おねぇ殿下の新婚旅行前準備
――行かないで!
今にも口をついて出そうな言葉を呑み込んだ。
「気持ちを伝える事すら出来ないなんて……」
窓にそっと触れると、感情を持たない無機質な冷たさが手のひらに伝わってくる。
まるで、彼が私を拒絶しているかのようだ。
――彼は勇者に選ばれてしまった。
魔王討伐のために行かなければならない。それは嫌というほど理解している。
私は役立たずの聖女だ。何の力もない、ただの象徴。彼について行ったところで、邪魔にしかならないだろう。――でも!
体が勝手に動きだしていた。
◇◇◇
「君に……気持ちを伝える事すら出来ないなんて。僕はなんと意気地が無いんだ……」
宮殿から馬車に乗り込む聖女の後ろ姿に、ギュッと胸が締め付けられる。いつか貰った、刺繍入りのハンカチを胸に抱く。
この国の第二王子であるのだから、勇者について行くと言った聖女である彼女を、無理にでも引き留めなければならなかった。
――王子失格だ。
だが責任は、全て僕が取ればいい。
きっと今、とてつもなく情けない表情をしていることだろう。
だから、背後に立つ幼馴染の側近の方すら向けなかった。
◇◇◇
「カットです! ダメですよ殿下〜」
第二王子の背後から、魔法石に録画していた側近魔術師が文句を言った。
「うるさい。僕には、これ以上無理だ……」
「いやいや、これは王太子殿下のご指示ですから」
ギロッと、情けない表情を誤魔化し睨む第二王子。
「そんなことは百も承知だ! そもそも、兄上の新婚旅行を提案したのは僕だからな。だからって……こんな」
「仕方ないでしょう。お二人が長い道中、飽きないように、演劇の映像をご覧になりたいとおっしゃるのですから」
呆れつつも、録画用魔法石を開発してしまった魔術師は申し訳ないと思っている。
「だ、だが……。聖女と勇者だけで良いだろう? なぜ振られた王子が必要なんだ?」
「あー、物語に深みを出したいそうです」
――はぁぁぁ。と盛大に溜め息を吐く王子。
バルコニーから見下ろすと、聖女姿の兄クロヴィスと、勇者役の王太子妃エレノアが手を取り微笑みあっている。
「くそっ! だれが、『気持ちを伝える事すら出来ないなんて』そんな物語を考えたんだ!」
「さあ?」
幼馴染の魔術師は、心底優しい第二王子に同情した。