526.いつもより静かな理由
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テラさんとアム、そして俺の三人で、狼のまんぷく亭の店内へ足を踏み入れる。
店の中は、静寂に包まれていた。
昼食時を過ぎているとは言え、店内で食事を取っているのが三人しかいない。
普段、屯している酔っ払いや、愚痴を零しながら食事を取っている冒険者達の姿が見えない。
空いている店内を見回していると、卓を拭いているサンディと目が合った。
「やぁ、マルク、テラさん、アムちゃん。いらっしゃーい」
そう言って駆け寄りながら短く明るい茶の髪を揺らし、サンディは、俺達を笑顔で出迎えてくれる。
肩の出た給仕服から見える撫で肩と褐色の肌が、今日も艶めいていた。
「こんにちは、サンディ」「うむ。来たのじゃ」「おじゃまします」
三者三様に声を返し、そして俺は続けて尋ねてみた。
これは、聞かねば分から無い。
「今日は、お客さん少ないね」
「冒険者の皆は、鉄骨龍の呼び出しで、出てっちゃったから。さぁさぁ、座って座って。マルク御一行、ごあんなーい」
サンディは、俺達を店の奥側へと案内する。
料理を届ける手間を考えて、だろうか?
まぁ、気にしても仕方が無いのでサンディの誘導に従い、三人、横並びに座る。
俺の右にアム。左にテラさんが。
店の奥へと消えるサンディを見送ったあと、店内を見回すが、寂しいものだ。
これでは、椅子に腰かけても落ち着かない。
それは、テラさんも同じの様であった。
「静かだと、やっぱり落ち着かないですね」
「そうじゃな。ここは、騒がしくないと落ち着かん」
「僕は、このくらいが丁度良いかな」
確かにアムにとっては、このくらい静かな方が落ち着くだろうな。
そのアムが、孤児院の事を聞きたがってたので、待ちながらゆったりと話す。
いつもより、声の大きさを控えめに。
「……てな感じで、チャックって少年が面倒見が良くってな」
「あ奴は、よう孤児院を抜け出して、遊び回っとるがのぅ」
「マルクの話は、子供達の話ばかりだね」
「そりゃあ、孤児院の成り立ちやらは知らないからな」
相変わらず器用に皿を運ぶサンディに目を向けながら、俺は答えた。
「ハイおまち。チーズニョッキとパン。野菜スープも持ってくるね」
「「ありがとう」」「助かるのじゃ」
俺達の前に置かれたのは、上面をチーズに埋め尽くされた皿であった。
ニョッキと言っていたので、その下はショートパスタが入っているのだろう。
ニョッキは、練った生地を棒状に伸ばし、一口大に切り分け、フォークや指で軽く潰したショートパスタである。
円や楕円の形をした、少し厚みのあるパスタだ。
それが、チーズの海に溺れている。
そして三人分のパンを、まとめて乗せた皿が一枚。
当然の様に、匙とフォークも既に置かれている。
一度、店の奥に戻ったサンディが、窪んだ皿を三つ持って戻って来た。
各々に置かれた皿の中を見ると、赤いスープが広がっていた。
「サンディ、これビーツ?」
ビーツは、カブに似た野菜である。
赤カブと違い、中まで真っ赤であり、熱を通すと、その赤が漏れ出してくる。
火を通すと甘いが、生で齧ると、土臭い。
以前サンディが、ほうれん草の仲間だと教えてくれた事があったっけ?
カブでは無いらしい……見た目はカブなのに。
「そっ。ビーツと玉葱とニンニクのスープだよ。ごゆっくりー」
と言いながらサンディは、テラさんの隣に座った。
「休憩かえ?」
「今、暇なの。テラさん、駄目?」
「良い良い。好きなだけマルクの喰いっぷりを見るが良い」
「ありがと」
何故、俺の食事姿を見る必要が?
テラさんの感性も、中々に難解な事が多いな。
まぁ良い。今は、目の前の料理だ。
「「「いただきます」」」
静かな狼のまんぷく亭に、俺達三人の声が重なり、響いた。
さて、早速フォークを取り、少々黄色掛かったチーズの海に、先端を刺し込む。
フォークは、すぐにニョッキを捉えた。
そのまま突き刺し、持ち上げる。
ニョッキの上面を覆うチーズは、他と離れまいと伸びる、伸びる。
フォークを動かし、伸びるチーズの糸を落とし、ニョッキを口へ。
口に入れた第一印象は、乳だ。
チーズの香りが、直接的に鼻へと広がる。
そしてニョッキを噛む。
もちっ、もちっと弾力を感じながら、噛み続ける。
噛むとチーズとニョッキの香りと味が混ざり合い、もっと噛みたくなる。
もちっ、もちっ、もちっと……。
よく噛んで食べないと、喉に詰まらせかねない。
「……ふぅ。この食感が良い」
「ぷにゅぷにゅしとるのぅ」
「チーズが、多いね」
アムの言いたい事も分かる。
チーズがこれでもか! と乗っているのだから。
だが、味付けが薄い塩味とチーズのみという単純明快な代物だ。チーズは多くないと、嬉しさが半減してしまうだろう。
さて、もう一つ口へ。
もちっを十分に楽しみ、次はスープへと。
右手を匙に持ち替え、赤いスープを掬う。
口に含むと、温かさと共に甘さが広がってくる。普段飲むスープよりも甘い。
これは、ビーツから出た甘さだろう。
塩味の薄い優しい味と強い甘さが。体に染み込んでいく……落ち着く……。
「甘くて、美味しい」
隣でテラさんの首が縦に動いた。
「そりゃあ、お父さんの料理だからね」
いつの間にかサンディが、樽型ジョッキを四つ持って来ていた。
俺が、もちっを楽しんでいる間に動いていたのだろう。
サンディが、手に持ったまま、ジョッキを卓へ置く気配がない……なる程。
「ありがと。≪氷≫よ、≪水≫よ」
サンディの持った樽型ジョッキに手をかざすことなく、氷と水を注ぎ入れる。
氷は小さめの四角に、水は冷たく。
何もない空間から生まれた氷と水が、音を立てながらジョッキに満ちていく。
そして、サンディがジョッキを配り始めた。
「ハイ、おまたせ」
「うむ。ありがとうサンディ」
「フフッ。ありがとう」
あれ? 俺が水を出して、感謝はサンディが受け取る……理不尽だ。
水だし、別に良いか。
今は、チーズニョッキと赤いスープが俺を待っているのだから。
その前にパンを一口。
おっ。クルミパンだ……予想していなかった香ばしさに、鼻が喜ぶ。カリッと歯に当たるクルミが食感に変化を与えてくれる。
チーズニョッキが単調ゆえに、パンに変化を与えたのか。
嬉しい心配りじゃないか。
パンを堪能し、再びチーズニョッキに戻る。
もちっ、もちっ。
やっぱりチーズは卑怯な食べ物だよな……一昨日の夜、同じ二人と共に食べたチーズパンを思い出しながら、俺は、そう思った。
濃厚なチーズの香りが、口と鼻を埋め尽くす……もう一つ食べよう。
単調な食感なのに、口が止まらない。
もちっ、もちっ、と。
俺の両脇を見てみると、俺と同じようにチーズニョッキの魔力に取り付かれた二人が居た……なるほど、いつもより静かなわけだ。
水の入ったジョッキ片手に笑顔を浮かべているサンディの事は、放っておこう。
今は、もちっと食感を楽しまねば。
もちっ、もちっ、と。




