第四十四話
わたくしが銀髪の美少年を思い浮かべていると、リディアは「わぁ……!」と感嘆の声を漏らした。
「やっぱり、シビル様はクラスメイト全員のお名前を覚えていらっしゃるんですね。すごいなあ。
あたし、まだ全然覚えられないんです。
マリベルちゃんはどう?」
「わたしはなんとか、お名前だけは……」
「わあ、さすが姉妹だねえ〜!」
いえ、家名を知っていただけなんだけど。そういえば、リディアにはそうやって説明しちゃったんだったわね。
尊敬のまなざしが痛い。罪悪感が湧いてくるわ。
「リディアさんだって、ルカリーニ様のことご存知じゃない」
「えへへ、あたしはルカリーニ様だけですもん。
ルカリーニ様には、入学当初からすごく良くしてもらってて」
「あら、知り合いだったの?」
「あっ、いえ、元々は全然関わりとかなかったんですよ。あたしなんかとは接点があるような方じゃないですもん。
知り合ったのは、入学してからなんですけど……」
リディアはぱっと頬をピンク色に染めて、ちょっと伏し目がちにしながら言う。
「……あたし、クラス発表を見てから教室に行くまでに、もう迷子になりかかっちゃって。
そしたら、ルカリーニ様が声をかけてくださって……、教室まで案内してくれたんです。
一緒に歩いてるあいだも、いろいろ話しかけてくださって。あたし、最初はすごく緊張してたんですけど、すぐ解けちゃいました。
そのときから、いろいろ気にかけてもらってて、たまに話しかけてくださるんです。
たぶん、あたしが頼りなくて危なかっかしく見えるから、優しくしてくださってるんだと思うんですけど……」
リディアは「えへへ」と照れくさそうに微笑んだ。
そんな可愛らしい姿に、わたくしも口元がほころぶ。
まるで乙女ゲームのヒロインみたいなエピソードで、すごく素敵だわ。若いっていいわね。
……あら、でも、リディアにそんなエピソードあったかしら?
うーん……記憶にない。何度もプレイしたわたくしが覚えていないのだから、『ナナハナ』にはリディアのこんなエピソードは出てこなかったんじゃないかしら。
こんなロマンチックなエピソード、『ナナハナ』でも出てきていてもおかしくないのだけど……。リディアはあくまでサポートキャラクターだから出てこなかったのかしら?
わたくしが首をひねる横で、マリベルたんとリディアは女子高生みたいな可愛い会話を続けている。
「すごいですね、リディアちゃん。
わたし、まだクラスの方とぜんぜんお話できていなくて……」
「マリベルちゃんは級議会の方々とダンスまでしたじゃない!
そっちの方がすごいよ!」
そうよね、級議会メンバーといえば、いずれは国の中枢を担っていくことが約束された貴族たちだもの。クラスメイトだって貴族ばっかりだけど、格が違うのよね。
話題がダンスパーティーイベントに移ると、思い出してしまったのか、リディアは途端にしょんぼりとしてしまった。
ダンスパーティーのあと、しばらくリディアは落ち込んだ様子だった。
マリベルたんやわたくしが何回も「助けを呼んでくれただけでありがたい」「下手に動いたらリディアが危なかった」と励まして、ようやく傷も癒えてきたようだけど、思い出すとまだ罪悪感が蘇ってしまうらしい。
マリベルたんは空気を察して、にっこりと笑う。
「ありがとうございます。
でも、わたし、ダンスなんて初めてだったのですごく緊張しました。
リディアちゃんはダンスの経験は?」
「あ、あたしは……誘われたり、お家でパーティーとかはたまにしてたから、ちょこちょこあるかなあ。あ、でも、あたしもあんまり得意じゃないよ。
――そうだ、シビル様もお上手でしたね!」
「えっ? わたくし?」
いきなり話の矛先が向いたのでびっくりした。
そうだった、わたくしもダンスを踊ったんだったわ。
ルチアには何か考えがあるようだから仕方がないのかもしれないけど、まさか攻略対象とダンスを踊ることになるなんて。しかもあんなにたくさんの人の前で。
もう、マリベルたんがルチアルートに入らなくなっちゃったらどうするのかしら。
苦々しい思い出なので、さっきと話題を切り替える。
「そうかしら。ありがとう。
――それより、甘いものが食べたいのだけど。
リディアさん、なにかお勧めのものはあるかしら?」
「あ、甘いものですか? う〜ん――あ、そうだっ!
それなら、食堂横の売店に行ってみませんか?
たまに数量限定で珍しいお菓子が置いてあるんですっ!」
「限定……素敵な響きですね……!」
「ね! ワクワクするよね〜!」
再びきゃいきゃいし始めたマリベルたんとリディアを暖かい気持ちで眺めながら、わたくしたちは食後のデザートの確保に向かったのだった。
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