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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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526.いつもより静かな理由

誤字修正

 テラさんとアム、そして俺の三人で、狼のまんぷく亭の店内へ足を踏み入れる。

 店の中は、静寂に包まれていた。

 昼食時を過ぎているとは言え、店内で食事を取っているのが三人しかいない。

 普段、(たむろ)している酔っ払いや、愚痴を(こぼ)しながら食事を取っている冒険者達の姿が見えない。

 空いている店内を見回していると、卓を拭いているサンディと目が合った。


「やぁ、マルク、テラさん、アムちゃん。いらっしゃーい」


 そう言って駆け寄りながら短く明るい茶の髪を揺らし、サンディは、俺達を笑顔で出迎えてくれる。

 肩の出た給仕服から見える撫で肩と褐色の肌が、今日も(つや)めいていた。


「こんにちは、サンディ」「うむ。来たのじゃ」「おじゃまします」


 三者三様に声を返し、そして俺は続けて尋ねてみた。

 これは、聞かねば分から無い。


「今日は、お客さん少ないね」

「冒険者の皆は、鉄骨龍の呼び出しで、出てっちゃったから。さぁさぁ、座って座って。マルク御一行、ごあんなーい」


 サンディは、俺達を店の奥側へと案内する。

 料理を届ける手間を考えて、だろうか?

 まぁ、気にしても仕方が無いのでサンディの誘導に従い、三人、横並びに座る。

 俺の右にアム。左にテラさんが。

 店の奥へと消えるサンディを見送ったあと、店内を見回すが、寂しいものだ。

 これでは、椅子に腰かけても落ち着かない。

 それは、テラさんも同じの様であった。


「静かだと、やっぱり落ち着かないですね」

「そうじゃな。ここは、騒がしくないと落ち着かん」

「僕は、このくらいが丁度良いかな」


 確かにアムにとっては、このくらい静かな方が落ち着くだろうな。

 そのアムが、孤児院の事を聞きたがってたので、待ちながらゆったりと話す。

 いつもより、声の大きさを控えめに。


「……てな感じで、チャックって少年が面倒見が良くってな」

「あ奴は、よう孤児院を抜け出して、遊び回っとるがのぅ」

「マルクの話は、子供達の話ばかりだね」

「そりゃあ、孤児院の成り立ちやらは知らないからな」


 相変わらず器用に皿を運ぶサンディに目を向けながら、俺は答えた。


「ハイおまち。チーズニョッキとパン。野菜スープも持ってくるね」

「「ありがとう」」「助かるのじゃ」


 俺達の前に置かれたのは、上面をチーズに埋め尽くされた皿であった。

 ニョッキと言っていたので、その下はショートパスタが入っているのだろう。

 ニョッキは、練った生地を棒状に伸ばし、一口大に切り分け、フォークや指で軽く潰したショートパスタである。

 円や楕円の形をした、少し厚みのあるパスタだ。

 それが、チーズの海に溺れている。

 そして三人分のパンを、まとめて乗せた皿が一枚。

 当然の様に、匙とフォークも既に置かれている。

 一度、店の奥に戻ったサンディが、(くぼ)んだ皿を三つ持って戻って来た。

 各々(おのおの)に置かれた皿の中を見ると、赤いスープが広がっていた。


「サンディ、これビーツ?」


 ビーツは、カブに似た野菜である。

 赤カブと違い、中まで真っ赤であり、熱を通すと、その赤が()れ出してくる。

 火を通すと甘いが、生で(かじ)ると、土臭い。

 以前サンディが、ほうれん草の仲間だと教えてくれた事があったっけ?

 カブでは無いらしい……見た目はカブなのに。


「そっ。ビーツと玉葱とニンニクのスープだよ。ごゆっくりー」


 と言いながらサンディは、テラさんの隣に座った。


「休憩かえ?」

「今、暇なの。テラさん、駄目?」

「良い良い。好きなだけマルクの喰いっぷりを見るが良い」

「ありがと」


 何故(なにゆえ)、俺の食事姿を見る必要が?

 テラさんの感性も、中々に難解な事が多いな。

 まぁ良い。今は、目の前の料理だ。


「「「いただきます」」」


 静かな狼のまんぷく亭に、俺達三人の声が重なり、響いた。

 さて、早速フォークを取り、少々黄色掛かったチーズの海に、先端を刺し込む。

 フォークは、すぐにニョッキを捉えた。

 そのまま突き刺し、持ち上げる。

 ニョッキの上面を(おお)うチーズは、他と離れまいと伸びる、伸びる。

 フォークを動かし、伸びるチーズの糸を落とし、ニョッキを口へ。

 口に入れた第一印象は、乳だ。

 チーズの香りが、直接的に鼻へと広がる。

 そしてニョッキを噛む。

 もちっ、もちっと弾力を感じながら、噛み続ける。

 噛むとチーズとニョッキの香りと味が混ざり合い、もっと噛みたくなる。

 もちっ、もちっ、もちっと……。

 よく噛んで食べないと、喉に詰まらせかねない。


「……ふぅ。この食感が良い」

「ぷにゅぷにゅしとるのぅ」

「チーズが、多いね」


 アムの言いたい事も分かる。

 チーズがこれでもか! と乗っているのだから。

 だが、味付けが薄い塩味とチーズのみという単純明快な代物だ。チーズは多くないと、嬉しさが半減してしまうだろう。

 さて、もう一つ口へ。

 もちっを十分に楽しみ、次はスープへと。

 右手を匙に持ち替え、赤いスープを(すく)う。

 口に含むと、温かさと共に甘さが広がってくる。普段飲むスープよりも甘い。

 これは、ビーツから出た甘さだろう。

 塩味の薄い優しい味と強い甘さが。体に染み込んでいく……落ち着く……。


「甘くて、美味しい」


 隣でテラさんの首が縦に動いた。


「そりゃあ、お父さんの料理だからね」


 いつの間にかサンディが、樽型ジョッキを四つ持って来ていた。

 俺が、もちっを楽しんでいる間に動いていたのだろう。

 サンディが、手に持ったまま、ジョッキを卓へ置く気配がない……なる程。


「ありがと。≪(こおり)≫よ、≪(みず)≫よ」


 サンディの持った樽型ジョッキに手をかざすことなく、氷と水を注ぎ入れる。

 氷は小さめの四角に、水は冷たく。

 何もない空間から生まれた氷と水が、音を立てながらジョッキに満ちていく。

 そして、サンディがジョッキを配り始めた。


「ハイ、おまたせ」

「うむ。ありがとうサンディ」

「フフッ。ありがとう」


 あれ? 俺が水を出して、感謝はサンディが受け取る……理不尽だ。

 水だし、別に良いか。

 今は、チーズニョッキと赤いスープが俺を待っているのだから。

 その前にパンを一口。

 おっ。クルミパンだ……予想していなかった香ばしさに、鼻が喜ぶ。カリッと歯に当たるクルミが食感に変化を与えてくれる。

 チーズニョッキが単調ゆえに、パンに変化を与えたのか。

 嬉しい心配りじゃないか。

 パンを堪能し、再びチーズニョッキに戻る。

 もちっ、もちっ。

 やっぱりチーズは卑怯な食べ物だよな……一昨日の夜、同じ二人と共に食べたチーズパンを思い出しながら、俺は、そう思った。

 濃厚なチーズの香りが、口と鼻を埋め尽くす……もう一つ食べよう。

 単調な食感なのに、口が止まらない。

 もちっ、もちっ、と。

 俺の両脇を見てみると、俺と同じようにチーズニョッキの魔力に取り付かれた二人が居た……なるほど、いつもより静かなわけだ。

 水の入ったジョッキ片手に笑顔を浮かべているサンディの事は、放っておこう。

 今は、もちっと食感を楽しまねば。

 もちっ、もちっ、と。

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