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番外 「白く小さな一輪の花へ」

最期は誰だって一人かもしれない

「ごくろうじゃったな」


 楠の根元に立つイツキの横には、真っ白い毛並みの大きな狐が座っていた。座っているにも関わらず、大人の背丈を優に超える大きさのそれは、大きな尻尾を揺らし、楠の根に触れる。それはまるで、楠を撫でてるようにも見えた。


「力不足を実感させられるお役目、ありがとうございます」


「皮肉を言う元気があるなら、まだまだじゃの」


 狐はこの辺りを見守る神様の遣いだった。遣いではあるが、自身、神格を持っていることから、イツキから見れば、正に神様だ。


「お守りは助かりました。あれがなければ一手欠けるところでした。いえ、それ以前の話だったかもしれないですね」


「あれをあの子が持っておったのは偶然じゃが、お陰であちらに着く前に間に合った。こればっかりは、運じゃったが、それを引き寄せることもまた、あの子の力かもしれんの。まぁ、ないならないで、お主なら別の手を考えたかもしれんが」


「楽出来るに越したことはありません」


「そうじゃの」


 くくっ、と狐が笑う。


「『あれ』は、また来るでしょうか」


「さての」


「次があれば、その時、僕はもう側には居られません」


 イツキがそう言って側の楠に手を触れる。表皮が剥がれ、葉は枯れ落ち、幹も随分とやせ細ってしまった。それでもまだ立っていられるのは、周りの支えと、ただのやせ我慢だ。

 この身に宿したとされる神の役目は新芽が継いだ。もともと複数の楠で結界としての役割を持っていた身だ。残りの楠も引き続き、支えてくれる事だろう。


「新たな芽は育つでしょう。でも、まだその時は本当に力不足だ」


「楠はそなただけではあるまい」


「……彼女と縁があるのは僕と新芽だけですよ」


「そうじゃの。だが、まぁ、その時は柊がなんとかするじゃろ」


 そうですね、と言い、イツキは楠を見上げた。


 楠は、恵まれてさえいれば、総じて長寿だ。

 最も年を重ねたものならば、神代の時まで遡るものもいるという。

 それから比べれば、自分など、まだまだ若造に過ぎないだろう。

 だが、しかし、それでも終わりは訪れる。

 例え、種として長寿でも、己の終わりはそれぞれなのだ。

 そうして、自分は今がその時。ただそれだけのことだった。


「あんなこと、無い方がいいと思うのですが、それでも、最後に恩を返せて良かった。そう思います」


「そうか……」


「後を頼みます」


「儂は何もせんよ」


「それでも、です」


 イツキの、楠の役目を狐が果たす義理はない。だが、狐とその主が果たす役目は、自身の役目と重なるどころか、補って余りあるものだ。ならば、彼が今後も役目を果たす、ということは自分の守るべきものも守ってくれることに他ならない。「代わる」ことは約束できない、それは理ではない。だが、結果的にそうなるのなら、頼むぐらいはいいだろう。

彼がそれを受け入れない事もまた、分かっていることだ。

 ただの、気持ちの問題だった


「良き旅路を……の」


「はい」


 争いの中に生まれ、戦火の中で命ごと燃え尽きそうになったこともある。それでも、生きながらえて、この地に住まう人々の生活を見守り続けてきた。気づけば神の木と呼ばれ、時に人と言葉を交わし、時に人ならざるものと心を交わし、長いような、短いような命だった。

 有り難いことに、自分の命は新芽に継がれる。ただここで費えるはずであった命が、新たな命に継がれたのは、あの少女のおかげだった。

 彼女が気づき、伝えてくれたからこそ、命は、意思は、紡がれていく。

 ここにあるのは残り物。ただ忘れられゆくはずだった物。

 仮にこの身がまた別の役目をいただき、それを果たそうとも、その行く末を自分が見守ることはない。

 自分の存在は

 白く小さな一輪の花の、その甘い香りのように、仄かに心に残ればいいと、

 それだけでいいと、そう、思った。

けれど誰かの心の内で

生き続けることができるなら

それはなんて幸せな最期だろう



----

「不思議の森の動物たちと忘れてしまった忘れ物」は

これにて完結です。


最後の番外は、


もしも本編の出来事が

モモの精神世界における出来事ではなく

モモの本来いる世界にも影響のある出来事だったなら

というifのお話です。


本編では語られない、

敢えて隠していたイツキ側の気持ちを

表現するため、と

テーマの1つであった

「寿命間近の大木は何を思うのか?」

についてちゃんと描いておきたくて

追加したものです。

本編はエピローグで完結しているので

こちらはあり得るかもしれない一つの世界の形として

捉えていただければ幸いです。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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