54.今日再びの散歩道
読みやすいように全体修正 内容変更なし
「お姉さまの所へは、行かれないのですか?」
「ん? アムって、もう戻ってきてたのか?」
パトリシアさんは、首を横に傾ける。
そして「なるほど」と呟くと、彼女の首が真っ直ぐに戻った。
「お姉さまでしたら、昨日の夕刻には、既にご自身の研究室にいましたよ」
そうなのか。
ならばあの後、馬を借りて、帰ってきたのだろう。
飛ばせばそのぐらいで……いや、馬に無茶させるのは駄目だ。
アムには一度、言っておこう。
後始末や責任を全て放り投げて、ミュール様に送ってもらった俺が言っても説得力はないだろうが。馬は大事にしないとな。
「そうなのか。ならば一度、家に戻ってからにするよ。パトリシアさん、今日は色々とありがとう」
「いいえ。面白い発見もありましたので。私としても有意義な時間でしたわ」
折り目正しく礼をするパトリシアさんと別れ、家路につく。
開け放たれたままの門を抜け、自分の屋敷に入る。
さっそく、茶葉の保存場所の冷暗所探しだ。
存外自分の家なのに、知らないことが多い。
むしろこの屋敷については、俺よりシャーリーの方が詳しいかもしれない。
使う場所は台所だし……シャーリーが置いていった茶器の近くでいいか。
常飲用と、来客用と、シャーリーへの土産を置き、アムの分はバックパックへ。
『でもお兄ちゃん。女の子にプレゼントするなら、もーちょっと場所と雰囲気を考えた方がいいよ』
シャーリーの言葉が頭の中で響いたが……いやいや、他のついでで買った手土産は別にいいよな? いいよな。
いつものように挨拶をし、いつものように通り抜ける。
昨日、学派はテーベ平原までの大移動で、混乱していたはずなのに、門は今日も素通りだ。警備体制は大丈夫なのだろうか、本気で心配になってくる。
学び舎は今日、お休みなのだろう。
実技練習をしている音もしない。すれ違う人もいない。
商店通りの人混みと比べてしまい、物悲しい。
早くアムの所へ行こう。
研究棟へ入り、アムの研究室へ真っ直ぐ進む。今、寄り道する場所はない。
研究室の扉を三度叩けば、返事が返ってくる……「どうぞ」と。
研究室に入ると、気になるものを見つけた。
丸めた羊皮紙を、これでもかと詰め込んだ背負い鞄が、床に置かれていた。
スクロールをこんなに持って、戦争にでも行く気なのだろうか?
「よう、アム。どこかに殴り込みか?」
「来て早々物騒だね、ガランサじゃあるまいし。それにマルク、”こんにちは”からだろう」
「おっと失礼。こんにちは、アム。それと昨日、色々放って帰ったお詫びの品だ。受け取ってくれ」
「そもそもあれは君の問題では……言っても無駄かな。有難く頂いておくよ」
質素な紙袋をアムに渡すと、彼女は早速、中からお詫びの品を取り出した。
中から出てくるのは、小さな紙筒だ。
その側面には、黒猫が描かれている。黒猫はゲルト氏の作らしい。
贈答品用だと伝えると、紙筒をつけてくれたのだ。
あの店に女性客が集まる理由が、少しだけ分かる。
「この黒猫は……そうか、君の家でも茶が出るようになったんだね」
「出すかは、家主の気分次第だけどな」
黒猫を優しく撫でながら、アムは穏やかな表情をしている。
パトリシアさんと仲が良いのだから、見ただけで中身が分かるのだろう。
紙筒を開けて、中を確認する様子はない。
「ありがとう。マルク。あの白兎の礼もまだだというのに、君はまた良いものを持ってきてくれた」
「値段はそうでもないぞ」
気恥ずかしくて、無意味な言葉を返してしまった。
だがアムは、ゆっくりと首を横に振ったあと、俺の目を真っ直ぐ捉え、言った。
「価値の話ではないよ。白兎も、そしてこれも……マルクが。君が、僕の事を考えてくれているのが分かるから……こんなにも嬉しいのさ」
何故だろう。その優しい声に恥ずかしくなり、アムから目を背けてしまった。
耳に、アムの嬉しそうな笑い声が届く。
「まぁ……うん。喜んで貰えて何よりだよ。あー、そうだアム。それ、何処かへ出かけるんじゃなかったのか?」
「ん? これかい。冒険者ギルドに出した、スクロールの実地試験依頼を受けてくれるパーティーがいてね。これから向かうところさ」
無理に話題を変えたのに、気分一つ害した様子もなく、むしろ嬉しそうにアムは言う。昔から変わらず……優しい奴だ。
ん? 今、冒険者ギルドは王都近辺でのモンスター討伐で忙しいはず。
「よく見つかったな。依頼料も安いだろうに」
「君も知っている、Dランク冒険者さ」
「ん? 誰だ?」
多すぎてわからない。
”知り合い”なら大量だ。”知り合い”なら……。
「一緒に来ればわかるさ。今の僕は、君と散歩に行きたい気分なんだ」
「散歩ってまさか……行くよ。どうせ暇だしな」
「そう言ってくれると思ったよ。さぁ行こうか」
アムが少し逸っている。急ぎの用だったのだろう。
茶を贈るだけの私事で、仕事の邪魔をしてしまったようだ。
まぁ、アムにそれを気にした様子はないし、自身の作ったスクロールの実地試験が楽しみなのか、どこかウキウキしているようだ。
彼女は紙筒を仕舞い込むと、準備済みの鞄を背負い、扉から出ていった。
俺もアムを追って研究室を出る。そして――
「アム! 鍵、鍵!」
「おっと。しまった」
おっちょこちょいのアムは珍しい。
扉に鍵をかけたアムと共に研究棟を出る。
当然”散歩”の目的地は、大聖堂……ではなくダンジョンだ。
アムは、鼻歌交じりでご機嫌である。
ダンジョン入口に、ゴンさんと、見知った三人がいた。
「あっ! 先輩も一緒なんっすね。見てっす、見てっす。俺たちDランクになったんっすよ」
あぁ……知ってる冒険者って、キオ達か。
なんか最近、よく会うな。
「で? 何で俺はまた、ダンジョンに潜っているんだろうな……」
「散歩だよ。でも、マルクは二度目なのかい?」
「朝からガル兄とね」
俺は、隣を歩くアムに答える。
俺たちの前では、キオ、ワコ、ムウの三人が、警戒をしながら進んでいた。
キオ達は依頼人の名前を見て、この依頼を受けることにしたそうだ。
全員そろっていないのは、パーティーの休息日だったためで、グルドンとゼノリースは都合が合わなかったらしい。
キオ達も二人を見習って、休息日は休むべきだと俺は思う。
現在、第十一階層目。転移陣から第十階層へ向け逆走中である。
そして今の俺は、ただの監視役。
キオ達の後ろを、アムと一緒に散歩中だ。まぁアムは仕事だが。
このまま進めば小部屋に着く。
大抵、そこに何かしらのモンスターがいる。
第十一階層であれば、主に三種。
人と大きさの変わらぬトカゲ男、リザードマン、
子供程の大きさで緑色をし、小さな木の杖を持つ、ゴブリンメイジ。
耳の代わりに角を生やし、やや大き目な狼に似た姿をしている、二本角。
多種類が共にいることも少ないので、キオ達なら、見ているだけでも大丈夫だろう。
「いたっす。リザードマンっすね」
右手に曲刀、左手に丸盾を持ったトカゲ人間の姿が見えた。この位置からでは数は分からない。
キオがアムの方を見て、何か確認をしたいようだ。
「好きに使ってくれ。使わないと実験にならないよ」
「やったっす。なら、これっすかね」
アムの言葉を聞いたキオは、横に丸めたスクロールを一枚取り出した。
封を外し、横に広げる。そして、キオが魔力を流す。少量で良い。
羊皮紙に描かれた黒の紋様が、魔力に反応して赤く光り、その魔法を解放した。と同時に、魔力の切れた羊皮紙が塵となって消えていく。
スクロールによる魔法の効果で、キオの持つ剣が、炎を纏い、赤く輝いていた。
「おー。燃えてるっす。心も燃えるっすね」「精霊の残り火か」
キオの声と、俺の声が重なる。
だがキオよ。敵の近くでそんな大声を上げたら……。
不快で甲高い声がダンジョンに響く。リザードマンの声だ。
「もう! 馬鹿キオ。気付かれたじゃない」
愚痴を吐きながら、ワコもまた、スクロールを使っている。
「行け!」の声と共に、スクロールが消え、ワコの目の前から、七本の炎の矢が飛び出した。
こちらに向かってきていた先頭のリザードマンに、五本の矢が突き刺さった。
盾に、頭に、腹に二本、さらに足に、と。
命中した個所から炎が上がり、リザードマンを焼き尽くす。
塵と化すリザードマンを押しのけるように、次のリザードマンが現れた。
「剣も試すっす」
前に出たキオを、リザードマンの曲刀が襲う。
キオは軽く左手の盾で受け流すと、炎の剣でリザードマンを斬り付ける。
盾で防がれた。が、炎の剣を受けた盾が、燃え上がり、消滅した。
雄叫びを上げながらキオは、盾を失ったリザードマンの腹に炎の剣を突き立てた。炎がリザードマンに移り、肉の焼ける臭いが充満する。
叫び声を上げながら絶命したリザードマンは、消え、魔石と化した。
「凄いっすよこれ! リザードマンにスーって入ったっす」
「キオ。前向け、前」
小部屋から通路にいるキオ達に向かって、リザードマンはまだまだ来る。
キオが前衛に立ち、ワコがスクロールで遠距離攻撃をして、リザードマン達と戦っている。ムウは、二人が危ない時にだけ、援護しているようだ。
俺とアムは、それを眺めつつ後方の警戒もしつつ、話し合う。
「アムにしては、弱く作ってるな」
「初めて使うには危ないからね」
「そういう注文か……王国軍か」
キオが炎の剣で、リザードマンの腕を飛ばした。
さらに切断面が燃え上がり、リザードマンを弱らせる。だが、キオに止めを刺す余裕はない。別のリザードマンの攻撃を、防ぎ、敵の進攻を止めている。
「いや、騎士団の方だよ。精霊の残り火もご注文なのさ。マルクも使ったりするかい?」
「炎が使える場面なら、火球飛ばす方が楽で強いし。あぁ、リザードマン見てたら火球ぶつけたくなってきた……」
ムウも、今回はスクロールを使っている。そういう仕事だしな。
ムウは、無言で封を外し、投げるように空中でスクロールを広げた。
表面の紋様が茶に光り、羊皮紙が消え、そして魔法が放たれる。
空中に石のつぶてが突如出現した。先端の尖ったそれは、次々とリザードマンに向かい飛んでいく。ワコの放つ炎の矢より正確に、目標へ命中していた。
キオに襲い掛かっていたリザードマンが穴だらけになり、絶命する。
「ハハハ。何を言っているんだい? ちょっと怖いよ」
「あぁ実はこの間……………………てなことがあってな」
話をしながらも、後方の安全を確認する。うん、大丈夫だ。
キオ達もスクロールを使いながら、器用に戦っている。
「君は相変わらずだね。まぁ人助けだから褒めてあげよう。偉いよ、マルク」
「何か雑だが、ありがと。ん? そろそろ終わりかな」
ワコのスクロールから放たれた炎の矢が、最後に一体に突き刺さり、リザードマンを焼き殺した。
合計で十二体。小部屋にしては多い数だ。
キオが騒いで、結果的に通路で戦うことになって良かった。
小部屋に入っていたら、キオは、袋叩きにされていただろう。
念を入れて、小部屋を確認しに行ったキオが戻ってきた。
「ワコ、ムウ。とりあえず、お疲れっす」




