33.ダークマター
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「異常なしです。先輩」
「ありがとう。こっちも、ある程度は片付けたよ」
ザギーの見張りを任せて、俺は、周辺のモンスター掃討を行ってきた。
危険度の低いモンスターばかりなので、片っ端から風の刃で切り裂くだけの作業でしかなかった。これで話し合う時間ぐらい稼げるだろう。
「マルク! 貴様、冗談では済まされんぞ!」
一番に現れたギルマスが、耳障りな音をだす。
面倒ではあるが、俺は左手でダークマターをギルマスの視線の先に掲げた。
ギルマスが眉をひそめる。当然の反応だ。
手のひら大のそれは、俺が上空に作った光の球体から放たれる光を、全て吸い取るかのように、黒を誇示している。
触れている指が、そのまま吸い込まれそうなほど、ダークマターの境界線が曖昧であった。
こいつは僅かずつではあるが、今も、俺の魔力を吸い込み続けている。
すぅっと横から現れた三角帽を被った女性が、ダークマターを色々な角度から観察し始めた。そして、感嘆の声を上げた。
「おぉう、これはまさにダークマター! 本物を拝めるとは、学派冥利に尽きるというものだよマルク君。私を呼んでくれてありがとう。お礼に一晩付き合ってあげよう」
彼女の高い鼻が、喜びでより高くそびえる。興奮を隠そうともしていなかった。
「パック先生……既婚者なんですから、冗談とはいえ少しは慎んでください」
「マルク君は、いつもつれないねぇ。これ、持っても大丈夫なのかい?」
「少し吸われますけど、大丈夫ですよ」
パック先生が、恐る恐るダークマターに触れる。
そしてそっと掴むと、自身の目の前に持っていき、彼女は、そのまま観察を始めた。研究熱心な所は、尊敬できる人だ。
「あぁあ、私にはキツイものがあるねぇ。心地よくもあるのだけど。あぁん」
変な声を出しながらも、彼女が、自身の体からダークマターへと流れる魔力の量を、既に調整、制御しているのが見て取れた。
心配で見ていたが、放っておいても大丈夫な人だ。
町の方から、ゼノリースが司祭様を連れて戻ってきた。
「お呼び立てしてすみません、司祭様」
「いえマルク様。事がこと故。して、忌まわしきあの石は?」
悶え続けているパック先生を、そっと手で指し示す。
司祭様の眉間に皺が寄る。聖職者ならば当然の反応だろう。
ダークマターは、太陽教にとって忌むべき物だ。
間違っても、パック先生を睨みつけている訳ではない。ないはず。
キオ達、冒険者ギルド、魔法学派、教会。全員がそろったので、話を切り出すことにした。呼び出した俺の責任だろう。
「さて、話し合うことは二つありますが、ダークマターと下手人。どちらを先に解決しますか? 個人的には、これの首は、もう飛ばしていいと思いますけどね」
「マルク。そうせぬように俺を呼び付けたんだろうが」
「話が早くて助かるよ。鉄骨龍とあんたの名に懸けて、こいつを守ってやって欲しいんだ」
「ふへっ?」っとザギーが素っ頓狂な声を上げる。
そして、ニヤニヤと嫌な顔をする。
「物騒なこと言っておいて、ブラフじゃねーかよ」
「俺個人としては、今にでも殺してやりたいけどな」
顔もむかつくが……一撃入れるのは我慢しよう。
逃げようとしたら、腕ぐらい落としても尋問に影響はないだろう。
「そこの犯罪者さん。あなたが思想的か俗物的かは知らないけど、こんなものを町に持ち込んで、無辜の人々の命を危険に晒そうとしたんだから、死罪となる前に、私刑にしてやろうって思うのは、なにもマルク君だけじゃないんだよ。それわかってる? その点でいえば、私もマルク君と同意見なんだけどね」
パック先生は、ザギーには興味なさげな視線を送っている。
彼女には、ダークマターの処理について呼んだので、想定済みの反応だ。
「我々としては、この男は、罪人として裁くことを願います。ただ、信徒が事を知れば、多少無理をする者もいるでしょう。ですので、この男を鉄骨龍の牙に保護いただくのは、賛成です」
続いて司祭様が、教会の意見を述べた。
太陽教の信徒たちからすれば、俺よりも嫌悪と怒りを感じる事だろう。
裁きすら許さぬと動く者がいても、不思議ではない。
「出来れば保護なんて御免被る。最近はモンスター討伐だけでも大変なのに、こんなゴミを人間相手から守れと言うのは、無理というものだな。が、こいつに聞かねばならぬことが各々あるだろう。それまでは、鉄骨龍が保護しよう」
ギルマスの言葉に、パック先生と司祭様が頷き、それを承諾の代わりとした。
「結局、俺は死ぬって事か! 助けてくれよ、頼む――ぐがぁ」
クズが司祭様に縋りつこうと動いたため、グルドンに捕まり、そのままクズは、地に叩きつけられた。
押さえつけられ、地面に横たわるクズの頭を、ギルマスが踏みつけ、言う。
「助かりたいなら、尋問では素直に吐くことだな。今の貴様の命は、ゴブリンにも劣ると思え。そこの新米ども、このゴミを持ってついて来い」
言いたいことを口にして、ギルマスは勝手に歩き出す。
キオパーティー全員が、一斉に俺を見る。
「すまん。面倒だが頼む」
主に面倒なのは、ギルマスへの対応だろうが……。
苦笑いを浮かべた彼らは、ザギーを起こし、先に行ってしまったギルマスを追いかけるように、町に戻っていった。ムウ以外は。
「ムウは、一緒じゃなくていいのか?」
「ダークマター」
ムウは、ぼそりと言う。
黒い石の処遇が、気になるのだろうか?
パック先生を見るムウの目元は、髪に隠れて見えない。
パック先生は、相変わらずくねくねしている。
司祭様は、考え事をしているようだ。
「パック先生。それどうします? 破壊するなら場所は考えな――」
「壊すなんてとんでもない! マルク君の外道! オーガ! オーク顔! は違うわね」
「貴重な資料なのは分かりますけど、そんな我が子のように守らないでください」
司祭様の顔が、ちょっと怖いんですよ。
個人的にもダークマターは、出来うる限り安全に、そして速やかに処分すべきものだと考えているので、あまりいい気分はしない。
不服そうにパック先生が、ダークマターを俺に差し出す。
「壊すなんて決まってませんよ。話し合う為にここに四人残ってるんですから」
「え? 壊さないでいいの?」
「司祭様が納得いく方法があるならですけど」
「忌々しいことに、破壊するにも場所を選ぶ必要がありますからね。破壊自体は、マルク様に任せればよいとしても……」
「封印」
ムウがぼそりと言った言葉に、パック先生が食いついた。
「できるの! 出来るなら何でもするわ! ねぇ、ねぇ、ねぇ!」
ダークマターを持ったまま、ムウに詰め寄る、いや詰め寄りすぎるパック先生の首根っこを俺は掴み、ムウから引きはがす。
パック先生は、俺に捕まったことなど意にも介さず、ムウに詰め寄ろうとしている。これは、しばらく掴みっぱなしだな。
「ムウ、出来るのか?」
ムウは、首を横に振る。
ただの提案だったのか? それとも――
「封印する魔法は使える? ……魔力が足りない? ……材料が必要?」
ムウの一つ目の答えは、ハイだ。二つ目も、ハイ。三つめは、イイエ。
全て、頭の動きで教えてくれた。
封印魔法は使える。でも魔力が足りない。材料は、必要ないか足りている。
「ムウって凄い子だったんだな」
「私にも教えて頂戴。何でも払うわよ。マルク君もオマケにつけるから」
ムウが大きく横に首を振る。
パック先生の戯言に付き合わないムウ。そしてパック先生。
二人は、案外いい相性なのかもしれない。
それにしても、足りないのは魔力か……。
ん? ムウがこっちを見ている、気がする。
ムウが、俺の近くにすぃーと歩いてきた。そして俺の腕を掴む。
最近、腕を掴まれてばかりな気がする。気のせいだよな?
ムウに、腕をくいくい引かれる。
あぁ、姿勢を下げろと言っているのか。
腰を曲げ、ムウの顔の高さに合わせてみる。
ムウが、俺の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「先輩の魔力、吸わせて」
さっと離れたムウの顔が、髪で隠しきれないほど赤くなっている。
別に、恥ずかしがることだろうか?
俺の魔力でよければ――
「いいぞ、ムウ。有るだけ使え」
ムウが、首を二度縦に振る。
言葉は少なくとも、意思表示をはっきりしてくれるのは、彼女の美点だな。
さて、あとは。
「封印できるのであれば、我々としては、問題ありませんよ。マルク様の判断を尊重します」
「ありがとうございます、司祭様」
ムウの腕前と俺の魔力次第だが、ダークマターは封印する方向へ行きそうだ。
それで一番得をするのは、パック先生だろうが……よし、こき使おう。
「パック先生。封印が終わるまでの護衛、お願いしますね」
「パックおねぇさんに任せておきなさい」
「私も、パック氏に付き合いましょう」
「じゃあ始めよう。ムウ」
ムウが俺の前までやってきて「膝、立てて」と言った。
魔力を譲渡するには、必要なことなのだろう。
俺は膝を地面に着け、膝立になる。
すると、ムウは俺の後ろへ回り、俺の顔の横に自身の顔を並べた。
彼女の息遣いが荒いことに、他意があるとは思いたくない。
そしてムウは、俺の首筋にキスをした。
首筋への柔らかな感触に、体に電流が走ったようで――
「マルク様、起きましたか?」
気が付くと、ダークマターが宙に浮いていた。
既にダークマターが、透明な正八面体の結晶に覆われている。
「封印、終わったんですか?」
「いいえ、マルク様が起きるのを待っていたのです」
司祭様の言葉が、頭に響く。
ムウが首を縦に振った。ああ、おかわりが必要なのね。
再び、ムウが俺の首筋に口づけ――
「マルク君、お仕事の時間だよ」
「あー、ちょっと待ってね」
パック先生の声に、反射的に返事をした。
ぼやーっとする頭を動かし、俺は状況を確認する。
そうだった、ダークマター封印中だったっけ。うん、よし。
「ムウ。おまたせ」
ムウは、間、髪入れずに俺の首に口づけた。
少しずつ頭に闇の帳が下りる。
全てが闇に包まれる前に、小さな声が俺の耳に届いた――「ごちそうさま」と。
彼女が妖艶に笑っている…………気がした。




