504.王城を歩くと
タイトル修正
昼食後、俺は独りで城の中をブラブラと歩き回っていた。
レオニード王は、書類との戦いへ。
ミュール様とメリィディーア様は、ご友人の所へ行ってしまった。
『後で迎えに来ます』
と言う、曖昧な言葉を残して。
ミュール様の迎えを待たねばならぬ関係上、王都へ観光に出る訳にもいかず、俺は、王城に残る事となった。
だが、目的もない上に、やれる事もない。
知人なんてタキオンさんぐらいだが……お忙しい人だ。
扉を開けて回る訳にもいかず、廊下で出会う城の人々に挨拶をしながら、ぶらぶらと、ぶらぶらと……。
ふと、不穏な魔力を感じ、賊か!? と外に出てみれば、ただの実験中の宮廷魔術師らしき女性であったし、結局やる事が無く、城内へ戻ってきてしまった。
再びぶらりと城の中を歩いていると、騒ぐ声が聞こえた。
「鍛錬の時間ですぞ、止まりなさい」
そして後方から聞こえるドタバタとした足音……軽い。子供の足音だ。
それが誰の足音なのかは、掛かる声で、すぐに分かった。
「マルクさん。見つけました」
憶えのあるハキハキとした声。トーマス少年だ。
振り返ると、木剣を持ちながら走るトーマス少年の姿が見えた。
トーマス少年は、レオニード王の孫で、この前八つになった男の子である。
金の髪を揺らしながら、パッチリとした目を輝かせ、俺に迫ってきた。
その後ろから、同じく木剣を持った年齢五十程の白髪の男が一人。
がっしりとした体躯から想像するに、引退した騎士と言った所か。
俺は、立ったまま二人へ一礼し、廊下に膝を突いた。
目線が、子供らしく少し丸みを帯びた顔に近付く。
その顔は実に利発そうで、大人になり丸みが取れたら、人目を惹く男に成長するだろう事が、容易に想像できた。
目の前で止まったトーマス少年に、右手を胸に当て、再び軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、トーマス様。お元気そうで何よりです」
「マルクさんが城の中を警備して回っていると皆が話しているのを聞いて……ふぅ。すみません。お久しぶりです、マルクさん。壮健な様で安心しました」
逸る気持ちを抑えたトーマス少年は、息を吐き出し、俺に挨拶を返してくれた。
別に子供らしく、自分の話したい事を言ってくれてもいいのだけれど。
王の孫であるトーマス少年ともなれば、そうもいかないのだろう。
だからこそ、少し微笑ましくなる。
「ありがとうございます。ただ、一点訂正を。私は警備をしていたのではなく、暇を持て余してブラブラと歩き回っていただけですので」
「やった! お暇なんですね。でしたらマルクさん、僕と一緒に――」
「いけません。さぁ、鍛錬を始めますぞ」
俺の手を掴み、引っ張ろうとするトーマス少年に、追って来ていた白髪の男から制止の声が掛かった。
男は、トーマス少年の後ろから、俺へ小さく首を縦に振る。
俺も真似、返事とする。
トーマス少年に用事があるのならば、そちらを優先すべきだ。
「で、でも、マルクさんとは、いつ会えるか分からないんだ。お願い、バッツ」
「いけません。鍛錬を怠る事は、トーマス様の命に関わるのですぞ」
「……でも」
俺の手を片手で掴んだまま、俺に背を向けるトーマス少年の声が震えている。
こういう時に、辛い思いをするのは、子供であって欲しくないな。
「トーマス様。日々の鍛錬は、力を付ける基本にして全てです。怠ってはいけませんよ」
「……はい。マルクさん」
「なので、一緒に鍛錬に励みましょう」
「マルクさん! 良いのですか?」
「はい。ミュー――ゴホン、失礼。ミネルヴァ様が私を迎えに来るまでは、時間が有りますので。さぁ、善は急げです」
「はい! こっちです、マルクさん」
トーマス少年が俺の手を引き、歩き出す。
俺は立ち上がりながら、トーマス少年に合わせ、歩く。
嬉しそうに歩くトーマス少年は、木剣を今にでも振り回しそうであった。
バッツと呼ばれた男は、俺の隣で歩調を合わせながら、トーマス少年の事を目で追っている様であった。
「マルク殿、助かります」
「いえ。鍛錬は大事ですから」
バッツさんは同意する様に、深く皺の刻まれた顔を、縦に動かす。
そう。戦いに身を置く者なら、誰でも知っている事だ。
「マルクさん。マルクさんは、今日は何の御用で王城へ来たのですか?」
「皆で話し合いをすることがありまして……私は、お茶を飲んでいただけですね」
「顔を突き合わせる事も大事だと、メリィ姉さまから聞いています」
うむ……トーマス少年の気配りが、身に染みる。
結局俺は、話し合いには一切関わらなかったからな。
引っ張られ、歩く俺は、トーマス少年から質問攻めにあった。
前に会った時のモンスター談議ではなく、サイクロプスとピュテル防衛、浸食の悪魔、そしてエキドナ討伐の事であった。
良く情報収集しているものだ。
とはいえ、俺が語る事の許されている事は、少ない。
主にサイクロプスの事を話していると、俺達は城の裏手に到着した。
城が日を遮り、陰となっているこの場所は、少々暑くなってきた今日この頃、良い鍛錬の場になっているのだろう。
城を囲む防壁側には、兵の詰所やら何やらと建物が見えた。
「では、まずは体を動かしますぞ。素振りから」
「バッツ。僕はマルクさんと……」
トーマス少年は、言い淀み、そして素振りを始めた。
一つ、二つと上段からの振り下ろすトーマス少年だが、身が入っていない。
こんなふにゃふにゃな剣では、紐すら切れない。
体を動かすだけでも大切な事だが、鍛錬をするなら気分も共に合わせるべきだ。
「バッツさん。木剣をお借りしても宜しいですか?」
「はい」
意図を汲みとってくれたバッツさんは、俺に木剣の柄を差し出してくれる。
俺は、柄を掴み、トーマス少年の横で素振りを始める事にした。
上段から鋭く、相手の股まで切り裂く気持ちで。
トーマス少年と共に。
一つ、二つ、三つ……。
次第に、気合の欠片も無かったトーマス少年の剣が、力強くなっていく。
「ハッ! ヤッ! セイッ!」
少し高い声が、城の裏手に響き渡る。
それは、トーマス少年の気持ちの乗った声だ。
俺も、声に合わせる様に、剣を振り下ろす。
トーマス少年の、手本となれるように、力強い一振りを。




