閑話:‶幸せな未来〟のために(※ノエル視点)
仕事を終えた私は、王都の花屋に立ち寄って花束を購入した後、オリア魔法学園へ向かった。
今日購入した花束は、黄色やオレンジ色の花が基調の、明るい色合いにした。
ジルから聞いた話によると、レティはペルグラン公の令息のことで落ち込んでいるらしい。
だから、花屋の店主に相談し、見ていると元気になれそうな色の花を選んだ。
オリア魔法学園に到着し、馬車を降りると、ちょうど馬車へ向かっているペルグラン公を見かけた。
「こんばんは、ペルグラン公。ちょうどご帰宅のお時間だったのですね」
私が声をかけると、ペルグラン公はこちらを振り向いた。
黄昏時の薄暗さのせいもあるが、相変わらず感情が読めない顔だ。
「ファビウス侯爵は、侯爵夫人のお迎えですか?」
「ええ、本当はもう少し早くに到着する予定だったのですが、妻に贈る花束の組み合わせに迷ってしまい、遅くなってしまいました」
ペルグラン公は私の手元にある花束を見ると、口元を綻ばせた。
その表情は、貴族特有の取り繕ったものではなく、ごく自然なもののように見える。
「そうでしたか。ファビウス侯爵は、侯爵夫人のことを本当に大切に想っていらっしゃるのですね」
「ええ、かけがえのない、最愛の人ですから。少しでも、妻が笑顔になれることをしたいのです」
そのためにも、レティが抱える不安を私も一緒に抱え、解消していきたい。
「……あなたが人を愛し、愛されるようになって、本当に良かった……」
ほとんど聞き取れないような小さな声で、ペルグラン公が何かを呟いた。
「すみません、聞き取れなかったのですが、もう一度仰っていただけますか?」
「いえ、ただの独り言ですので、気にしないでください」
ペルグラン公は小さく首を横に振った。
レティの話によれば彼もまた黒幕だから、彼の一語一句が気になる。
しかし、私たちの関係では、これ以上尋ねることはできない。
もとよりさほど交流がなかったのだ。
一定の距離を保たねば、警戒されるだろう。
「そういえば、王城で話したサミュエルの療養のことですが、二人で話した結果、やはり療養で療養させることにしました」
「……そうお決めになったのですね。妻が寂しがりますね」
私も一緒に聞いていた話だから、結果を教えてくれたのだろうか。
ジルを通して聞いていたが、初めて聞いたように振舞う。
「ええ、ちょうど本日、ファビウス侯爵夫人に伝えたのですが、残念そうにしていましたね」
「妻は、生徒たちには学園でたくさんの楽しい思い出を作ってもらいたいと思っていますから、きっと他の生徒たちと離れ離れになることを残念に思ったのでしょう。それに、サミュエルさんの体調をとても気にしていましたよ」
「そうでしたか。ファビウス侯爵夫人にはいつもサミュエルがお世話になってばかりで申し訳ないです」
「妻は生徒たちが楽しく学園生活を送ることを第一に考えて行動していますから、おきになさらないでください」
とはいえ、生徒たちにレティを取り上げられてしまったようで嫉妬してしまうから、せめて休日くらいは私のことを考えてほしい。
「もしよろしければ、領地をお邪魔するときにサミュエルさんに会わせていただくことを再考いただけますか? サミュエルさんが療養している間、妻はずっと心配しそうですので、会わせてあげたいのです」
「申し訳ございませんが、それはできません」
ペルグラン公は私が手に持っている花束に視線を移すと、眉尻を下げた。
「最悪の未来が起こるとわかっていれば……防ぎたいですから」
「その最悪の未来とは、何ですか?」
思わず尋ねた私に、ペルグラン公は自嘲めいた笑みを向けてくる。
「信じ難いかもしれませんが、この世界には定められた運命があるのです。その一部は良い変化があって変わりましたが、まだ不安要素が残っているから心配なのですよ」
「それは、どういう――」
ペルグラン公は人差し指を立てると、自分の口元に近づける。
まるで、子どもに向かって「静かに」と言い聞かせるように。
その仕草を見た私は、つられて口を閉じた。
「さっきの話は、忘れてください。後継者の養子を迎えても、未だ家臣たちから結婚をせっつかれて疲れた行き遅れの戯言です」
ペルグラン公は私に礼をとると、馬車に乗り込んだ。
馬車はすぐに走り出し、私はその場に取り残される。
(ペルグラン公は、何かよからぬことが起こる計画を知っているのだろうか? もしくは、予知能力があるのか?)
または、……レティと同じく転生者なのだろうか。
彼の言う‶定められた運命〟という言葉が、どうもレティが言っていた‶シナリオ〟に似たような雰囲気を帯びていた。
いずれにせよ、ペルグラン公は、レティから聞いたゲームとやらの話とは違って、平和を望んでいるようだ。
そのためにも、息子とレティを会わせないでいようとしている。
(いったい、なぜ?)
私は、自分が何かを見落としているような気がした。
その後、ノエルはショックを受けているレティを励ますために、レティをぎゅっと抱きしめては、レティの話を聞くのでした。




