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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第一章

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34.やっぱり落ち着くのは我が家と

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし

 目が覚めると、空が白みはじめていた。あぁ、あさか……。

 頭に三重の(もや)が掛かったような、脳をスライムの中に漬け込んだような……。


「マルク君、大丈夫かい?」


 目の前のパック先生が、起きた俺に声を描けた。

 だがその姿は、封印されたダークマターに頬擦りをしている。

 黒の石を透明な正八面体が包み、それを水晶球で(おお)ってあった。

 本体への封印、その外側を封印し、さらに球状に封印したのだろう。

 三重の封印からは、簡単には壊れなさそうなほど強大な魔力を感じた。

 封印は成功したようで、実によかった。


「あー、ムウはいるかなー」


 見渡すと、何やら満足げに、口をにんまりさせているムウの姿があった。

 封印が成功して、喜んでいるのだろう。


「よくやったな、ムウ」


 拳をムウに向けると、トコトコ小動物のように走ってきて、拳をちょんと合わせてくれる。そして、俺の耳元に近付き――「また吸わせて」と、怪しく(ささや)く。


「うん、だめ」


 俺の否定の言葉に、離れたムウがニヤリと笑った。

 流石に今回は、見逃さなかった。

 うん、この子、ちょっと怖い子かもしれない。

 少なくとも魔術師は、彼女と本気で戦わない方がいいだろう。

 そう、(とろ)けた頭に刻み込んだ。




 事の顛末(てんまつ)を足りない頭に入れ、俺は家路につく。

 町が揺れる、地面が揺れる。

 あー、シャーリーが歩いている。


「おーい、シャーリー」

「あれ? お兄ちゃん? って大丈夫」

「大丈夫だよ。ちょーと魔力が無くなっただけだからねー」

「ほら、危ないから手を(つな)いで。ね?」


 握った手は、暖かかった。

 俺の体は、シャーリーに引かれるままに動く。


「お兄ちゃんが朝帰りなんて……で? どんな女の子と一緒だったの?」

「んー。昨日の夜訪ねてきたワコって女の子を抱きかかえて山に行って――」

「抱きかかえて!」

「その方が早く着けたから。そっちは直ぐにキオ達と合流できたし、軽く済んだんだけどさー……事後処理に時間が掛かってねー」

「だから朝まで」

「ううん。魔力無くなって気絶してた……パック先生とムウがいて本当に助かったよ。ははは」

「可愛い子?」

「ん? 既婚者とちょっと怖い子だよ。可愛いのはシャーリーだよ」


 あー頭がふらふらする。えーと何を話してたんだっけ?

 あのマズい赤色ポーションを飲みたくなる。結構ヤバい状況だ。なー。

 あれ? もう家に着いていた。そんなに歩いたっけ? あぁ、まあいいや。


「とりあえず休まないと駄目だよ、お兄ちゃん」


 寝室まで手を引かれ、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。

 あーベッドがふかふかできもちいい。


「ねぇ。お兄ちゃん、食事の約束憶えてる?」

「当たり前だろ」

「明後日のお昼に予約取れたんだ。前に話した近くのお店」

「うん、二日後な。やくそく」


 シャーリーに小指を伸ばす。小指に感触が伝わる。


「うん、約束。でね、お兄ちゃん。そのお店って実は、王都で修行してきた料理人の人がね――」


 頭に当たる温かな手の感触を、俺は――




 ベッドで眠ったお兄ちゃんに、薄い毛布を掛ける。

 暖かい日が続くが、眠るときはこうした方がいい。

 私の言葉を、ちゃんと聞いていなかったのは分かってる。

 見かけた時からフラフラだったから。

 それでも、お兄ちゃんの子守歌代わりにでもなったのなら、良いな。

 約束の話も、起きたら憶えていないだろう。それでもいい。


「私との……約束なんて、守らなくてもいいからね、お兄ちゃん」


 いつまでも触れていたい。

 綺麗な金の髪を、もう一度撫でてみる。

 少しだけごわっとする感触が、気持ちいい。

 こういう時でもないと、触れるのが気恥ずかしいから。

 冒険者を辞めた後も、あっちこっち駆けまわっているのは知っている。

 そしてお兄ちゃんが、誰かを見捨てて、足を止めるなんてしないことをずっと……ずっと昔から知っている。

 お兄ちゃんが戦う時は、いつも誰かの為だ。

 お兄ちゃんが頑張る時は、いつも誰かを救う時だ。

 たとえそれが……叶わぬ、子供じみた願い事だとしても。

 もう一度撫でてみる。

 くすぐったそうにする所なんて、弟たちと変わらない。

 変わらないはずなのに、私には到底届かない。

 私は、アムのように魔法は使えない。

 私は、ガランサさんのように強くもないし、役に立つ道具も作れない。

 私は、お兄ちゃんの役に立てない。

 だから後回しでいい。私に構うのは、暇な時だけでいいから。


「だから、死なないでね。お兄ちゃん」


 いつの間にか自分の手が、お兄ちゃんの頬に触れていた。

 もう少しだけ触れていよう。

 お兄ちゃんが、たとえ遠くに行っても、この温もりを忘れないように。




 目覚めても朝ではないし、シャーリーも居なかった。

 まだ頭が重い。

 部屋に置いた道具箱の中から赤色ポーションを取り出し、一気に飲み干す。

 自分の中に異物が、他人の魔力が、体の中で漂っている。

 磨り潰した野草を舌に塗りたくったような味もするしで、どうしようもなく気持ち悪い。体の中に、魔力がなじむまでの我慢だ。


「やっぱりまずい」


 ここで水を生み出して口に放り込んでもいいが、部屋が水浸しになったら面倒だ。おとなしく、台所でコップを調達しよう。

 台所へ向かう途中の食堂で、アムが優雅にスープを口に運んでいる様子を、目撃した。

 こちらに気付いたアムが、手を振る。

 とりあえず台所へ行こう。


「え? 無視は流石に酷いんじゃあないかい」


 食堂から、アムが何か言っている。が、まずは水だ。

 流しに設置してある水の魔工石で、コップに水を満たす。

 そのまま一気に飲み干す。


「ぷぅぁあ」


 変な声が口から出た。とりあえず落ち着いた。

 次は、アムの相手だ。


「それでアム。家主が寝ている間に、優雅に食事かい?」

「シャーリーが作っておいてくれたからね。さっき僕が温め直したから、まだ残りも温かいよ」

「他のものならともかく、シャーリーのご飯を俺から(かす)め取るとは、許しがたい」

「馬鹿なこと言ってると、冷めるよ」


 うん。ご飯は温かいうちに食べるに限るな。

 器に入れたスープを持って、俺も卓につく。


「いただきます」


 シャーリーに感謝を。

 口に運んだスープが、体を目覚めさせる。このスープがあると知っていれば、ガル兄のポーションは飲まなくてもよかったかな。

 煮込んだ野菜の混ざり合った甘さが、心に穏やかさをもたらしてくれるようだ。


「はぁー、美味いな」

「そうだね。僕の家に、嫁に来てくれないものかな」

「やめろ。お前の後輩に聞かれたら、シャーリーが狙われかねん」

「そこまで過激な子はいないよ。みんな、僕を遊び道具にしているだけだからさ。本気の子は、出来る限り真摯(しんし)に断っているから」

「そんなもんか?」

「そんなものだよ。マルク」


 俺とアムは、二人して同時に長い、長い息を吐いた。

 何の用か聞こうと思ったけど……うん、食べ終わってからでいいや。

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