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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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54.今日再びの散歩道

読みやすいように全体修正 内容変更なし

「お姉さまの所へは、行かれないのですか?」

「ん? アムって、もう戻ってきてたのか?」


 パトリシアさんは、首を横に傾ける。

 そして「なるほど」と呟くと、彼女の首が真っ直ぐに戻った。


「お姉さまでしたら、昨日の夕刻には、既にご自身の研究室にいましたよ」


 そうなのか。

 ならばあの後、馬を借りて、帰ってきたのだろう。

 飛ばせばそのぐらいで……いや、馬に無茶させるのは駄目だ。

 アムには一度、言っておこう。

 後始末や責任を全て放り投げて、ミュール様に送ってもらった俺が言っても説得力はないだろうが。馬は大事にしないとな。


「そうなのか。ならば一度、家に戻ってからにするよ。パトリシアさん、今日は色々とありがとう」

「いいえ。面白い発見もありましたので。私としても有意義な時間でしたわ」


 折り目正しく礼をするパトリシアさんと別れ、家路につく。

 開け放たれたままの門を抜け、自分の屋敷に入る。

 さっそく、茶葉の保存場所の冷暗所探しだ。

 存外自分の家なのに、知らないことが多い。

 むしろこの屋敷については、俺よりシャーリーの方が詳しいかもしれない。

 使う場所は台所だし……シャーリーが置いていった茶器の近くでいいか。

 常飲用と、来客用と、シャーリーへの土産を置き、アムの分はバックパックへ。


『でもお兄ちゃん。女の子にプレゼントするなら、もーちょっと場所と雰囲気を考えた方がいいよ』


 シャーリーの言葉が頭の中で響いたが……いやいや、他のついでで買った手土産は別にいいよな? いいよな。


 


 いつものように挨拶をし、いつものように通り抜ける。

 昨日、学派はテーベ平原までの大移動で、混乱していたはずなのに、門は今日も素通りだ。警備体制は大丈夫なのだろうか、本気で心配になってくる。

 学び舎は今日、お休みなのだろう。

 実技練習をしている音もしない。すれ違う人もいない。

 商店通りの人混みと比べてしまい、物悲しい。

 早くアムの所へ行こう。

 研究棟へ入り、アムの研究室へ真っ直ぐ進む。今、寄り道する場所はない。

 研究室の扉を三度叩けば、返事が返ってくる……「どうぞ」と。

 研究室に入ると、気になるものを見つけた。

 丸めた羊皮紙を、これでもかと詰め込んだ背負い鞄が、床に置かれていた。

 スクロールをこんなに持って、戦争にでも行く気なのだろうか?


「よう、アム。どこかに殴り込みか?」

「来て早々物騒だね、ガランサじゃあるまいし。それにマルク、”こんにちは”からだろう」

「おっと失礼。こんにちは、アム。それと昨日、色々放って帰ったお詫びの品だ。受け取ってくれ」

「そもそもあれは君の問題では……言っても無駄かな。有難く頂いておくよ」


 質素な紙袋をアムに渡すと、彼女は早速、中からお詫びの品を取り出した。

 中から出てくるのは、小さな紙筒だ。

 その側面には、黒猫が描かれている。黒猫はゲルト氏の作らしい。

 贈答品用だと伝えると、紙筒をつけてくれたのだ。

 あの店に女性客が集まる理由が、少しだけ分かる。


「この黒猫は……そうか、君の家でも茶が出るようになったんだね」

「出すかは、家主の気分次第だけどな」


 黒猫を優しく撫でながら、アムは穏やかな表情をしている。

 パトリシアさんと仲が良いのだから、見ただけで中身が分かるのだろう。

 紙筒を開けて、中を確認する様子はない。


「ありがとう。マルク。あの白兎の礼もまだだというのに、君はまた良いものを持ってきてくれた」

「値段はそうでもないぞ」


 気恥ずかしくて、無意味な言葉を返してしまった。

 だがアムは、ゆっくりと首を横に振ったあと、俺の目を真っ直ぐ捉え、言った。


「価値の話ではないよ。白兎も、そしてこれも……マルクが。君が、僕の事を考えてくれているのが分かるから……こんなにも嬉しいのさ」


 何故(なぜ)だろう。その優しい声に恥ずかしくなり、アムから目を背けてしまった。

 耳に、アムの嬉しそうな笑い声が届く。


「まぁ……うん。喜んで貰えて何よりだよ。あー、そうだアム。それ、何処(どこ)かへ出かけるんじゃなかったのか?」

「ん? これかい。冒険者ギルドに出した、スクロールの実地試験依頼を受けてくれるパーティーがいてね。これから向かうところさ」


 無理に話題を変えたのに、気分一つ害した様子もなく、むしろ嬉しそうにアムは言う。昔から変わらず……優しい奴だ。

 ん? 今、冒険者ギルドは王都近辺でのモンスター討伐で忙しいはず。


「よく見つかったな。依頼料も安いだろうに」

「君も知っている、Dランク冒険者さ」

「ん? 誰だ?」


 多すぎてわからない。

 ”知り合い”なら大量だ。”知り合い”なら……。


「一緒に来ればわかるさ。今の僕は、君と散歩に行きたい気分なんだ」

「散歩ってまさか……行くよ。どうせ暇だしな」

「そう言ってくれると思ったよ。さぁ行こうか」


 アムが少し(はや)っている。急ぎの用だったのだろう。

 茶を贈るだけの私事で、仕事の邪魔をしてしまったようだ。

 まぁ、アムにそれを気にした様子はないし、自身の作ったスクロールの実地試験が楽しみなのか、どこかウキウキしているようだ。

 彼女は紙筒を仕舞い込むと、準備済みの鞄を背負い、扉から出ていった。

 俺もアムを追って研究室を出る。そして――


「アム! 鍵、鍵!」

「おっと。しまった」


 おっちょこちょいのアムは珍しい。

 扉に鍵をかけたアムと共に研究棟を出る。

 当然”散歩”の目的地は、大聖堂……ではなくダンジョンだ。

 アムは、鼻歌交じりでご機嫌である。

 ダンジョン入口に、ゴンさんと、見知った三人がいた。


「あっ! 先輩も一緒なんっすね。見てっす、見てっす。俺たちDランクになったんっすよ」


 あぁ……知ってる冒険者って、キオ達か。

 なんか最近、よく会うな。




「で? 何で俺はまた、ダンジョンに潜っているんだろうな……」

「散歩だよ。でも、マルクは二度目なのかい?」

「朝からガル兄とね」


 俺は、隣を歩くアムに答える。

 俺たちの前では、キオ、ワコ、ムウの三人が、警戒をしながら進んでいた。

 キオ達は依頼人の名前を見て、この依頼を受けることにしたそうだ。

 全員そろっていないのは、パーティーの休息日だったためで、グルドンとゼノリースは都合が合わなかったらしい。

 キオ達も二人を見習って、休息日は休むべきだと俺は思う。

 現在、第十一階層目。転移陣から第十階層へ向け逆走中である。

 そして今の俺は、ただの監視役。

 キオ達の後ろを、アムと一緒に散歩中だ。まぁアムは仕事だが。

 このまま進めば小部屋に着く。

 大抵、そこに何かしらのモンスターがいる。

 第十一階層であれば、主に三種。

 人と大きさの変わらぬトカゲ男、リザードマン、

 子供程の大きさで緑色をし、小さな木の杖を持つ、ゴブリンメイジ。

 耳の代わりに角を生やし、やや大き目な狼に似た姿をしている、二本角。

 多種類が共にいることも少ないので、キオ達なら、見ているだけでも大丈夫だろう。


「いたっす。リザードマンっすね」


 右手に曲刀、左手に丸盾を持ったトカゲ人間の姿が見えた。この位置からでは数は分からない。

 キオがアムの方を見て、何か確認をしたいようだ。


「好きに使ってくれ。使わないと実験にならないよ」

「やったっす。なら、これっすかね」


 アムの言葉を聞いたキオは、横に丸めたスクロールを一枚取り出した。

 封を外し、横に広げる。そして、キオが魔力を流す。少量で良い。

 羊皮紙に描かれた黒の紋様が、魔力に反応して赤く光り、その魔法を解放した。と同時に、魔力の切れた羊皮紙が塵となって消えていく。

 スクロールによる魔法の効果で、キオの持つ剣が、炎を(まと)い、赤く輝いていた。


「おー。燃えてるっす。心も燃えるっすね」「精霊の残り火か」


 キオの声と、俺の声が重なる。

 だがキオよ。敵の近くでそんな大声を上げたら……。

 不快で甲高い声がダンジョンに響く。リザードマンの声だ。


「もう! 馬鹿キオ。気付かれたじゃない」


 愚痴を吐きながら、ワコもまた、スクロールを使っている。

「行け!」の声と共に、スクロールが消え、ワコの目の前から、七本の炎の矢が飛び出した。

 こちらに向かってきていた先頭のリザードマンに、五本の矢が突き刺さった。

 盾に、頭に、腹に二本、さらに足に、と。

 命中した個所から炎が上がり、リザードマンを焼き尽くす。

 塵と化すリザードマンを押しのけるように、次のリザードマンが現れた。


「剣も試すっす」


 前に出たキオを、リザードマンの曲刀が襲う。

 キオは軽く左手の盾で受け流すと、炎の剣でリザードマンを斬り付ける。

 盾で防がれた。が、炎の剣を受けた盾が、燃え上がり、消滅した。

 雄叫びを上げながらキオは、盾を失ったリザードマンの腹に炎の剣を突き立てた。炎がリザードマンに移り、肉の焼ける臭いが充満する。

 叫び声を上げながら絶命したリザードマンは、消え、魔石と化した。


「凄いっすよこれ! リザードマンにスーって入ったっす」

「キオ。前向け、前」


 小部屋から通路にいるキオ達に向かって、リザードマンはまだまだ来る。

 キオが前衛に立ち、ワコがスクロールで遠距離攻撃をして、リザードマン達と戦っている。ムウは、二人が危ない時にだけ、援護しているようだ。

 俺とアムは、それを眺めつつ後方の警戒もしつつ、話し合う。


「アムにしては、弱く作ってるな」

「初めて使うには危ないからね」

「そういう注文か……王国軍か」


 キオが炎の剣で、リザードマンの腕を飛ばした。

 さらに切断面が燃え上がり、リザードマンを弱らせる。だが、キオに止めを刺す余裕はない。別のリザードマンの攻撃を、防ぎ、敵の進攻を止めている。


「いや、騎士団の方だよ。精霊の残り火もご注文なのさ。マルクも使ったりするかい?」

「炎が使える場面なら、火球飛ばす方が楽で強いし。あぁ、リザードマン見てたら火球ぶつけたくなってきた……」


 ムウも、今回はスクロールを使っている。そういう仕事だしな。

 ムウは、無言で封を外し、投げるように空中でスクロールを広げた。

 表面の紋様が茶に光り、羊皮紙が消え、そして魔法が放たれる。

 空中に石のつぶてが突如出現した。先端の尖ったそれは、次々とリザードマンに向かい飛んでいく。ワコの放つ炎の矢より正確に、目標へ命中していた。

 キオに襲い掛かっていたリザードマンが穴だらけになり、絶命する。


「ハハハ。何を言っているんだい? ちょっと怖いよ」

「あぁ実はこの間……………………てなことがあってな」


 話をしながらも、後方の安全を確認する。うん、大丈夫だ。

 キオ達もスクロールを使いながら、器用に戦っている。


「君は相変わらずだね。まぁ人助けだから褒めてあげよう。偉いよ、マルク」

「何か雑だが、ありがと。ん? そろそろ終わりかな」


 ワコのスクロールから放たれた炎の矢が、最後に一体に突き刺さり、リザードマンを焼き殺した。

 合計で十二体。小部屋にしては多い数だ。

 キオが騒いで、結果的に通路で戦うことになって良かった。

 小部屋に入っていたら、キオは、袋叩きにされていただろう。

 念を入れて、小部屋を確認しに行ったキオが戻ってきた。


「ワコ、ムウ。とりあえず、お疲れっす」

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