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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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522.慣れぬ称賛

 アムは、誤魔化すかのように隣のガル兄へ、質問を投げかける。


「それで、ガランサ。マルクは何て?」

「ん? 唐突だな……『分からない』だとさ」

「これまた困った回答だね……(いさ)んで行くよりは、まだ良いか……」


『首輪をつけに来た』と言うだけあって、アムも俺が邪竜討伐へ(おもむ)く事に反対らしい……当然だよな。邪竜討伐へ向かった人達がどうなったか……死と云う答えを、俺達は、嫌と言うほど知っているのだから。


「まぁ、今は待機だよ。突撃するような馬鹿じゃないから安心してくれ、アム」

「そこは、前より成長したね。偉いよ、マルク」

「うむ。偉いのじゃ」

「俺からも褒めてやろう。偉いぞ」


 調子を取り戻したアムの美少年顔から放たれた冗談はともかく、残り二人は、絶対に揶揄(からか)う為に言っている。

 テラさんとガル兄は、顔がニヤッと口元を歪めているからな。


「ああ、成長した俺をもっと褒め称えてくれ」


 あえて、冗談に乗ってみた……三人共に、口元が更に歪む。


「フフ。僕は君以上の男を知らないさ」

「よーしよし。頭を撫でてやろうぞ」

「ハハハ。マルク、お前は、俺達の宝だ」

「ゴメン……やっぱりむず(がゆ)いからヤメテ」


 アムとガル兄は、弧を描いた目を細めながら言葉を止めるが、俺の頭に伸びたテラさんの手は、止まらない。

 少し小さな手が、母譲りの金の髪を撫でる。

『よーしよし』と言いながら撫でるテラさんの姿は、まるで馬を相手にしているかの様であった。

 俺は、テラさんが満足するまで、撫でる手に身を委ねた。

 まぁ、心地良くはあるので、別に良いのだが。

 一しきり俺の頭を撫でたテラさんは、手を引っ込め、満足げに(うなず)いた。

 お返しに、そのピョコリと上下に動く耳でも『ぷにぷに』しようかとも思うが、三人からの軽蔑の目に耐えられるほど、俺の心は強くない。

 止めておこう。

 だが、母がテラさんの耳を『不躾(ぶしつけ)にぷにぷに』していた理由も、分かった。


「カッカッカ。さてと、マルク弄りもこれぐらいにしておくかのぅ」

「少し羨ましいな、テラさん」

「じゃろう? アムも撫でて良いのじゃぞ」

「ええ。後で」


 俺の許可なしに、俺の頭の所有権が移譲されてしまった……別に良いか。

 さて、皆一息ついたようなので、聞くべき事を聞かないと。

 折角心配して来てくれた二人に、不躾な質問を一つ。


「ところで二人共、仕事は大丈夫?」

「おっと。帰ってポーション作らないと」

「僕は、待機だけだよ。まだフクロウは大慌てだから、やる事はないかな」

「ミュール様も言ってたっけ。ガル兄。精霊銀(せいれいぎん)もそんな感じ?」


 魔法学派『フクロウの瞳』と冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』は、今、邪竜の事で混乱を極めている。らしい。

 ガル兄の所属する工房ギルド『精霊銀の槌』も同じなのだろうか?

 ガル兄は、残りの茶を(あお)り、俺の疑問に答えてくれた。


「いや。精霊銀はそういう組織立った動きを、あまりしないからな。他所(よそ)の工房の情報は入ってこないんだよ。助け合いはするが、工房一つ一つの集合体って感じで、どちらかと言うと白馬(はくば)に似ているな」

「へぇー、初めて知った」

「だろうな。こればかりは、マルクと関係が薄いから仕方ない」


 やはり幼馴染に関わる事でも、知らない事ばかりだ。

 シャーリーの事も、アムの事も、ガル兄の事も、知らない事だらけである。

 そればかりは、冒険者を辞めた今でも、何も変わっていないな。


「さてと……俺は、そろそろ工房へ戻るとしよう。元々確認に来ただけだしな」


 そう言って立ち上がるガル兄を、座ったまま見送る。


「そっか、ガル兄、また」

「ガランサ、またね」

「いつでも遊びに来るのじゃぞ」

「はい。テラさん、マルクをよろしくお願いします」

「うむ。任せるのじゃ」


 そして、そのまま手を軽く一振りしたガル兄は、去って行った。

 後姿を見送りながら、俺も残りの茶を飲み干す。

 温くなった茶は、香りが静まり、舌に少し苦みを感じる。

 さて、アムやテラさんと話をするか? それとも魔法訓練に戻るか?

 俺が少し考えていると、テラさんが、おもむろに立ち上がった。


「ガランサには、ああ言ったがのぅ。わしも少し町の様子を見て来るのじゃ。孤児院の皆の様子も気になるからのぅ」

「なら、俺も――」

「よい。お主は、魔法の訓練の続きをしておれ」

「でも、独りで大丈夫ですか?」


 この町の……一部の人達は、横に長い耳を持つテラさんに偏見を持っている。

 それを悪魔の姿に見立てて……本当に、馬鹿馬鹿しい話だ。

 そんな馬鹿達の事はどうでも良い。

 問題は、そんな奴らに、テラさんが言葉一つでも傷つけられないか。

 それが心配なのだ。

 だが、俺の心配する心を落ち着かせるように、テラさんは柔らかに笑った。


「浸食の悪魔の時と違って、此度(こたび)下手人(げしゅにん)が邪竜と分かっておるからのぅ。直接的に何か言ったりやったりする(やから)は、()らぬじゃろう。マルクや、安心せい」

「もし何かあったら、すぐに俺の所に来て下さい。誰が相手だろうと、俺がこの手で片付けますから」

「頼もしいのぅ。その時は、マルクに任せるのじゃ……カップの片付けも、任せて良いかのぅ?」


 卓の上には、空のカップが四つ。

 アムも、既に茶を飲み干していた。


「分かりました。いってらっしゃい、テラさん」

「うむ。いってくるのじゃ。昼は、少し遅くなるが我慢するのじゃぞ」

「ええ。一緒に」


 共に狼のまんぷく亭へ行くのが、日課で、楽しみでもある。

 テラさんも、そうなのだろう。大きく(うなず)き返してくれた。


「うむ。さて、アムや、マルクを頼んだのじゃ」

「任せて下さい」


 ガル兄はテラさんへ、テラさんはアムへ。

 頼みが(つな)がって行くのは、俺への信頼の無さではなく、心配の強さである事ぐらい知っている……そう、自惚(うぬぼ)れてもいいよな。

 自分に問うても、答えは返ってこない。

 再び「いってくるのじゃ」と言ったテラさんは、俺とアムを残し、屋敷の敷地の外へと向かって歩みを進めた。

 小さな背を見送ると、少しだけ寂しく感じてしまうものだ。


「さて、僕が片付けるから、マルクは訓練をしていて良いよ」

「何言ってんだ? 頼まれたのは俺……って押し問答は無駄だな。一緒に片付けた方が早い」

「フフッ。だね」


 俺とアムは、同時に立ち上がる。

 あっ。テラさん、編み物を置きっぱなしだ……食堂にでも置いておくか。

 アムが自然と片手に二つずつ、計四つのカップを持った。

 ならば、俺は編み物だな。

 さて、荷物は持った、忘れ物も無い。

 そのまま、俺とアムは休憩所を後にした。

 振り返ると、誰も居ない、何も置いていない休憩所が目に入る。

 テラさんと二人きりも良いが、皆で茶を飲むのも良いな。

 俺は、風の魔法を消し、アムの先へと進んだ。

 鍵を開けないといけない……面倒でも鍵を掛けるのは習慣である。

 心配性なのは、俺も、シャーリーも、アムも、ガル兄も、同じだ。

 いや、これと同じにされたら、皆は怒るかな?

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