545.後輩達の相談事
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酒場から屋敷へ戻ってみると、来客中であった。
食堂には、テラさんとキオパーティー五人が座っている。
そして、各々のカップにお茶を注ぐシャーリーの姿が。
「ただいま、と、いらっしゃい」
「マルクや、おかえりなのじゃ」「お兄ちゃん、おかえりー」
「あっ、先輩! おかえりなさいっす」
そして次々に口から出る「お邪魔しています」の声。
前髪で目が隠れている小柄な少女ムウは、無言で俺を見ながら、頷いていた。
その口を真横に引きながら……なぜ少し不機嫌なのか、分かってしまう。
俺の魔力入りの茶を期待していたら、普通のお茶が出て来た訳だな。
だが、ムウよ、シャーリーの淹れるお茶の方が、美味しいんだぞ。
一応、魔法の茶も用意しておくか。
想像の中で茶葉を躍らせながら、俺はテラさんの元へと向かった。
来客対応の交代の為に。
「テラさん。キオ達は俺が」
「うむ、交代じゃ。わしとシャーリーは、買い物に行ってくるからのぅ」
「なっ。買い物なら俺も――」
「駄目だよ。お兄ちゃん」
お茶を配り終えたシャーリーから、お叱りの声が飛んで来た。
椅子から立ち上がったテラさんも、俺の目の前で、大きく頷いている。
「こ奴らを、放置していく気かえ?」
「クッ。分かりました。いってらっしゃい、テラさん、シャーリー」
「シャーリーの事は、わしに任せい。では、いってくるのじゃ」
「お兄ちゃん、いってきます。お客さんも、ごゆっくり」
キオ達の「いってらっしゃい」に手を振り返しながら、二人は食堂から出て行ってしまった……追いかけたい気持ちを抑え、先程までテラさんが座っていた場所に、座る。
椅子が少し温かく、そして目の前には、手付かずのカップが一つ。
そして卓の中央には、クッキーを並べた皿が一枚。
「行っちゃったっすねー」
「キオ。恨むぞ」
真正面に座るツンツン頭の少年キオに、思いの丈を告げる。
十四歳という、あどけなさを残す顔が、俺の言葉で引きつった。
「なんで俺っすか?」
「お前だろ、うちに来た理由」
「……っす」
「まぁ、冗談だ」
半分な。半分。
俺は改めて、座っているキオパーティーを見回してみる。
正面のキオは、パーティーリーダーを務め、今尚成長中の少し背の低い戦士である。無茶をしがちな点を除けば、人を助ける為に頑張れる、良い奴である。
キオを真ん中にし、向かって左に、大柄な戦士グルドンが鎮座していた。
普段は、その剛腕で大斧を振るう力自慢だ。
そしてキオを挟んで逆側には、ごく普通の可愛らしい少女に見えるワコが、キオを見ながら苦笑いを浮かべていた。
その普通さと裏腹に、軽装で前衛を務める戦士である。
そして俺の左に座るのが、キオパーティーの回復術士、ゼノリースだ。
若草の如く青々とした髪をした少年で、恐らく何処かのお坊ちゃんである。
まぁ、気にする事では無いな。
そして、俺の右側に座るのが、口数少ない魔術師ムウ。
封印魔法の使い手であり、モーリアンさんの一番弟子である。
魔力の事に関して以外は、実に素直で良い子だ。
ムウは、俺の顔を見上げながら、口元に半円を描いていた……いや、俺が準備中の魔法の茶を見ながら、だな。
「それで、全員揃って、一体、どうした? 事件か?」
「ある意味、事件かもしれません」
そう言ったワコの視線が、キオへと向く。
いや、ゼノとグルドンもキオを見ている……やはり原因はお前か、キオ。
ムウは、周りに構わず、お茶を飲んでいる。
俺もキオを真正面に捉え、じぃーと見てみた。
キオもまた、俺を真っ直ぐに見返している。
そして、意を決したかの様に、口を開いた。
「実は俺、先輩に相談があるっす」
「ああ、何だ?」
「先輩! 俺も邪竜討伐に連れて行って欲しいっす」
「……アホか、お前は。ワコ、こいつを四日間くらい、縛っておいてくれ」
ワコとグルドンが『だよな』と言いたげな表情を浮かべていた。
一方、俺に『アホ』と言われたキオは、まだ、俺を真っ直ぐ真剣な目で見つめている。見られても、俺は意見を変えるつもりは無い。
「先輩。鉄骨龍では、各自好きにしろって通達が出たっす」
だから、自分は好きに動くって事か。
ワコ達の表情と『俺も』と言っていたことから、キオ個人の判断なのだろう。
「お前が死んでも、何にもならないぞ」
「俺が弱いのは分かってるっす……でも、俺も手助けがしたいんっすよ」
「って言って、私達の話、聞かないんですよ、こいつ」
「それで、先輩の所へ」
「迷惑を掛けて、すみません」
キオの言葉に続いて、ワコ、グルドン、ゼノリースの言葉が飛ぶ。
ムウも、お茶を飲みながら、俺に頷いていた。
まぁ、命に関わる問題だ。
勝手に飛び出して死なれるよりは、こういう面倒の方が良い。
俺は、再びキオをじっと見る……真っ直ぐに。
キオは、僅かにたじろぎながらも、俺から視線を外さない。
「駄目っすか?」
「悪いが、手助けどころか、邪魔だ。そう言う事は、もっと強くなってから言え」
「でも! それじゃ、誰が先輩を助けるんっすか……鉄骨龍の皆は、誰も動く気ないっすよ」
「らしいな」
「だったら――」
「自分が死ねばいいって? そんな、馬鹿なこと言うつもりか?」
「でも、俺には、それしか……」
ずっと俺の目を見ていたキオが、お茶に視線を落としてしまった。
全く、世話の掛かる奴だ。
「今、最も大きい脅威と戦う事だけが、誰かを守る事なのか?」
俯きながら、無言で首を横に振るキオ。
分かってるなら、後は決めるだけだ……自分の答えを。
「なら、キオ。お前は、お前のやれる事をしろ」
「なにをっすか?」
「自分で考えろ、って言いたい所だけどな……この町を、頼む」
「え?」
顔を上げたキオが、キョトンとした目で俺を見ていた。
驚く事なんて、何もないだろうに。
「俺が邪竜と戦いに行く間、町の人達を守ってやれ。それも大事な冒険者の仕事だろ……って、別に俺が町を守ってる訳じゃないんだけどな」
今も町を守っているのは、聖騎士隊と鉄骨龍の冒険者達だ。
そして目の前に居るキオも、鉄骨龍の一員である。
だから本来、俺の言ってる事は、的外れなんだろうが……説得の為に、あえてこう言わせて貰った。
「それで、先輩の役に立てるっすか?」
「別に俺の役に立つ必要は無いだろ? お前の、いや、お前達の考えで動けば良いんだよ」
「……っす。皆と相談しろ、って事っすよね」
「ああ。周りを見ろ。お前には、信頼できる仲間がいるんだからさ……それを蔑ろにする奴は、俺は好きには成れん」
自分みたいだからな……お一人様を拗らせるのは、俺だけで十分だ。
ようやくキオが、俺以外に目を向け始めた。
「みんなは、邪竜討伐、反対なんっすよね?」
「ああ。先輩の言う通り、俺達が行っても邪魔なだけだ」
「行きたくても、死ぬだけだって」
グルドンは、大きな体で頷き、ワコは目を伏せる。
「何度も言ってるが、俺達の実力なら、町で待機するのが一番だろ」
「依頼」
ゼノリースは素っ気なく、ムウは短く、依頼をこなす事が大切だと説く。
キオも贅沢な悩みを、俺に突き付けてくるものだ……羨ましい限りだよ、全く。
「そうっすよね……分かったっす。俺達は、町で待機するっすよ」
キオが、四人を見回しながら、すっきりした顔で、そう宣言した。
そしてキオは、また俺を見て、心配そうな顔をする。
今度は何だ?
「でも、先輩は大丈夫っすか?」
「そもそも俺は、お前たちに、一言も討伐隊に参加するなんて言ってないけどな」
「え!? 先輩、行かないんっすか?」
「いや、たぶん行くけど」
「っすよね。俺、俺達、先輩が死ぬとか、嫌っすよ」
見回すと、一様に頷いている。
本当に、息の合ったパーティーだな、こいつら。
「その気持ちだけ受け取っておくさ。元より死ぬつもりはないから、安心しろ。邪竜は、俺と討伐隊が倒しておくから、安心して町に居てくれ」
「うっす。町の事は、俺達に任せるっすよ」
「頑張って下さい、先輩」
「御武運を」
「先輩の無事を祈っています」
「大丈夫」
「別に、今すぐ出立する訳じゃないし、邪竜が、王国側に来るとも限らないんだけど……ありがとな」
五人全員が、表情を崩し、少年少女らしい笑顔を見せてくれた。
俺が十四の頃は、どんな顔、してたっけな……。
普通の少年らに見えても、こいつらは冒険者だ。
死と隣り合わせでいきている……それでも、死ぬのは今じゃない。
邪竜に、こいつらを殺させるわけにはいかない。
誰かに会うたびに、戦う理由が一つずつ積み重なっていく気がする。
だがそれは、気分の悪いものではなく、俺自身の積み重ねに因るものだ。
俺は、用意している魔法の茶から、茶葉を取り出し、保留する。
今は、シャーリーの淹れたお茶を飲もう。
まだ、温かなお茶を一口。
俺に倣うように、皆もお茶を飲み始めた。
キオに至っては、中央に置かれたクッキーをパクパク食べている……フッ、遠慮のない奴だ。だがそこが、こいつの良い所の一つなんだろうな。




