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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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549.我が愛馬に誓って

 皿を洗いながら、俺は昼食の事を思い出していた。

 バターを利かせた玉葱入りオムレツに、チーズをかけた一品。

 濃厚な卵の味わいとバターは、実に良く合う。

 チーズが掛かった部分と、そうでない部分の違いが、味に変化を生んでいた。

 食べていて楽しい料理は、それだけでも嬉しくなる。

 白いパンも、柔らかな甘さと食感で美味しく、頼もしき毎食の御供(おとも)である。

 シャーリーが家から持って来た酢漬け野菜の千切りは、少し酸っぱかったかな。

 だが、それもまた、良い。


「何考えてるの? お兄ちゃん?」

「んー。シャーリーの料理は美味しいなって」

「えへへ。あれぐらいなら、いつでも作っちゃうよ」

「また作ってくれるか?」

「うん。絶対作る」


 シャーリーは、俺が洗った皿を白い布で拭きながら、目尻をふにゃりと下げた。

 その少し子供っぽい表情を見れる事が、嬉しくて、俺は、洗っている皿を落としそうになってしまった。危ない危ない。

 あと少しなんだ。さっさと終わらせてしまおう。

 視線を皿へ戻し、手を動かす。

 だが、一度話し始めたのだから、口も動かさねばな。


「なぁ、シャーリー。折角、店番無い日なんだから、行きたい所とか無いのか?」

「んー? 買い物はテラさんと行ったし、友達とも約束ないし……お兄ちゃんは、行きたい所とか無いの?」

「改めて聞かれると、確かに悩むな……」


 皿を洗う手を止めずに、考えてみる。

 先程までやっていた炎の訓練を続けるのも良いが、魔力は有限だ。

 出来る事ならば、夕方のミュール様との訓練に魔力を取っておきたい。

 ならば剣でも振るか? 走り込みでも良い……だがどちらも独りでの行動だ。

 テラさんとシャーリーが居てくれるこの時に、やるべき事だろうか?


「思い付かない。いっその事、夕方まで家でゴロゴロするかな?」

「うん。それもいいね……でも、お兄ちゃん。会いたい人っていないの?」

「会いたい人……顔出しておきたい所はあるな」

「へぇ……だぁれ?」


 俺から最後の皿を受け取ったシャーリーは、手を止め、俺をじぃっと見ていた。

 俺は、自分の手から出していた魔法の水を止め、率直に答える事にする。

 隠す事じゃないしな。


「パック先生の所と、エル様、ゴンさんの所、教会だな。あぁ、あと一か所」


 忘れてはいけない場所が、一か所あった。

 俺が、その場所を伝えると、シャーリーがクスッと笑みを(こぼ)す……別に変な場所じゃないんだけどな。


「じゃあ、一緒に行こうよ」

「テラさんにも聞いてみないとな」

「うん」


 体を動かす訓練が、家でゴロゴロに変わり、そして外出へと変わる。

 自分だけで考えていたら、そのまま木剣を振ってただろう。

 鍛錬が別の用事と化す。

 それが、良い事なのか悪い事なのかは別だが……楽しい事には違いない。




 俺はゆっくりと手を動かし、背を撫で付ける。

 指に、そして手の平に返る柔らかな感触は、(たま)らない。

 テラさんも表情を緩め、長い耳をピョコピョコさせていた。


「よーし、よしよしよし。良い毛艶(けづや)じゃ。(しっか)り食べておる証じゃな」


 テラさんが我が愛馬をブラッシングしている姿は、実に楽しそうである。

 今日は、愛馬の右側をテラさんが。左側を俺が担当する。

 ブラッシングを半分半分に分けるのは、俺とテラさんの暗黙の了解だ。

 テラさんがブラシを動かす間、俺は、手で愛馬を撫でながら、健康状態を見ていた。特に問題は無さそうで、良い肌艶、そして良い筋肉をしている。

 目も活き活きとしており、それは、力強い姿の中にある、愛らしい点であった。


「ヴェント。元気で何よりだ」


 だが我が愛馬は、俺よりも、テラさんとシャーリーに興味がある様だ。

 耳の向く方向で、それが分かってしまう。

 俺とは反対側、テラさんの隣で愛馬の首をポンポンと軽く叩くシャーリーに、愛馬は夢中らしい。

 まぁ、俺は俺で、愛馬の毛並みを楽しんでおこう。


「ほれ、マルク。次はお主の番じゃ」

「ありがとう、テラさん。よーし、今度は俺が綺麗にしてやるからな。覚悟しろ、ヴェント」


 我が愛馬は、ぶるると低く鳴くと、尻尾をゆったりと振った。

 テラさんから受け取ったブラシを右手に持ち、愛馬の肌を撫でる様に、動かす。

 痛がらない程度に、少し強めに。

 前から後ろに流す様に、丁寧に、丁寧に。

 正直、このブラシ掛けは、ただの触れ合いに近い。

 日夜、馬の世話をしてくれているのは、厩舎で働いているナンシーである。

 愛馬の体を清潔に保ってくれているのも、ナンシーだ。

 俺やテラさんでは、細かい部分や、足元を綺麗にしてあげる事は出来ない。

 それでも、今やる事は、しっかりと。

 ブラシを動かす度に、美しく輝く毛並みも良いが、鼻を伸ばした顔も見ていて飽きない。人語を介さなくとも、感情とは結構伝わる者である。

 愛馬の気持ちも、俺の気持ちも。


「よーし、良い子だヴェント。お腹、触るぞ」


 返事である鳴き声を聞き、俺は腹部にもブラシを掛ける。

 ここは特に気を付けて。

 愛馬は、そう触れられるのを嫌がる奴では無いが、それでも動きを見ながら、嫌がっていないかを確認しながら……良し。

 後は後ろ脚に蹴られぬよう気を付けながら、臀部と後ろ脚を仕上げて、完了だ。


「よし。終わったぞ。ヴェント」


 美しく輝く愛馬を見るのは、楽しい。

 尻尾や足元、顔や耳の周りは、ナンシーに任せよう。

 本職には、敵わないからな。

 前足の横に立った俺へ、愛馬が首を近づけて来た。


「ん? 何か良く分からんが、可愛い奴め」


 左手で首を迎え撃ちながら、ゆっくりと撫でる。

 これが抗議の反応ではない事は、流石に俺でも分かるさ。


「いいなー。お兄ちゃん。私もやりたい」

「ヴェント、良いか?」


 ぶるっという短い鳴き声は、肯定か否定か……肯定と取っておこう。


「なら、わしと一緒に背筋を撫でてやろうぞ」

「うん。教えて、テラさん」

「テラさん、シャーリーとヴェントの事、お願いします」

「うむ。わしに任せるのじゃ」


 俺は反対側に立つシャーリーへブラシを渡し、馬小屋から離れる事にした。

 なぜなら、外でナンシーが俺へ手招きしていたからである。

 何か話でもあるのだろう。


「やぁマルクさん。憩いの時間を邪魔してごめんね」

「いや、いいよ。テラさんとシャーリーに任せてきたから」


 ナンシーは、シャーリーの友人で、この厩舎で働く少女である。

 今日も、小麦の様な三つ編みが、ナンシーの背で輝いていた。

 作業服姿に農具であるフォークを持つ姿も、俺は良いと思う。

 恐らく先程まで、干し草を扱っていたのだろう。


「ヴェント君も幸せ者だねー。美少女二人に世話して貰ってさ」

「普段からナンシーに世話して貰ってるから、それも合わせて美少女三人だな」

「ハッハッハ。私は含めなくて良いよ、マルクさん」


 ナンシーは笑いながら、少し恥ずかしそうにしている。

 いつもの、ひまわりの様に笑うナンシーも、美少女だと思うのだけどな……。

 まぁ、追及しても不毛なだけだ。話を聞こう。


「それで、何か話だよね」

「そう。マルクさんって邪竜討伐に行っちゃうよね?」


 疑問と言うよりも、確定情報の様に問いかけて来た。

 もはや、この事には何も言うまい。


「そのつもりだよ……あぁ、なるほど」


 ナンシーの言いたい事が分かったので、代弁する事にした。


「ヴェントを連れていくのかって事か」

「そう。ヴェント君も一緒に戦場に?」

「連れて行かないよ。王都までどうやって行くかは、まだ未定だけど。どんな方法を取るにしても、ヴェントはお留守番だな……万が一があるからさ」


 万が一。

 邪竜が王都へ向かう可能性が高いのならば、王都にヴェントを置いておくのは、止めた方が良い。

 自分が死ぬ可能性も高い上、邪竜に戦場から逃げられる可能性も考えれば、当然の判断と言えるだろう。


「そっか……ヴェント君に危険が無いのは嬉しいけど、ヴェント君怒るかもね」

「その時は、迷惑かけるよ」

「うん。ヴェント君の事は、私に任せておいて」

「頼んだ」


 馬を愛する彼女の言葉は、本当に頼りになる。

 愛馬の事は、ナンシーに任せれば大丈夫だ。


「でも、マルクさん。万が一なんて駄目だからね。シャーリーも、ヴェント君も、テラさんも……悲しい顔なんて、私は見たくないから」

「分かってるよ。誰にも悲しい顔なんてさせないから」

「ヴェント君に誓える?」

「ああ。我が愛馬に誓って」


 俺の言葉に、ナンシーが笑みを浮かべた。

 日の光を反射するひまわりの様な、この笑顔は、やはり可愛らしい。


「なら、大丈夫だね。さぁ、さぁ、ヴェント君ともっと触れ合ってあげてね」

「了解。帰りには声掛けるから……何か手伝う事ってある?」

「ハハッ、無いよ。ごゆっくり」


 そう言ってナンシーは、仕事に戻って行った。

 見える背で小さく揺れる三つ編みが、少し嬉しそうに見えた。

 言葉が無くとも、伝わる事はあるものだ。

すみません 今日は一話のみの投稿とさせて頂きます

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