104.テラさんと二人のお茶会
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一つ余ったパンを入れた皮袋を持ち、屋敷に戻る。
もう日は暮れ、見えるのは太陽の頭だけであった。
町は魔工石が灯り、日の光を必要としない町へと変わっていく。
そういう意味では、ダンジョンも町も変わらないのかもしれない。
とはいえ、日の光が要らぬとしても、夜は家に帰るものだ。
昼間の活気はどこへやら。
家路につく人と、食事へ向かう人。見えるのはこの二種類だけだ。
住宅街に吸い込まれ行く人々を見ながら、通り抜ける。
少し歩けば、屋敷が見える。
町の中に、ポツンとある一軒の屋敷。
開かれたままの門を素通りし、敷地の中へ。
多少の戦闘訓練、魔法訓練を想定した庭は、敷き詰められた町並みとは真逆の空間だ。屋敷の裏にも、これ以上の空間が広がっている。
本当に、ポツンだ。
誰かが迷い込むことなど無い。
だから、屋敷の入口で暇そうにしている人影の正体は、すぐに分かった。
「テラさん。何してるんです?」
「そろそろマルクが帰ってくると思ってのぅ。待っておったのじゃ」
「ありがとうございます。じゃなくて、すみません。鍵ですよね」
「うむ」
朝にすべきだった事と、それを忘れていたのを、今、思い出した。
まだ、テラさんに鍵を渡していない。
鍵を開け、テラさんと共に屋敷へ入る。
「ただいまなのじゃ」
高く、元気なテラさんの声を聞いて、不思議な感覚を得た。
そうか、ただいまなのか……家で言う『ただいま』は、懐かしい響きだ。
「ただいま。あと、テラさん。おかえりなさい」
「うむ、マルクや。おかえり」
ふわりとした銀の髪から見える長い耳が、ぴょこりと動く。
俺も少し、嬉しくなる。
「テラさんって、ご飯食べました? 朝、ガル兄が持ってきたパンと同じものが、一つあるんですけど」
「おぅ。わしへの土産か」
「あはは……お茶会の余りです」
むぅっと顔を膨らませたテラさんに、背を軽く叩かれる。
「そういう時は、嘘でも『君の為に』と言うものじゃ」
「いやー。そういう嘘はちょっと」
「お主は、正直者なのか阿呆なのか……分からんのぅ」
「だいぶ阿呆寄りかと」
正直者のつもりはない。吐きたくない嘘は口に出さないだけだ。
食堂へ行き、皮袋の中身を確認する。うん。まだレタスも活き活きしている。
テラさんも、横から皮袋の中身を覗き込んでいた。
「本当に貰ってよいのか?」
「良いですよ。俺はもう食べましたので。あっ、お茶も淹れますから少し待っててくださいね」
「暇じゃ。わしも行くぞ」
結局、台所へは、二人で行くことになった。
自分で茶を淹れる様になってから、誰かに茶を出すのが楽しくなってきた。
正確には、茶を飲み、喜ぶ姿を見るのが好きなのだが。
アム達も喜んでくれた。それが世辞や演技で無いと思いたい。
世話になっている人達の顔に笑顔が浮かぶのは、掛け値なしに嬉しいものだ。
カップとティーポットと茶葉を用意する。
普段用の茶葉が少なくなってきた。
飲み始めると、想定の倍の速度で無くなっていくものだな……猫の日向に買いに行かねば。あの店以外で、茶葉を買う気は無い。
匙で三杯。二人だけど三杯分だ。
「テラさん、水は――」
「魔力たっぷりが良いのじゃ」
「あはは、≪水≫よ」
湯気立つ熱湯を、魔力たっぷりでティーポットへと注いでいく。
本当は、魔法で手抜きをしていいか、と聞きたかったのだが、テラさんがそれを望むなら、別にいいか。
ポットの中で茶葉が躍り、踊る。
注ぎ口から逃げるように、香りが放たれている。
魔法で茶を出すと、この時間が失われてしまうのか……それは勿体ない気がする。しかし、ミュール様のように、茶を出してみたいという魔法的な好奇心は、消えはしない。
この台所で、手から茶を出す想像を膨らませたからだろうか……母の姿が、思い起こされた。だが、その時のお茶の味を、匂いを、全く思い出せないでいた。
「どうしたのかえ?」
テラさんが心配そうに、俺を見上げている。
ありがとう、テラさん。
「ちょっと昔を思い出してたんです。母の出すお茶の味って、どんなだったかなって……全然思い出せませんでしたけど。魔法のお茶だなんて知らずに、沢山飲んだはずなんですけどね」
「マルクや、そんなもんじゃよ。わしも憶えとらん」
胸を張ってそう言ったテラさんは、愛らしい笑顔を贈ってくれた。
「じゃから、今の味を楽しむのじゃ」
ああ、そうだ。昔の味を思い出したとて、今の茶が美味しくなる訳でもない。
「その考え方、良いですね」
「伊達に長くは生きとらんでの」
自分の口が綻んでいるのが分かる。きっと今、俺は変な顔をしているのだろう。
でも、それでいい。
さて、出来上がりの時間だ。
俺がティーポットを持って移動すると、合わせるようにカップを二つ持ったテラさんも動き出す。
後は、二つのカップに茶を注ぎ込めば……お茶会の準備完了だ。
「さぁ、召し上がれ」
「半分こでも良いぞ」
即座に飛んできたテラさんの気遣いを、首を横に振り、拒否する。
正直、腹は減っていない。
「今日は昼食後に、アップルパイとパン一つ食べましたから。お腹いっぱいです」
「アハハ。男ならばもっと食えい。で? 今日は一日何をしておったのじゃ?」
「デートと、お茶会と、お茶会です」
「端折るでない。詳しく話さんか」
言葉は強くとも、声は柔らかい。優しい音色だ。
だが、今日の話か……どこまでが話せて、どこまでが話せない事だろうか?
ミュール様とノワールの関係、そしてノワールの素性は隠すべきだろうな……残りは正直に話してみるか。
「話せる事だけですよ」
「うむ。おっと、いただきます」
テラさんが、皮袋から取り出したパンを口へと運ぶ。あの挟まった鶏肉が良い味をしているのだ。ガル兄がお勧めするのも分かる。
俺は、テラさんに今日の出来事を話す。合間、合間に茶を飲みながら。
「アハハハハ。頭にフクロウ乗せて町を歩いとったのか。フッ、わしも見たかったのぅ」
「結構、乗ってないと寂しいものですよ」
頭の上で、フクロウを持ち上げる動作をしてみる。
「なんじゃそれは。フフフ。全く、可笑しな事を言う。それで、デートじゃろ? どこを回ったのじゃ」
「最初はですね……」
「何でデートでそこなんじゃ! マルクお主は……」
「違いますって、それは先方の……」
「変わった女子と付き合っとるのぅ。で……」
「ああ、実はここに……」
テラさんには、ゆっくり食べて欲しい。ゆっくり飲んで欲しい。
俺のくだらない話が、続く限りは。
ゆっくりと。笑顔で。




