513.幕間~騒動は知らぬ所で・一~
バルザックは独り、草原を駆けていた。
猛る肉体が地を蹴り、獣の如き速度でバルザックは進む。
獲物を狙う鋭い目は、目の前に広がる黒の群れへと向けられていた。
闇夜に紛れていた黒い影の如きモンスター達は、今は、魔法の光によって照らされ、その姿を露わにしている。
オーク、オーガ、そしてジャイアント。
その全てが黒に染まっており、それがダークマターより生み出された物であると証明していた。
その多様性の無さに、彫りの深い顔が、僅かに歪む。
「それしか、出せねえのかよぉ、おらぁ!」
目の前のオークに肉薄したバルザックは、鋼の如き腕を振るい、背に担いだ巨大な大剣を振り下ろした。
銀の線が煌めき、黒いオークの体を両断した。
命を絶たれたオークは、小さな魔石一つを残し、その存在を塵へと変える。
群れへと接敵したバルザックは、斬撃の残心も無く動いた。
一足で次のオークへと近づき、振り下ろされる棍棒ごと、大剣で斬り捨てる。
鉄塊の如き大剣は、触れるモンスター全てに死を贈る。
腹の出た豚顔のオークも、発達した筋肉の鎧に包まれたオーガも変わらず。
そして大剣を振るバルザックは、止まらない。
迫るオーガを斬り捨てるだけでは飽き足らず、前へ前へと進む。
進むたびに黒いモンスターは消え、魔石だけが草原に落ちた。
群れの中へと突撃したバルザックに集まる様に、群れの形が横一直線から、中央へと集まり始めた。
それでもバルザックは、物量に押される事も無く、暴風の様に大剣を振り回す。
それが力任せでない事は、その場に戦士が居れば理解出来ただろう。
モンスターの位置を瞬時に知り、動きを読み、敵の振る得物の長さを、攻撃の距離を見極め、躱し、払い、捻じ伏せている事を。
「足りねぇ、足りねぇ」
バルザックは大剣にて半円を描くと、三体のオーガがその姿を消した。
迫る槌を一歩の動きで躱すバルザック。
次の瞬間には、槌を振るったオーガの体を大剣が通り抜ける。
その一撃に耐えうるモンスターは、この場には居ない。
囲まれて尚、バルザックは前へと進む。
狙うは、男性三人分程の高さを誇る、黒い姿をした二体のジャイアント。
黒の群れを突破したバルザックは、進軍の遅いジャイアントへ向け、突撃を仕掛けた。
その背を狙うのは、左右から中央へ、バルザックへ寄ってきていたモンスタ―。
数える事も億劫になる程の黒が、集まり、蠢く。
だが、モンスター達が、バルザックの背へ進むことは出来なかった。
空より降り注いだ雨に、打たれたからだ。
雨に見紛う量、天より降り注ぎ、黒い肉体に突き刺さったのは、薄紫色の矢。
狙いなど付けずに放たれた、千を超える矢が、面を制圧し、多くのオークを消滅させたのだ。
そして生き残った少数のオークとオーガ達は、背を追う足を止めていた。
彼らの狙いは、バルザックから逸れ、魔法を放った者へと向けられる。
黒いオーガ達の視線は、遠くに立つ褐色の女性、魔術師サラスに集中し――二の矢が彼らに突き刺さる。
数こそ少ないものの、魔力の矢の雨によって傷を負ったオーガ達にとっては、ひとたまりもない。
だが、オーガ達は動き出した。
そして、サラスへ猛進する動きは止まらない。
隣を走るオーガが死のうとも。幾数のモンスターが死のうとも。
迫る黒いオーガを見て、サラスは欠伸をしていた。
「全く、焼き払えるなら簡単なのに、≪魔力の矢≫」
大儀そうに呪文を唱えたサラスの上方で、薄紫色の魔力の矢が生み出される。
その全てが迫るオーガへと飛翔し、腕を、足を、胴を、顔面を、その筋肉の鎧をいとも簡単に貫いた。
初歩的な攻撃魔法、魔力の矢にてモンスターを殲滅した腕前に驚愕する者は、残念ながらこの場には居ない。
オーガ達ですら、青い液体を流しながら、全て草原へと倒れ、消えてしまった。
サラスの視線が、バルザックの背を捉える。
もう、サラスの視線を遮るモンスターは、一体も草原に立っては居ない。
先程まで辺り一面を埋め尽くしていた黒が、嘘の様に。
残るは、バルザックの対峙するジャイアント二体のみ。
サラスは、手助けすることもなく、落ち着いてバルザックの姿を見ていた。
バルザックの大剣と、ジャイアントの大棍棒が激突する。
互いに後方へと、上体を反らし、衝撃に耐えた。
先に動いたのは、バルザックであった。
もう一体が振り下ろす大棍棒を、前へ駆け、躱す。
そのまま打ち合ったジャイアントの足元へと潜り、バルザックは、巨人の股の下で一回転した。同時に大剣がジャイアントの両足を切断する。
バルザックは、足を失い後方へと倒れるジャイアントには目もくれず、四肢を満足に動かすジャイアントの相手へと向かった。
躱す事も出来る大棍棒を、バルザックは正面からぶつかり合う。
巨人との力比べ。
足を斬られ再生を始めた巨人を他所に、バルザックは笑みを浮かべながら、正面のジャイアントと競い合っていた。
押し負ければ、一撃で身を粉砕する大棍棒を物ともせずに。
そして、次第に押され始めたのは、黒いジャイアントの方であった。
振るう大棍棒も悲鳴を上げ、打ち合うこと八合。
大棍棒が砕け散ると共に、バルザックが走り、ジャイアントの右太腿へ斬撃を放つ。上空より照らす魔法の光が、大剣の軌跡を光らせる。
一太刀で止まるバルザックではない。
股下を駆け抜けたバルザックは、瞬時に踵を返し、再び股の下へと戻った。
倒れる暇も与えずに、左太腿も切り裂き、バルザックは尚も駆ける。
既に鋭い瞳は、再生を終えたジャイアントへと向けられていた。
起き上がり始めたジャイアントへ跳躍し、その胸元へ跳び蹴りを放つ。
矢の如き速度で放たれた跳び蹴りは、分厚い胸板を斜めに捉え、そのままジャイアントの肉体を後ろへと倒した。
ジャイアントは、再び地に倒れながらも、バルザックへ向け手を伸ばす。
巨人の胸の上に器用に乗ったバルザックは、己を狙う手を無視し、ジャイアントの顔へと歩み、地を抉るような一撃を放った。
黒いジャイアントの首を、大剣が通り抜ける。
そして、ポロリと首が落ちた。
跳ぶ事無く、地面へ落ちる巨人の頭。
バルザックへ伸びる手は、力を失い、重力に任せ、落ちる。
塵へ変わり始めたジャイアントから飛び降りたバルザックは、残り一体の、再生すらままならぬ巨人へ走り出した。
両太腿を切断され、足の再生が追いつかないジャイアントに、抵抗する術は無かった。
股から体を切断されたジャイアントは、魔石を残し、その姿を消す。
バルザックは、周囲を警戒しながら、大剣を背に戻し、呟いた。
「こっちには、居ねぇな」
辺り一面に落ちたオーク、オーガ、ジャイアントの魔石を拾うことなく、バルザックは再び走り出した。
黒いモンスターの群れにモルスの使徒がいないのならば、護衛対象であり囮であるオルケインの方に居る。そうバルザックは、考えた。
バルザックの胸中には、焦りも不安も無かった。
己の信頼するドム、テガー、シャラガムが守りを敷いているのだから、と。
「よぉ、オルケインさん。無事か?」
一泊の為に滞在している村へ戻って来たバルザックは、分かりきった事を聞く。
バルザックの前には、眼球大の球体を手に平に収めた四十程の男が立っていた。
彼は、オルケイン。
フクロウの瞳の学派員であり、片目義眼の男である。
その体には、傷一つ付いていない。
「はい。皆さんのお陰で」
「こっちこそ、偵察、助かったぜ」
「戦いでは、皆さんには遠く及びませんので」
「何言ってんだ? 偵察も戦いだろ?」
オルケインとバルザックは、互いに一笑いする。
バルザックは笑いながらも、周囲を見回していた。
周囲を警戒しているドムを。
地面の焼け跡を調べているシャラガムを。
そしてバルザックは、オルケインへ尋ねる。
「怨嗟の炎か?」
「はい。モルスの使徒は、既に」
怨嗟の炎は、自爆用の魔道具である。
使用者の魔力を吸い上げ、体内で爆発する代物だ。
バルザックの目が、焼け跡の不自然さに気付く。
焼け跡が何かに遮られたかの様に、境界線を引いていた。
焼け跡を囲うように。
それが、シャラガムの守りによるものだと、バルザックは理解した。
自爆するモルスの使徒を魔法で封じ込め、そこで爆発させたのだろうと。
「ったく、面倒臭ぇ。奴らの教義は、何処に置いてきちまってんだろうな?」
「死んだ者の心など、分かりませんから」
「……だな」
肩を竦め、呟くバルザックの元へ、シャラガムが戻って来た。
「使徒は三人。全員、怨嗟の炎で自爆した。村も俺達も被害なしだ」
「シャラガム、お疲れさん……って、まだ来るかも知れねぇよな」
「ああ。今日は徹夜だ」
「サラスが、また怒り出すぜ」
「フッ。それが仕事だ」
そう言い、シャラガムは警戒中のドムの元へと向かった。
その背を目で追いながら、オルケインは、バルザックへ謝罪を告げる。
「フクロウの面倒に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「シャラガムも言っただろ。オルケインさんを王都へ送り届ける。それが仕事だ」
重要物資を運んでいる、という事になっているオルケインを王都へ無事、送り届ける。それが、Aランク冒険者であるバルザックパーティーへの依頼。
モルスの使徒への囮である事を事前に知らされた、氷の女王からの依頼。
Aランク冒険者を動かすと云う事の意味を、バルザックは当然知っている。
荒事にならぬ事に、Aランク冒険者は動かさない。
囮たるオルケインには、Aランク冒険者を雇うだけの荒事が待ち受けている。
それを承知の上で受けた依頼であるのだ。
バルザックには、不服の一つも無かった。
ただ、パーティーメンバーであるサラスの機嫌が悪くなる事を除いては。
「はぁ。王都で酒でも買ってやるか……」
気怠そうに、そう呟くバルザックであったが、彼の目は、鋭く周囲を見回していた。警戒は、ひと時たりとも怠る事はない。




