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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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513.幕間~騒動は知らぬ所で・一~

 バルザックは独り、草原を駆けていた。

 (たけ)る肉体が地を蹴り、獣の如き速度でバルザックは進む。

 獲物を狙う鋭い目は、目の前に広がる黒の群れへと向けられていた。

 闇夜に紛れていた黒い影の如きモンスター達は、今は、魔法の光によって照らされ、その姿を露わにしている。

 オーク、オーガ、そしてジャイアント。

 その全てが黒に染まっており、それがダークマターより生み出された物であると証明していた。

 その多様性の無さに、彫りの深い顔が、(わず)かに歪む。


「それしか、出せねえのかよぉ、おらぁ!」


 目の前のオークに肉薄したバルザックは、鋼の如き腕を振るい、背に担いだ巨大な大剣を振り下ろした。

 銀の線が(きら)めき、黒いオークの体を両断した。

 命を絶たれたオークは、小さな魔石一つを残し、その存在を塵へと変える。

 群れへと接敵したバルザックは、斬撃の残心も無く動いた。

 一足で次のオークへと近づき、振り下ろされる棍棒ごと、大剣で斬り捨てる。

 鉄塊の如き大剣は、触れるモンスター全てに死を贈る。

 腹の出た豚顔のオークも、発達した筋肉の鎧に包まれたオーガも変わらず。

 そして大剣を振るバルザックは、止まらない。

 迫るオーガを斬り捨てるだけでは飽き足らず、前へ前へと進む。

 進むたびに黒いモンスターは消え、魔石だけが草原に落ちた。

 群れの中へと突撃したバルザックに集まる様に、群れの形が横一直線から、中央へと集まり始めた。

 それでもバルザックは、物量に押される事も無く、暴風の様に大剣を振り回す。

 それが力任せでない事は、その場に戦士が居れば理解出来ただろう。

 モンスターの位置を瞬時に知り、動きを読み、敵の振る得物の長さを、攻撃の距離を見極め、躱し、払い、捻じ伏せている事を。


「足りねぇ、足りねぇ」


 バルザックは大剣にて半円を描くと、三体のオーガがその姿を消した。

 迫る槌を一歩の動きで躱すバルザック。

 次の瞬間には、槌を振るったオーガの体を大剣が通り抜ける。

 その一撃に耐えうるモンスターは、この場には居ない。

 囲まれて尚、バルザックは前へと進む。

 狙うは、男性三人分程の高さを誇る、黒い姿をした二体のジャイアント。

 黒の群れを突破したバルザックは、進軍の遅いジャイアントへ向け、突撃を仕掛けた。

 その背を狙うのは、左右から中央へ、バルザックへ寄ってきていたモンスタ―。

 数える事も億劫になる程の黒が、集まり、(うごめ)く。

 だが、モンスター達が、バルザックの背へ進むことは出来なかった。

 空より降り注いだ雨に、打たれたからだ。

 雨に見紛う量、天より降り注ぎ、黒い肉体に突き刺さったのは、薄紫色の矢。

 狙いなど付けずに放たれた、千を超える矢が、面を制圧し、多くのオークを消滅させたのだ。

 そして生き残った少数のオークとオーガ達は、背を追う足を止めていた。

 彼らの狙いは、バルザックから逸れ、魔法を放った者へと向けられる。

 黒いオーガ達の視線は、遠くに立つ褐色の女性、魔術師サラスに集中し――二の矢が彼らに突き刺さる。

 数こそ少ないものの、魔力の矢の雨によって傷を負ったオーガ達にとっては、ひとたまりもない。

 だが、オーガ達は動き出した。

 そして、サラスへ猛進する動きは止まらない。

 隣を走るオーガが死のうとも。幾数のモンスターが死のうとも。

 迫る黒いオーガを見て、サラスは欠伸をしていた。


「全く、焼き払えるなら簡単なのに、≪魔力(まりょく)()≫」


 大儀そうに呪文を唱えたサラスの上方で、薄紫色の魔力の矢が生み出される。

 その全てが迫るオーガへと飛翔し、腕を、足を、胴を、顔面を、その筋肉の鎧をいとも簡単に貫いた。

 初歩的な攻撃魔法、魔力の矢にてモンスターを殲滅した腕前に驚愕する者は、残念ながらこの場には居ない。

 オーガ達ですら、青い液体を流しながら、全て草原へと倒れ、消えてしまった。

 サラスの視線が、バルザックの背を捉える。

 もう、サラスの視線を遮るモンスターは、一体も草原に立っては居ない。

 先程まで辺り一面を埋め尽くしていた黒が、嘘の様に。

 残るは、バルザックの対峙するジャイアント二体のみ。

 サラスは、手助けすることもなく、落ち着いてバルザックの姿を見ていた。

 バルザックの大剣と、ジャイアントの大棍棒が激突する。

 互いに後方へと、上体を反らし、衝撃に耐えた。

 先に動いたのは、バルザックであった。

 もう一体が振り下ろす大棍棒を、前へ駆け、(かわ)す。

 そのまま打ち合ったジャイアントの足元へと潜り、バルザックは、巨人の股の下で一回転した。同時に大剣がジャイアントの両足を切断する。

 バルザックは、足を失い後方へと倒れるジャイアントには目もくれず、四肢を満足に動かすジャイアントの相手へと向かった。

 (かわ)す事も出来る大棍棒を、バルザックは正面からぶつかり合う。

 巨人との力比べ。

 足を斬られ再生を始めた巨人を他所(よそ)に、バルザックは笑みを浮かべながら、正面のジャイアントと競い合っていた。

 押し負ければ、一撃で身を粉砕する大棍棒を物ともせずに。

 そして、次第に押され始めたのは、黒いジャイアントの方であった。

 振るう大棍棒も悲鳴を上げ、打ち合うこと八合。

 大棍棒が砕け散ると共に、バルザックが走り、ジャイアントの右太腿へ斬撃を放つ。上空より照らす魔法の光が、大剣の軌跡を光らせる。

 一太刀で止まるバルザックではない。

 股下を駆け抜けたバルザックは、瞬時に(きびす)を返し、再び股の下へと戻った。

 倒れる暇も与えずに、左太腿も切り裂き、バルザックは(なお)も駆ける。

 既に鋭い瞳は、再生を終えたジャイアントへと向けられていた。

 起き上がり始めたジャイアントへ跳躍し、その胸元へ跳び蹴りを放つ。

 矢の如き速度で放たれた跳び蹴りは、分厚い胸板を斜めに捉え、そのままジャイアントの肉体を後ろへと倒した。

 ジャイアントは、再び地に倒れながらも、バルザックへ向け手を伸ばす。

 巨人の胸の上に器用に乗ったバルザックは、己を狙う手を無視し、ジャイアントの顔へと歩み、地を(えぐ)るような一撃を放った。

 黒いジャイアントの首を、大剣が通り抜ける。

 そして、ポロリと首が落ちた。

 跳ぶ事無く、地面へ落ちる巨人の頭。

 バルザックへ伸びる手は、力を失い、重力に任せ、落ちる。

 塵へ変わり始めたジャイアントから飛び降りたバルザックは、残り一体の、再生すらままならぬ巨人へ走り出した。

 両太腿を切断され、足の再生が追いつかないジャイアントに、抵抗する術は無かった。

 股から体を切断されたジャイアントは、魔石を残し、その姿を消す。

 バルザックは、周囲を警戒しながら、大剣を背に戻し、呟いた。


「こっちには、居ねぇな」


 辺り一面に落ちたオーク、オーガ、ジャイアントの魔石を拾うことなく、バルザックは再び走り出した。

 黒いモンスターの群れにモルスの使徒がいないのならば、護衛対象であり囮であるオルケインの方に居る。そうバルザックは、考えた。

 バルザックの胸中には、焦りも不安も無かった。

 己の信頼するドム、テガー、シャラガムが守りを敷いているのだから、と。




「よぉ、オルケインさん。無事か?」


 一泊の為に滞在している村へ戻って来たバルザックは、分かりきった事を聞く。

 バルザックの前には、眼球大の球体を手に平に収めた四十程の男が立っていた。

 彼は、オルケイン。

 フクロウの瞳の学派員であり、片目義眼の男である。

 その体には、傷一つ付いていない。


「はい。皆さんのお陰で」

「こっちこそ、偵察、助かったぜ」

「戦いでは、皆さんには遠く及びませんので」

「何言ってんだ? 偵察も戦いだろ?」


 オルケインとバルザックは、互いに一笑いする。

 バルザックは笑いながらも、周囲を見回していた。

 周囲を警戒しているドムを。

 地面の焼け跡を調べているシャラガムを。

 そしてバルザックは、オルケインへ尋ねる。


怨嗟(えんさ)の炎か?」

「はい。モルスの使徒は、既に」


 怨嗟の炎は、自爆用の魔道具である。

 使用者の魔力を吸い上げ、体内で爆発する代物だ。

 バルザックの目が、焼け跡の不自然さに気付く。

 焼け跡が何かに遮られたかの様に、境界線を引いていた。

 焼け跡を囲うように。

 それが、シャラガムの守りによるものだと、バルザックは理解した。

 自爆するモルスの使徒を魔法で封じ込め、そこで爆発させたのだろうと。


「ったく、面倒臭ぇ。奴らの教義は、何処に置いてきちまってんだろうな?」

「死んだ者の心など、分かりませんから」

「……だな」


 肩を竦め、呟くバルザックの元へ、シャラガムが戻って来た。


「使徒は三人。全員、怨嗟の炎で自爆した。村も俺達も被害なしだ」

「シャラガム、お疲れさん……って、まだ来るかも知れねぇよな」

「ああ。今日は徹夜だ」

「サラスが、また怒り出すぜ」

「フッ。それが仕事だ」


 そう言い、シャラガムは警戒中のドムの元へと向かった。

 その背を目で追いながら、オルケインは、バルザックへ謝罪を告げる。


「フクロウの面倒に巻き込んでしまい、申し訳ありません」

「シャラガムも言っただろ。オルケインさんを王都へ送り届ける。それが仕事だ」


 重要物資を運んでいる、という事になっているオルケインを王都へ無事、送り届ける。それが、Aランク冒険者であるバルザックパーティーへの依頼。

 モルスの使徒への囮である事を事前に知らされた、氷の女王からの依頼。

 Aランク冒険者を動かすと云う事の意味を、バルザックは当然知っている。

 荒事にならぬ事に、Aランク冒険者は動かさない。

 囮たるオルケインには、Aランク冒険者を雇うだけの荒事が待ち受けている。

 それを承知の上で受けた依頼であるのだ。

 バルザックには、不服の一つも無かった。

 ただ、パーティーメンバーであるサラスの機嫌が悪くなる事を除いては。


「はぁ。王都で酒でも買ってやるか……」


 気怠(けだる)そうに、そう呟くバルザックであったが、彼の目は、鋭く周囲を見回していた。警戒は、ひと時たりとも(おこた)る事はない。

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