じ……。」
私は思わずつぶやく。
ユキちゃんの氷がわずかに震え、ヒュース君の手が自然と拳を握った。
私達は音のする方へ進む。
長い回廊を抜け、階段を上がるとそこに一枚の巨大な扉があった。
赤黒い装飾。中央には“血を啜る蝙蝠”の紋章。
私が一歩前に出る。
「ここに第四階層の階層ボスがいるのはほぼ間違いないけどみんな心の準備は大丈夫?」
各々が頷き私は扉を開ける。
重く、鈍い風が吹いた。
扉の隙間から、血のように赤い光が漏れ出してくる。
広間の奥、月光のように白い髪をした男が、紅い瞳を光らせて椅子にもたれながらこちらを見ていた。
指先には赤い液体の満ちたグラス。
ゆるやかに揺れるそれは、ワインか、それとも。
「……ようこそ、愚かなる訪問者たち。」
声は低く、まるで胸の内を直接撫でるようだった。
彼の背後では、無数の蝙蝠が渦を巻き、天井を覆う闇と一体化している。
低く響く声。
その一言だけで、全員の背筋に冷たいものが走る。
ヒュース君が息を呑んだ。「間違いありません。第四階層ボス、ヴァイスです。」
ヴァイスは立ち上がる。
「貴様らが我が眷属をやったのか。……よくも、血を穢したものだ。」
グラスを傾けると、赤い液体が宙に浮かび、細い糸のように形を変えていく。
瞬く間に、それは鋭い剣となった。
「我が力を見せてやろう。血は命、命は武器。お前たちの流す血すら、我が刃となる。」
ヴァイスが指を鳴らす。
玉座の周囲から、飛び散った赤い液体が槍のように伸び上がり、空気を裂いた。
「っ、全員散開!」
ルシアンの叫びと同時に、紅い閃光が走る。
赤い槍が床を貫き、触れた瞬間、石が焼け焦げた。
「血が……燃やしてる?」ユキちゃんが目を細めた。
ヴァイスは笑う。
「我の血は特別でな。」
彼の身体が一瞬で滲んだ。
その輪郭が崩れ、次に姿を現したのは私の目の前。
「速――っ!」
ヴァイスの動きを目では追えなかった。
ヴァイスは上層の中ではかなりの古株であり、その分情報が集まっている。
彼の能力は血流操作。
血を様々な形にして操ることができる。
先程の移動は血流の流れを操作し、身体能力そのものを跳ね上げているのだ。
私は咄嗟に刀を構え、刃と刃がぶつかる。
金属音の代わりに、湿った衝突音が響いた。
赤い剣が唸りを上げ、私の腕を押し込む。
押されながらも、私の目はわずかに笑っていた。
押し込まれながら、私は後ろに跳んだ。
赤い刃が床をえぐり、血の飛沫が細い糸となって宙を泳ぐ。
まるで生きているかのように、私を追ってきた。
「……血が、追尾してる。」
バレットが即座に《グレイブ》で作り出したナイフを投擲し、それを《アンチリバウンド》で跳弾させてヴァイスを狙う。
私を追尾してた血が壁となりそれを弾き飛ばす。
そう呟くと同時に、ルシアンの声が飛ぶ。
「油断するな! ヴァイスは血流そのものを制御してる。どんな形にも変えるぞ!」
知っている。
彼の情報は、百年以上も前から探索者たちが記録してきた。
“血の支配者”ヴァイス。
彼に勝てなかった者たちは、皆、自分の血を吸い尽くされて消えた。
私は刀を振るい、ブレッシャーを発動する。
重さと速度をかけた一撃が空気を裂き、斬撃を生み出し紅の壁を叩いた。
「……浅いな。」
ヴァイスの低い声とともに、血の壁が崩れ、粒になって舞い上がる。
すぐさまそれが鋭い針となって降り注ぐ。
ユキちゃんが即座に氷壁を生み出す。
針を防いだ瞬間、水滴が垂れてきた。
頭上を見ると氷壁が解けかけていた。
「……熱?」
視界の端で、ヴァイスが指を鳴らす。
その血が、じゅうっと音を立てて床を溶かした。
「この反応……もしかして鉄を酸化させて発熱させてる。血中の鉄分を……強制的に。」
自分で言って、自分で戦慄した。
こいつ、血を錆びさせて熱を作るなんてそんな技、今までの記録にはなかった。
ヴァイスはゆっくりと微笑んだ。
「百年も同じ場所に居れば、暇を持て余す。退屈しのぎに作った芸だ。」
この血の熱。
今までにない“新しい殺し方”。
背後でヒュース君が動いた。
彼女はは迷わず前に出る。
ブーツの先で床を蹴り、真っ直ぐにヴァイスへ殴りかかる。
ヴァイスはそれを血の針を撃って迎えうとうとする。
「やらせるか!」
ルシアンがその動きに合わせて鎖を伸ばし鉄球で紅の針を弾きとばす。
ヴァイスがそれを視認し、目を細める。
「……その波動、懐かしいな。」
ヒュース君の拳を血の剣で受け止めた瞬間、火花が散る。
その後血を光線のように飛ばしヒュース君の肩を撃ち抜く。
ヒュース君は慌てて後退する。
ヴァイスの視線がルシアンとユキちゃんに向けられる。
「貴様らがグレイシアと兎幸が選んだ器か、中々良いものを見つけたようだ。」
その名を口にした瞬間、空気が張り詰めた。
ルシアンの握るアストラの鎖が、カシャン、と鳴る。
「……兎幸、じゃなくて、アストラって名前なんだけど?」
金属の擦れる音の中から、明確な声が響いた。
それは“遺物”の声、鈍く光るアストラが、怒りを込めて震えている。
その場にいた私達は目を大きく見開く。まさかダーク以外に喋る遺物がいたなんて。
ヴァイスですら一瞬、表情を動かした。
けれど俺は、驚かない。
もう慣れている。
なぜなら、こいつが喋り出したのは、第三階層を抜けて訓練をしているときだからだ。
*
「ルシアン、もうちょっと鎖を“流す”感じで振ってみろ。止めようとすると、反発で軌道がぶれる」
「……分かってるが、、思ったより難しいんだ、これ」
修羅丸の声が響く。
訓練場の空気は熱く、汗が鉄の匂いを濃くしていた。
アストラの鉄球が、ルシアンの手の中で小刻みに震えている。
『痛い! そんなに振り回さないでよ、ルシアン!』
「は? ……今、喋ったか?」
『喋ってるよ! 聞こえてないの!?』
鎖を握る手が止まる。
目の前で、遺物が喋った。
それはミノリの“ダーク”以来、誰も経験したことのない現象だった。
「……修羅丸さん、これ……」
「俺にもわからん、何が起きれるんだ?」
『グリードさんが、わたしにも“声”をくれたの。短時間だけど喋れるようにしてくれたんだって。だから、あんたが下手でも、ちゃんと教えてあげられるよ』
「グリード?あの宝箱みたいな奴か?」
『うん。わたし、グリード製だから。他の子たちとは、ちょっと作りが違うの』
兎幸いや、アストラは、子どものように自慢げに言った。
かつて大人びた落ち着いた声だったのが、今ではどこか幼い響きを帯びている。
新たな遺物と生まれ変わった彼女の“人格”も新しく生まれ直しているようだった。
俺は鉄球を軽く見やり、呟く。
「……遺物が自我を持つなんざ、理屈じゃ説明できねぇな。けど、俺がそれで強くなるなら、何も言わねぇ」
『でしょ? だからルシアン、ちゃんと振りなさい。手首、もっと柔らかく──そう、それ!』
「はいはい……ったく、口うるさい教官が増えたな」
そんな訓練の日々が、アストラとの始まりだった。
そして今、再びその声が響く。
「……兎幸、じゃなくて、アストラって名前なんだけど?」
その音を聞いて、俺はわずかに口角を上げた。
あの時と同じだ。
怒って、文句を言って、それでも隣で戦ってくれる俺のもう1人の相棒。
「さて、相棒がお怒りなんでねここからは俺1人で相手してやるよ。」
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