522.慣れぬ称賛
アムは、誤魔化すかのように隣のガル兄へ、質問を投げかける。
「それで、ガランサ。マルクは何て?」
「ん? 唐突だな……『分からない』だとさ」
「これまた困った回答だね……勇んで行くよりは、まだ良いか……」
『首輪をつけに来た』と言うだけあって、アムも俺が邪竜討伐へ赴く事に反対らしい……当然だよな。邪竜討伐へ向かった人達がどうなったか……死と云う答えを、俺達は、嫌と言うほど知っているのだから。
「まぁ、今は待機だよ。突撃するような馬鹿じゃないから安心してくれ、アム」
「そこは、前より成長したね。偉いよ、マルク」
「うむ。偉いのじゃ」
「俺からも褒めてやろう。偉いぞ」
調子を取り戻したアムの美少年顔から放たれた冗談はともかく、残り二人は、絶対に揶揄う為に言っている。
テラさんとガル兄は、顔がニヤッと口元を歪めているからな。
「ああ、成長した俺をもっと褒め称えてくれ」
あえて、冗談に乗ってみた……三人共に、口元が更に歪む。
「フフ。僕は君以上の男を知らないさ」
「よーしよし。頭を撫でてやろうぞ」
「ハハハ。マルク、お前は、俺達の宝だ」
「ゴメン……やっぱりむず痒いからヤメテ」
アムとガル兄は、弧を描いた目を細めながら言葉を止めるが、俺の頭に伸びたテラさんの手は、止まらない。
少し小さな手が、母譲りの金の髪を撫でる。
『よーしよし』と言いながら撫でるテラさんの姿は、まるで馬を相手にしているかの様であった。
俺は、テラさんが満足するまで、撫でる手に身を委ねた。
まぁ、心地良くはあるので、別に良いのだが。
一しきり俺の頭を撫でたテラさんは、手を引っ込め、満足げに頷いた。
お返しに、そのピョコリと上下に動く耳でも『ぷにぷに』しようかとも思うが、三人からの軽蔑の目に耐えられるほど、俺の心は強くない。
止めておこう。
だが、母がテラさんの耳を『不躾にぷにぷに』していた理由も、分かった。
「カッカッカ。さてと、マルク弄りもこれぐらいにしておくかのぅ」
「少し羨ましいな、テラさん」
「じゃろう? アムも撫でて良いのじゃぞ」
「ええ。後で」
俺の許可なしに、俺の頭の所有権が移譲されてしまった……別に良いか。
さて、皆一息ついたようなので、聞くべき事を聞かないと。
折角心配して来てくれた二人に、不躾な質問を一つ。
「ところで二人共、仕事は大丈夫?」
「おっと。帰ってポーション作らないと」
「僕は、待機だけだよ。まだフクロウは大慌てだから、やる事はないかな」
「ミュール様も言ってたっけ。ガル兄。精霊銀もそんな感じ?」
魔法学派『フクロウの瞳』と冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』は、今、邪竜の事で混乱を極めている。らしい。
ガル兄の所属する工房ギルド『精霊銀の槌』も同じなのだろうか?
ガル兄は、残りの茶を呷り、俺の疑問に答えてくれた。
「いや。精霊銀はそういう組織立った動きを、あまりしないからな。他所の工房の情報は入ってこないんだよ。助け合いはするが、工房一つ一つの集合体って感じで、どちらかと言うと白馬に似ているな」
「へぇー、初めて知った」
「だろうな。こればかりは、マルクと関係が薄いから仕方ない」
やはり幼馴染に関わる事でも、知らない事ばかりだ。
シャーリーの事も、アムの事も、ガル兄の事も、知らない事だらけである。
そればかりは、冒険者を辞めた今でも、何も変わっていないな。
「さてと……俺は、そろそろ工房へ戻るとしよう。元々確認に来ただけだしな」
そう言って立ち上がるガル兄を、座ったまま見送る。
「そっか、ガル兄、また」
「ガランサ、またね」
「いつでも遊びに来るのじゃぞ」
「はい。テラさん、マルクをよろしくお願いします」
「うむ。任せるのじゃ」
そして、そのまま手を軽く一振りしたガル兄は、去って行った。
後姿を見送りながら、俺も残りの茶を飲み干す。
温くなった茶は、香りが静まり、舌に少し苦みを感じる。
さて、アムやテラさんと話をするか? それとも魔法訓練に戻るか?
俺が少し考えていると、テラさんが、おもむろに立ち上がった。
「ガランサには、ああ言ったがのぅ。わしも少し町の様子を見て来るのじゃ。孤児院の皆の様子も気になるからのぅ」
「なら、俺も――」
「よい。お主は、魔法の訓練の続きをしておれ」
「でも、独りで大丈夫ですか?」
この町の……一部の人達は、横に長い耳を持つテラさんに偏見を持っている。
それを悪魔の姿に見立てて……本当に、馬鹿馬鹿しい話だ。
そんな馬鹿達の事はどうでも良い。
問題は、そんな奴らに、テラさんが言葉一つでも傷つけられないか。
それが心配なのだ。
だが、俺の心配する心を落ち着かせるように、テラさんは柔らかに笑った。
「浸食の悪魔の時と違って、此度は下手人が邪竜と分かっておるからのぅ。直接的に何か言ったりやったりする輩は、居らぬじゃろう。マルクや、安心せい」
「もし何かあったら、すぐに俺の所に来て下さい。誰が相手だろうと、俺がこの手で片付けますから」
「頼もしいのぅ。その時は、マルクに任せるのじゃ……カップの片付けも、任せて良いかのぅ?」
卓の上には、空のカップが四つ。
アムも、既に茶を飲み干していた。
「分かりました。いってらっしゃい、テラさん」
「うむ。いってくるのじゃ。昼は、少し遅くなるが我慢するのじゃぞ」
「ええ。一緒に」
共に狼のまんぷく亭へ行くのが、日課で、楽しみでもある。
テラさんも、そうなのだろう。大きく頷き返してくれた。
「うむ。さて、アムや、マルクを頼んだのじゃ」
「任せて下さい」
ガル兄はテラさんへ、テラさんはアムへ。
頼みが繋がって行くのは、俺への信頼の無さではなく、心配の強さである事ぐらい知っている……そう、自惚れてもいいよな。
自分に問うても、答えは返ってこない。
再び「いってくるのじゃ」と言ったテラさんは、俺とアムを残し、屋敷の敷地の外へと向かって歩みを進めた。
小さな背を見送ると、少しだけ寂しく感じてしまうものだ。
「さて、僕が片付けるから、マルクは訓練をしていて良いよ」
「何言ってんだ? 頼まれたのは俺……って押し問答は無駄だな。一緒に片付けた方が早い」
「フフッ。だね」
俺とアムは、同時に立ち上がる。
あっ。テラさん、編み物を置きっぱなしだ……食堂にでも置いておくか。
アムが自然と片手に二つずつ、計四つのカップを持った。
ならば、俺は編み物だな。
さて、荷物は持った、忘れ物も無い。
そのまま、俺とアムは休憩所を後にした。
振り返ると、誰も居ない、何も置いていない休憩所が目に入る。
テラさんと二人きりも良いが、皆で茶を飲むのも良いな。
俺は、風の魔法を消し、アムの先へと進んだ。
鍵を開けないといけない……面倒でも鍵を掛けるのは習慣である。
心配性なのは、俺も、シャーリーも、アムも、ガル兄も、同じだ。
いや、これと同じにされたら、皆は怒るかな?




