35.彼への伝言を頼めるのは
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「マルクは相変わらずだね」
「茶なら出ないぞ」
二人分の食器を洗い、戻った所で、いきなりの言葉だ。
コップがあるなら、幾らでも水は出せる。
いや、茶を出す魔法を、今度考えてみるか?
「フッ。違うよ。昨日の話さ。あちらこちらと大変そうだね」
「あれ? 何か怒ってる?」
アムの語気が鋭い。機嫌を損ねる部分があったかな?
アムに対して、いつもと違うことをしたとすれば、贈り物ぐらいだ。
気に入らなかったのか、もしくは、風習や伝統として贈ってはいけない物だったとか……。
うーん、わからん。って昨日の話か。
なら、贈り物ではないのか?
アムの視線に気付いた。卓に肘を立て、その手で顎を支えながら、アムは自身の頬を指でとん、とん、と叩いている。行儀が悪いな。
「また、見当違いの事を考えているね……シャーリーから聞いたよ。君がフラフラして帰ってきたってね。僕は、何があったかを知ってるから、追及はしないさ」
「あぁ。それはすまん。シャーリーに心配させたのなら、後で謝ってこないとな」
「その必要はないよ。彼女だって、身の無い謝罪をされても困るだろうさ」
「うっ」
昨日だって、その前だって。
荒事に首を突っ込む以上、命の危機は付きまとう。
だから、シャーリーに心配させない。なんてことが出来る訳がない。
もしそんな時が来るとしたら、それは、シャーリーの俺に対する評価が地に落ち、”どうでもいい人間”に分類された時だろう。
それは、それだけは、絶対に御免だ。
では、どうする?
俺は、その答えを持っていない。
「マルク。そうやって悩めるようになっただけ、前よりは、まともになっているよ。冒険者だった時の君は”誰か”について考える暇も、余裕もなかったからね」
「お前が怒っているのか、それとも褒めてるのか。正直、分からないんだが」
「どっちもさ。スープが無ければ、一日お説教だったけどね」
そう言うと彼女は、表情を和らげた。
「スープでほっこりかと思ったら、怒っているし、かと思えば笑い出すしで……今日のアムは、忙しいな」
「フフッ、君のせいだろう、君の。僕がここで、マルクが起きるのを待っていたのだって、昨日から今朝にかけての話を、伝える為なのだからさ」
「学派からのお使いか。お前も大変だな。ダークマターは、その後?」
「問題ないよ。封印した魔術師は、良い腕をしているね。あれを見れば、誰が封印したかを秘密にしたがる理由も分かるさ」
「アムは、誰がやったか知ってるのか?」
「誰なのか知らされてないよ。あれがマルクの魔力って事は分かるけど。君は、あんなこと出来ないよね」
「出来れば俺も、封印の魔法を見たかったんだけどな」
そうすれば、真似出来たかもしれないのに。
「へぇ。マルクにも秘密の魔法だったのか。確かに興味があるね」
「そうだな、気になるな」
ただ気絶していただけ、ということは知らないようだ。黙っていよう。
それより今は、気になることを聞くべきだ。
「それで、アム。ザギーはどうなった?」
「あぁ、それ当然偽名だったよ。本名は、別にいいよね。まぁ大人しく喋ってくれたから、スムーズに”話し合い”は終わったようだよ」
「それで、あれは何処で手に入れたって?」
「既に学派が調査隊を組んでいるよ。場所は君には秘密さ。言ったら、すぐに飛び出して行くだろうからね。だから僕が、君への伝言役に選ばれたのさ」
監視任務付きかよ……ちょっと心外だ。
「流石にそこまで、短絡的でも馬鹿でもないぞ」
「思慮しても突撃するのが君さ。時には自分で馬鹿になるのも君だよ。だから心配なのさ。今回だってアレを封印する為に、魔力を提供したのだろう?」
アムが、苦い顔をしながら話を続ける。
今日のアムは、百面相だな。
「それが魔術師にとって、どれほど危険なことなのか。自身の魔力を他者に預ける危険性を、そのまま命まで取られる可能性もあったのに」
「信用してたってのもあるけどさ。アレを壊すのも、危険には変わりないからな。その場で封印できるなら、賭けてみたいだろう?」
ダークマターは破壊すると、モンスターを呼び寄せる強力な魔力を拡散させる。
ダンジョンのあるこの町の近くで安易に破壊すると、大惨事になる。
十年前に、邪竜がこの国に現れたのも、あの石の所為だった。
今回も、比較的人の少ない場所で破壊し、集まったモンスターを全て倒す必要があった。もしくは、封印の可能な魔術師、王都にいる魔術師が到着するまで、群がるモンスターと戦い続けるしかなかっただろう。
ムウが居てくれたおかげで、迅速な対処が出来たことは、僥倖であった。
それに、個人的にも壊さなくて良かったと思う理由がある……。
「成功して一番喜んでいるのが、パック先生なんだけどね。マルクも所有権を主張しなくて良かったのかい?」
「関わった冒険者パーティーも放棄したんだろう? 俺が言うことじゃないさ」
「ああ。まぁ主張されても、お金で解決しただろうけどね。結局、主張したのが我々だけだったから、ダークマターは、フクロウの瞳で保管することになったよ」
「壊すなよ」
「それは、頬を擦り付けている人に言っておくれ」
俺に一釘刺し終えたからか、アムの顔は、普段と変わらぬ微笑を帯びた美少年顔に戻っている。
その顔が百面相していたのも、俺を心配してくれての事だと思うと、申し訳ないような、ありがたいような、複雑な気持ちになる。
とはいえ、何かをアムに返せるわけでもない。
今日はアムの監視を受けて、大人しく過ごそう。
「それで? 監視は何時までなんだ」
「ん? 監視なんてしないよ。してもいいなら、鎖で繋いでおくかな」
「そのためのアムじゃないのか? 学派は、ただの連絡係にお前を使うなんて贅沢しないだろ」
「僕以外だと、マルクが無理矢理にでも聞きだしかねないと、思っているんだよ」
「学派は俺を、猛獣か戦闘狂とでも思っているのか」
「君と面識がなければ、そんなものだよ」
「え? 嘘だろ……」
「フフッ。冒険者マルクの話を聞けば、誰だってそう思うさ。実際は、こんなに優しくて、ゆるい男なのにね」
そしてアムは、再び穏やかに笑い出す。
俺は、また要らぬ事実を知ってしまった。
まさか見知らぬ人々に、戦闘狂扱いされていたなんて。
少しの間、アムと二人で、ただゆったりと駄弁る。
冒険者だった頃は、近況報告がてら話すことはあっても、こう只々雑談するための雑談なんてした憶えがなかった。
遡って考えると、二人で母に魔法を教わっていた時まで、戻ってしまった。
「でな、全力でぶっ放そうと思ったらな……」
「アハハ、よく無事だったねマルク……」
共通の話なんてほとんどない。
それでも適当に、ただ適当に言葉を交わす。
だがそんなひと時も、屋敷のトラップが発動したことで、終わりを告げる。
俺もアムも、即座に近場の剣を取る。
この習慣が役に立った試しなぞ特にないが、体に染みついたものだから仕方がない。今回も、普通の来訪者だろう。
門から玄関までの道を確認できる窓へ移り、外を確認する。
見知った五人だった。
「アム、この間の新人パーティーだ」
「ふぅ。これが発動すると、つい警戒してしまうね」
「全くだ」
二人して剣を戻し、顔を見合わせる。
こいつ、息を抜いた顔までも優男だ。
「来客みたいだし、そろそろ帰るとするよ」
「今度は、茶を出すよ」
「茶葉は、期待しないでおくよ」
アムは、彼らと出会うのが面倒なのか、裏口から帰っていった。
さて、茶は出せないけど、出迎えぐらいしますかね。




