46.大事なこと
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「やぁ、マルク。お疲れ様。それにしても随分な暴れようだったね」
砦に逃げ込むと、アムが出迎えてくれた。
流石にお遊びが過ぎると思ったのだろうか、バルザックさんは、ドムさんとテガーさんに拘束され、連れていかれた。
模擬戦であろうとバルザックさんと戦っていたら、命が幾つあっても足りない。
自身の息が荒い。魔力も体力も消耗した後に、バルザックさんから逃げるなんて事をした所為だろう。流石に疲れた。
アムには、少し息を整える時間を待ってもらおう。
ゆっくり吸って……ゆっくり吐いて…………。
「ただいま、アム。あの竜巻、お前のだろう」
「あぁ、あれくらい簡単なものさ。砦は君に任されたからね」
「ああ。ありがとう。こっちも蹴散らしといたよ」
軽口を言うアムに合わせてみた。少しだけ、すっとした気持ちになれる。
俺が拳を突き出すと、アムも拳を突き出す。そのまま、コンと合わせる。
アムの笑顔に、釣られて笑ってしまう。
「やっぱり仲がよろしいですね」
上から、凛とした声が聞こえてくる。
視線を上げると、ミュール様がふわふわと舞い降りている途中であった。
ミュール様に、片手を伸ばす。
彼女も意図を察してくれたのか、俺の手にそっと片手をのせる。
空中浮遊の出来る人間に、手助けなど必要なのかは、甚だ疑問ではあるが。
ミュール様は、羽根が水面に着くかのように、音もなく優雅に着地をした。
「ありがとう、マルク。それに戦場では良き働きでした。フクロウの瞳を代表して礼を」
「礼は、有難く頂いておきます。ですが、俺の勝手でもあるので、気にしないでください」
「そうでしたね。では、私個人の借り一つ、ということで」
「はい」
俺の言葉に、ミュール様は微笑んだ。何故アムは、この人を恐れているのだろうか疑問に思ってしまうほど、優しい笑みで。
個人的な貸し借りで済ませて貰ったことも、俺としては助かる。
学派に恩を売ったとか、そう思われても心外で、そして面倒でもある。
「それと、アム。あなたもご苦労様でした」
「微力ながら、ミネルヴァ様のお力になれたので有れば、フクロウの一員として光栄であります」
アムが言葉を放つ前に、彼女の膝がピクリと動くのを見てしまった。
膝をつき、首を垂れるのを我慢したのだろう。
それをすると、ミュール様の機嫌が悪くなる気がするのは、俺にも少し分かる。
結果、アムは、立ったまま礼をするに止まったようだ。
「頭を御上げなさい、アム。それに――」
「おう、ミネルヴァ様。何か解決した風で話して貰ったら、困るってもんだぜ」
バルザックさんが、ミュール様の言葉を割って現れた。
戦闘の興奮から落ち着いたのか、こちらに飛び掛かてくる様子はない。
ドムさん、テガーさん。ありがとう。
「ええ、ダークマターの調査が終わっていませんから」
「ああ、そうだ。調査隊の役目がそれで、俺たちゃその護衛だからな。これで任務完了とはいかねぇのさ」
「後に百名の学派員が応援に来ますので、調査隊の再編成を行います。その護衛依頼、継続して受けて貰えますか?」
「貰えるもんは貰えんだろ? 『氷の女王』が節制家って話は聞かねぇしな」
「ええ。此度の戦いにおける功績も合わせて」
フフフとガハハ。
涼しい声と渋い声のハーモニーが、砦に響き渡っている。
遠くで、学派の人達が何故か怯えている。
ドムさん達も二人から目を背け、知らない振りをしている。
何故だろうかねぇ……。
「やっぱりか……」
料理屋『グラン・ピスケス』の前で、私の口から言葉が零れた。
朝から先程まで、屋敷でお兄ちゃんの帰りを待っていたのだが、予約の時間が迫り、時間切れとなってしまった。
(仕方ないよね……もう二人分食べちゃおう)
お兄ちゃんが朝から屋敷を抜けていた時点で、こうなることが分かっていた。
また”何処か”で”誰か”を助けているのだろう。自分の身を削って……。
分かっていたが、それでも……。
「一緒に食べたかったなぁ」
「ああ。俺もだよ」
「へ?」
聞きなれた、今聞きたい声が耳に届く。
私は驚き、幸せの方向へ振り向いた。
そこには、珍しく肩で息をしたお兄ちゃんが立っていた。
お兄ちゃんはこちらに向け、手の平を見せ、制止を促している。
お兄ちゃんは深呼吸をして、息を整えているようだ。
どうしてここに? それよりも――
「お兄ちゃん……ってお兄ちゃんどうしたの、そんなに疲れて」
「ふー。はー。ちょっと朝から……アムに呼ばれてな……ふぅ。みんなと、モンスター討伐しに行ってきたんだよ」
「怪我は? というか、疲れたなら休まなきゃ駄目だよお兄ちゃん。ほら帰ろう」
「嫌に決まってるだろ。シャーリーん家に行って、俺ん家に行って、それでもいないから約束の店まで走ってきたのに、とんぼ返りなんて御免だね」
「あの時、聞いてたんだ」
フラフラで町を歩き、そしてベッドに倒れ込んだお兄ちゃんを思い出す。
私の心配を他所に、当のお兄ちゃんは胸を張り、威張りながら言葉を返した。
「フッ、当たり前だろ」
「いっつもお兄ちゃんってば、話、聞いてないのに?」
「ぐっ! それはすまんと思っている」
目の前のお兄ちゃんが、途端に小さくなる。彼の目も、ふにゃりとなった。
私にはそれが面白く、楽しかった。
うん。こんなことでいい。それでもう――
「いいよ。約束守ってくれたんだから」
私を見るお兄ちゃんの顔が、一瞬固まる。
動き出したお兄ちゃんの表情は、恥ずかし気に顔を赤らめていた。
「ん? どうしたの?」
「あっ、いや……贈って良かったなって」
「え?」
「耳飾り。シャーリーにピッタリだなって思ってさ。綺麗だよ」
ちょっと残念に思った。可愛いお兄ちゃんが、横を向いてしまった。
もっと正面から見ていたかったのに。
自分だけに見せる表情を、もっと。もっと。
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん。でも似合うのは当然だよ……お兄ちゃんが選んでくれたんだから……」
そう、似合わない訳がない。お兄ちゃんが選んでくれた宝物が。
着けてこない訳がない。お兄ちゃんから貰った宝物を。
でも、言ってて少し恥ずかしくなった。
「ってほら、予約の時間に遅れちゃうよ。行こう」
私は、お兄ちゃんの手を取り、店の入り口へと向かう。
この気持ちを隠すために。この素晴らしき時を、楽しむために。
お兄ちゃんの笑顔を、また一枚、心に刻むために。




