53.猫の日向
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統一された美しい調度品。柔らかなソファ。
皿が滑りそうなほど滑らかなテーブルクロス。漂う甘い香り。
店内のあちこちに置かれた猫を模った彫刻、猫の絵、猫の飾り細工。
そして、お客全員が女性。
例外は、カウンターの奥で立ち作業をしている、執事然とした初老の男性だけである。
なんだろう。ここにいるだけで気恥ずかしい。
「あの……パトリシアさん。俺、場違いなのでは……」
「経営者の私が案内をしていますのに、場違いも何も御座いませんわ」
先程から女性客から見られ、いや、これは視線で刺されていると言うべきか。
これでは、針のむしろだ。
パトリシアさんは、連れに刺さる視線など気にも留めず、カウンターにいる初老の執事に声を掛けた。
「ゲルト。こちらは順調かしら?」
「はい、パトリシア様。ご心配為さらずとも、万事抜かりは御座いません。して、今日は視察にお見えになる日ではなかったはずですが?」
「今日は、客人を連れてきたのよ」
初老の執事が、俺を見た……見定めているという風な視線だ。
そして結果を表情に出さず、パトリシアさんに目線を戻した。
「パトリシア様が、男性を連れて……嗚呼、奥方様もさぞお喜びなさる事でしょう。しかもお相手が……早馬をすぐにでも」
「見当違いはよしなさい。この方は、お姉さまの大事な人でしてよ」
「おぉ。アム様の。それもまた喜ばしい話で御座います」
「それも見当違いだと思うけどね」
「そういう事にしておきますわ」
パトリシアさんが、口元を手で隠しながら笑い出す。
「では、私めはお茶を用意しますので、しばしお待ちを」
「あっ。待ってください。客と言ってもそっちの客じゃないので」
俺は、パトリシアさんにもてなしを受けるという意味の客ではない。
茶葉を購入したいだけの、客だ。
「おや? では間食をお望みでしたか。これは失礼を」
「いえ。茶葉を購入したくてパトリシアさんに相談したら、ここへ。茶葉、売ってますか?」
見た所、茶と間食を楽しむ店にしか思えない。
女性客の視線が痛くなければ、俺も一杯注文したいものだが。
「はい。ご希望のお客様には茶葉を分けております。マルク様は、そちらを御所望でしたか。私めの観察眼も、精進が必要のようで」
「我が店は、質の良い茶葉を取り揃えていますので、後はゲルトと相談してお決めになれば、間違いないですわ」
「ありがとう。パトリシアさん」
パトリシアさんは、優雅に礼をすると、カウンターの一席に腰を下ろした。
待ち構えたかのように女性の給仕が、お茶を持ってきた。
ポットもカップも、上品なもので揃えてあるようだ。
さて、彼女がお茶を飲み終わる前に、買い物を終えねば。
俺が口を開く前に、パトリシアさんが話し出す。
「ゲルト。アレは手に入りまして?」
「はい。少量ながら。後ほどパトリシア様の元へ」
「構わないわ。望む客に出して上げなさい。マルクさんも如何?」
アレって、さっき言ってた王室御用達って奴だよな。
『お姉さまがお喜びになられるのに』
そうか、自宅用ではなく贈り物という手もあるのか……いや。
「遠慮しておくよ」
「あら? 何故ですの? 滅多に手に入らない代物ですのに」
「アムは喜ぶだろうけど、シャーリーは高級過ぎて飲んでくれない気がするからさ。せっかくなら飲んで美味しいって思って欲しいし」
「あぁ、シャーリーさんなら……確かにそうですわね。フフッ。それならば、お姉さまにだけ贈れば宜しいのでは?」
「それをすると、シャーリーがへそを曲げる気がして……」
「気の多い殿方ですこと」
その言葉には、一言も言い返せない。
パトリシアさんは楽し気に笑みを浮かべ、お茶を口にする。
香りがこちらまで流れてくる。ふー、どこか果実のような香りがする。果汁を混ぜてあるのだろうか? 水の方に工夫が?
「何も入れておりませんよ、マルク様」
ゲルト氏の言葉が、俺の思考を否定する。いい観察眼じゃないか。
俺の前には、ゲルト氏が用意した五種類の茶葉が、少量ずつ黒い小皿に置かれ並べられていた。正直、並べられても俺には違いがわからない。
「あのお茶は?」
「当店で、普段お出ししている中でも、最も良い物です」
そう言ってゲルト氏は、一番右を手で指し示した。そして、手を一番左に移動させ、言葉を続ける。
「こちらが、若いお嬢様方が好んで頼まれる茶です」
なるほど、左から安い順で並べていると。とはいえ、この店で出しているお茶なら一番左も、大層美味であることは想像に難くない。
ならそれでも――
「マルク様程の方でしたら、来客に失礼が無いよう、こちらが宜しいかと」
俺の選択を読んでか否か、ゲルト氏は、中央に置かれた茶葉を推す。
というよりも……。
「俺に、そんな大層な客は来ませんよ。特に今は俺、モンスター討伐が上手いだけの無職ですよ」
ゲルト氏が柔和な表情を浮かべる。あぁ、優しさが痛い。
「では、来客用にこちらを少々、日常の友にこちらを」
ゲルト氏はそう言って来客用に中央を、日常用にその一つ安い物を俺に勧める。
まぁ元々金銭的な問題は無いわけで。
「では、それで包んでいただけますか」
「畏まりました」
あっ、まだ買いたい物が。
「すみません、あとこれを――」
二重の紙袋に入った茶葉を受け取り、店を出た。
茶葉は、光と匂いと湿気に弱いと説明を受けた。
基本的な事なのだろうが、自分の知らない事なので非常に助かる。
保管容器と保管場所は考えないとな。
それにしても、シャーリー達もこういう店を見つけて、茶葉を手に入れていたんだな……大変だな、これは。
「考え事ですの?」
「いや、茶葉を買うのも一苦労なんだなって、思ってさ」
「一般流通品でしたら、酒屋にありますわよ」
「え? 嘘?」
「あと、行商人がよく販売していますわね」
「まさか!」
俺に驚愕の事実を突きつけ、パトリシアさんはニヤリと口角を上げた。
たしかに酒屋には行ってないが、行商人の露店は覗いたのに……何故?
「見たいもの以外も見ませんと、探し物は見つかりませんのよ」
そして、パトリシアさんが優雅に笑う。
いや、これは俺が笑われているだけか……くっ、なんてことだ。
「フフ。お姉さまの仰った『仔犬のような顔』とは……言い得て妙ですわね」
よくわからないことを言って、彼女は、楽しそうに笑っていた。




