514.幕間~騒動は知らぬ所で・二~
日が昇る前、濃紺の空に包まれた朝の王都。
魔法学派『双頭の白蛇』が所有する大講堂には、三人の男女が集まっていた。
一人は、双頭の白蛇の学派長代理である女性、ペンネール。
琥珀色の眼鏡を身につけ、茶の髪を三つ編みにしている彼女は、既に気を抜いた表情をしていた。無事、黒い剣である淀みの剣を運び込め、安堵している。
もう一人は、筆頭宮廷魔術師たる男性、タキオン。
赤いローブと頭頂部に一房伸びた煉瓦色の髪が特徴的である。
彼は既に、手の平大の魔石を三十個、周囲の床に設置し終えていた。
それは、宮廷魔術師、双頭の白蛇の学派員達の魔力の籠った魔石である。
最後の一人は、双頭の白蛇の学派員である女性、モーリアン。
撫で付けられた美しい金の髪を揺らしながら、彼女は力強い瞳で、ペンネールより手渡された淀みの剣を握り、見つめていた。
「後はお願いします。モーリアンさん」
「他人事だな、ペンネール学派長代理。フクロウへ渡るまで、淀みの剣の責任は白蛇にある事を忘れていないか?」
「わ、忘れていませんよ、タキオンさん。外の守りも万全ですから」
タキオンの視線を受け、ペンネールが慌てたように弁明をする。
その言葉に、一理あると、タキオンは小さく頷いた。
「騎士団も警備に就いているからな。自信の表れか」
「そうです。ネズミ一匹通しません」
「それは頼もしいな、ペンネール学派長。タキオン、封印魔法を使っている最中は無防備だ。内からの守りは任せる」
右手に持つ淀みの剣から目を離し、モーリアンはタキオンへ目を向け、言った。
モーリアンの視線を受けたタキオンは、伸びた背を更に伸ばし、声を張る。
その内なる気合を、モーリアンへ伝える様に。
「ハッ。モーリアン様には、塵一つ魔力一つ触れさせはしません。我が名と命を懸けましょう」
「ああ、頼んだ。では始めようか」
「はい。タキオンさん、下がりましょう」
「魔石を踏むなよ、ペンネール学派長代理」
「うわっと。ふ、踏む訳ないですよ」
離れる二人に目を向けずに、モーリアンは、右手の淀みの剣へ己の魔力を遠し、呪文を唱えた。
「≪封じの膜≫」
モーリアンの魔法により、目に見えぬ程の薄い膜が、淀みの剣を覆い尽くした。
そして、モーリアンは淀みの剣から手を離す。
モーリアンの目の前で浮かび上がり、切先を天へ向け、空中に静止した。
同時に、モーリアンの魔力が、彼女を中心に薄く広がる。
モーリアンの魔力を受けた周囲の魔石達が、薄っすらと光を放ちながら、意思を持つかのように浮かび上がった。
そして、モーリアンと淀みの剣の周囲を、ゆっくりと回り始める。
離れた位置から見守るペンネールとタキオンは、浮かび、回る魔石の一つ一つから、モーリアンへ向け、魔力が流れ始めた事を確認した。
膨大な魔力を使用する封印魔法。
その魔力を補う為の魔石達。
モーリアンは、魔力を身に受けながら、薄い封印の膜へと手を伸ばし、呟く。
「汝、内に秘めし力に意味を持たせず。汝、外に在りし力に傷つくこと無かれ。悠久不滅たる汝の名は一つ。≪金剛石の封印≫」
モーリアンへ流れる魔力が魔法と化し、淀みの剣を覆い始めた。
薄く、薄く、薄く。
封印の膜から盛り上がる様に、少しずつ透明な結晶が形成されていく。
ゆっくりと、少しずつ。
モーリアンは、周囲に浮かぶ魔石から魔力を取り入れ、自らの魔力に変換し、それを魔法として放ち続ける。
封印が終わるその時まで、繰り返し、繰り返し。
モーリアンの周囲に浮かぶ魔石の一つが、光を失い、床に落下した。
時間が経つにつれ、一つ、また一つと魔石が魔力を失い、落ちる。
使用した魔力の分、淀みの剣を覆う透明な結晶は、厚みを増していた。
朝日が昇り、王都を輝かせても、モーリアンの封印は続いていた。
守る者も多く、襲う者の居ない中、確実に、少しずつ。
東から登った朝日を浴びながら、六頭の馬が街道を進む。
馬を操るは、バルザックパーティーとオルケインであった。
速歩で進む一行は、モルスの使徒に追われている気配を全く見せて居なかった。
小一時間、街道の両脇の草原に目を光らせながら彼らは進むが、モンスター一体すら、その姿を見せなかった。
途中の村で、馬を休ませながら、バルザックとサラスは言葉を交わす。
「待ち伏せ、してるだろうな」
「そうね、バルザック。夜通し、私達に黒いモンスターを押し付けて来た奴が、まだ残ってるからね……絶対に、私の魔法で燃やしてやるわ」
「おい、サラス。目的は護衛だからな。忘れんじゃねーぞ」
「分かってるわよ。でもねぇ、人の睡眠を邪魔する奴は大っ嫌いなのよ」
据わった目で馬を撫でるサラスを見て、バルザックは苦笑いを浮かべた。
「逃げてくれりゃ、楽なんだけどな」
「私達が楽でも、ろくでもない事になるわよ、それ」
「だよな。依頼を受けといて何だけどよぉ、モルスの相手は、ほんと面倒だぜ」
「そこは、同意しとくわ」
頷くサラスは、大きな欠伸をした。目も細くなっている。
バルザックも、釣られて欠伸をしてしまう。
「王都に着いたら、まずは宿探しだな」
「酒よ」
「ハハッ。付き合うぜ」
「奢りなさいよ」
「へいへい」
周囲の警戒から戻って来たテガー、シャラガムと交代し、二人は警戒へ向かう。
村は、平和そのものであった。
バルザックとサラスの鋭敏な感覚は、何一つ異常は無い事を知らせている。
「まっ。追っては来てねぇな」
「挟み撃ちは、御免よ」
「ドム達は、オルケインさんの守りに徹して貰うさ」
「進む先に黒い影が出たら?」
「昨夜と同じで、俺達の出番って訳だ」
ぐるりと村を回りながら、二人は仲間の元へ向かう。
すれ違う村人達は皆、バルザック達に小さく頭を下げていた。
手を軽く挙げる事で、その返事とするバルザック。
特に知り合いでもない間柄のやり取りなど、このようなものだ。
「さて、巻き込まない内に、行きましょうか」
「馬には、ちっと無理させちまうけどな」
「背に腹は代えられないわよ」
「ああ、命を懸けんのは、暴れ回る時だけにしてぇぜ。罠に掛かってグサリ、なんてのは勘弁だ」
「あんたなら、罠ごとぶっ壊すでしょ」
「やわっちい罠ならな」
自然体に話しながら、二人は肩を揺らして笑う。
その姿は、周囲から見れば、気の抜けたものにしか見えないだ。
だが、その実、二人の意識は、常に警戒を続けていた。
それは、モンスターの闊歩する世界を渡り歩く冒険者ゆえである。
バルザックとサラスは、そのまま仲間達と合流する。
バルザックの目に、活力の満ちたドム、テガー。シャラガムの顔が映った。
そして、オルケインは、疲れが滲み出ていた。
「オルケインさん、あと一歩だ。気張って行こうぜ」
「ええ。馬は、あと一度休ませますか?」
「いや。このまま王都まで直行だな」
バルザックは、オルケインの質問の答えを帰しながら、視線を送り、他のメンバーの同意を取る。
皆、一様に頷き、ハッキリと意思を示した。
進むと決まれば、罠が待っていようと進むしかない。
バルザックは、決断を言葉に変え、鼓舞とする。
「よし。いくぜ、みんな。クソッたれの罠を踏み潰すぞ」
「「「おう」」」「ええ」
「よろしくお願いします」
バルザックパーティーとオルケインは、それぞれの馬に乗り、馬の鼻を王都へと向けた。
「任せろ。ハッ」
快活な掛け声と共に、馬達が歩みを始める。
その速度は、操りに合わせ、動きを速めた。
トコトコ歩きの常歩から、蹄が小気味良い音を立てる速歩へ。
そして速歩から、足運び自体が変わり、走る駈歩へと。
バルザック達は、未だ朝日と呼ぶべき東からの光を浴びながら、草原を割って伸びる街道を駆けていた。
次の村を通過し、更にその先の村も通り抜ける。
そして、次の村へ向かう途中の草原で、バルザック達は足を止めた。
何もない地面から、湧き上がるかのように、黒いモンスターの群れが現れたからだ。闇よで見るよりも、その黒は暗かった。




