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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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802.夜の遺跡と朝の食卓

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 東の海に眠る遺跡。

 その中層の、とある一室。

 聖水をまき、罠を仕掛け、モンスターの魔力に反応し守りの壁を生み出す魔道具を設置したファルコンと、同パーティーの一人回復術士のサイレンは、それぞれ別の通路を見張る様に警戒を続けていた。

 四角い箱の様な椅子に背中合わせで座り、彼らは無言を貫く。

 簡易的な天幕の下、休息と眠りについたパーティーメンバー三名とイプシロンパーティーを、交代の時間まで守るのが彼らの役目だ。

 静寂の中、天幕から彼らへ近づく一つの足音が響く。

 ファルコンは、足音に視線一つ向けずに、柔和(にゅうわ)な顔に笑みを浮かべた。


「休息も戦士の務めですよ、イプシロン」

「すまん、聞きたい事があってな」

「双子の悪魔の事ですね。どうぞ」


 ファルコンは、視線を通路へ向けたまま、小さな魔工石に魔力を通すと、近付くイプシロンへと転がした。

 魔工石が砕け散ると共に、四角い魔力の塊が出現する。

 それは、今、ファルコンとサイレンが座る椅子と同じものであった。

 イプシロンは、神経質そうな目で魔力を見つめ、手の甲で叩き始める。

 イプシロンは納得したように一つ(うなず)き、朱色の槍を肩へもたれ掛からせながら、ゆっくりと腰を下ろした。


「ピュテルの町では、こんな物も売っているのか?」

「自作ですよ。昔見た少年の奇行を、少々真似しているだけでして」


 ファルコンの穏やかな声に、背を向けたままのサイレンが小さな笑みを(こぼ)す。

 一方、ファルコンへ視線を向けるイプシロンは、興味なさげに話題を変えた。


「そうか。だが便利な魔工石の事はいい……君たちは、今、蘇らんとしている双子の悪魔のことを、どの程度知っている?」

「セツナパーティーの戦闘報告書は読みましたか?」

「金獅子と鉄骨竜で共有している部分はな。炎と氷、赤と青の肌をした女悪魔」


 イプシロンは、そこで言葉を途切れさせた。

 対しファルコンは、その先を知っているものの、続けようとはしなかった。


「ならば、同じですよ。我々も報告でしか知りません」

「鉄骨竜にならば、詳しい情報が残っていると思っていたが、見当が外れたか」

「お役に立てず、申し訳ない」


『申し訳ない』と言いながらも、ファルコンの表情には謝罪の色は一切浮かんでなどいなかった。ただ、合いの手代わりの言葉でしかない。

 イプシロンも気にした様子はなく、淡々と会話を続ける。


「ならばもう一つ聞かせてくれ。あの報告は……真実だと思うか?」


 そのイプシロンの言葉に、サイレンが眉を(ひそ)める。

 だが、サイレンは二人の会話に口を(はさ)む事はしない。

 サイレンと違い、表情一つ変えぬファルコンが、言葉を返す。


「真実でしょう。あの報告書は、貴方(あなた)が思うような『英雄という虚像を生み出す為の大袈裟な報告』ではありませんよ」

「気を悪くしたなら、すまん。だが勘違いしないでくれ。俺も昔ならばそう思っていたかもしれないが、今は違う」

「ほぅ」


 ファルコンは視線を通路から逸らさぬまま、合いの手を入れ、口角を上げた。

 持ち上がる(ほお)が示すのは、楽しさ興味か?

 それは、ファルコン本人にしか分からない。

 ファルコンの表情の変化を気にも留めず、イプシロンは言葉を続ける。


「最近の事だが、俺も可笑(おか)しな男を一人知ってしまったからな」

「その可笑(おか)しな男が何を?」

「誰? ではなく、何を? か。正体はお見通しという訳だな……あの男は、俺が死を覚悟したその時、空から降って来たんだ……赤き竜と共に、な……」

「ハハハ。マルク君は、変わりませんね」


 静けさの中、木霊(こだま)するファルコンの笑い声に合わせ、サイレンもまた小さく口元を歪めていた。

 二人の高揚を感じ取ったイプシロンは、話がずれている事に気付きながらも、会話の流れに乗る事にした。

 聞くべき事が、無意味だと知ったが(ゆえ)に。


「あの男は、いつも、ああなのか?」

「無茶をする所は……そうですね、噂を語るのもなんですから、ここは体験談を。あれはまだ、我々がBランク冒険者だった頃の……」


 上機嫌なファルコンの声だけが、静けさを保つ遺跡の中に広がって行く。

 彼の語る短い物語を聞いていたのは、サイレンとイプシロンだけではなかった。

 天幕の下。寝たふりを続ける男たちもまた、耳を(そばだ)て、冒険譚を楽しんでいた。

 その一時(ひととき)に、眠りよりも深い安らぎを感じながら。

 穏やかな声を、子守歌代わりに。




 朝、いつもの様に幼馴染であるシャーリーに起こされ、いつもの様に焼けた燻製肉の香る廊下を通り、いつもの様に食堂へ入ると、特に変わり映えのしない来客が食卓についていた。


「おはよう、テラさん。ガル兄とアムも、おはよう」

「おはようなのじゃ」


 テラさんは、体を椅子に預けたまま、トロンとした目をしていた。

 その眠そうな様子は、ふにゃりと垂れた長い耳からも見て取れる。

 昨日も少し訓練に付き合ってくれたから、眠いのも仕方が無いか。


「よぉ、おはよう」


 軽く手を上げ、挨拶を返したのは、俺の兄貴分であるガル兄であった。

 ガル兄は、その面長で彫りの深い顔に、薄い笑みを浮かべ、俺を見つめている。

 何だろう……嫌な予感がする。

 なぜか普段よりもビシッと後ろへ撫で付けられたガル兄の暗い茶の髪が、俺の直感に何かを伝えているのかもしれない。

 まぁ、逃げても仕方が無いので、後で用事を聞くとしよう。


「おはようマルク。やっぱり君が一番のお寝坊さんだね」

「悪かったな」


 短めの赤い髪をサラリと(なび)かせ、アムが美男子顔で俺を笑う。

 細く、長い体躯を男性的な(よそお)いで(おお)い、美を感じる整った顔に微笑(びしょう)を張り付かせるアムの姿は、まるで貴公子の様であった。

 俺より二つ年下の少女には、とても見えない。

 もしかして、アムも何か俺に用事があるのだろうか?

 ガル兄の用事と時間が被ってなければ、良いのだけれど……まずは朝食だ。

 既に卓の上には、五人分の料理が並んでいた。

 平皿に乗った目玉焼きと厚切りの燻製肉。

 その脇を彩る、赤、緑、白の温野菜達。

 ガル兄お決まりの鶏肉とレタスを挟んだパンは、半分に切られ、白パンと共にそれぞれの皿に乗っていた。

 小皿に入ったドライフルーツは、アムが持って来た物だな。

 卓の上の状況を見て、俺は椅子に座らずに台所へと向かう事にした。

 予想通り、スープをお玉(レードル)(すく)い、丸い器に盛りつけている最中であった。


「シャーリー。スープ運ぶぞ」

「うん。お願い、お兄ちゃん」


 盛り付けの区切りが良い所で、シャーリーが俺に振り向いた。

 その肩口で真っ直ぐに切り揃えられた明るい茶の髪が、絹糸の如く流れ揺れる。

 嗚呼、目覚めの時も感じたが……(まぶ)しい笑顔だ。

 クリッとした目と柔らかな唇から、目を離せなくなってしまう。

 おっと。スープ、スープ。

 丸い器を片手ずつ持ち、食卓へと運ぶ。

 立ち昇る湯気が、甘く、鼻をくすぐる所為(せい)で、俺の腹が鳴り出してしまった。

 それを聞いたアムが、鼻を鳴らし笑う。

 ガル兄とアムの前にスープを置きながら、俺はアムの美男子顔を睨みつけた。


「おい、アム。スープ抜きにするぞ」

「可愛かったから、つい。でもマルク、スープ抜きだなんて横暴、シャーリーが許すと思うかい?」

「冗談だって……お前よりも、シャーリーに怒られる方が、怖い」


 勝手に人の食事を奪うだなんて横暴を、シャーリーが許すはずがない。

 元より冗談であるが……聞かれてないよな。

 台所へ目を向けると、丁度、両手に器を持ったシャーリーが現れる所であった。


「んー? お兄ちゃん、アム、何の話?」

「スープ美味(うま)そうだなって、なっ」

「フフッ、そうだね。シャーリーの朝食を見ていると、食欲が()いて来るよ」

「普段と変わらないよ? 変なの」


 俺とアムの言い訳じみた返答に、テラさんとガル兄が口を歪ませながら俺達から目を逸らす……大人しく自分の分のスープを取ってこよう。

 急ぎ台所から自分のスープを確保し、席へと戻る。

 俺の両隣にはガル兄とアムが。

 正面にはシャーリー。

 その隣では、いつの間にかシャキッとした目に戻っていたテラさんが、料理に視線を走らせていた。

 テラさんも俺と同じで、お腹が空いているらしい。


「じゃあ、食べようか」


 俺の声に、それぞれ小さな反応を返してくれる。

 笑みで、視線で、吐息で、声で。

 拍子を取る必要なんてない。

 いつも通り……そう、いつも通り。


「「「「「いただきます」」」」」


 朝の食卓に、当たり前の声が重なった。

 シャーリー、アム、ガル兄。

 俺の幼馴染が揃う事は、結構、(まれ)な事である。

 だから、当たり前に思えるこの光景も、きっと幸せな光景なんだと、思う。


「お兄ちゃん。どうしたの?」

「どれから食べようか、迷ってな」

「全部腹に収めるのじゃ。好きな物から食べえ」

「マルク。まずは野菜から食べるべきだよ」

「男なんだから、まずは肉だろ、肉」


 ガル兄の勧め通りに、フォークで燻製肉を刺し、そのまま(かじ)る。

 やっぱり、美味(おい)しい。

 その美味(おい)しさが肉の味だけでない事は、もう嫌って程に教えて貰っている。

 ここに居る、皆から。

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