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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第一章

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33.ダークマター

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし 誤字報告感謝

「異常なしです。先輩」

「ありがとう。こっちも、ある程度は片付けたよ」


 ザギーの見張りを任せて、俺は、周辺のモンスター掃討を行ってきた。

 危険度の低いモンスターばかりなので、片っ端から風の刃で切り裂くだけの作業でしかなかった。これで話し合う時間ぐらい稼げるだろう。


「マルク! 貴様、冗談では済まされんぞ!」


 一番に現れたギルマスが、耳障りな音をだす。

 面倒ではあるが、俺は左手でダークマターをギルマスの視線の先に掲げた。

 ギルマスが眉をひそめる。当然の反応だ。

 手のひら大のそれは、俺が上空に作った光の球体から放たれる光を、全て吸い取るかのように、黒を誇示している。

 触れている指が、そのまま吸い込まれそうなほど、ダークマターの境界線が曖昧であった。

 こいつは(わず)かずつではあるが、今も、俺の魔力を吸い込み続けている。

 すぅっと横から現れた三角帽を被った女性が、ダークマターを色々な角度から観察し始めた。そして、感嘆(かんたん)の声を上げた。


「おぉう、これはまさにダークマター! 本物を拝めるとは、学派冥利に尽きるというものだよマルク君。私を呼んでくれてありがとう。お礼に一晩付き合ってあげよう」


 彼女の高い鼻が、喜びでより高くそびえる。興奮を隠そうともしていなかった。


「パック先生……既婚者なんですから、冗談とはいえ少しは慎んでください」

「マルク君は、いつもつれないねぇ。これ、持っても大丈夫なのかい?」

「少し吸われますけど、大丈夫ですよ」


 パック先生が、恐る恐るダークマターに触れる。

 そしてそっと掴むと、自身の目の前に持っていき、彼女は、そのまま観察を始めた。研究熱心な所は、尊敬できる人だ。


「あぁあ、私にはキツイものがあるねぇ。心地よくもあるのだけど。あぁん」


 変な声を出しながらも、彼女が、自身の体からダークマターへと流れる魔力の量を、既に調整、制御しているのが見て取れた。

 心配で見ていたが、放っておいても大丈夫な人だ。

 町の方から、ゼノリースが司祭様を連れて戻ってきた。


「お呼び立てしてすみません、司祭様」

「いえマルク様。事がこと(ゆえ)。して、忌まわしきあの石は?」


 (もだ)え続けているパック先生を、そっと手で指し示す。

 司祭様の眉間に(しわ)が寄る。聖職者ならば当然の反応だろう。

 ダークマターは、太陽教にとって忌むべき物だ。

 間違っても、パック先生を睨みつけている訳ではない。ないはず。

 キオ達、冒険者ギルド、魔法学派、教会。全員がそろったので、話を切り出すことにした。呼び出した俺の責任だろう。


「さて、話し合うことは二つありますが、ダークマターと下手人。どちらを先に解決しますか? 個人的には、これの首は、もう飛ばしていいと思いますけどね」

「マルク。そうせぬように俺を呼び付けたんだろうが」

「話が早くて助かるよ。鉄骨龍とあんたの名に懸けて、こいつを守ってやって欲しいんだ」


「ふへっ?」っとザギーが素っ頓狂な声を上げる。

 そして、ニヤニヤと嫌な顔をする。


「物騒なこと言っておいて、ブラフじゃねーかよ」

「俺個人としては、今にでも殺してやりたいけどな」


 顔もむかつくが……一撃入れるのは我慢しよう。

 逃げようとしたら、腕ぐらい落としても尋問に影響はないだろう。


「そこの犯罪者さん。あなたが思想的か俗物的かは知らないけど、こんなものを町に持ち込んで、無辜(むこ)の人々の命を危険に晒そうとしたんだから、死罪となる前に、私刑にしてやろうって思うのは、なにもマルク君だけじゃないんだよ。それわかってる? その点でいえば、私もマルク君と同意見なんだけどね」


 パック先生は、ザギーには興味なさげな視線を送っている。

 彼女には、ダークマターの処理について呼んだので、想定済みの反応だ。


「我々としては、この男は、罪人として裁くことを願います。ただ、信徒が事を知れば、多少無理をする者もいるでしょう。ですので、この男を鉄骨龍の牙に保護いただくのは、賛成です」


 続いて司祭様が、教会の意見を述べた。

 太陽教の信徒たちからすれば、俺よりも嫌悪と怒りを感じる事だろう。

 裁きすら許さぬと動く者がいても、不思議ではない。


「出来れば保護なんて御免被る。最近はモンスター討伐だけでも大変なのに、こんなゴミを人間相手から守れと言うのは、無理というものだな。が、こいつに聞かねばならぬことが各々(おのおの)あるだろう。それまでは、鉄骨龍が保護しよう」


 ギルマスの言葉に、パック先生と司祭様が(うなず)き、それを承諾の代わりとした。


「結局、俺は死ぬって事か! 助けてくれよ、頼む――ぐがぁ」


 クズが司祭様に(すが)りつこうと動いたため、グルドンに捕まり、そのままクズは、地に叩きつけられた。

 押さえつけられ、地面に横たわるクズの頭を、ギルマスが踏みつけ、言う。


「助かりたいなら、尋問では素直に吐くことだな。今の貴様の命は、ゴブリンにも劣ると思え。そこの新米ども、このゴミを持ってついて来い」


 言いたいことを口にして、ギルマスは勝手に歩き出す。

 キオパーティー全員が、一斉に俺を見る。


「すまん。面倒だが頼む」


 主に面倒なのは、ギルマスへの対応だろうが……。

 苦笑いを浮かべた彼らは、ザギーを起こし、先に行ってしまったギルマスを追いかけるように、町に戻っていった。ムウ以外は。


「ムウは、一緒じゃなくていいのか?」

「ダークマター」


 ムウは、ぼそりと言う。

 黒い石の処遇が、気になるのだろうか?

 パック先生を見るムウの目元は、髪に隠れて見えない。

 パック先生は、相変わらずくねくねしている。

 司祭様は、考え事をしているようだ。


「パック先生。それどうします? 破壊するなら場所は考えな――」

「壊すなんてとんでもない! マルク君の外道! オーガ! オーク顔! は違うわね」

「貴重な資料なのは分かりますけど、そんな我が子のように守らないでください」


 司祭様の顔が、ちょっと怖いんですよ。

 個人的にもダークマターは、出来うる限り安全に、そして速やかに処分すべきものだと考えているので、あまりいい気分はしない。

 不服そうにパック先生が、ダークマターを俺に差し出す。


「壊すなんて決まってませんよ。話し合う為にここに四人残ってるんですから」

「え? 壊さないでいいの?」

「司祭様が納得いく方法があるならですけど」

「忌々しいことに、破壊するにも場所を選ぶ必要がありますからね。破壊自体は、マルク様に任せればよいとしても……」

「封印」


 ムウがぼそりと言った言葉に、パック先生が食いついた。


「できるの! 出来るなら何でもするわ! ねぇ、ねぇ、ねぇ!」


 ダークマターを持ったまま、ムウに詰め寄る、いや詰め寄りすぎるパック先生の首根っこを俺は掴み、ムウから引きはがす。

 パック先生は、俺に捕まったことなど意にも介さず、ムウに詰め寄ろうとしている。これは、しばらく掴みっぱなしだな。


「ムウ、出来るのか?」


 ムウは、首を横に振る。

 ただの提案だったのか? それとも――


「封印する魔法は使える? ……魔力が足りない? ……材料が必要?」


 ムウの一つ目の答えは、ハイだ。二つ目も、ハイ。三つめは、イイエ。

 全て、頭の動きで教えてくれた。

 封印魔法は使える。でも魔力が足りない。材料は、必要ないか足りている。


「ムウって凄い子だったんだな」

「私にも教えて頂戴。何でも払うわよ。マルク君もオマケにつけるから」


 ムウが大きく横に首を振る。

 パック先生の戯言(ざれごと)に付き合わないムウ。そしてパック先生。

 二人は、案外いい相性なのかもしれない。

 それにしても、足りないのは魔力か……。

 ん? ムウがこっちを見ている、気がする。

 ムウが、俺の近くにすぃーと歩いてきた。そして俺の腕を掴む。

 最近、腕を掴まれてばかりな気がする。気のせいだよな?

 ムウに、腕をくいくい引かれる。

 あぁ、姿勢を下げろと言っているのか。

 腰を曲げ、ムウの顔の高さに合わせてみる。

 ムウが、俺の耳元に顔を近づけ、(ささや)いた。


「先輩の魔力、吸わせて」


 さっと離れたムウの顔が、髪で隠しきれないほど赤くなっている。

 別に、恥ずかしがることだろうか?

 俺の魔力でよければ――


「いいぞ、ムウ。有るだけ使え」


 ムウが、首を二度縦に振る。

 言葉は少なくとも、意思表示をはっきりしてくれるのは、彼女の美点だな。

 さて、あとは。


「封印できるのであれば、我々としては、問題ありませんよ。マルク様の判断を尊重します」

「ありがとうございます、司祭様」


 ムウの腕前と俺の魔力次第だが、ダークマターは封印する方向へ行きそうだ。

 それで一番得をするのは、パック先生だろうが……よし、こき使おう。


「パック先生。封印が終わるまでの護衛、お願いしますね」

「パックおねぇさんに任せておきなさい」

「私も、パック氏に付き合いましょう」

「じゃあ始めよう。ムウ」 


 ムウが俺の前までやってきて「膝、立てて」と言った。

 魔力を譲渡するには、必要なことなのだろう。

 俺は膝を地面に着け、膝立になる。

 すると、ムウは俺の後ろへ回り、俺の顔の横に自身の顔を並べた。

 彼女の息遣いが荒いことに、他意があるとは思いたくない。

 そしてムウは、俺の首筋にキスをした。

 首筋への柔らかな感触に、体に電流が走ったようで――




「マルク様、起きましたか?」


 気が付くと、ダークマターが宙に浮いていた。

 既にダークマターが、透明な正八面体の結晶に覆われている。


「封印、終わったんですか?」

「いいえ、マルク様が起きるのを待っていたのです」


 司祭様の言葉が、頭に響く。

 ムウが首を縦に振った。ああ、おかわりが必要なのね。

 再び、ムウが俺の首筋に口づけ――




「マルク君、お仕事の時間だよ」

「あー、ちょっと待ってね」


 パック先生の声に、反射的に返事をした。

 ぼやーっとする頭を動かし、俺は状況を確認する。

 そうだった、ダークマター封印中だったっけ。うん、よし。


「ムウ。おまたせ」


 ムウは、間、髪入れずに俺の首に口づけた。

 少しずつ頭に闇の(とばり)が下りる。

 全てが闇に包まれる前に、小さな声が俺の耳に届いた――「ごちそうさま」と。

 彼女が妖艶に笑っている…………気がした。

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