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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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531.道具屋とフクロウと

「みんな帰っちゃったね」

「そうね」

「今日は、店も暇なんだから、みんなもっとゆっくりしていけばいいのに」

「お兄ちゃん達は、訓練したりで忙しいんだよ。ハイ、終わり」


 洗い終えたカップを、ビィへ渡し、シャーリーは、水の魔工石に触れる。

 流れる水を止め、シャーリーは流し場で手を払う。


「でもお姉ちゃん。一緒に居なくて良かったの?」

「ん? いきなり何?」


 シャーリーは柔らかに微笑みながら、カップを拭く手を止めているビィを見下ろした。ビィもまた、シャーリーをじっと見ている。


「マルク兄ちゃんだよ。邪竜に戦いに行っちゃったら……」

「大丈夫だよ、ビィ。お兄ちゃんは、何が有っても帰って来てくれるから。だから、お兄ちゃんとは、いつも通りで、ね」


 不安の色を顔に見せる妹へ、シャーリーは尚、微笑む。

 姉から目を逸らし、カップを拭くビィは、納得のいかない様子であった。

 シャーリーは、ビィの様子を気にせず、白い布で手を拭き、ビィの並べた吹き終わったカップを棚へと戻していく。


「それでいいんだ……変なの」

「フフッ。ビィは、いいの?」

「私は良いの……どっちかって言えば、ハイス兄ちゃんの方が心配だよ」

「あぁ……ハイスってお兄ちゃん大好きだからね」

「真似っ子しても、マルク兄ちゃんには成れないのにね」


 仕事が忙しく、少しぶっきら棒であった頃のマルクを思い出し、そしてそれをまねる弟の姿を思い浮かべながら、シャーリーは、クスッと笑った。


「あれが男の子なんだよ、たぶん」

「やっぱり分かんない」


 ビィは、最後のカップを布ごと姉へ渡し、背中を伸ばした。


「さてと。勉強しなきゃ」

「珍しい」

「アムさんに会えたからね。頑張らなきゃ」

「シャーリー! 手を貸しておくれ!」

「分かったー! お母さん! 勉強頑張ってね」


 声を張り、一階からの言葉に答えたシャーリーは、ビィの頭を一撫でし、母の元へと向かった。

 さっきまで忙しく無かったのに、何故だろう? と思いながら。

 そして一階に下りたシャーリーが見たのは、買い物客で溢れた店内であった。

 その全てが冒険者であることは、知っている。


「おっ、シャーリーちゃん。火の魔工石って売り切れかい?」

「シャーリー。野営の道具ってこれで良いんだっけ?」

「シャーリーちゃん……」

「シャーリー……」


 買い物客は、無遠慮に次々と質問を投げかける。

 そして、それはリンダも同じであった。


「シャーリー。商品の補充を頼んだよ」

「もう、一つずつだよ。バッカスさん、火の魔工石なら……」


 冒険者の質問と注文に答えながら、忙しなく動き始めるシャーリー。

 道具屋の日常は、邪竜とは関係なく、回り続ける。




 太陽は、まだ赤く変わってはいない。

 町も人も、明るく、そして落ち着きを保っている。

 感じた邪竜の魔力が嘘であったかのように、静かで、穏やかな一日。

 隣を歩くアムとテラさんも、その顔は柔らかで、優しい。


「夜道じゃないんだから、送らなくても良いんだよ」

「別にやる事ないからな」

「そじゃな。今は、待つだけじゃ」


 現在、アムを送る為にフクロウの敷地内へ向け、町を歩いている。


「マルクとテラさんは、この後どうするんだい?」

「テラさんに用事がなければ、家で訓練の続きかな」

「わしは、夕食まで暇じゃよ、マルクの見張りでもしていようかのぅ」

「フフッ、見張りか……よろしくお願いします、テラさん」

「うむ。マルクの事は任せい」


 前を向いて歩いてても、左右の二人の表情は分かる。

 美少年顔に微笑を浮かべるアムと、自信満々に頷くテラさんだ。


「アムは仕事か?」

「今日本当は、待機命令が出てたんだけどね。まぁ、(とが)める人もいない命令なんだけどさ」

「いや、破るなよ……いや、待機は俺もだった……」


 フクロウを通じてミュール様と交わした言葉を、今、思い出した。

 まだ数時間前の話なのに……何故、忘れていたのだろう。


『今は、屋敷から動かないように』

『分かりました。テラさんと二人で待機しておきます』


 昼食はともかく、シャーリーとまったりしていたのは、駄目だろう。

 後で、ミュール様には謝らないとな。

 そう思っていると、機を見計らったかの様に、上空から飛翔するフクロウの存在に気付いた。

 俺は歩みを止め、フクロウが止まり易いように、頭を真っ直ぐ構える。

 降り立つ寸前まで見て居たいが、俺の思いよりもフクロウの着地が優先だ。

 羽ばたく(わず)かな音が、微調整をする白いフクロウの姿を想像させ、そして、頭にスッと馴染む重みが掛かった。


「お疲れ様、フクロウ」

「おっ。いつものじゃな」

「ミネルヴァ様」


 俺達の声には、全く反応を示さないフクロウは、俺の頭の上で、ほぅほぅと鳴いている。この声だけで、安らぐ自分が居る。

 止めた足を再び動かし、先を進む。

 ミュール様と話すのは、歩きながらで問題ない。


『こんにちは、ミュール様。そして、すみません』

「こんにちは。で? 何がでしょうか?」

『いえ。待機の指示を聞かずに勝手に出歩いてた事を』

「ウフフ、構いませんよ。あれはマルクが勝手に戦いに出ない様に、そう言っただけですから。安心して」

『はい。今日は、もう帰って大人しくしておきます』


 笑うミュール様の声を聞きながら、頭を下げたくなる気持ちをグッと抑える。

 何故か、横を歩くアムとテラさんも、小さく笑っていた。


「マルク。今日の情報を少々」

『よろしくお願いします』

「目覚めた邪竜が何処(どこ)に居るのかは、不明のままです」

『十年見つからなかった存在を、今になって探し出せるものじゃ無いですよね』

「はい、残念ながら。ですので、王国も各冒険者ギルドも、積極的に邪竜討伐へ動くつもりはないようです」


 討伐したくても、相手の居場所が分からなければ、どうしようもない。

 そもそも討伐したくとも、それが可能になるだけの戦力を、一体どこから持ってくるのかが問題だ。

 国も貴族もギルドも、自分達の力を、命を減らす行為を良しとはしないだろう。


『邪竜が王国内で暴れ始めてから、迎え撃つと言う事ですね……あれ? そもそも今回目覚めた邪竜は、何処(どこ)へ向かうのでしょうか?』


 十年前は、王都近郊で巨大なダークマターが破壊された。

 それによってモンスターと邪竜が王都へと向かった(はず)だ。

 今回も、そうなのだろうか?


「今の所、王国内にてダークマターの破壊は確認されていません。邪竜が、南や西の隣国へと向かう可能性も十分に考えられます」

『その場合は、各国任せですね』

「少なくとも王は軍を動かさないでしょう。他国の為に命を懸けて戦う酔狂な人間は、そうは居ません」

『そうですね』


 冒険者もそうだ。そして、俺も。

 世の中、平和な方が良いという思いは、皆、変わらないのだけれど……では、死にに行くか、とはならない。


『動きが読めないのは、困りますね』

「自分達に脅威が向かぬ可能性がある為に、判断が鈍る事もあるでしょうから、本当に困りものです」

『ミュール様自身は、邪竜は、どう動くと思いますか?』

「あら? 私なら、何か知っていると?」


 思っている。

 ミュール様の知識の深さへの信頼と……何となくだ。


「ウフフ、何となく、ですか。残念ながら、私は邪竜については詳しくないの。ただ、フィンスティング学派長が警戒を強めているので、恐らくは」

『こちらへ来ると』

「はい。分かっているでしょうが、口外無用です」

『はい、誓って口外しません』


 テラさん達にも、言えないな。

 俺の返事に、涼し気な笑い声が、頭の中に広がっていく。


「短いですが、この程度で。今日も訓練は出来そうにないですね」

『ミュール様に会えないのが、残念です』

「あら、嬉しい。明日は、時間が取れるかもしれません。その時は、その子に(しら)せを頼みますので」

『楽しみに待ってます』

「では、マルク。また明日」

『また明日』


 楽し気に声を漏らすミュール様の声が頭の中に響くと共に、俺の頭からフクロウが飛び立った。

 まだ明るい空を、白いフクロウが羽ばたき、飛んで行く。

 照る光を反射しながら。


「嗚呼、行ってしまったのぅ。わしもフクロウと(たわむ)れたかったのじゃ」

「あの子、可愛いですからね……ミネルヴァ様のフクロウでなければ」

「ミュール様のフクロウは、別に怖く無いぞ」


 自然と皆、足が止まっていた。

 俺達は三人並び、空を見ながら、青空を自由に泳ぐ白いフクロウを、ただ、ただ見送っていた。

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