34.やっぱり落ち着くのは我が家と
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目が覚めると、空が白みはじめていた。あぁ、あさか……。
頭に三重の靄が掛かったような、脳をスライムの中に漬け込んだような……。
「マルク君、大丈夫かい?」
目の前のパック先生が、起きた俺に声を描けた。
だがその姿は、封印されたダークマターに頬擦りをしている。
黒の石を透明な正八面体が包み、それを水晶球で覆ってあった。
本体への封印、その外側を封印し、さらに球状に封印したのだろう。
三重の封印からは、簡単には壊れなさそうなほど強大な魔力を感じた。
封印は成功したようで、実によかった。
「あー、ムウはいるかなー」
見渡すと、何やら満足げに、口をにんまりさせているムウの姿があった。
封印が成功して、喜んでいるのだろう。
「よくやったな、ムウ」
拳をムウに向けると、トコトコ小動物のように走ってきて、拳をちょんと合わせてくれる。そして、俺の耳元に近付き――「また吸わせて」と、怪しく囁く。
「うん、だめ」
俺の否定の言葉に、離れたムウがニヤリと笑った。
流石に今回は、見逃さなかった。
うん、この子、ちょっと怖い子かもしれない。
少なくとも魔術師は、彼女と本気で戦わない方がいいだろう。
そう、蕩けた頭に刻み込んだ。
事の顛末を足りない頭に入れ、俺は家路につく。
町が揺れる、地面が揺れる。
あー、シャーリーが歩いている。
「おーい、シャーリー」
「あれ? お兄ちゃん? って大丈夫」
「大丈夫だよ。ちょーと魔力が無くなっただけだからねー」
「ほら、危ないから手を繋いで。ね?」
握った手は、暖かかった。
俺の体は、シャーリーに引かれるままに動く。
「お兄ちゃんが朝帰りなんて……で? どんな女の子と一緒だったの?」
「んー。昨日の夜訪ねてきたワコって女の子を抱きかかえて山に行って――」
「抱きかかえて!」
「その方が早く着けたから。そっちは直ぐにキオ達と合流できたし、軽く済んだんだけどさー……事後処理に時間が掛かってねー」
「だから朝まで」
「ううん。魔力無くなって気絶してた……パック先生とムウがいて本当に助かったよ。ははは」
「可愛い子?」
「ん? 既婚者とちょっと怖い子だよ。可愛いのはシャーリーだよ」
あー頭がふらふらする。えーと何を話してたんだっけ?
あのマズい赤色ポーションを飲みたくなる。結構ヤバい状況だ。なー。
あれ? もう家に着いていた。そんなに歩いたっけ? あぁ、まあいいや。
「とりあえず休まないと駄目だよ、お兄ちゃん」
寝室まで手を引かれ、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
あーベッドがふかふかできもちいい。
「ねぇ。お兄ちゃん、食事の約束憶えてる?」
「当たり前だろ」
「明後日のお昼に予約取れたんだ。前に話した近くのお店」
「うん、二日後な。やくそく」
シャーリーに小指を伸ばす。小指に感触が伝わる。
「うん、約束。でね、お兄ちゃん。そのお店って実は、王都で修行してきた料理人の人がね――」
頭に当たる温かな手の感触を、俺は――
ベッドで眠ったお兄ちゃんに、薄い毛布を掛ける。
暖かい日が続くが、眠るときはこうした方がいい。
私の言葉を、ちゃんと聞いていなかったのは分かってる。
見かけた時からフラフラだったから。
それでも、お兄ちゃんの子守歌代わりにでもなったのなら、良いな。
約束の話も、起きたら憶えていないだろう。それでもいい。
「私との……約束なんて、守らなくてもいいからね、お兄ちゃん」
いつまでも触れていたい。
綺麗な金の髪を、もう一度撫でてみる。
少しだけごわっとする感触が、気持ちいい。
こういう時でもないと、触れるのが気恥ずかしいから。
冒険者を辞めた後も、あっちこっち駆けまわっているのは知っている。
そしてお兄ちゃんが、誰かを見捨てて、足を止めるなんてしないことをずっと……ずっと昔から知っている。
お兄ちゃんが戦う時は、いつも誰かの為だ。
お兄ちゃんが頑張る時は、いつも誰かを救う時だ。
たとえそれが……叶わぬ、子供じみた願い事だとしても。
もう一度撫でてみる。
くすぐったそうにする所なんて、弟たちと変わらない。
変わらないはずなのに、私には到底届かない。
私は、アムのように魔法は使えない。
私は、ガランサさんのように強くもないし、役に立つ道具も作れない。
私は、お兄ちゃんの役に立てない。
だから後回しでいい。私に構うのは、暇な時だけでいいから。
「だから、死なないでね。お兄ちゃん」
いつの間にか自分の手が、お兄ちゃんの頬に触れていた。
もう少しだけ触れていよう。
お兄ちゃんが、たとえ遠くに行っても、この温もりを忘れないように。
目覚めても朝ではないし、シャーリーも居なかった。
まだ頭が重い。
部屋に置いた道具箱の中から赤色ポーションを取り出し、一気に飲み干す。
自分の中に異物が、他人の魔力が、体の中で漂っている。
磨り潰した野草を舌に塗りたくったような味もするしで、どうしようもなく気持ち悪い。体の中に、魔力がなじむまでの我慢だ。
「やっぱりまずい」
ここで水を生み出して口に放り込んでもいいが、部屋が水浸しになったら面倒だ。おとなしく、台所でコップを調達しよう。
台所へ向かう途中の食堂で、アムが優雅にスープを口に運んでいる様子を、目撃した。
こちらに気付いたアムが、手を振る。
とりあえず台所へ行こう。
「え? 無視は流石に酷いんじゃあないかい」
食堂から、アムが何か言っている。が、まずは水だ。
流しに設置してある水の魔工石で、コップに水を満たす。
そのまま一気に飲み干す。
「ぷぅぁあ」
変な声が口から出た。とりあえず落ち着いた。
次は、アムの相手だ。
「それでアム。家主が寝ている間に、優雅に食事かい?」
「シャーリーが作っておいてくれたからね。さっき僕が温め直したから、まだ残りも温かいよ」
「他のものならともかく、シャーリーのご飯を俺から掠め取るとは、許しがたい」
「馬鹿なこと言ってると、冷めるよ」
うん。ご飯は温かいうちに食べるに限るな。
器に入れたスープを持って、俺も卓につく。
「いただきます」
シャーリーに感謝を。
口に運んだスープが、体を目覚めさせる。このスープがあると知っていれば、ガル兄のポーションは飲まなくてもよかったかな。
煮込んだ野菜の混ざり合った甘さが、心に穏やかさをもたらしてくれるようだ。
「はぁー、美味いな」
「そうだね。僕の家に、嫁に来てくれないものかな」
「やめろ。お前の後輩に聞かれたら、シャーリーが狙われかねん」
「そこまで過激な子はいないよ。みんな、僕を遊び道具にしているだけだからさ。本気の子は、出来る限り真摯に断っているから」
「そんなもんか?」
「そんなものだよ。マルク」
俺とアムは、二人して同時に長い、長い息を吐いた。
何の用か聞こうと思ったけど……うん、食べ終わってからでいいや。




