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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第三章

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107/1014

104.テラさんと二人のお茶会

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 一つ余ったパンを入れた皮袋を持ち、屋敷に戻る。

 もう日は暮れ、見えるのは太陽の頭だけであった。

 町は魔工石が灯り、日の光を必要としない町へと変わっていく。

 そういう意味では、ダンジョンも町も変わらないのかもしれない。

 とはいえ、日の光が要らぬとしても、夜は家に帰るものだ。

 昼間の活気はどこへやら。

 家路につく人と、食事へ向かう人。見えるのはこの二種類だけだ。

 住宅街に吸い込まれ行く人々を見ながら、通り抜ける。

 少し歩けば、屋敷が見える。

 町の中に、ポツンとある一軒の屋敷。

 開かれたままの門を素通りし、敷地の中へ。

 多少の戦闘訓練、魔法訓練を想定した庭は、敷き詰められた町並みとは真逆の空間だ。屋敷の裏にも、これ以上の空間が広がっている。

 本当に、ポツンだ。

 誰かが迷い込むことなど無い。

 だから、屋敷の入口で暇そうにしている人影の正体は、すぐに分かった。


「テラさん。何してるんです?」

「そろそろマルクが帰ってくると思ってのぅ。待っておったのじゃ」

「ありがとうございます。じゃなくて、すみません。鍵ですよね」

「うむ」


 朝にすべきだった事と、それを忘れていたのを、今、思い出した。

 まだ、テラさんに鍵を渡していない。

 鍵を開け、テラさんと共に屋敷へ入る。


「ただいまなのじゃ」


 高く、元気なテラさんの声を聞いて、不思議な感覚を得た。

 そうか、ただいまなのか……家で言う『ただいま』は、懐かしい響きだ。


「ただいま。あと、テラさん。おかえりなさい」

「うむ、マルクや。おかえり」


 ふわりとした銀の髪から見える長い耳が、ぴょこりと動く。

 俺も少し、嬉しくなる。


「テラさんって、ご飯食べました? 朝、ガル兄が持ってきたパンと同じものが、一つあるんですけど」

「おぅ。わしへの土産か」

「あはは……お茶会の余りです」


 むぅっと顔を膨らませたテラさんに、背を軽く叩かれる。


「そういう時は、嘘でも『君の為に』と言うものじゃ」

「いやー。そういう嘘はちょっと」

「お主は、正直者なのか阿呆(あほう)なのか……分からんのぅ」

「だいぶ阿呆(あほ)寄りかと」


 正直者のつもりはない。吐きたくない嘘は口に出さないだけだ。

 食堂へ行き、皮袋の中身を確認する。うん。まだレタスも活き活きしている。

 テラさんも、横から皮袋の中身を覗き込んでいた。


「本当に貰ってよいのか?」

「良いですよ。俺はもう食べましたので。あっ、お茶も淹れますから少し待っててくださいね」

「暇じゃ。わしも行くぞ」


 結局、台所へは、二人で行くことになった。

 自分で茶を淹れる様になってから、誰かに茶を出すのが楽しくなってきた。

 正確には、茶を飲み、喜ぶ姿を見るのが好きなのだが。

 アム達も喜んでくれた。それが世辞や演技で無いと思いたい。

 世話になっている人達の顔に笑顔が浮かぶのは、掛け値なしに嬉しいものだ。

 カップとティーポットと茶葉を用意する。

 普段用の茶葉が少なくなってきた。

 飲み始めると、想定の倍の速度で無くなっていくものだな……猫の日向に買いに行かねば。あの店以外で、茶葉を買う気は無い。

 匙で三杯。二人だけど三杯分だ。


「テラさん、水は――」

「魔力たっぷりが良いのじゃ」

「あはは、≪(みず)≫よ」


 湯気立つ熱湯を、魔力たっぷりでティーポットへと注いでいく。

 本当は、魔法で手抜きをしていいか、と聞きたかったのだが、テラさんがそれを望むなら、別にいいか。

 ポットの中で茶葉が躍り、踊る。

 注ぎ口から逃げるように、香りが放たれている。

 魔法で茶を出すと、この時間が失われてしまうのか……それは勿体(もったい)ない気がする。しかし、ミュール様のように、茶を出してみたいという魔法的な好奇心は、消えはしない。

 この台所で、手から茶を出す想像を膨らませたからだろうか……母の姿が、思い起こされた。だが、その時のお茶の味を、匂いを、全く思い出せないでいた。


「どうしたのかえ?」


 テラさんが心配そうに、俺を見上げている。

 ありがとう、テラさん。


「ちょっと昔を思い出してたんです。母の出すお茶の味って、どんなだったかなって……全然思い出せませんでしたけど。魔法のお茶だなんて知らずに、沢山飲んだはずなんですけどね」

「マルクや、そんなもんじゃよ。わしも憶えとらん」


 胸を張ってそう言ったテラさんは、愛らしい笑顔を贈ってくれた。


「じゃから、今の味を楽しむのじゃ」


 ああ、そうだ。昔の味を思い出したとて、今の茶が美味しくなる訳でもない。


「その考え方、良いですね」

「伊達に長くは生きとらんでの」


 自分の口が綻んでいるのが分かる。きっと今、俺は変な顔をしているのだろう。

 でも、それでいい。

 さて、出来上がりの時間だ。

 俺がティーポットを持って移動すると、合わせるようにカップを二つ持ったテラさんも動き出す。

 後は、二つのカップに茶を注ぎ込めば……お茶会の準備完了だ。


「さぁ、召し上がれ」

「半分こでも()いぞ」


 即座に飛んできたテラさんの気遣いを、首を横に振り、拒否する。

 正直、腹は減っていない。


「今日は昼食後に、アップルパイとパン一つ食べましたから。お腹いっぱいです」

「アハハ。(おのこ)ならばもっと食えい。で? 今日は一日何をしておったのじゃ?」

「デートと、お茶会と、お茶会です」

端折(はしょ)るでない。詳しく話さんか」


 言葉は強くとも、声は柔らかい。優しい音色だ。

 だが、今日の話か……どこまでが話せて、どこまでが話せない事だろうか?

 ミュール様とノワールの関係、そしてノワールの素性は隠すべきだろうな……残りは正直に話してみるか。


「話せる事だけですよ」

「うむ。おっと、いただきます」


 テラさんが、皮袋から取り出したパンを口へと運ぶ。あの挟まった鶏肉が良い味をしているのだ。ガル兄がお勧めするのも分かる。

 俺は、テラさんに今日の出来事を話す。合間、合間に茶を飲みながら。


「アハハハハ。頭にフクロウ乗せて町を歩いとったのか。フッ、わしも見たかったのぅ」

「結構、乗ってないと寂しいものですよ」


 頭の上で、フクロウを持ち上げる動作をしてみる。


「なんじゃそれは。フフフ。全く、可笑(おか)しな事を言う。それで、デートじゃろ? どこを回ったのじゃ」

「最初はですね……」

「何でデートでそこなんじゃ! マルクお主は……」

「違いますって、それは先方の……」

「変わった女子と付き合っとるのぅ。で……」

「ああ、実はここに……」


 テラさんには、ゆっくり食べて欲しい。ゆっくり飲んで欲しい。

 俺のくだらない話が、続く限りは。

 ゆっくりと。笑顔で。

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