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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十三章

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578.森の抱える問題

 椅子に座るケルンさんが、片手でカップを持ちながら俺を見上げ、言った。


「その前に、部下を助けてくれた礼を言わせてくれ。ありがとう、マルク、テッラリッカ」

「その言葉一つで十分です」

「ケルンや。お主、その話を何処(どこ)で聞いたのじゃ?」


 俺達は里に到着後、真っすぐにドーン氏の元へ向かった。

 テラさんの疑問は、当然のものだ。


「お前達の来訪を報告に来た部下にだ。ドーンの元へ行ったのなら、偵察に出た二人に何があったかは、容易に想像がつく」

「なる程のぅ。ならば仔細(しさい)は知らぬのじゃな」


 寝台の端に座るテラさんが、一つ、二つと(うなず)きながら、そう言った。

 テラさんの(もも)の上で、両手に包まれたカップが動きに合わせ、小さく揺れる。


「わしらが森に到着した時に、不審な魔力を感じたのじゃ。で、向かうと、あ奴ら二人がパラサイトの種と交戦中じゃったという訳じゃ。わしらが倒した数で十じゃから、もっと多かったかもしれぬ。残りは、あの者達に聞くが良い」

「十、だと……」

「はい。あの小さなウッドマンの様な奴が十体いました」


 テラさんを見ながら目を見開くケルンさんの(つぶや)きに、答える。

 そして驚きの表情を隠さぬまま、ケルンさんが俺を見た。

 その問う視線には、(うなず)き一つを返しておく。


「状況は悪いな……今一度、一帯の調査に出るべきか……」

「やはり私も――」

「お主は休んでおれ」「いけません、ユーディアナ様」


 テラさんとケルンさんが、口を尖らせユーディアナ様の言葉を遮った。

 肩を落としたユーディアナ様は、卓の上に置かれたカップを再び持ち、中の茶に視線を落とした。

 少し申し訳なく思うが、無理を押して頑張られても、困る。


「代わりになれるか分かりませんが、ケルンさんと共に私が動きますので、ユーディアナ様は、ゆっくりお休みを」

「マルク様。宜しいのですか?」

「はい。放って帰る訳にもいきませんし」

今更(いまさら)な問いじゃな。マルクとわしが黙って帰る訳がなかろう」


 テラさんは上向いた口角を隠すように、カップを口へ運んだ。

 隠さなくとも、寝台の中で上体を起こし座るユーディアナ様には、テラさんの表情は見えないのだが、そういう気分なのだろう。

 テラさんの背を見つめるユーディアナ様の感情は、()(はか)れない。

 優しさを感じるのだが、その中に後悔が混じる……いや、テラさんとユーディアナ様。二人の関係だ。俺が踏み入る事じゃないな。

 俺は、詮索したい感情を茶で流し込み、カップを机へ置いた。


「テッラリッカ。マルク様。改めて、(おさ)である私から協力願います」

「うむ」

「引き受けました」


 何をすればいいのか、何が起こっているのかすら聞いていないで安請け合いしてしまったが、まぁ二人の手伝いなら、頼まれなくとも手ぐらい貸す。


「なので、その『パラサイト』というモンスターの情報を知りたいのですが」

「おっと、そうじゃったのぅ。パラサイトは、特に活力のある木に寄生し、命を吸い取る……モンスターの様なものじゃ」

「様なもの?」

「うむ。わしらは、幾度もパラサイトを森から駆除しておるが、一度たりとも魔石を見たことがないからのぅ」

「精霊の(たぐい)の可能性もありますが、森と我らに有害なのでモンスター同様、駆除しております」


 ユーディアナ様の言葉に、二人は(うなず)く。

 森の害ならば、モンスターだ精霊だなど、区分は無用なのだろう。

 俺の認識では、精霊とモンスターの違いなんて、魔石を落とすか落とさないか、人に有益か否か、その程度の違いでしかない。

 精霊を研究しているパック先生なら、もっと違った考えを持っているだろうが、精霊を知る人でも、大方(おおかた)俺と似た考えだ。


「危険ならば倒すしかないですし、問題は、敵が聞いたこともない相手って方ですから。テラさん、パラサイトって、アルケーの森特有の存在なんですか?」

「外にも(まれ)におるのじゃが、大抵は、人を襲う()()扱いされるか、トレントに間違われ、切り倒されて焼かれておる」

「そして魔石も手に入らないから、正体不明で終わると」


 俺の言葉に、テラさんが大きく(うなず)く。

 だが聞いていて疑問が浮かぶ。

 あの『パラサイトの種』だったか、人の子供ほどの大きさの木製人形なんて動き回っていたら、もっと存在が知られていても可笑(おか)しくないと思うのだが。


「何でも答えるから、疑問は遠慮せず聞いてくれ」


 俺の顔を見ながら、ケルンさんがそう言ってくれた。有難い。


「あの『パラサイトの種』のような凶暴な存在がいたら、もっと大事(おおごと)になっていると思うのですが」

「単純な話じゃ。外では、そこまで成長せん。魔力と生命豊かなアルケーの森の木に巣食(すく)(ゆえ)、パラサイトが他の木に手を広げるまでに成長してしまうのじゃ。この森は、奴らにとっては御馳走(ごちそう)の山じゃからのぅ」


 ケルンさんへ向けた問いに、テラさんが答えてくれる。

 森の外の話ならば、確かにテラさんが適任なのか。


「では厄介なのは、あの『種』なんですね」

「ああ。我ら森の民は、昔から『種』と呼んでいるが、あれは自らを守る兵士であり、そのまま木々に寄生する本体でもある」

「救いとなるのは、奴らが良い木へ、良い木へと選好(えりごの)みする点じゃな。無差別に木々に寄生されては、手が付けられぬが、幸いそうではないのじゃ」

「それと、木から吸い取る魔力の問題か、種を放った木からは、一定距離離れた木に寄生する習性があり、そして遠くに寄生する事も少ない」

「一歩一歩、支配する領域を増やしていく感じですね」


 そう口にして、森の中の一点から、全周囲に広がる想像をしてしまった。

 寄生された木が増えれば増えるほど、勢力の拡大が加速していく。

 一定期間に二つの寄生先を見つけると少な目に仮定しても、一が三、三が九、九が二十七、二十七が八十一、八十一が二百四十三(243)……きりがない。

 そして、俺達が遭遇したパラサイトの種が十体。

 あれ全てが木に寄生するなどと考えたくは無いが、確かに良い状況ではないな。


「現在確認されている数は?」

「昨夜で二十だ。里の魔術師と戦士を総動員して当たらせているが、処理が間に合わん……今は、もっと増えているだろう」


 戦うには体力と魔力が()る。そしてそれは、有限だ。

 他のモンスターへの対処も、少なからずあるだろう。

 里の守りも必要だ。

 要するに、人手が足りない訳だな。

 俺が、そう考えていると、テラさんは別の考えを巡らせていたようだ。


「ううむ……悲しいが、元気に育った木を、それだけ燃やし続けているのじゃな……それに周囲の木々も」

「この里で、木を傷つけずにパラサイトのみを焼き殺せるのは、私だけですから。本来ならば、森を守るため、全てのパラサイトを私が――」

「ユーディアナ様」

「分かっていますよ、ケルン」

「ならば……良いです」


 柔らかに微笑むユーディアナ様と、茶を飲んで間を誤魔化すケルンさん。

 気付けば、テラさんが俺へ向け、カップを差し出していた。

 俺は、無言で右手人差し指でカップを指し、茶を流し入れる。

 ケルンさん達も飲む可能性を考え、残りの二杯分を三人で分けようかな。

 少々、少なめで茶を止める。


「ありがとうなのじゃ」

「すまん、俺にも頼む」

「マルク様。私にもおかわりを頂けますか?」

「はい、喜んで」


 話の腰を折り、ひとたび俺は、茶を配る魔道具と化す。

 まぁ、既に用意済みの茶を、指差す先に注ぐだけなのだが。


「自分の分は、良いのかえ?」

「もう空です」

「それは残念じゃ。もう一杯欲しかったのじゃがのぅ」

「また幾らでも作りますから」


 先ほどまで立っていた定位置に戻り、茶を飲む三人を眺める。

 状況はあまり芳しくない様だが、三人とも悲観している風には微塵(みじん)も見えない。

 俺がやるべき事も、単純明快だ。

 種を燃やし、木に寄生しているパラサイトも燃やし尽くす。

 モンスター狩りと、やる事は同じだ。

 後は敵の行動の詳細と、一般的な対処法を聞いたら、すぐに対処を始めよう。

 おっと。もう一つやりたい事があったのだった。

 俺は、テラさんとケルンさんの前を通り抜け、寝台の脇へ移動した。

 カップから口を放したユーディアナ様が、可愛らしく小さく首を(かし)げる。


「マルク様、どうかなさいましたか?」

「少々、失礼を」


 俺は、言葉と共にユーディアナ様の(ひたい)へ左手を伸ばした。

 抵抗なく触れたユーディアナ様の(ひたい)から、手の平へ熱が伝わって来る。

 この熱の苦しみを少しでも和らげる為に……冷え過ぎず、心地良い水を――


「≪(いや)しの(みず)≫」


 ユーディアナ様の(ひたい)に薄く広がる様に、癒しの水を張り付ける。

 長く張り付いたままにしたいので、十分に魔力を込めておこう。

 ずっと張り付く(ゆえ)に、冷たさは程々に……これでどうだろうか?

 手を放した後には、額に張り付く癒しの水が見えた。

 少し目立つが、これからお休み頂くのだから大丈夫だろう……大丈夫だろう。


「あぁ、冷たくて良い……」

「良かった。(しばら)くは持ちますので」

「フフフ。ありがとうございます」


 ユーディアナ様も気に入って頂けたようなので、俺は下がり、定位置へ戻った。


「里では氷が手に入らなくてな。俺からも感謝する」

「マルクは、一家に一人欲しい男じゃからのぅ」

「テッラリッカには、勿体(もったい)ない御方ですね」

「カッカッカ。何を言うか。わしがマルクの世話をしてやっておるのじゃぞ」

「それは、前にも聞いたな」

「うむ。こ奴が、修行のし過ぎで倒れた時もじゃのぅ……」


 しまったな……話が()れるきっかけを作ってしまうとは。

 テラさんの『手の掛かるマルクの話』を聞きながら、(しば)し待つ。

 まぁ、そう長くはならないだろう。

 森の現状を聞く限り、パラサイトの対処は早い方が良いのだが……楽しそうに話すテラさん達の邪魔をするのは、心苦しい。

 だが、長いようなら止めに入るとしよう。

 無礼も失礼も、部外者である俺がすべき事だ。

 それが必要ならば。

 しかしそれまでは、楽し気なテラさん達を、眺めていたい。

 語る相手は、友か家族か……耳を弾ませ、笑うテラさんを。

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